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メキシコの労働法制の概要

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年6月

メキシコの労働法制の概要 -労働者保護の考え方が色濃い

日本労働研究機構(JIL)では2月20日、メキシコシティーでメキシコ日本商工会議所の協力を得て日系企業関係者を対象に、JILが実施している「日系企業の人事労務管理に関する調査結果」を報告するとともに、メキシコの労働法制、日本の人事管理の現状をテーマとしたセミナーを開催した。ここでは、セミナーの内容とこれを機会にメキシコに出張した当機構担当者が現地日系企業の人事労務管理について行ったヒヤリング調査結果をもとに、メキシコの労働法制の概要について紹介する。

革命の中から生まれた労働法制

メキシコは1521年から300年間にわたってスペインの植民地下におかれていた。1821年にようやく独立を達成したが、独立当初の100年間は、帝政、米墨戦争、独裁と動乱が続き、1910年から20年以上にわたるメキシコ革命によって今日につながる政治的安定が実現したのは1934年のことである。この革命の中で1917年に制定された憲法によって「革命の精神」の具現化のひとつとして労働者の基本的権利である団結権、団体交渉権、争議権が確立した。この当時としては先進的な規定は、まだ組織化されていなかった労働者が、農民とともに革命の成功に大きな役割を果たしたことがその背景にある。この結果、革命後10年にわたって続けられた社会制度改革運動の中で、農民の農地改革を求める運動と並んで、労働者の経済的地位向上を求める運動も大きな進展をみせ、1920年代までに多くの労働組合が結成された。メキシコの労働法制を理解するには、第一にこうした経緯によって「労働者保護の考え方」が確立したことを認識することが重要である。

1917年憲法第123条は労働者保護に関する基本的な考え方を包括的に定め、具体的な規定は州議会により各州ごとにそれぞれ定めることとし、当時の連邦議会には連邦直轄地と一部の産業に関する労働法規制定の権限のみが与えられていた。しかし、当時の社会は貧困問題が深刻で、失業者は州を越えて大量に移動する状況にあった。このため、1929年に憲法が改正され、すべての労働立法の権限は連邦議会に与えられることになった。こうして1931年、すべての州労働法は廃止され、連邦労働法が新たに制定された。

連邦労働法の特徴

連邦労働法の内容は、1.個別的労働関係、2.集団的労働関係、3.調整・調停機関、4.訴訟とその手続き、の4点に大きく分類できるが、1010条に及ぶ規定は極めて包括的である。すなわち、日本の労働法制と比較すると、労組法、労働基準法、労働関係調整法をはじめとした労働法制のほとんどを含み、そのカバーする範囲は農業労働者、家事使用人を含むすべての民間労働者と公務員を対象とする。すなわち、例外なくすべてのカテゴリーの労働者を対象とした法規となっている。

この連邦労働法は1931年の制定以来、2002年2月までに42回の改正が行われているが、いずれもマイナーチェンジで「革命の精神」を基本とした考え方は70年間変わっていない。1970年の改正が最も大規模であったが、この時も住宅基金の新設などが主な内容で、考え方自体に変更はなかった。

労働法に限らず、メキシコの法律は一般的に条文の中に、具体的な規定以外に、「目標、理想」を掲げる傾向が見受けられる。これは、スペインの植民地時代にメキシコの法律はスペイン本国で「原住民保護的な法律」が制定されたにもかかわらず、「スペイン人入植者がこうした法律をないがしろにしていた」ため、独立後、法律は「社会はこうあるべきだ」という理想を掲げるスタイルで制定されるようになったことによる。労働法もこうした点から、包括的であるとともに柔軟性に富んでおり、労働条件などは労使が締結する労働協約に委ねる幅広い余地を残している。このため、メキシコの労働協約は一般的に、長文で、詳細を究めたものとなっている。

個別的労働関係の特徴と主な規定

  1. 「労働者保護的色彩が強い」ため、全体として労使は対等であるとの原則に立ちながらも、法律の解釈に疑義が出た場合は、労働者に有利な解釈が適用されている。
  2. 外国人労働者の雇用は制限されている。具体的には、1事業所の全労働者の90%はメキシコ人を雇用することが義務づけられている。また、他の条件が同じならば、メキシコ人労働者を優先的に雇用することを定めた優先制度がある。外国人の地位は法律上は弱い。これはナショナリズムが強いこと(革命の精神)の反映といえる。
    【日系企業の事例】駐在員事務所の場合、労働法の規定によれば、日本人駐在員1人につき9人のメキシコ人を雇用しなければならないことになる。しかし、実際には、駐在員事務所で日本人駐在員1人、メキシコ人労働者2~3人のケースがいくつもあり、柔軟に適用されているといっていい。
  3. 労働者を雇用する際には、必ず書面による雇用契約を結ばなければならない。書面による雇用契約がない場合、労働者側の主張が正しいとされる判例が多い。雇用契約では、職務内容、業務の範囲の具体的な明示が必要である。
  4. 雇用契約があるなしに関わらず、業務上、使用者側に命令権があり労働者側に服従義務がある場合、雇用関係が企業の枠を超えて認められる場合がある。
  5. 【日系企業の事例】かつて工場で生産した新車を販売店まで、労働者が運転して運んでいた。これらの運転手は、子会社で雇用されていたが、新車運搬をトレーラーで行うようになり、不要になった運転手を解雇する際、運転手側の主張により、タイムカードなどで運転手を管理していた親企業が、事実上の運転手の使用者とされた。この結果、親企業が示談により退職金を支払った。
  6. 雇用契約の期限は、労働法上は原則無期限である。特定雇用契約、期限つき雇用契約を一部認めているが、これはあくまでも特例と考えられている。期限つき雇用契約をめぐる法廷で、使用者が勝訴した例はない。
    【日系企業の事例】現実には工場では臨時採用制度が多くとられている。労働法は試用期間を認めていないので、一度雇用すると解雇は非常に困難であるため、まず期限つきあるいは特定雇用契約で雇うという方法が一般化している。有期雇用契約の場合、毎年更新している例もある。失業者が多いので、労働者側から今のところ苦情はでていない。
  7. 解雇については、自己都合解雇、懲戒解雇、会社都合解雇などがある。労働法第47条に懲戒解雇の際に必要な、相手方への通知などの煩雑な手続きが定められているため、実際上、懲戒解雇は極めて困難となっている。解雇に伴う退職金は高額で、これを理由に解雇できないケースも見受けられる。労使双方とも、2カ月以内に調停仲裁委員会に訴えることができるが、懲戒理由を実証できないケースがほとんどで、多くが示談(和解)に持ち込まれている。
  8. 就業時間は「労働者が自らの労働を提供するために使用者の待命下にある時間」と定められている。1日の就業時間は昼間(6:00~20:00)の場合は8時間、夜間の場合は7.5時間、昼夜混合の場合は7.5時間が最大である。メキシコでは、夜間、昼夜混合では割増賃金はなく、労働時間が短くなるのみである。また、連続就業時間中に30分の休憩を与えなければならない。事業所内での食事時間は、就業時間に含まれる。
  9. 時間外労働は、「特別な状況によって使用者はこれを命令できる」とされ、1日に3時間、1週間に3回、すなわち週9時間を超えてはならない。時間外割増賃金は、9時間以内なら100%増、9時間を超えると200%増。
  10. 法定休日は、1月1日、2月5日、3月21日、5月1日、9月16日、11月20日、12月25日(以上毎年)、6年ごとに12月1日(大統領の就任日)、総選挙の投票日、イースターなど慣習的休日が年5日前後である。
  11. 休日出勤について、土曜、日曜、祭日の出勤は平常賃金の2倍。
  12. 有給休暇は、勤続1年後から年6日間、毎年2日ずつ増える。勤続5年目以降は5年ごとに2日ずつ増える。有給休暇の買い上げは禁止。有給休暇の次年度への繰り越しも認めていない。各労働者の有給休暇取得の記録を作成する必要がある。
  13. 最低賃金については高い理想が掲げられており、現実との乖離が指摘されている。すなわち、最賃は「労働者が家族の長として、物質的、社会的、文化的な通常の必要を満たすに十分なものでなければならない」と定義され、政労使の代表からなる委員会で毎年水準を決めているが、経済の実勢に照らして高額になりがちである。このため、現実的には、最低賃金以下の賃金しか得ていない労働者が、労働力人口の3分の1存在している。
  14. 賃金に関する規定は「賃金の決定は労働時間を単位とし、出来高払い、または手数料を基礎とし、一括払い、その他の方法によって支払わなければならない」「賃金は十分な報酬性のあるものでなければならない」「賃金はこの法律で定める最低賃金を下回ってはならない」としている。賃金支払い期間については、生産労働者の場合は「1週間を超えてはならない」、その他の労働者の場合は「2週間を超えてはならない」と規定。
  15. 賃金に関連する特に重要な規定は、「労働者に対する企業利益配分」(PTU)である。同規定は「労働者は企業の利益に参加しなければならない」との考え方に基づくもので、各企業に対し通常の賃金とは別に、「所得税法に規定された各企業の課税対象利潤」の一定比率を「労働者に配分する」義務を課している。この比率は国の経済状況を調査して全国企業利益配分委員会が定めるとしており、2002年2月現在、10%である。(1917年憲法は労働者に対する企業利益配分の権利を制定当初から定めていたが、労働法で具体的に定められたのは1962年のことである)
    【日系企業の事例】PTUは「不合理」と考える向きもあるが、広く社会一般に認知されており、経常利益の中から毎年一定の月(4月が多い)に全労働者に支給している。
  16. 女性労働については、男女同権の考え方に立ち、特別の保護規定はない。ただし、母性については保護規定がある。
  17. 14歳未満の年少者の就労は禁止。14~16歳までの労働者の保護規定は非常に厳しい。
  18. 労働者の団結権、団体交渉権、争議権は完全に認められている。労働組合は、1職能別労組、2企業別労組、3産業別労組(複数の企業にまたがる労組)、4全国産業別労組(複数の州にまたがる労組)、5一般労組、に区分され、いずれも20人以上の労働者によって結成できるとしている。
    【日系企業の事例】製造業の多くは組織化されている。多くは企業別労組ではなく、(地域労組)一般労組の企業内支部である。しかし、団体交渉は、企業内の役員と行っている。労働協約は、2年ごとに更新、賃金条項については毎年更新。就業規則は、労働協約とは異なり、社内の規律と捉えられている。
  19. ストライキについては、労働者全体の半分がストに賛成した場合、事業所全体がストに入ることになる。ストライキ行動の実行に際しては、6日前に調停委員会に申し出て、スト予告が委員会から企業に通知される、という手続きを踏む。
  20. 労働法は「14歳以上の労働者は何人も労組に加盟できる」としているが、例外として「機密または信任の地位にある従業員は労組に加盟する資格を有しない」と定めている。この規定に基づく労働者をメキシコでは一般的に「信任社員」と呼んでおり、通常、管理職、経営トップのアシストをしている人(運転手、秘書を含む)が該当すると考えられている。「信任社員」は労組には加盟できないが、労組と企業が締結した労働協約の適用を保障されている。「信任社員」が労働協約を上まわる労働条件を提示された場合は、その条件が適用される。
    【日系企業の事例】労働法で「信任社員」の範囲は協約で決めることができると定められており、「信任社員」の範囲が労働協約の改定交渉で常に大きな問題になる。

労働法改正の動き

メキシコでは、革命を担った政治勢力が結成した制度的革命党(PRI)が1929年から70年余にわたって政権の座にあり、労組の最大団体であるメキシコ労働同盟(CTM)はこの政権与党の一郭を担ってきた。この構造が、長く労働法の抜本的改正がなされなかった大きな理由のひとつであるとみられている。

このため、2000年の大統領選ではじめてPRI候補を破って当選したフォックス大統領は就任当初から「労働法改正」を大きな政策の柱のひとつとしている。新政権発足当初は「PRIの弱体化のためにも労組の力を減ずる方向での法改正の動き」が伝えられた。

政府の意向に添って労使間で労働法の見直しの会議がもたれているが、しかし、労組側が既得権を中心に失業、貧困などの社会問題を解決する方向での労働法改正を主張し、一方で使用者側は国際競争力をつけるため、賃金の現金払い、外国人の差別などの規定の撤廃を主張し、議論は平行線のままでこの2年近く一歩も進んでおらず、労働法の早期の改正は難しいとみられてる。

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