過去10年間の賃金動向

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年4月

1994年に始まった雇用の拡大と平行して、スペインでは賃金上昇の大きな抑制が見られた。1994年を通じて農業部門を除く賃金労働者の平均賃金月額は4.9%上昇したが、2001年にはこの半分以下の2.1%まで下がっている。またこれは、同年のインフレ率に対してもほとんど半分である。パートタイム労働契約の増加による労働時間数の減少を考慮すると、この期間における賃金上昇率の変化は、1994年の4.5%から2000年の2.2%となっている。フルタイム労働者だけに関して見ると、2000年の賃金上昇率はこれをわずかに上回る2.3%である。

しかし、賃金上昇率の低下は純粋に賃金抑制によるものではない。大部分が低熟練・低賃金労働者の大量参入によるものであり、これが平均賃金の上昇を低く抑える効果を果たしているからである。これに対して、以前から労働市場にいた労働者の賃金上昇率は、インフレ率により近い数値になっている。ここ数年間の新規労働者の参入による平均賃金の格差は、これら労働者の生産性低下にともない大きくなっている。

2000年の団体交渉による賃金上昇率の平均は3.7%で、景気拡大局面が始まった1994年の3.5%を上回っている。また2000年は、過去4年間で平均賃金上昇率が3%を超えた最初の年であるが、同年のインフレ率を超えるものではなかった。

賃金アンケートから割り出される賃金上昇率及び労働協約に基づく賃金上昇率を総合すると、ある共通のデータが見えてくる。すなわち、1990年から続いてきた平均賃金上昇率の低下は98年にストップしているのである。団体交渉について見ると2001年10月までデータがそろっているが、これも前年同期の数値と比べ0.5ポイント高くなっている。

以上に加えて、賃金支払いの構造にも重要な変化が見られる。1996年までは基本給の上昇率が賃金総額の上昇率を上回っており、特別手当の上昇はほとんどゼロか、場合によってはマイナスとなっていた。しかし1996年以降この現象が逆転し、特別手当の上昇率が基本給の上昇率を0.8ポイント上回っている。過去3年間では特別手当の上昇が賃金上昇の20%近くを占めるに至っている。このような賃金構造の変化は、近年ますます重要性を増しつつある2つの側面と関係するものと思われる。1つは景気拡大局面を通じて増加傾向にある時間外労働であり、もう1つは賃金を生産性向上その他の要素と関連づける協約条項が増えつつあることである。

現在の労働市場の拡大局面は、賃金配分の傾向に大きな変化をもたらした。1994年にはいわゆるブルーカラー労働者の相対賃金が最高に達し、平均でホワイトカラー労働者の賃金の64.1%に相当したが、これは歴史的に見てもほぼ最高点であったといえる。労働市場から次第にブルーカラー労働者が姿を消す一方(オフィスでの勤務が社会的に見ても労働者の大半の理想となっている)、ブルーカラー労働者の需要は減らないどころか増大すらしており、そのため賃金上昇が起こっている。またブルーカラー労働者は、組合組織率が高い工業部門に集中していることもあり、雇用全体に占める割合が減っても、ホワイトカラーとの間の差が縮まりつつあった。しかし、現在の雇用拡大局面では工業部門、中でも求められる技能レベルがより低い部門における雇用の拡大と、高額賃金のホワイトカラー労働者層の出現により、ブルーカラーとホワイトカラーの賃金格差減少の傾向が逆転している。

部門ごとに見ると、2000年を通じて最も高い賃金はエネルギー部門、金融仲介業、運輸(陸上運輸を除く)、タバコ製造業に集中しており、雇用拡大局面の前段階と比べてほとんど変化は見られない。これは、生産性よりも、寡占の要因が非常に大きい部門、あるいはもともと国営企業だった(もしくは現在も国営企業)部門であることが理由となっている。実際、石炭部門などにおける高賃金は、同部門の企業の多大な損失及び多額の公的補助金の存在と表裏一体となっている。

これと対照的に、低賃金が集中しているのは繊維業、ホテル業、木材産業、小売業である。これらはいずれも成熟した産業部門で、生産の細分化が進んでおり、投資額が少なく、また価格競争が非常に激しい部門である。したがって、これらの部門では生産性よりも市場の条件が賃金決定に際して決定的な要因となっているといえる。寡占支配あるいは公共部門のプレゼンスが大きい部門では、労組にとっても賃金上昇を要求できる可能性が大きく、また要求が受け容れられる可能性も大きい。逆に、市場における自由競争が進んでいる部門では、賃金は低く抑えられる。

先端技術部門は一般に賃金が高いと思われがちだが、過去10年間で見ると特に賃金上昇が大きかった部門ではない。通信部門(統計上は郵便も含まれる)では、賃金上昇率は年0.3%でほとんど上昇しておらず、したがって購買力は8ポイントも下がっている。情報処理、研究開発部門では、賃金上昇率は年平均3%未満で、1996年~2000年の賃金上昇率平均の2.6%をやや上回っている。この間賃金上昇率が最も高かった部門は様々で、高い順に卸売業、グラフィックアート、繊維業、電気、タバコとなっており、いずれも年5%以上の伸びを示した。このグループには賃金水準が高い部門も低い部門も混在している。それでも、賃金上昇率が平均を上回った部門はもともと賃金が高かった部門の方が多く、逆に賃金上昇率がより低かったグループにはもともと賃金が低かった部門の多くが集中している。後者の中には名目賃金上昇率が唯一マイナスとなった石油部門や郵便・通信、縫製業などが含まれている。

ホワイトカラーとブルーカラーの賃金格差が最も大きいのは通信・郵便部門で、前者の賃金は後者の賃金の3倍にものぼる。通信部門の労働者のほとんどはホワイトカラーだが、郵便では通信部門よりもブルーカラー労働者のプレゼンスがより大きい。金融・電機・情報処理・航空部門でも、ホワイトカラーの賃金がブルーカラーの2倍と、かなり格差が大きい。逆に格差が小さいのは航空を除く交通部門である。一般に、賃金が高い部門ほどホワイトカラーとブルーカラーの賃金格差は小さいといえる。

自治州別に見ると、平均賃金が最も高いのはバスクとマドリッドで、バスクではスペイン全体の平均賃金を23%、マドリッドでは16%上回っている。またアストゥリアス、アラゴン、ナバラの各州も、平均を5%上回っている。逆にムルシア、エストレマドゥラ、カナリアス諸島、及びカスティーリャ・ラ・マンチャは、賃金が最も低い自治州である。州による格差は部門による賃金の違いと重なっており、すなわち強い工業部門が集中している自治州では、当然ながら賃金が高くなる。

雇用拡大と賃金抑制の時期を通じて、スペインでは地方による賃金格差がわずかながら縮まる傾向が見られた。もともと賃金が低かった自治州の多くは、賃金上昇率が平均を上回った。ラ・リオハとナバラという隣接する自治州を比べると、ナバラは賃金が高くラ・リオハは賃金が低い州で、またラ・リオハの方が組合組織率が低く労働争議も低い州であるが、賃金上昇率はともに平均を大きく上回っている。対照的に、1994年~2000年の賃金上昇率が低かったのはカンタブリアとアラゴンだが、この両州もともにスペインの北部に位置するという点を除いては、生産構造や組合組織率に共通する特徴が見られるわけでない。バスク、マドリッド、アストゥリアスという賃金が高い3州では、平均賃金上昇率程度の賃金上昇が見られた。

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