労働市場・労使関係改革プロセスの概要

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年3月

スペインの労使関係は、1970年代末から現在にいたる短い期間に、独裁制特有の権威主義的原理に基づいたパターナリスティックで全く硬直しきった労使関係から、民主主義の原理に基づく法律にのっとった労使関係への移行を実現し、また少なくとも雇用契約の面では大幅な柔軟化が進んでいる。過去25年間に労使関係のモデルは重要な変化を経験しただけでなく、その政治的方向を左右するものですらあったといえる。

以下、スペインの労使関係の世界における変化のプロセス全体について、その内容・特徴・成果を述べる。

労働市場改革への開かれたプロセス

スペインでは1997年に安定雇用のための協定が結ばれたが、これは1970年代末の政治体制変化以来続けられてきた労働市場改革の長いプロセスの途上に位置づけられるものである。このプロセスの出発点はいわゆる「モンクロア協定」と呼ばれる画期的事件である。モンクロア協定は、政治権力と労働者勢力との間において、初めて前向きの合意が成立した例であり、以来、労使関係の法規制枠組みの修正プロセスは事実上つねに合意プロセスを通じて展開してきたといえる。まず、1980年に制定された労働者憲章により、過去40年間にわたる独裁制下でのパターナリスティックな労使関係の枠組みが明らかに破られる。そしてこれに続いて1980年代初頭からより柔軟な労使関係のモデルを目指した修正への試みが着手されたのである。

安定雇用のための協定は、2つの点において、前述した傾向に対し重要な変化をもたらした。第1に、より大きな安定性を雇用に与えることを目指した一連の措置を導入した点である。これは特に、有期雇用によってより不安定な状況にさらされやすい層を対象としたものである。第2は、「団体交渉のための労組・使用者団体協定(AINC)」の導入により、それまでの社会対話プロセスの基本的特徴をある意味で破ることとなった点である。AINCは、労使関係の調整上の基本的手段である団体交渉を規制する法的枠組みに修正を加えようというもので、その期間は2001年で終了するが、現在2002年に向けて団体交渉改革を目指した新たな段階が始まっている。

労使関係のみに集中した改革

スペインの場合、改革プロセスは労使関係の出発点、すなわち雇用契約に非常に偏ったものである点を指摘しておかなければならない。つまり改革が行われるのは基本的に雇用契約に集中し、労使関係のそれ以外の部分ではほとんど改革が行われていないということである。労働者がその人生を通じて提供する労働力そのもの、あるいは労使関係の最終段階(退職、解雇等)に関する規制は、1994年の改革以降いくつかの修正が加えられたのを除けば、過去20年間ほとんど手つかずのままである。

このように、スペインにおける労働市場改革はきわめて偏ったものだったという結論になる。改革はいわゆる雇用契約の柔軟化の側面に集中し、そこから高い有期雇用率が生じることになる。特にスペインでは、1980年代初頭には有期雇用がほとんど皆無に近かったが(もっとも当時の統計数値はあまり正確なものではない)、すでに何年も前からOECD諸国の中でも有期雇用率がもっとも高い国となっている。

労働者憲章による改革導入前の1980年代初め、スペインにおける有期雇用率は1%前後であったが、15年後の1995年には35%、つまり賃金労働者の3分の1以上が有期雇用労働者となっている。雇用契約の柔軟化傾向は1994年以降わずかながら変化しており、有期雇用率は1995年を頂点に緩やかに下降している。

したがって、1997年の協定が結ばれた時には、有期雇用率はすでに下降傾向に入っていた。労働市場改革の結果として有期雇用の急増が見られたが、1990年代半ばには落ち着きを取り戻している。これは恐らく景気拡大局面の安定化によるものと見られる。こうした安定した成長の文脈の中で、企業は再び期間の定めのない雇用の増大を選ぶようになりつつある。

しかし、1990年代半ばには、過去15年間を通じて形作られてきた新たな労働市場が高い安定性を獲得してきた一方で、生産性の面では好ましからざる効果が現れ始めているとの意識が広まってきた。1997年の雇用安定協定も、こうした意識に基づいて結ばれたものであったといえる。

有期雇用の終焉?

スペイン労働市場でこれほど不安定要因が増大したことはどう説明すればよいのか。その原因はいくつかあるが、まず、労働市場のより大きな柔軟性を必要とするスペイン独特の生産構造によっている。というのも、季節変動部門の重みが大きいからである。実際、スペイン経済では観光や建設といった季節変動の高い部門が特に重要な部分を占めており、有期雇用のほとんどがこれら部門によって吸い上げられている。

他方、労使関係の中間および最終段階についてはほとんど改革が行われていないということがある。そのため、使用者側は専ら柔軟化が進んだ部分に反応し、その他の部分については企業としてほとんど何もしてこなかった。ただし1994年の改革以降、特に企業側の視点から、団体交渉の規制に関するものなど、雇用契約以外の労使関係の様々な部分についての合意を導入する努力がされている。

さらに、高い有期雇用率をめぐって労組側の視点からは別の議論がされている。例えば、特定の雇用契約を選ぶためにはそれを正当化する理由がなければならないというのが原則であるにもかかわらず、これが守られないために有期雇用率の急上昇につながったとの指摘がそれである。それぞれの雇用形態の条件は規制されているといえ、雇用形態自体は様々なものがあっても、実際にはこれらの異なる雇用形態の間で労働力の横の移動が起こるため、企業内では有期雇用の拡大がとどまるところを知らないのである。1997年の労働市場改革で設定され、2001年の勅令法で修正を加えられた有期雇用のいくつかのタイプに関する制限や条件がその例で、これは外部から契約労働者を雇用するなどの方法により、簡単にくぐり抜けることができるのである。1994年の改革で有期雇用労働者派遣企業(ETT)が導入されたのにともない、有期雇用の使用を制限するために何らかのコントロールを行うとすれば、企業の側ではETTを通じて外部の労働者を雇用するなどの他の方法を用いることになる。それによって柔軟性の面でも時間当たり労働費用削減の面でも同じような結果を得ることができ、同時に有期雇用の濫用に対する法的制限を回避できるのである。

最後に、中小企業の網の目に非常に深く結びついたスペイン企業経営の伝統に関するものである。これは中長期的な展望よりも短期的なコストを考えた、言い換えれば生産プロセスの修正や製品の特徴、企業システム全体の生産性よりも、コストの即時削減を考えた企業経営であるといえる。

これは比較的最近まで非常に閉鎖的な経済の中での活動に慣れてきたスペインの生産構造の特徴である。スペインがEUに加盟してすでに15年になり、この間に経済の開放も大きく進んできたが、市場における競争力に何らかの問題が生じると、使用者の多くは、結局はコスト削減の戦略を圧倒的に選んでしまう。つまり、生産性を見直す前に、より安価なコストで勝負しようとするのである。このような背景が、不安定な雇用契約が増える理由の1つとなっている。

労働市場改革プロセスのいくつかの結果

労使関係の改革・修正プロセスはどのような結果をもたらしたのだろうか。少なくとも過去何年かを通じて雇用創出という効果があったことは否定できないであろう。これにともない、労働力率(特に女性)が増え続けたにもかかわらず、失業率は低下している。一方、有期雇用契約の激しい回転にさらされる労働者と、より安定した条件のもとでいわゆる「典型的な仕事」をする労働者との間で、労働市場の二重化が進んでいる。同時に、不安定な有期雇用はほとんどが若年層や女性労働者に集中する傾向を見せた。

もう1つ重要な結果として、中年以上の労働力が市場から押し出される現象をあげることができる。これは特に、熟練度が低い45歳以上の労働者の場合である。最後に、GDPに対する雇用の安定性が大きく増したことがあげられるが、これは将来に向けて評価できるものである。

結局、有期雇用という形態が持ち込まれたことによって、雇用増に見られる上下の変動は、GDPの成長に対し以前よりもはるかに激しくなったということで、これは雇用形態の柔軟化の結果もたらされた現象である。景気拡大局面の最初において雇用は急速に伸びるが、これは高い解雇コストや硬直した雇用形態など人員調整を困難とする条件が近年の改革で修正されたため、企業の側で景気局面が変わった時にほぼ制限なく人員削減を行うことができる見通しがあるからである。こうして、景気後退の兆しが見えると、企業はすぐに人員調整を始めるようになった。

労働生産性の増大に向けた戦略の欠如

労働市場改革の基本的な戦略は、企業の側から見て専ら労働費用の削減に集中しているため、生産性増大のダイナミズムにともなう労働の資本による代替プロセスを遅らせている。他方、柔軟化が人材の向上、すなわち訓練および労働力の熟練度の向上による生産性の蓄積につながっていない点も指摘すべきであろう。前述したように、柔軟化の結果として労働者の訓練コストは企業の外部に出てゆくようになる。労働力の回転が速いため、企業としては訓練に投資する意味がないことになる。

しかし、スペインだけでなく欧州全体における公共部門では前進が見られる。公費による職業訓練および労働者の継続的訓練は、スペインおよび欧州の労働政策の主軸を成している。いずれにせよ、手元にあるデータからは、スペインにおける職業訓練への投資は、公的なものも企業内のものも含め他のEU諸国よりも少ない。スペインの企業が訓練に投資する額は賃金総額の1%未満であるが、EU平均では1.9%前後となっている。ごく最近まで住民あたりGDPがスペインよりも低かったアイルランドのような国と比べても、訓練への投資はスペインの方が少なくなっている。

職業訓練に向けられたスペインの公的支出について見ると、民間での支出を上回る伸びを示したものの、対GDP比ではEU平均を下回っている。EUにおける職業訓練政策は、欧州社会基金の努力に負うところが多い。スペインの場合、1980年代末より訓練に当てられる資金が大量につぎ込まれている。

結論として、職業訓練政策は生産性向上のために必要であるが十分ではない。労働力を養成することは、労働力提供の側から見れば雇用の機会が増すという点で重要である。しかしこれは雇用の量的増大を意味するのではなく、技術革新にともなう変化に対する労働力の適応能力が増しているということなのである。

企業における生産性向上のためには、人材への投資だけでなく、企業の内外でその他の分野における投資(例えば社会経済インフラなど)が求められる。人材養成だけが生産性向上にとって唯一必要な条件ではないのである。しかも、すでに欧州の労働力人口の中には、市場の需要から見て必要とされないような、過度の教育を受けた層すら見られるようになっている。

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