さらなる柔軟化が求められる労働市場

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年10月

ここ数カ月間、スペインでは労働市場のさらなる柔軟化を求める様々な動きが目立ってきた。経済成長が好調であった間はこうした要求が表だってあらわれることはなかったが、不況の恐れが日々強まりつつある現在、国際機関や企業、政府、その他公的機関の間で、労働市場の柔軟化を求める議論が再び頭をもたげている。

スペイン銀行、賃金修正条項の廃止を訴え

柔軟化への声を最初にあげたのはスペイン銀行である。ペセタからユーロへの移行を間近に控えて、スペイン銀行はその機能のほとんどを失い、かわって政府のシンクタンク的存在になったように見える。6月半ば、スペイン銀行総裁は、現在および将来に向けてのスペイン経済の問題の多くが賃金の急上昇に帰されるとの見方を示した。そして具体的には、年間平均4%前後で推移しているインフレの元凶である、賃金修正条項の廃止を訴えた。

賃金修正条項は労組・使用者団体ともに受け容れられ、労働協約の中で用いられるケースが増えてきている。賃金上昇率は政府の予想インフレ率を参考に決められ、実際には予想インフレ率と同じ賃金上昇率を設定したり、これに何ポイントか上乗せしたり、逆にインフレ率を下回る賃上げ率を設定するケースも少ないもののある。しかし、年末時点での実際の年間インフレ率が政府の発表する予想インフレ率を上回る見通しから、労組・使用者団体は交渉に際して、予想インフレ率に基づく賃金上昇率と、実際のインフレ率から計算された上昇率との差を勘案し、その年の賃金を修正するという条項を導入している。通常これは、使用者から労働者に支払われる特別手当の形で行われる。

過去3年間にスペインで結ばれた労働協約を見ると、その3分の2が実際のインフレ率が予想を上回った場合の賃金修正条項を導入しているが、逆に下向きに修正する条項の導入は皆無である。政府予測と実際のインフレ率の差がごくわずかであった間はこの条項はほとんど無意味であったが、過去2年間の政府予測には大きな狂いが生じ、そのためこの条項に基づく賃金上昇分が非常に大きくなっている。例えば1999年のインフレ率は、政府予測の2.0%に対し3.8%、2000年は同じく2.0%に対し4.1%にも達している。賃金抑制傾向が続き、インフレ率を大きく上回る賃金上昇の取り決めが少なくなっている中、この修正条項が賃金急上昇の主な原因と化しているといえる。

賃金上昇をインフレの元凶と見るスペイン銀行総裁の見解は、政府の経済担当チームとも共通する部分が多いが、これは現実に根拠がある議論というより、むしろかなり政治的色彩の強い見方である。過去4年間を通じて賃金上昇率はインフレ率を下回っており、したがって実質賃金および賃金労働者の購買力はともに低下している。また労働協約による賃金上昇率も、予想インフレ率を大きく下回るものとなっている。2000年の労働協約による平均賃金上昇率は、実際のインフレ率4%に対し3.4%であった。他方、過去5年間の株主配当の年間上昇率は25%を超えているが、引き締めを求める声はないに等しい。

団体交渉の改革

経済・労働状況に関する分析に続いて、スペイン銀行総裁はいくつかの勧告を行い、これは同銀行の年次報告に組み込まれている。その中で注目されるのが団体交渉改革である。また他の欧州諸国と比較した場合の物価の差、少ない貯蓄、投資の減速、資金調達の必要性の増大などといった不均衡要因の兆しを指摘している。

スペイン銀行の勧告は、団体交渉の改革に向けた政府・労組・使用者団体間の対話が難航する中で発表された。政府の主張は、第1に生産性の向上とあわせた賃金上昇、第2に企業ごとの協約の奨励(現在では部門別協定が主流)、第3に協約の遡及性の廃止、であるが、特にこの第3点めに対しては反発が強い。現行の法制では、協約で獲得された労働者の権利は、その撤廃に向けた交渉が行われないかぎり、以後の協約でも維持されることになっているが、政府が提出した新法案では交渉は常にゼロからスタートすることになっている。

勧告の数日前、OECDはスペイン経済に関する最新報告の中で、団体交渉に関して同様の見解を示している。経済的にはより分権的な団体交渉が望ましいとする点はまさにスペイン銀行総裁の意見と一致しており、また賃金修正条項の漸進的廃止を提案している。

解雇コスト引き下げの動き

OECDはまた、スペインにおける高い解雇コストに対する批判を繰り返している。今回の報告ではさらに一歩踏み込み、有期雇用契約労働者に対して新たに導入が予定されている解雇金(8日分×勤続年数)を、ある種の部門では雇用創出に悪影響を与えるとして強く批判している。有期雇用労働者への解雇金は、労働市場の過度の不安定を避けるための措置として、政府の提案により国会での審議に付されているが、団体交渉の大幅改革を含めた一連の改正法案の一環を成すものである。

政府は3月に、1997年の労組・使用者団体間取決めよりも低解雇コストの期間の定めのない雇用の枠を広げている。この解雇コストは33日分×勤続年数、最大で24カ月分相当とされ、それ以前までの雇用契約である解雇コスト45日分×勤続年数、最大42カ月分相当のものと併存している。当然のことながら、新規創出の期間の定めのない雇用の10件に9件までは、より安価な解雇コストのものである。

いいかえれば、以前の雇用形態で雇用されていた労働者にも、また新規雇用労働者にも維持されているということになる。しかし、高額の解雇コストの対象となる労働者層は、31歳~44歳の男性で失業期間が6カ月をこえておらず、身障者でない、また女性であればこの同じ条件に加えて女性が非常に多い部門の労働者であるという条件が求められるため、非常に限られた層にしか適用されないのが現実である。その他のケースに対しては解雇コストが安価な方の形態が適用される。

スペインの有期雇用労働者の割合は全体の31.6%と、EUの13.8%に対して非常に高く、特に若年層ではEUの36.6%に対し73.1%にのぼっている。有期雇用の濫用を防ぐ措置も改革の一環として盛り込まれており、契約解消にともなう8日分×勤続年数の解雇金支払いはその1つである。同時に有期雇用の期間を最長で13カ月半とする現行制度から12カ月に短縮し、また、有期雇用労働者に期間の定めのない雇用ポストの空き情報を与えることを義務づけている。

公的年金制度をめぐる議論

しかし、このOECDの報告で最も議論を呼んだのは、公的年金制度に関する議論である。報告ではスペイン政府に対して、ドイツのような公的制度と民間年金制度をあわせた制度を提案している。スペインではすでに民間の年金プランが存在し、また税制上も大幅な優遇の対象となっているにもかかわらず、あまり一般化していない。OECDは公的年金を縮小し、かわって民間の年金プランの義務づけを提案している。

OECD提案の目的は、近い将来スペインを襲う急激な高齢化を前に、公的年金システムの負担軽減をはかることである。スペインの出生率は、イタリアやバルト海諸国と並んで世界最低の水準にある。現行の年金制度は過去数十年を通じてほとんど修正されておらず、1995年のトレド協定でもむしろその気前のよさが強められたほどである。

公的年金制度引き締めに向けた提言の中でOECDは、年金額算定に際して過去15年間だけでなく、働き始めてからのすべての期間を考慮すべきとしている。OECDの推定によれば、制度維持のためには年金額と最終賃金の関係を見直すことが必要となる(現行制度では、社会保障制度への負担金支払期間満了の場合、最終賃金の100%)。さらにOECDは、労働可能年齢の引き上げを提唱し、政府が最近行った定年前退職者に対する年金額減額係数縮小措置には反対している。

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