公権力行使をめぐる労政対立と民主労総の連帯闘争

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年8月

大宇自動車の整理解雇に徹底抗戦の構えをみせていた組合員に対する「暴力的鎮圧」に続いて、化繊メーカー・ヒョソンの構造調整をめぐる労使紛争に対しても警察隊が強制鎮圧に踏み切ったこともあって、労使紛争に対する政府の公権力行使が労政対立の新たな火種になっている。

政府の公権力行使に対抗するため、民主労総は対政府闘争を強化し、現政権との対決姿勢をより鮮明に打ち出すようになった。つまり、民主労総は、当初例年のような全国規模のゼネストを控え、各事業所別賃金闘争を軸に、労使交渉が決裂し、争議行為を決議した事業所の争議行為を6月初旬に集中させるという総力闘争体制をとることにしていたが、政府の公権力行使や厳正な司法処理という強硬策に危機感を覚えたのか、それともそれを対政府闘争の好機と捉えたのか、連帯闘争の矛先を一気に現政権に向けているように見える。

このような民主労総の連帯闘争の主役を担わされたのは、公共労連傘下の大韓航空やアシアナ航空、保健医療労連傘下の大学病院などであるといわれる。

しかし、民主労総の連帯闘争日程に合わせて6月12日からストライキに突入していた大韓航空労組や漢陽大学病院労組などで相次いで労使交渉が妥結したのを機に、民主労総の連帯闘争は鎮静化に向かうかに見えた。が、今度は自動車、造船、機械など金属産業部門の大手事業所を中心に第2段階連帯闘争を展開する方針を明らかにし、現政権との全面対決の構えをみせている。

では、6月中旬現在、個別事業所労組の「実利志向闘争(賃上げおよび労働条件の改善)」のみでなく、民主労総の「政治闘争(整理解雇中心の構造調整阻止、非正規職差別撤廃および正規職への切り替え、週5日勤務制導入)」の一翼をも担う道を選んだ航空業界労組や大学病院労組などは具体的に何を争点にどのような闘争戦術(民主労総の連帯闘争とのかかわり)をとったのか、そしてそれに対して経営側と政府はどのような対応策を講じたのか探ってみよう。

化繊業界における労使紛争

ウルサン地域の化繊メーカーの間で、赤字部門の生産ライン稼動中断(ヒョソン、テグァン産業)や生産設備の海外移転(コハッブ)などの構造調整をめぐって労使紛争が相次ぎ、そのうち、ヒョソンでは再び政府の公権力行使が労政対立の新たな火種になった。

ヒョソンのウルサン工場では経営側が1月にナイロン原糸の生産ライン変更のために一部ラインの稼動を中断し、余剰人員をほかの生産ラインに配置替えしようとしたところ、労組側(2000年11月に強硬派執行部の誕生で韓国労総から民主労総へ鞍替え)がそれに反対したのがことの始まりのようである。

その後3月末に経営側の班長教育を労組側が妨害したのを機に、経営側は労組執行部10人余を業務妨害で告訴し、労組側は中央労働委員会に労働争議調停申請書を出した。

5月初め頃労組委員長など主要幹部3人が拘束され、合わせて7人が解雇されたのに続いて、中労委から「労働争議調停申請書」はつき返され、裁判所から「争議行為禁止仮処分決定」が下されるなど、労組を刺激するような出来事が相次いだため、労組側は5月25日、争議行為に対する組合員投票も中断したまま、不法の時限付きストに突入し、28日には全面ストに切り替えるに至った。

6月2日、労働長官の仲裁で労使間の話し合いは再開されたものの、労使の立場は平行線のままで、その話し合いもあえなく決裂してしまった。つまり労組側は「拘束者の釈放、解雇および懲戒処分の撤回、ストの被害に対する免責、争議期間中の賃金支給など」を要求したのに対して、経営側はこれらの要求を無視し、ストの被害が大きいことを理由に2年間の賃金凍結を主張したのである。

このような労使の対立構図には、「一方的な構造調整に対して一歩も譲ってはならない」という民主労総の連帯闘争による支援と、「不法ストに対して厳正に対処しなければならない」という財界の強硬策や公権力行使の要求などが重い影を落とした。

結局、大宇自動車の二の舞を恐れ、警察隊の投入に及び腰になっていた政府は不法ストへの厳正な対処方針を貫くとともに、連帯闘争の広がりを早い段階で食い止めるために、6月5日、ウルサン工場に警察隊を投入し、不法スト中の組合員の強制解散に踏み切った。ウルサン地方警察庁長は「労使間の話し合いは中断されたまま、労組側の不法ストは続けられ、外部勢力の支援活動もみられるようになったため、公権力の行使は避けられなかった」と述べた。

航空業界における労使紛争

民主労総の連帯闘争日程に合わせて6月12日にストに突入した大韓航空のパイロット労組(組合員1400人余)は、政府の労組執行部に対する司法処理方針という予想外の展開(初めての経験)に大きな負担を感じたのか、13日の夜になって早くも経営側の案を大幅に受け入れる道を選んだ。これにより、同社の労使紛争は終結し、民主労総の連帯闘争にも少なからぬ影響を及ぼすとみられた。

同社の賃上げおよび労働協約改定交渉において注目されるのは、高賃金事業所での賃上げをめぐる労使紛争に対する世論の圧力や政府の強硬策などに押され、労組側は賃上げから労働協約改定へ、さらには告訴・告発の取り消しや懲戒処分の最小化などへと要求事項の変更を余儀なくされるなど、早くも闘争力の限界を露呈した点である。これは多くの事業所でみられる共通の交渉パターンでもある。その経緯を追ってみよう。

まず、民主労総傘下の公共連盟(全国公共運輸社会サービス労働組合連盟)に交渉権を委任した労組側は早くも賃上げ要求を撤回し、「運航規程審議委員会を労使同数で構成し、議決の際に可否同数の場合、労組委員長が同委員会の議長になってキャスティング・ボートを握る。また、外国人機長を250人も雇用し、韓国人副機長の機長への昇進を妨げるだけでなく、国内パイロットの雇用創出の機会をも奪っているだけに、外国人パイロットの採用を全面凍結し、段階的に削減していくこと」など労働協約関連事項を要求するに至った。

これに対して、韓国経総に交渉権を委任した経営側は「運航規程審議委員会の案件は労使協議会で議論すべき事項であるうえ、同委員会の労使同数構成案は経営権の侵害に当たるので、到底受け入れられない。また外国人パイロットの採用についても国内パイロットの絶対数が不足しているため、外国人機長の補充は欠かせない」と主張した。

労使間の話し合いは平行線のままであることを理由に、パイロット労組側は中労委の行政指導(十分な話し合いを勧告)を受け入れず、民主労総の連帯闘争日程に合わせてストに突入した。これに対して、経営側と政府はこれを不法ストに当たるとし、労組執行部を告訴、逮捕状を発行するなど強硬策に出た。

これを機に、労使は少しずつ歩み寄る姿勢をみせ、運航規程審議委員会関連条項については「労使同数で構成するが、運航本部長が議長職に就く。議決の際に可否同数の場合は否決されたものとみなし、最終決定権は社長に委ねる」、また外国人パイロット関連条項については「2001年末の水準で凍結し、2007年末まで25~30%削減する」ことで合意した。

しかし、今度は経営側と政府の強硬策により新たに浮上した「労組執行部に対する司法処理、懲戒、民事上の損害賠償問題など」の争点をめぐって労使交渉は再び難航した。 結局、労使は「賃金凍結、告訴・告発の取り消し、司法処理の最小化のための関係機関への陳情、懲戒処分の最小化および一般組合員に対する懲戒撤回、民事上の損害賠償の最小化など」に合意し、ストは2日ぶりに終結した。

このような経営側と政府の強硬策による早期解決に危機感を覚えた民主労総は、13日緊急中央執行委員会を開いて「民主労総の連帯闘争に対する政府の強硬策は、下半期の整理解雇と非正規職労働者の量産を軸にした新自由主義的構造調整を強行するために抵抗勢力を未然に取り除こうとするものである」と非難し、「政府が大韓航空パイロット労組のみでなく保健医療労連、公共連盟、民主労総の執行部に対しても逮捕状を発行するなど司法処理の範囲をさらに広げたことに対して、組織の命運をかけて対抗していくこと」を明らかにした。

そして翌日の14日に記者会見を開いて、「大韓航空の労使が公権力の介入なしに自律的交渉で妥結したことを歓迎する。現在連帯闘争に参加している公共、保健医療、金属、化学繊維、建設部門などの個別事業所でも労使間の自律的交渉を保障し、ヒョソンのウルサン工場と大宇自動車に配置している警察隊を引き揚げるよう」求めた。

一方、アシアナ航空の乗務員労組は、基本給および諸手当の引き上げを主な争点に賃金交渉に臨んでいた。しかし、賃金交渉の最中に、経営側が「団結闘争」と書かれているリボンをつけて旅客機に搭乗しようとした労組幹部2人を懲戒処分したため、労組側はこれに反発し、労働委員会に経営側を相手に「告発状と不当懲戒および不当労働行為救済申請書」を出すなど、労組幹部の懲戒処分が新たな争点として急浮上した。

同社労使は6月18日、次のような合意案に達し、ストは6日ぶりに終結した。つまり不当労働行為をめぐっては「経営側が遺憾の意を表明する」ことで決着がついた。そして賃上げについては「基本給4.5%引き上げのほかに、労使和合激励金20億ウオン支給、6つの職務手当の引き上げ(客室乗務員飛行手当と整備資格手当は定率6%、空港サービス手当などは定額5000ウオン)、空港勤務貨物サービス職に対する手当(月6万5000ウオン)の新設、仁川空港勤務者に対する交通費補助(月6000ウオン追加)などで合意に至ったのである。

大学病院における労使紛争

民主労総の連帯闘争の一角を占める保健医療労連傘下の大型病院労組は、6月13日に一斉にストに突入したが、その日に早くも8つの大型病院で労使交渉が妥結したのに続いて、14日には連帯闘争の中核事業所の1つである漢陽大学病院をはじめ4つの大学病院でも合意に達するなど、早い段階で概ね終結を迎えた。

そういうなかで、ソウル大学病院など4つの国立大学病院では最大の争点である退職金累進制をめぐって労使交渉が難航した。そのうちソウル大学病院では6月21日、退職金累進制の廃止を主な内容とする暫定合意案が、労組の代議員(49人)投票にかけられ、賛成38票で同暫定合意案は承認された。これにより、9日間続いたストは終結するかに見えた。

しかし、ストに参加していた組合員側から「退職金累進制を廃止した屈辱的な合意案は絶対受け入れられない」という反発の声が高まったため、労組執行部は「組合員の意思を尊重する」とし、組合員投票にかけることを決めた。翌22日午前、全組合員2200人余のうち847人(38.5%)が参加した組合員投票で、56.6%(479人)の反対で暫定合意案は否決され、ストは再開された。

その後、6月25日午後に開かれた労使交渉で次のような賃上げおよび労働協約改定案で最終合意に達した。第1に、退職金累進制の廃止を8月末まで留保する。第2に、スト期間中の賃金に対するノーワーク・ノーペイ原則の適用に伴う賃金損失分は、病院側が労組の財政自立基金3億ウオン(2001年と2002年にかけて1億5000万ウオンずつ)を支援する方法で補填する。第3に、在籍中の職員に対しては組織改革および雇用調整など構造調整に伴う不利益を最小限に抑える。その他に、平均賃金の8.23%引き上げ、退職金累進制廃止に伴う損失分補填のための退職手当の年度別引き上げ、労使合意に基づいた年俸制、成果給制の導入などが盛り込まれた。

政府と民主労総の全面対決

以上みてきたように、民主労総は「労使交渉が決裂した個別事業所を中心に争議行為の手続きを踏んで、6月12日に一斉にストに突入する」という連帯闘争を展開し、個別事業所労組の「実利志向闘争」と民主労総の「政治闘争」を同時に実現する戦術をとった。しかし、長引く景気低迷や厳しい雇用情勢の下では、民主労総の政治闘争への参加が個別事業所の実利(賃上げや労働条件の改善)に直接結びつくという図式がはっきり見えないかぎり、個別事業所労組の闘争力強化には自ずと限界がある。

特に今回のように市民生活に直結しているだけに、ストの影響力が大きいはずの航空業界労組や病院労組などには、逆に高賃金事業所での労使紛争に対する世論の厳しい圧力(干ばつの影響で農民の生存権問題がクローズアップ)にも耐えられるほどの大義名分(労働者の生存権闘争)を持ち合わせることが何より肝心なのに、それが乏しかっただけにその影響力にもすぐ陰りがみられたのである。

さらに、これに追い打ちをかけるように経営側と政府は、中労委の行政指導などの手続きに応じない個別事業所労組の争議行為は不法ストに当たるとし、早い段階から公権力の行使や厳正な司法処理に踏み切るほか、連帯闘争を主導した産別労連や民主労総の執行部に対しても逮捕状を発行するなど強硬策を貫いたこともあって、民主労総の連帯闘争は予想以上に早く鎮静化に向かったといえる。

民主労総は6月22日、緊急中央委員会を開いて、「民主労総に対する政府の強硬な弾圧に抗議し、7月5日に民主労総に対する弾圧の中断や民生改革法案の国会通過を求めて全事業所での1日ストを入った後、6日から自動車、造船、重工業部門事業所を中心に第2段階連帯闘争を展開すること」を決議した。その他に、「市民団体との連帯闘争、国際労働組織との連帯闘争、事実を歪曲した報道の疑いのある朝鮮日報の不買・購読中断運動、民主労総に対する不当な弾圧を広く知らせるための広報資料60万部配布、金大中政権退陣を求めるリボンをつける民衆運動など」を展開することにしている。

これに呼応するかのように、韓国労総委員長は6月22日、記者会見を開いて、「政府が労働者側の生存権闘争を公権力で弾圧するのは言語道断であり、反民主的、反民衆的暴挙である。最近の相次ぐ公権力行使は、労使関係に対する無知と労働政策の喪失を表しており、危険な水準を越えている」と主張し、「労働者側に対する弾圧の中止」のほかに、「構造調整阻止闘争などで拘束された労組幹部の釈放、悪質な事業主の不当労働行為に対する厳重な処罰、航空部門を必須公益事業に含めようとする計画の中断、民主労総執行部に対する一斉逮捕令の撤回、週5日勤務制と週40時間への労働時間短縮など」を求めた。

いずれにせよ、現政権にとって「民主労総は構造調整と景気回復を妨げる最大の抵抗勢力であり、労使自治の原則のみでなく不法行為に対する厳正な司法処理の原則で対処すべき組織」と位置づけられ、民主労総にとって「現政権は改革と経済政策の失敗の責任を労働者側になすりつけ、再び政権を握るために既得権益をもつ保守勢力に迎合し、労働者側を弾圧する政党勢力」とみられるようになったといえる。

それだけに、現政権と民主労総執行部は双方の指導力や政治力を賭けて全面対決の姿勢を強めており、しばらく労働問題が韓国の政治・経済に重い影を落とすことになりそうである。

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