金融部門の第2段階構造改革をめぐる労政対立

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年9月

金融労連と政府は2000年7月11日、5回にわたる交渉の末、金融持株会社法の制定、官治金融慣行の撤廃、公的資金投入による不良債権処理などの争点について合意に達した。これにより、金融労連主導のゼネストは1日目で終結を迎えた。そして労政間の合意内容は、翌日の12日、労使政委員会の案件として決議され、正式に発表された。このような手続きにより合意内容は、法的に保障されることになったのである。

今回の労政間の話し合いによる妥結は、次のような点で新たな労使関係パラダイムの試金石になりうるケースとして注目される。

第1に金融労連は、産別労組体制への転換を機に、初めて構造改革をめぐる政府の政策を交渉の対象に取り上げ、一定の成果を上げることができたという点で、産別労組の意義とその可能性を確かめる機会を得たといえる。

第2に、政府も、構造改革の方法論をめぐって、経済危機直後は構造改革の不可避性と世論の支持を盾に当たり前のように強行していた一方的な構造改革方針がすんなりとは通らなくなったことに気づき、しぶしぶではあるにせよ、労働組合を対等なパートナーと見なし、具体的な政策決定にその意見や要求を反映させる方向へと方針転換を試みた。

第3に、労働界の参加拒否で労使政委員会は、今回の労政交渉では話し合いの糸口を見出すとともに、最終的には、合意内容を同委員会の案件として決議する手続きを踏むなど、法制化以来初めて、政策協議の場として有効に機能する可能性が示された。

では、今回の労政交渉やゼネストにおいては何が主な争点になったのか。そして労政間の合意内容は、金融部門における第2段階構造改革にどのような影響を与えるかみてみよう。

労政交渉の経緯と主な争点

今回の金融労連によるゼネストや労政交渉は、2000年3月3日に金融労連が単一産業別組合として旗上げした時点で宣言した通りの展開を見せた。当時、新たに発足した「金融産業労組」の李委員長は、「1998~99年の金融部門における構造改革阻止闘争を通して、組織の団結力を強化するためには、銀行別組織を一つにまとめなければならないとの認識が広まった」ことを踏えたうえで、「今後の構造改革過程で予想される銀行間の合併案を阻止し、官治金融慣行の撤廃に重点的に取り組む計画」を明らかにしていた。「金融産業労組」は、従来の金融労連傘下労組のうち、24の単位労組(組合員6万5000人余)が参加して国内最大規模の単一産業別組合として結成された。それは、経済危機後の第1段階構造改革の際に味わった無力感や今後の第2段階構造改革に対する危機意識をバネに、対政府闘争で強い団結力(交渉力)を誇示することができるような体制づくりの始まりだったのである。

2000年6月に入り、金融部門における第2段階構造改革を推進するための法的基盤づくりの一環として「金融持株会社法」を7月の臨時国会で処理するとの政府与党の方針を明らかにしたのを機に、金融産業労組の対政府闘争に向けての動きは活発化する。まず6月7日に、緊急幹部会議を開いて、「第2段階構造改革は、金融市場が安定してから市場原理に基づいて行わなければならない。政府は公的資金を投入した銀行間の合併推進計画をただちに撤回すべきだ」と強く求めるとともに、「このような要求が受け入れられなければ、7月8日に5万人規模の抗議集会を開いた後、7月中に無期限ストに突入する」方針を決めた。

2000年7月1日には、組合員2万人が参加した集会で7月11日からゼネストに突入することを公式に宣言した後、3日にはゼネストに対する組合員投票を実施し、90%以上の賛成を得た。組合員の圧倒的な支持をもとに、その翌日の4日には私服出勤などの順法闘争に入る一方で、労使政委員会委員長と金融監督委員会委員長に「労政交渉」に臨むよう提案し、7日から労政交渉に応じるとの約束を取りつけるに至った。当初政府側は、「政府に対する政策変更の要求は交渉の対象ではない。不法ストになるので刑事・民事上の責任は免れない」と警告し、金融産業労組の要求を突き放していた。その後、同労組のゼネスト計画に対する組合員の圧倒的な支持が確認され、ゼネストは避けられないという局面に立たされてはじめて重い腰を上げ、労組側との話し合いや説得に真剣に取り組むようになった。

しかし、経済危機直後のドラスティックな構造改革の心理的影響や官治金融の名残りなどにより、労組側の政府に対する不信感は根強く、それが第2段階構造改革に対する危機意識を増幅させ、さらには労政交渉を難航させる最大の要因にもなっている。

例えば、最大の争点であった金融持株会社法の制定案をめぐる労政間の見解の食い違いは、その不信感を端的に示している。つまり労組側は、「金融持株会社法は公的資金を投入した銀行間の合併を強制的に進めるための法的手段にすぎず、それは必然的に組織の縮小および人員の削減(第1段階構造改革過程で4万5000人余が削減された点が尾を引いている)を伴うもの」と捉え、「当該銀行の経営改善努力が実を結ぶまで、3~4年間同法の制定を留保すべきだ」と主張したのである。

これに対して政府側は、「金融持株会社法は構造改革を進めるための法的基盤として、持株会社を中心に銀行の大型化・兼業化・専門化などを進めることで、シナジー効果を得るところにその狙いがある」としたうえで、労組側が危惧するような「強制的な銀行間合併は行わない」点を繰り返し強調したのである。しかし、特に後者に関しては、労組側は当初、「政府の話は信用できない。大統領自らの約束がなければ政府との話し合いにも応じられない」と強硬な立場を崩そうとしなかった。

その他に労組側は「政府が銀行経営に直・間接的に介入してきたいわゆる官治金融の慣行が多額の不良債権による経営悪化の主な原因になっている」との立場から官治金融慣行を撤廃するための特別法の制定や政府責任の明確化(不良債権の処理)などをも強く求めた。

5回にわたる労政交渉は、双方の意見交換から始まり、労組側の要求案に対して項目別に議論し、労政の代表が結論を出す方式(実務委員会の構成)に移ってから急展開を見せた。

その間、前述の最大の争点をめぐってかなり難航するかに見えたが、その一方で、ゼネストへの参加を見送る銀行労組が相つぐほか、代替要員の確保にメドがついた銀行を中心に、スト期間中も通常の営業活動を続けると宣言したところが増えてきたこともあって、金融産業労組は、ゼネストへの突入と同時に交渉の妥結を急がざるをえなくなった側面が強い。つまり、同労組にとってゼネストの名分と実利を共に保つための選択肢は、非常に限られてしまったのである。

主な合意内容とその影響

労政間の主な合意内容は次の通りである。まず、最大の争点であった金融持株会社法の制定問題については、政府案通り、今度の臨時国会で処理することが決まった。ただし、労組側が最も重視していた雇用安定を保証する項目は盛り込まれなかったものの、「銀行間の強制的な合併は行わないこと」と、「公的資金投入銀行を持株会社の子会社として経営する場合、BIS 基準自己資本比率を10%以上に引き上鎔げ、当該銀行の健全性を高めること」などがその担保として約束された。また、構造改革に伴う人員削減は労働協約に基づいて最少限に抑えるという条件がとりつけられた。

その他に、

  1. 官治金融の慣行を撤廃するために、銀行の自律的な経営を規制する各種の法制度や口頭(電話)による指示は、規制緩和の一環として処理し、国務総理令や閣僚会議の指示などで文書化する
  2. 金融部門への市場原理導入を意味する預金保障制度は、予定通り2001年1月から実施するが、その上限額については9~10月頃再検討する
  3. 銀行の不良債権のうち、政府の官治金融慣行によるものについては政府が責任をもって処理する

ことなども決まった。

このような合意内容は、まず、金融部門における第2段階構造改革の枠組みを確定する意味あいをもつだけに、政府の方針通り構造改革が加速されることが期待される。その反面、公的資金の追加投入や預金保障上限額の再検討などは市場原理に一定の留保条件をつけることを意味するだけに、それらは単に、経営不良銀行とその組合員の雇用を一定期間保護するのみにとどまって、最終的には構造改革をその分遅らせてしまう恐れがある。

いずれにせよ「政府主導の構造改革」から「市場原理に基づいた改革」への移行期を迎え、政府は、各利害関係者間の利害調整を含めて厳しい舵取りを迫られるのは必至である。今回の労政交渉と合意内容はその始まりにすぎず、構造改革を取り巻く状況は、相変わらず流動的である。

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