NWC、「賃上げ」を勧告

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年8月

全国賃金審議会(NWC)は2000年5月29日、「2000~2001年賃金ガイドライン」を発表した。経済は確実に回復軌道にあり、景気後退時に労働者が中央積立基金(CPF)の拠出率と賃金の引き下げを受け入れたことを考慮して、使用者に「賃上げとボーナスの支給によって労働者の貢献に報いるよう強く求める」とする内容となった。

今次のガイドラインは、

  • 1999年のNWC賃金ガイドライン
  • 1999年の経済実績
  • 2000年の見通し
  • 2000~2001年賃金ガイドライン
  • その他の勧告
  • NWC勧告の適用
  • 結論

から構成されており、以下、各項目について要約する。

1999年のNWC賃金ガイドライン

全国賃金審議会(NWC)は、1998年5月に同年最初の賃金勧告を発表し、それから4カ月後の9月、経済状況が悪化するなか特別会議を開いた。そして総賃金コストを15%抑制するために、賃金引き下げ幅を5%から8%にするよう提案した(中央積立基金<CPF>の使用者側拠出率10ポイント引き下げを含む)。さらに1999年には、シンガポール経済に対する投資家の信頼を高め、企業がコスト競争力を回復し、国内労働者の雇用を確保し、失業率を最低限に抑えるために、賃金を抑制するよう勧告した。

1999年の経済実績

シンガポール経済は1999年に力強く回復し、5.4%の成長を遂げた。成長率が1998年の0.4%から著しく伸びたのは、米国の好調なエレクトロニクス需要に加え、1999年1月の賃金引き下げ、コスト削減策によりコスト競争力が大幅に向上したことによる。

景気回復に伴い、1999年は労働市場も回復した。四半期ごとの季節調整済み失業率は、1998年12月の4.3%から99年12月には2.9%に低下した。雇用者数は、1998年には2万3400人減少したが、99年は3万9900人増加した。従業員25人以上の民間事業所を対象とした調査によると、労働需給の逼迫を反映して、1999年の解雇者数は、98年の2万9100人からほぼ半減して1万4600人にとどまった。

賃金については、1999年の基本給引き上げ率は2.1%で、98年の2.7%を下回った。1999年下半期の景気回復で年次ボーナスや特別ボーナスを支給する企業が増えた。その結果、基本給とボーナスを合わせた賃金は、1998年には0.4%減少したが、99年には2.8%上昇した。CPF拠出率の10ポイント引き下げを考慮すると、総賃金コスト(基本給、ボーナス、CPF使用者拠出金)は5.8%減少したことになる。

2000年の見通し

シンガポールの成長見通しは明るい。国内総生産(GDP)は、2000年第1四半期に9.1%伸びた。とはいえ、景気減速の兆候は見られないものの、下半期についてははっきりした見通しを描けない。国内では建設業がまだ回復していない。地域的には、ほとんどの東南アジア諸国で経済が好転しているが、不確実性もまだ残っている。これらすべてを考慮したうえで、通産省は、2000年の予想成長率を4.5~6.5%から5.5~7.5%へ1ポイント上方修正した。

2000年の成長率は1999年を上回る見込みだが、来年以降も堅調な成長が続くとはかぎらない。競争環境が大きく変わったためだ。急速な技術進歩、国境を越えた合併・買収の増加、アジア各国の改革により、ニュー・エコノミーでは競争圧力が急速に高まるだろう。

ニュー・エコノミーに適した賃金・給付制度

ニュー・エコノミーで職に求められる条件を満たすには、使用者、労働者、政府は緊密に協力し、生涯学習を通じて労働力の質を常に向上させていかなければならない。

経済状況の急速な変化にどう対応するかという課題と、シンガポールがニュー・エコノミーに移行しうる機会が与えられていることを考慮し、新しい賃金ガイドラインは以下の目標の達成を促進するものでなければならない。

(1)シンガポールは、コスト競争力のある経済を維持していくことを決意し、世界の投資家から確固たる信頼を得る。 (2)訓練および再訓練を通じて、労働者がニュー・エコノミーに迅速に適合するための取り組みを促進する。 (3) 現在の回復局面をうまく利用して将来の危機克服の仕組みを強化する。 (4) ニュー・エコノミーへの移行を支援・促進するため、革新的かつ柔軟な報酬・給付制度を発展させる。

2000~2001年賃金ガイドライン

2000~2001年は景気回復に伴い、CPFの使用者側拠出率の2ポイント再引き上げを考慮し、賃金を引き上げるべきである。具体的には、NWCは以下の事項を勧告する。

(1)業績がきわめて良好な企業は、労働者に対し十分な賃上げを行い、ボーナスを支給すべきである。特別ボーナスの支給も検討すべきである。 (2)収益性が高く業績が改善した企業は、適度な賃上げを行い、ボーナスを支給すべきである。 (3) 業績が改善していない企業は、業績と今後の見通し、労働市場の状況に見合った賃上げを検討すべきである。

国際競争力を維持するため、定期昇給は生産性の伸びを上回るべきではないと、NWCは繰り返し提言する。総賃金の引き上げは、企業と個人の業績を反映させ、できるかぎり可変給部分で行うべきである。

月間可変給(MVC)の早期導入

ほとんどの企業は、景気回復を踏まえて賃上げを行うと予想され、NWCは以下の事項を強く勧告する。(1)3%を上回る賃上げを行う企業は、賃金の最低3%を月間可変給(MVC)とする。 (2)3%以下の賃上げを行う企業は、賃上げ分全体をMVCとする。

近年の景気後退局面で明らかになった通り、企業業績に連動させて年末に可変給を支給する現行のフレキシブル賃金システムは、突然の景気後退時に賃金コストを素早く調整できるほど柔軟ではない。年末のボーナス調整まで待たなければならず、それでは企業が生き残り、雇用を維持するのに遅すぎる場合があるからである。MVCを早期に導入すれば、企業は必要に応じて賃金コストを素早く調整し、雇用を維持できる。また将来、CPF拠出率引き下げの必要性を最小限に抑えられる。

現在の景気の回復は、MVCを速やかに導入するのに絶好の機会を提供している。したがって、企業はMVCの導入を遅らせるべきではない。

その他の勧告

使用者側拠出率の再引き上げ経済が回復するに従い、CPF拠出率の引き上げは、賃金コストの上昇につながることを認識したうえで、賃上げと歩調を合わせてCPF拠出率も徐々に引き上げるべきである。そうすることで労働者積立金も遅滞なく増加できる。早まって軽々しく賃金を引き上げ、後でCPF拠出率の引き上げがいっそう難しくなるといったことも避けられる。

第1四半期の成長率が高く、経済見通しが明るいことから、NWCは、CPF拠出率の次回の引き上げを2001年1月1日に前倒しするよう提案する。

移管可能な医療給付

高齢化、医療費の増大、労働流動性の高まりに伴い、NWCは現行の医療給付制度を見直す必要があると認識し、事業者と被用者が保険料を共同負担し、転職時に移管可能な医療給付制度への移行を勧告する。これにより、労働者は自分の健康に対し、従来より大きな個人的責任を負うことを求められ、同時に、使わなかった医療給付を積み立てて将来必要時に使うこともできる。

フレックスタイム制

グローバル化と技術革新が進むなか、先進工業国ではフレックスタイム制が一般に導入されている。特に、電気通信や情報技術分野の開発においてこの制度が支持され、企業や従業員はニーズにより適切に対応できるようになり、生産性が向上している。それに対しシンガポールでは、パートタイム雇用を含め、フレックスタイム制の導入は先進国に比べて相当遅れている。パートタイム労働は、1999年の雇用全体の4.7%を占めるにすぎない。NWCは、使用者が労働組合と政府の支援を得てフレックスタイム制の導入を検討し、企業が労働者を引きつけ、定着させ、意欲を高めることができるようにするとともに、労働者は仕事と生活のバランスをうまく図れるようにすることを勧告する。

NWCの勧告の適用

NWCの勧告は、すべての従業員に適用される。公共部門であれ民間部門であれ、組織化されている企業であれ未組織企業であれ、経営幹部、管理職、一般従業員のすべてに適用される。賃金交渉を円滑に行うため、企業は、業績と事業の見通しに関する情報を従業員とその代表に提供すべきである。

以上の勧告は、2000年7月1日から2001年6月30日まで有効とする。

シンガポールはニュー・エコノミーに向かっており、労働者の意欲を高めてその貢献度を高めるとともに、革新的な報酬制度を構築し、高い価値を創出した労働者に十分な報酬を与えなければならない。経済は確実に回復軌道にあり、景気後退時に労働者がCPF拠出率と賃金の引き下げを受け入れることによって払った犠牲を考慮し、NWCは使用者に対し、賃上げとボーナスの支給によって労働者の貢献に報いるよう強く求める。

NWCは、政府がこの勧告を受け入れることを期待している。

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