定年前退職プラン

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年11月

スペインの通信会社「テレフォニカ」が社員の一部を対象とした定年前退職プランを発表し、波紋を呼んでいる。問題は利益をあげている民間企業でのこうしたプランのために、国がどこまで資金繰りをすべきなのかという点で、実際国は定年前退職プランに伴うコストのかなりの部分を負担しているのである。テレフォニカの労使間で結ばれた協定によれば、対象となる労働者は1万800人におよび、定年前退職が法定の条件を上回る条件で退社するかのいずれかを選ぶことになる。

定年前退職が広く行われるようになったのは1980年代のことで、労働市場の停滞を打開し、特に失業率が50%前後にも達する若年層の雇用創出につなげようとの意図で導入された。当時政府は長期的な定年前退職計画に協力してきたが、これは主に衰退に向かう工業部門や、未熟練のために再就職が難しい労働者を対象としたものだった。

これによると、政府は定年前に退職した労働者に対する手当を、法律で定められた退職年齢(65歳)に達するまで支払うというもので、それによって退職年齢以降の年金には影響することはないとされていた。また個々の企業における労使間の交渉により、企業側は定年前退職する労働者が納めていた社会保険税の額・納税期間に応じて国から受け取る手当額と、退職直前までに受け取っていた賃金との差額を負担することになった。つまり、労働者はそれまでの収入水準を維持するという条件と引き換えに退職するわけだが、そのうちの大部分は国がそれぞれの労働者が受給資格を有する年金・失業手当という形で支給し、残りを企業が補うことになるわけである。

このような定年前退職プランには国からの何らかの特典がプラスされており、現在では65歳の定年年齢まで働く非自営労働者は、わずかに全体の38%にすぎない。労働・社会問題省のデータによると、1998年に定年前退職した労働者数は8万3000人以上にのぼり、1999年は5月までですでに3万2000人以上と見られている。結果的にスペインでは、労働者が実際に退職する年齢は平均で63歳となっている。一方同じく労働・社会問題省の最近の統計からは、1995年に始まった定年前退職の減少傾向が定着しつつあるように見られる。

定年前退職を適用するにあたっては、法的に2通りの可能性が考えられる。1つは企業側が労働者に対して行う雇用調整だが、これはさまざまな議論を呼んでいる。というのも、経済的に利益を上げている企業が雇用の再編を行うのにあたって、国がこれに協力するというのは社会的に見ても正当化しがたいし、また自由競争の原則に反すると見られるからである。

この場合労働関係を統括する当局は、雇用調整が企業の労使間の合意に基づくものであれば、これを拒否する権利を有しない。したがって当局としては、これを受諾するか、裁判所に判断をまかせるかのいずれかしかないということになる。実際には、再編計画が労働者側からの支持を得ていること、また計画が受け入れられなければ企業が操業停止・閉鎖を辞さない構えで臨んでくることを考えれば、政府としては定年前退職のコスト負担を拒否することはきわめて困難である。

次に労働者の自由意志による定年前退職という方法があるが、これは1967年1月1日以前に社会保障制度への負担金支払いを行っていた労働者を対象として法制化されている。この場合退職の意志決定は労働者自身が行うが、年金支給は一部減額され、また企業は差額を支払わない。法的には退職年齢を法定の65歳より1年早めるごとに、年金額は8%ずつ減額される。自由意志による定年前退職は60歳に達した労働者なら可能であるが、年金を受給する期間が長くなる一方、退職を早めることに伴うコストもかかってくるわけである。

またこの方法による定年前退職ができるのは、現在社会保障制度に加入している50歳以上の労働者150万人だけに限られているので、2010年ごろにはなくなる。つまり長期的には企業ごとの雇用調整に伴う定年前退職だけが残ることになるわけで、人口の高齢化に伴う経済負担の増加という深刻な問題を回避しようというものである。

ただし、社会保障制度にとってより負担となるのは、まさにこの企業の雇用調整による定年前退職の方であって、社会的打撃も大きい。問題はこれがまれに行われる方法でもなければ、他の通常の雇用調整方法とかけ離れたものととらえられているわけでもないということで、今後これを低コストの人員調整方法として利用する企業が増えることも十分考えられる。例えば現在でも、株式上場企業上位10社が総数2万5000人の労働者を対象に定年前退職プランを実行中である。

大企業での定年前退職プランのいくつかは1998年に始まったものだが、今後労使間で新たな修正がないかぎり、いずれも2000年に終了する。企業の効率化に向けた競争の中で、多くの労働者が法定年齢よりも早く労働市場から姿を消す一方、国の社会保障制度にとっては過剰なコスト負担が生じている。

ほとんどの場合、全国年金基金が国立雇用庁(INEM)および社会保障制度による年金支払いをカバーしなければならない。労働省によると、1994年には定年前退職した労働者に対する失業手当の支払総額は210億ペセタ(100ペセタ=67.70円)、雇用調整の対象となり手当を受給する労働者数は10万人近くにのぼっていた。しかし1999年にはこのコストは820億ペセタ、対象となる労働者数は5万人も増えている。これに加え、退職前の援助として国はさらに160億ペセタほどを負担している。

退職前の段階で労働者が受け取る収入は、企業側からの補償金、国からの失業手当のほか、多くの場合国あるいは自治州政府からの援助が加算される。

一方定年前退職とは、経験を積んだ熟練労働者の喪失をも意味する。多大な利益をあげながら、定年前退職の濫用で従業員の若返り・コスト削減を目指す企業に対し、最近では批判の声が聞かれるようになっている。現在定年前退職を実施中の企業の中には、多くの民間の大企業のほか、1980年代の再編を経て民営化への途上にある公企業のほぼすべて(特に工業部門)が含まれる。これらの企業では、52歳以上の労働者に対して退職プランを組んでいる。

定年前退職プランを正当化する理由は、企業の経営状態の悪化など経済的理由から、技術革新、企業構造改革など組織的理由、市場の変化に伴う競争力向上の必要性など、いくつもの種類がある。

定年前退職は国の社会保障制度の財源に影響するだけでなく、雇用の動向にも、また労働市場の硬直性の修正政策にも影響してくる。スペイン銀行の最近の報告によると、調査の対象となった企業の多くでは1998年以来の雇用増加傾向が続いているが、民営化途上にある大企業の中には人員調整が済んでいないところもあるため、全体像はつかみにくい。

そのため政府は、硬直した労働立法に伴う人員調整コストを明確化する目的で、定年前退職の普及に一定の枠を設けようとしている。雇用問題当局では、2000年より高齢労働者を雇用する、あるいは解雇せず雇用しつづける(場合によっては定年年齢以後も)企業に対する優遇措置の導入を発表している。

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