労働裁判、収拾不能へ

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年8月

ブラジルには普通裁判所の他に労働裁判所が独立して存在しているが、それが年々肥大して膨大な予算を食い不正汚職が広がったとして上院に司法調査委員会が設置され、全国各州の支所に累積している不正汚職が表面化している。同時に労働裁判所の不要論が討論されておりマスコミに労働裁判の実体を追求する記事が増えてきた。資料に基づく評価を以下に挙げて見よう。ブラジルで労働裁判を起こすと解決までに平均7年かかっている。1998年だけで全国では260万2991件の裁判が起こされており、どの労働裁判所も進行中の裁判の累積のために書類を置く場所がなくなりトイレの通路まで積み上げられている。ブラジルの労働裁判はまさに世界の恥となったとマスコミはコメントしている。米国では1億3880万人の経済活動人口を有しながら労働裁判は年間7万5000件しかなく、普通裁判所で解決している。また、日本では年間1000件しか労働訴訟はないと日本を引用した。ところがブラジルは例えば国内銀行で2位にランキングされているイタウ銀行の例を取ると、年間1万件が労働裁判所に持ち込まれるために本社では1階全部を弁護士事務所に当てて45人の同銀行専用弁護士がイタウを守っている。全国銀行連合会によると、全国の銀行を相手取って現在起こされている労働訴訟は約10万件に達した。

4輪のフォルクスワーゲンでは労裁に訴えられた要求を全額まともに払うなら3億9400万レアル(約2億3176万ドル)を払うことになる。南端のリオグランデ・ド・スール州では州立電力公社を相手取って、1人当り8万~10万レアル(約471万~558万ドル)の賠償請求を従業員達が一斉に起こし、一つの弁護士事務所だけで7500件を受け持っている所もある。こうした醜聞に近い労働訴訟を処理するために、全国の労裁機構は今年32億レアル(約19億ドル)もの国家予算を使って組織を維持しており、これは国家として運輸部門に使う予算の2倍に当り、政府機構が全国の教育に向ける総予算の30%に当る。しかも労働裁判の結果賠償金として1レアル払うごとに、経費として国民の税金は2レアル使われている。とにかく労働裁判所とは、非常に高い経費を使いながら効率は悪くまったく無駄な制度を内部に温存して経費を増大させると批判されている。いま裁判に持ち込むと初公判は2001年になる。

労働問題専門家は1件の裁判に10年かかるような状態で正義はありえないと評価した。ブラジルの労働裁判は前世紀的な制度を温存しているために、労使間の交渉よりも法規定を義務づけ現実を無視して規定を押し通す。司法が労使とはかくあるべきだと判決する。労働裁判所を即時廃止するなら裁判をしたい労働者だけが普通裁判所に移る変化が起こる程度だろうと労働裁判所無用論を展開している。

労働裁判所の存在は労働市場の危機を深めるだけであると憂慮する論も出ている。長足の発展を余儀なくされているブラジルはますます企業は合理化を迫られており、人員整理を強化して労働裁判は増える。国際グローバル化に巻き込まれたブラジルのなかで国際競争がいかなるものかを無視して前世紀的な労働裁判に固執しているが、技術開発、開発促進が労働市場に急変を起こすことを労働司法は阻止できないことを知ろうともしない。世界中が労働の概念を刻々と変えている時に、まだブラジルは雇用とは労働時間、給料、使用者側の責任のようなことばかり固執して、労使の協調を阻止し、対立を煽る結果になっていると批判している。

ブラジルの労働法は55年も前に制定されたものを、前世紀的制度の労働裁判所が裁判することにより、国内企業の競争力強化を阻止する状況となっていると批判されている。半世紀以上も前の法令を適用している結果、企業、労働者共に法令で縛り、近代企業の管理職も、文盲の砂糖キビ刈り人夫も同等に規定に従うほかに、憲法で13カ月給料とか超過勤務時間まで定めているという世界に例のない国となった。

管理職も日雇い人夫も、法令の範囲内で使用者側と自由に交渉することは認めるが、会社の近くに住んでいて、企業の義務となっている通勤の交通費支給が要らないから、その分だけ、給料を上げてもらう交渉の余地も与えない。55年前に定めた労働法の全922条文によって、大企業も裏庭の零細企業も同じように規制している。これが労働訴訟を商売にできるようにした原因である。就労してから意図的に解雇されるように行動して、訴訟に持ち込むことが一般的となっており、サンパウロ州では31歳の男性が85件の労働裁判を起こしている例が挙げられているが、訴訟を起こせば大体使用者側が敗訴する習慣となっているために、訴訟が職業化している。これを支えるためにブラジル弁護士協会によると、全国の弁護士5万人の内、3万人は労働訴訟専門の弁護士である。法令で労使を縛り付けておいて、労働者側が、違反を発見して賠償を取ろうとする社会を作り上げた。

労働法の専門家によると、法令が多すぎることが、不正汚職を繁殖させており、法令が増えるほど意図的でない違反は増加し、訴訟は増加する。米国のように簡略な労働法を制定した国の企業は、世界一健全にして競争力をつけた。欧州ではスペインが最も法令で縛り付けて、欧州で一番競争力を失ったために、急遽簡略化を図っていると報道は引用している。ラテンアメリカではアルゼンチンやチリが先に改革を行なった。これで労使対立は減り、企業の賠償コストは50%減っている。

ブラジルでは人を雇うと非常に高価につく制度を政府が作り、これを温存しているために、企業は可能な限り正式雇用を避けており、経済活動人口の半分以上がアングラ経済に従事せざるを得ない現状となった。女性のアングラ経済従事は65%に達する。これほど法令で企業を縛り付けないなら、これらの労働力のいくらかは、正常な職場で働いたことであろう。若者とか50歳以上の就職を容易にするような法の柔軟性もなく、一律に規制する。長く失業していると、条件よりもとにかく職がほしいのだが、労使対立となった時に法は絶対に大目に見ないために、企業は警戒して便宜を図れない。

ブラジル人の労働者は、米国の労働者よりも低い給料だが、企業にとっては正式に雇うと非常に高価につく。サンパウロ大学の専門家によると、もし企業から政府が取っている社会分担金を給料として払うなら労働者の給料は42%上昇する。企業が政府に払う分担金は、平均すると給料の62%にあたる。米国では13%ですむ。

ブラジルでは月給1400ドルの労働者を雇うと企業の社会分担金を含めた支出は平均3600ドルにつくとブラジルに支社を有する米国の多国籍企業が発表している。さらに例えば金属工業が払う給料には、SESI、SENAI、INCRA などの頭文字がつく社会分担金などをかける。工業見習い訓練は納得できるにしても、INCRA、つまり植民農地改革院の経費分担金をなぜ金属工業までかけるのか?単に分担金名目の税金ではないか、と行政の不透明を指摘している。

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