旧・JIL国際講演会
オランダの最新労働事情~オランダ・モデルは今~
(2001年5月29日)

 

 日本労働研究機構では、2001年5月にオランダキリスト教労働者全国連盟(CNV)より3人の役員を招聘し、プログラムの一環として、オランダの最新労働事情をテーマとする講演会を開催した。その要旨を紹介する。

目次

講師略歴

ドクエル・テルプストラ(CNV会長)
アドベルト・ブルッグマン(CNV製造・輸送・農業労働組合委員長)
ポール・クースラグ(CNV公共事業・医療/福利厚生・公共事業民間化部門組合委員長)

はじめに

 

 オランダには3つのナショナ・ルセンターがある。最大組織がFNV(オランダ労働組合連盟)で、組合員数が約100万人、次にCNV、3番目は、中小規模ではあるが、プロフェッショナルを組織しているホワイトカラー系労組MHPである。これらの労働組合は、それぞれ産業別に構成されている。
 オランダと日本の労働組合構造には大きな違いがある。
 1点目の違いは、日本の組合は企業別に組織されていることである。オランダでは、支部もしくは業種ごとに組織化されている。それらが、ナショナル・センターに所属をする形になっている。
 2点目は、失業者や退職者、パートタイマーやフレキシブル・ワーカーも組織されていることである。
 3点目は、公務員(公共部門に勤めている人たち)も民間部門の人たちと同じ権利、つまり団体交渉やストライキ権が認められていることである。
 また、オランダの労働組合は、賃金や雇用問題全般のほかに社会の現状にも目を向け、責任を果たそうとしている。
 主な経営者団体も3つある。主に中小企業の経営者を組織しているMKB(オランダ中小企業使用者連盟)、メド・インターナショナルなどの大企業を組織し、国際的に活躍しているVNO−NCW(オランダ経営者連盟)、それに主に農協セクターを組織しているLTO(オランダ農芸連盟)である。これらを集約して、RCO(中央経営者協議会)が設置されている。労働組合と同じように、経営者側も社会に対して責任を負っているという自覚をもっている。

オランダ

 左からクースラグ氏、テルプストラ氏、
 一人おいてブルッグマン氏
(29日、東京)

オランダ・モデルの特徴と結果

(1) オランダ・モデルの特徴

 オランダ・モデルと呼ばれる政策の特徴は以下のとおりである。
 1点目は労使団体の多様性。労使とも複数の団体が存在しているが、相互に競争するのではなく、協力することが大事だと考えている。
 団体交渉も、交渉の場につくのは1つの組合だけではない。例えば、3つの組合が同じ交渉の場に出席して使用者側と交渉する。
 2点目は、このように違った団体や組合が競争するのではなく、お互い協力することによって、我々の見解や要求の質を高める。要求の数もさることながら、その質が悪いのではよくないということである。
 3点目は、合意を大事にしていることである。つまり、団体交渉でも解決策を見つけるまで粘り強くコンセンサスをつくり上げている。
 4点目は、労働者の所得と社会や国の現状の均衡をとることである。単に賃上げを要求するのではなく、ほかの国々と比べると賃金の状況がどうなっているか、経済の状況はどうなっているか、それに我々の賃上げ要求はきちんと対応しているかを常に考慮している。
 5点目は、市民としての意識が重要なポイントになる。つまり、社会におけるさまざまな組織や団体が、自分たちの分野を代表してその責任を果たす、そして、必要な時には政府がソーシャル・パートナーとして団体交渉の場等に入ってきてそのプロセスを促している。
 6点目として、素早い行動。これは単に事後的に対応するのではなくて、明日どういう問題が起こりうるのかを事前に考えて、素早く反応することである。
 以上の6点がオランダ・モデルを支えている。

 

(2)ソーシャル・ダイアローグ

 ソーシャル・ダイアローグには、2本の重要な柱がある。
 1つがSER(社会経済審議会)。これは、政府に対する諮問機関で、社会・経済問題全般に関して論議をし、そこで出された結論を政府は無視できない。主要な社会経済問題はすべてここで論議され、政府に1つの結論として提出される。ただ、これは憲法や法律で規定されたものではなく、ルールである。
 SERは、労働側、使用者側、公益代表者各11名からなっている。その公益代表者は、それぞれが違った政党と何らかのつながりをもっているが、仕事や分野においてはプロフェッショナルと呼べる人たちである。
 今後4年間の経済戦略についても議論を行い、一致した結論を政府に提案した経緯がある。ここでも、オランダ・モデルを支えている1つの柱であるCivil Society(市民社会)が、大きな鍵として動いているのではないか。
 もう1つのソーシャル・ダイアローグの柱がSTAR(労働財団)であり、国レベルで労使が議論し合う非公式な場である。そして、政府に非公式な勧告や提案をすることになっている。

 

(3)オランダ・モデルの目標

 究極の目標は100%の雇用、すべての人が仕事に就けることであるが、それは不可能であるので、「最大限の雇用」が目標となる。例えば高齢者や女性、失業者や障害者が労働市場に参入可能なことである。
 もう1つ重要な点は、仕事と家庭をバランスよく両立させることである。これによって仕事場と家庭でのストレスが抑制される。
 3点目の目標は、適度な収入。
 そして4点目が、企業の競争力を高めることである。

 

(4)オランダ・モデルの結果

 オランダ・モデルは1980年代初めに始まったので、すでに20年間の経験がある。その結果、何がもたらされたのか。
 まず、失業率の低下。現在、失業率は1.5%と言われている。しかし、これによって労働力の不足というネガティブな面も出てきた。労働時間が平均週40時間から36時間まで削減され、さらに、パートタイマーの数が非常に増えた。例えば、今病院で働いている人たちの65%はパートタイマーである。このため、家庭と仕事を両立することができるようになり、また今まで仕事に費やしてきた時間を家庭に向けることも可能になったので、選択肢が増えたことになる。
 もう1つの結果として、この10年ほど企業の競争力が高まり、世界中への投資にもつながっている。

 

(5)オランダ・モデルの欠点

まず、失業率1.5%という状況にもかかわらず、障害者をどうやって労働力のなかに組み込んでいくのかが1つの課題になっていることである。障害者は約100万人に上る。一方失業者は15万人である。
ここまで高いレベルの率になってしまったのにはいくつかの理由がある。
 障害者と見なされると、国からいろいろな手当が支給される。全く働けないわけではないような軽い障害がある人のケースでは、手当や社会保障制度が充実し、働かなくても暮らしていける状態があれば、どうしても障害者として生活していく人が増えてしまう、というのが1つの理由である。
 働いている人はいろいろな面でプレッシャーを受けているので、ストレスを抱えている。なかには、精神的に完全な障害者として100%の障害者と見なされる人もいれば、いわゆる部分的障害者と定義される人もいる。4割は障害だが、残りの6割は障害を抱えていないので、少しは仕事をすることができる場合でも社会保障制度が充実しているので、障害者として暮らしていたほうが経済的にも楽だという形で、自分を障害者として考える人が多い。
 もちろん、国民全員がこの問題を解決しなければいけないという認識はもっているので、我々としてはそれを具体化していくような強固な提案が必要だと考えている。例えば、部分的障害者の場合は、求人の多い現在のオランダでは、職場復帰できる可能性は高い。それを促進するような法律や制度の整備が大事だと考えている。
 ただ、これに関しては、残念ながら経営者団体とは意見が一致していない。我々組合としては、経営者団体はその責任を果たすべきであって、例えば雇用しているある従業員が病気で休みがちであれば、その人に合う形での解決法を使用者は出していくべきである。もし、今のところでの仕事が無理であれば、別のところでの代替案を考える、それを提示するのが使用者の責任ではないか。
 それから、もう1つしなければいけないことは、予防である。病気がちでいつも休んでいる人がいるのであれば、どのようにそれを防ぐことができるのか、その予防対策をとらなければいけない。そして、病気でいつも欠勤しているような人をできるだけ減らしていく、その人たちが別の形で働けるような場所を見つけてあげる、それが我々の計画であり、提案である。
 もう1つのオランダ・モデルの芳しくない点は、労働組合の組織率(現在28%)の低下である。つまり、働く人たちにとって、そして組合員にとっても、組合があまり魅力的ではなくなってきている。
 それはなぜか。1つは、必要なことはすべて労働協約でカバーされているので、組合に属する必要がないということ、2点目は、コンセンサスに重きを置く結果として、組合の独自色が出せていないことである。

賃金交渉の実態と賃金形態

 一般的に労働協約には、賃金、労働時間、仕事の質、休暇、仕事と介護を両立するための有給休暇制度等が含まれている。それに雇用創出も重要な点となっている。長期失業者のために企業としても新しい職を創出することは非常に大事である。
 賃金引き上げ率は、個別企業の業績は勘案せず、基本的に生産性の上昇率にインフレ率を足して算出している。
 2001年の要求率は4%であるが、すべての傘下組合が達成するために努力している。ただし、企業状況を全く無視しているわけではなく、個々の企業に合った団体交渉なり賃上げ率を計算することもある。例えば、いくつかあるフィリップス社のうち、ひげそり器をつくっている会社だけが非常に業績がよくなかったとき、組合で検討して同率賃上げを要求するのは危険ではないかという結論に達し、要求を下げたことがあった。
 個々の労働者の状況を配慮した交渉を行う場合もある。例えば、ある労働者に子供が生まれるので、労働時間を少し減らし、もっと家庭で過ごす時間を増やしたいという場合、そういった要求にも対応することにしている。
 賃金には2つの要素がある。1つが年功、もう1つが業績もしくは能力である。
 年功の基本給部分については、働いている人の年齢と勤続年数をもとに計算されることは日本もオランダも同じである。
 能力給はもっとフレキシブルな形になる可能性がある。
 組合としては、基本給は必ず100%確保し、ある人の業績もしくはその会社の業績がよければ、それに上乗せして例えば20%賃金を高めてもらうのがよいのではないかと考える。
 一方経営者は、基本給は100%ではなくて、大体8割ぐらいに抑え、その上に業績を反映した部分を残したいと考える。だから、基本給80%に業績給が40%乗って、全部で120%ということもありうる。
 ただ、ここで問題としたいのは、たまたまその企業なりその人の業績がある年よかったとしても、次の年も同じような状態になるとは限らないことである。例えば、家族の一員が亡くなったのでその年はそのことばかり気になって、なかなか仕事に集中できず、成績に少しむらがあったからといって、労働者が賃金の形で処罰されることは、我々としてはやはり受け入れがたい。
 ここ数年間、公務員の賃金は上昇せずに、逆に3.5%削減されている。民間部門の賃上げ率は0%であるが、私たちは長期的な視野をもって考えている。労働協約を結ぶ時にも、現状はよくないかもしれないが、長期的には状況が改善されるだろう、との期待をもって臨んでいる。そして、状況が改善されれば、それに合った賃上げを要求していくという基本姿勢をとっている。そのような長期的視野で見た場合に当面のダウンサイジングは重要になっていく。

パート労働のメリットと問題点

 パート労働はいくつかのメリットをもたらしている。
 1点目は、多くの女性に仕事に復帰する可能性を与える点である。例えば、40歳ないし45歳ぐらいの女性でも、子育てを終えた後にパートタイマーとして職場に戻る可能性を提供している。もちろん、男性にとってもメリットがある雇用形態であるが、特に女性にとっては大きな可能性を秘めている。
 2点目は、若者のニーズに合っていることである。例えば、結婚したばかりの若いカップルで、お互い週5日も働きたくない、働いてお金をためて豊かになるよりも、自分たちの暮らしの質を高めることを重要視するようなカップルにとっては、社会福祉の質が上がることを求める意味で、このパート労働は、よいチャンスを与えてくれる。
 オランダのパート労働者は、フルタイム労働者と全く同じ権利を有している。例えばパート労働者で40時間働いた場合、きちんと40時間分の賃金が払われるが、逆に18時間しか働かなかった場合、18時間分しか支払いを受けない。しかし、その他についてはフルタイムの労働者と全く対等の扱いをされる権利がある。
 オランダでは産前産後に6週間の休暇がとれる。そして、その後に職場復帰するかどうかは女性自身が決める。職場復帰を望む場合、全く前と同じ権利と仕事が与えられる。
 多くの女性は、子供を産んだ後にはフルタイムよりパートタイマーとして仕事を再開することを望んでいる。また、フルタイムで働いていたが、子供が生まれてパートタイムに切り替えたいという場合は、使用者側・会社側と話し合うことができる。使用者側としては、合理的な理由がなければ、その要求を拒否することはできないし、拒否をした会社もない。
また、パートタイマーがフルタイムで働くことも可能である。今オランダでは労働力不足という状況にある。だから、パートタイムで働いている人が、「私はもっと働きたい。労働時間をもっと増やしたい」と言えば、使用者側としてはもっと働いてくれればありがたいという状況にある。
パートタイマー間の業務引き継ぎなどの問題はない。当初、組合としても、そういう問題が出るのではないかと懸念していたし、使用者側もそういった懸念を示していたが、実際はうまくいっている。やはり労使双方が対話を続けて解決しようとしているので、問題は生じていないのであろう。今では、例えばEメールといった手段もあり、きちんと引き継ぎは行われている。
パートタイマーとして働く自由はあるが、基本的に従わなければいけないルールもある。きのうまでそこにいなかったから仕事の内容がわからないという言いわけは受け入れられない。

終身雇用と生涯学習

 オランダにも日本と同じように終身雇用制度がある。ファーザー・フィリップ(フィリップお父さん)が終身雇用労働者の姿として語られる。21歳なり25歳で入社して、65歳まで働くのが典型的だった。
 ただ、これからは働くことが自分にとって何よりも大切な保険になるということが重要になってくる。
 生涯働くためには教育を受けることが必要であり、仕事を変わるときに、訓練を受けていなければ、その転職は難しくなる。
 さらに、エンプロイアビリティーの点では、よりフレキシブルな形で仕事ができる、転職ができることが、ある意味では自己防衛となる。
 1982年から現時点まで、組合としていろいろな提案をしてきたが、昨年12月から生涯学習を進めていくことを提案している。できれば労働協約のなかに生涯学習の事項を盛り込んでいくとか、団体交渉を行う際に生涯学習についても話し合うようにしている。
 労働組合として、あくまでも終身雇用にこだわるのではなく、ともかく仕事の場があることが大事であるという見方に変えている。そして、万が一厳しい状態に置かれた場合には、できるだけ経営者側とも協議して、最善の解決策を見いだしていく。
 何ができるかを企業と話し合って、その企業内で仕事の場がないのであれば、ほかの会社で仕事を見つけられないか、雇用の場がないかどうか追及する。そのためには、生涯学習が必要である。今の仕事に必要なことだけを学ぶのではなく、もし明日別の仕事場に移ったら必要になることも学んでいくことが生涯学習の基本的な考え方である。
 それでも組合員が職を失った場合、最終的には社会保障に頼ることになる。オランダの社会保障制度はかなり充実しており、平均すると、失業前所得の7割が国の社会保障制度から給付され、その支給期間は半年から5年までとなっている。
 ただ、組合としては、国からの7割プラス会社・企業側の30%を足して100%になるよう交渉している。

(本文は、2001年5月29日に日本労働研究機構が開催した講演会での標記3人の発言を編集したものである。より詳しい情報が必要な場合には国際部国際交流課までお問合せください。)