【菅野】
ヨーロッパにおけるコンティンジェント・ワーカーズの問題について、突っ込んだコメントをいただきました。
私がお願いした「グローバライゼーションと労使関係の将来」というようなテーマで、労使協議の課題とか役割、雇用柔軟型、あるいは雇用不安定型労働者の問題、それからセーフティーネットの問題といった点についてお話ししていただきたいということをお願いしましたところ、皆様、それに沿った第二ラウンドのディスカッションをしていただきました。
この辺で、フロアの方からのご質問やご意見をちょうだいしようと思っております。きょう拝見しますと、大変最高級の労使関係、あるいは労働省、労働法の専門家の方々、あるいはILO等の関係の方々がおれらます。どうぞどなたからでも、このテーマについてのご質問、ご意見をちょうだいできればと思います。
それで、最初にお名前と、もし差し支えなければご専門等をお話しいただければと思いますが。
【アベ】
どうもいろいろお話、ありがとうございました。非常に興味を持って聞かせていただきました。アベと申します。専門がヨーロッパの産業政策と雇用政策を勉強している者でございまして、その意味でも非常に参考になりました。
『ワールド・レイバー・レポート』はサブタイトルの「労使関係とデモクラシーと社会的な安定」は、現在のグローバル化された社会における労使関係の重要な問題点であるということをあらわしていると思います。これを達成するためには、世界レベルでの経済成長と雇用の確保が必要条件であろうと思うわけですが、そのためには、どうやって政策的に雇用を確保するかということが問われています。その際に提案されたのが、労・政・使の三者間の協議に基づくコンセンサス、またそれによる政策の提言が非常に重要なかぎであるというふうに私は理解しました。その場合に、政府と労働組合の一国内でのコンセンサスはある程度可能かと思うんですが、企業について一国内のコンセンサスを得るほどにいくのかどうか疑問です。
グローバル化を前提としたときに、企業、特に大企業、多国籍企業を一国で、コンセンサスの枠組みに組み込むことが可能なのでしょうか?仮に多国籍企業を一国内ではコントロール不可能だとするならば、国際的なレベル、例えばヨーロッパのケースで、一国を超えた国際的な場面での、三者間協議の枠組みみたいなものが実際には考え得るのかどうか。その場で、企業を何らかの形で国際的な政府、国際的な労働組合、国際的な場面での企業の利益をうまくお互いに協議の上で納得できるような枠組みというものが果たして考え得るのかどうか。この辺のところをセルヴェ先生、たしかキャンベル先生も触れられたと思うんで、ワイス先生とちょっとご意見をお伺いしたいと思うんですが。
【菅野】
大変に核心に触れたご質問ですので、ドクター・セルヴェ、ドクター・キャンベル、それからワイス先生、しかし、なるべく短くお答えいただきたいと思います。
【セルヴェ】
こんな難しい問題で簡単に、短目にとはとても話せません。
先ほどヨーロッパの社会モデルという話をしましたけれども、ヨーロッパの規範のいい面ばかりを申し上げましたが、いい面ばかりとはいえませんが、二つ重要な問題点があると思います。
第一は、ヨーロッパ型のモデルでは、パートタイム労働、失業に対して、現時点では十分な応答というものをしていないということです。セーフティーネットは保障されるかもしれないけれど、問題は完全に解決されているわけではありません。
第二、グローバルな経済の競合に関してですが、ヨーロッパ域内では、社会的なセーフティーネットを犠牲にして行われるべきではないというコンセンサスはありましたが、ヨーロッパ外の企業は、ヨーロッパと同じゲームをしてくれないということです。同じルールで経営をしていないのです。これはEUの政策決定者にとっては大きな懸念となっております。
社会、経済的な要素が今申し上げたとおりですから、ヨーロッパの政治家、政策決定者たちは、社会的保護を維持しなければならないと思います。一国の政府が社会制度の規制を緩和してしまいますと、直ちに多くの人たちが犠牲になってしまうと思います。
最近、ヨーロッパの一番重要な二カ国、フランスとドイツにおいて、二つの例がありました。フランスでは、ジュッペ氏が社会保障制度を改革しようとしました。ところが、労使に十分に相談をしないで、政府だけでそれを変えようとしたため、大きな全国的ストが起こり、失敗しました。
第二の例はドイツです。ドイツではもっと顕著な例があります。コール政権は、従来の制度、たとえば労働者の疾病に対する保障、病気に対する保障を変えようとしました。、たしか二、三日は支払いをしないとか、数日間は支払わないとか、そういったことをしようとしたんです。しかし、それに対して労働組合主導によるストが起こりまして、コール首相は自分の案を撤回せざるを得ませんでした。
それ以上に申し上げておきたいのは、労働組合運動の特徴というのはどういうふうなものなのかというと、職種別ユニオンというより、もっと社会的な運動であるということです。いわゆる労働者階級と昔呼びましたけれども、そういう人たちを代表しています。
理論的には、彼らは社会的対話を政府、使用者と行うことで失業者を守ことができますし、不完全雇用者を守ろうとすることができます。伝統的な労働組合運動の伝統的な面は、アメリカと比べてヨーロッパに強くあります。ヨーロッパでは、既に達成されたことを維持し、もっと多くの不安定雇用形態の労働者を代表することを目指しています。まだその辺のところは十分ではありませんけれども。
アメリカの労働組合運動の場合はエキゾチックだと思います。AFL−CIO議長スウィーニーさんは、労働組合のビジョンを企業ベースのものから、もっと社会的な運動という形に変えようとしています。同盟とかそういうものを組合運動の中や、大学などでも検討しています。そうすることにより、代表制を拡大させていける基盤ができると思っているんです。それはほんとうに必要なことだと思います。
【キャンベル】
非常にすばらしい質問をいただきました。いろいろと考えさせられる質問であります。三つあったと思いますが、まず、一番やさしいものからやりたいと思います。国際的統治ということです。政府や、それから政・労・使の三者協議を国際的にできるかということです。これはアジアの観点から考えますと、まだまだ理想主義という段階だと思います。
雇用を創出しなければいけない。労使関係が弱体化しているのは雇用が生まれていないからだ。雇用創出はどうすればいいのか。いろいろな時期を考えて、そのときどきの政策がいろいろな形で効果を持っていくんのですが、最初の段階はJカーブのように見えると思います。つまり失業、いわゆる仕事が創出できる前にどんどんと仕事は失われるということです。それからマクロ政策です。今、いろいろと行われております。ほぼその点では完成しているとみていいいと思います。
アジアの地域は後発性というか、立ち遅れているところがあります。労働市場政策といが非常に消極的、パッシブであると言えます。セーフティーネットがないというわけです。今後は積極的な労働市場運動との両面でいく必要があります。これは政府がやらなければいけない役割と、政・労・使がやらなければいけない役割が別個にあると思います。
例えば韓国を見ますと、何兆ウォンというようなお金を投じて、失業問題への対策を打ち出しました。そのお金の一部は、雇用維持政策に用いられます。政府の補助金を受けて、ワークシェアリングをするとか、労働時間をいろいろと変えていくことで雇用を維持すると同時に、雇用を創出させようというような一つの解決策が労使により提示されています。これは有望な解決策であると思います。
それから、公共事業です。一時的な雇用創出のためには、この地域の国々にとって公共事業というのは一つの解決策になります。ILOは労働者を基準にしたような、労働基準の経済成長というような政策を持っています。世界の発展や、インフラの整備です。今後必要とされるけれども、今のところは自治体に資金が行っていない場合、公的資金、民間資金を合わせてコンソーシアムをつくって、労働集約型のプログラムをどんどんとさせていくのです。
発展途上国には、トラクター、バックフォーだとかいろいろな設備を使うかわりに、人々にやらせようではないかということも重要です。
公共投資ということになりますと、政府がそれをやっても恒久的な仕事の創出にはならない。OECDの国々などを見ますと、公共事業を民間事業のほうに譲りますと、ほんとうに恒久的な雇用の機会が創出されるという例があります。実際に民間企業への恒久的な仕事を得ることができるからです。
中国は、今一つの大きな試験管だと思っています。成長率は下がってますが、国営企業の民営化のために非常に野心的な壮大な計画を持っています。全国的な公共雇用政策や、いろいろな訓練施設をつくり、それをネットワーク化していこうという非常に壮大な計画です。
労働組合も、政府も、協議の場につくでしょう。しかし、使用者のほうはどうか。どういうインセンティブがあるのか。協議に参加するどのようなインセンティブを使用者のために与えるのか。ドイツの金属産業のある方がこういうふうにおっしゃっています。「かつてはEGメタルが賃上げを要求したら、我々は非常に恐れおののいていた。ところが、今ではそんなの全然怖くはない。なぜなら、外注だってできるんだし、仕事の外部化だってできるんだから。」と言っています。
ほとんどの企業は長期的な投資家でありますから、今、自分たちがやっている環境の中で長い間仕事をしていこうとしています。投資のための一番大きなインセンティブは、地元市場へのアクセスです。
【ヴァイス】
国際的なコンセンサスをどのようにして雇用政策でとるかということに関して、今、ダンカン・キャンベルさんが言いましたとおり、いろいろな戦略があり、それは試してみなければいけないと思います。理論、実践の双方のレベルで何が一番理想的な戦略かというコンセンサスはまだないので試してみなければいけないと思います。
EUは非常にプラグマチックな組織的枠組みをつくりました。制度的な枠組みです。去年、アムステルダム条約に修正を加えました。アムステルダム条約において、初めて雇用の章を設けました。この雇用に関する章が非常に重要だと思います。
その章の内容に関しては詳しくはお話しませんが、実質的な政策ではなく、一つの手続的なフレームワークを打ち立てようとしているのです。それぞれの国が雇用委員会に代表を送っています。雇用委員会の仕事は、いろいろな加盟国のソーシャルパートナーと政府にいろいろな情報を与て、どうやって失業問題と闘うかという情報を提供することです。委員会では、EU首脳会議のほうにそれを上げるわけです。
首脳会議はガイドラインをつくり、加盟国が実施をします。それぞれには実施の時間枠が設けられております。それが、加盟国に圧力を与えるわけです。
大切なのは、ここにフィードバックのメカニズムがあるということです。個々の国が、どういうことをしたか、どういう成果があったかということをEUに報告しなければいけないのです。恒久的な継続的学習プロセスを制度化するということです。それが期待されているわけです。
これは非常に洗練されたメカニズムだと思います。いろいろな目的、目標を達成するだけではなくて、手続をしっかりとしていくということが重要です。失業者を助けるための、制度的な枠組みが必要ですが、EUで打ち立てたこのフレームワークだと思います。
【菅野】
EUのほうの例を挙げられましたけれども、日本の使用者のアプローチというような点で……。
【成瀬】
日本としては、EUのような広がりを持っていないものですから大変難しいと思います。一つの象徴的なポイントは、日本は今、未曾有の不況で失業率が四・三%、アメリカは未曾有の好況で失業率が四・三%ということです。これは日本の労使関係の特徴ではないかと思うわけです。日本がほんとうに一〇%を超える失業率になるということを本気で考えている人はいないのではないかと思うわけです。何が違うのかというところを私がきっちり説明できるかどうか、私も大変心もとないんですけれども、この事実をどういうふうに解釈するかということで、その背後に何があるかということを解釈していただくことでもって、皆さんに答えを探していただければなと思うわけです。
【菅野】
高木さんはいかがですか。組合の側からごらんになって、日本の使用者は、そういう雇用問題についての姿勢について、やはり日本的な、日本型の労使関係というのは、ある種続いていると。
【高木】
ともかくきついときには一人でも雇うのは嫌だし、コストが一円でも増えることは何でも嫌がるし、それは当たり前のことでね。
先ほど真ん中の人がおっしゃったような話はアジアでもいろいろあります。ナイキという三日月型か何かのメーカーがアジアでいっぱい靴をつくっています。中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア。個別に各国の組合が対応しても、らちが明きません。一緒に集めて対応します。それでもいろいろあるようだったら(ナイキからスポンサーを受けているプロ野球ジャイアンツの)清原に言います。「おまえがはいている靴は、こういうところで、こういう条件でつくられた靴だぜ。それでもおまえは履くのか」と。ちょっとこの辺は、あんまりやくざみたいな話でもいけませんけれども、ここまでしないと、なかなか話がつかない。
さっきアメリカの話もあったけれど、アメリカでジーンズなどの服飾メーカーのゲスというところにもいろいろかかわっています。
【菅野】
大変ありがとうございました。
それでは、その次のご質問ないしご意見をお聞きしたいと思います。
【関口】
関口と申します。日本では珍しい労働組合の研修所で労使関係などを教えています。
今、ずっとお話がございましたように、労働組合が将来ともに必要である。それが社会の安定にとって非常に大切なものである。そういうことについては間違いないことだと思うんです。
それでは、労働組合の役員、活動家、こうした人材をどう育てていくのかという、非常に重たい課題がまた一方にあるわけです。今、若い諸君の話を聞きますと、労働組合の社会的役割であるとか、必要性についてはもちろん認めます。
そういう意味で、ワイス先生にお聞きします。日本の労働運動のモデルとして、ドイツの労働運動などがあると思うんです。労働組合同士間の話では、ドイツの現状などについていろいろお話を伺うことがありますが、ドイツの労働運動の現状を研究されておられる先生から見て、労働組合側の人材の育成、その視点について何かアドバイスをいただくことがあれば伺いたいと思っています。
【菅野】
大変大事な質問だと思います。ワイス教授。
【ワイス】
またお話しできる機会をいただきまして、大変うれしく思っております。
今のご質問でありますけれども、おっしゃっている点はとても重要だと思うんです。人材の訓練、組合員のための訓練ということ、そしてまた、いろいろな協議参加のための人材教育、これはとても重要であります。
ドイツの場合の状況について少しお話ししたいと思います。ドイツには、組織化された労働者のための訓練センターがあります。いろいろな人たちが集まりまして、こういった人たちが組合のリーダー、指導者になります。組合の指導者は全員、こういったアカデミーに通った経験を持っています。こういった人たちは非常に技能が高く、あらゆる種類のいろいろなテーマについて勉強した人たちであります。
もう一つ、もっと重要な教育のチャンネルがあります。企業の中で自分たちの同僚を代表しなくてはいけない人たちはどうなるのか。それがまさに組合員ということなんですけれども、ドイツにおける組合は非常に大きな組織であります。金属労働者の組合は300万人以上を超す組織で、たくさんのお金を持っており、学校などの施設も持っています。こういった学校においては、教師がきちんといて、カリキュラムに沿った訓練をしております。労使協議会においても同様の学校があり、運営費は使用者が負担しています。
この制度は、非常にうまくいっていますが、すべての使用者がそういったことを喜んでするとは考えられません。まず、お金がかかります。もう一つの理由としては、訓練をやっているときに職場を離れてしまいます。使用者としては、常にこういった研修のための時間、コストを制限しようという意向を持っているわけであります。
こういったワークスカウンシルに提供する訓練は、企業の規模、効率に比例して決定されるます。大手企業は常に非常に洗練された訓練プログラムがあるということになるわけです。中堅企業の場合、こういったプログラムを行うのがなかなか難しいのです。本来、問題を抱えている中堅企業がこの恩恵を受けるべきです。
ILOについてお話ししたいと思います。八〇年代初頭、いろいろな国に派遣されて、ういった参加型プログラムに出席することができました。そこでは、多くの労働者が読み書きができないということがわかりました。企業内の意思決定に参加する場合、かなりの知識を持っていなくてはいけないわけですから、訓練は不可欠です。もちろん、訓練ということについて聞かれた場合、常にだれがお金を出すのかという問題が出てきます。ドイツでは、使用者が負担するということがベストだといえば、必ずしもそうではないと思うんですが、これはやはり社会のやるべきことであって、国の予算を使うべきだと思います。しかし、この意見に関しては、私はマイノリティーです。
いずれにいたしましても、一つのオプションとして、果たして使用者に負担させることが一番いいのかどうかわかりませんけれども、こういったやり方があるということであります。
【菅野】
ありがとうございました。大変に私どもから見て参考になるようなご説明をいただきました。
そのほか、いかがでしょうか。
【中村】
中村です。お話の中で、経済がオープンになればなるほど、結社の自由が広まるとおっしゃったのか、広めろと言っているのか、どちらなんでしょうか。
第2点、さて、その結社の自由が広まる、あるいは広めるとしたときに、労働者を守るために、戦闘的な労働組合を育てようというのか、それとも、この苦難を脱却するために、協力的な労働組合を育てようというのか。ILOの方針はどちらでしょうか。
第三番目は、開放経済があまり進むと、開発途上国がバタバタ倒れる。とすると、国内でも独禁法があるように、世界経済のメカニズムの中で、開放ばかりじゃない、独禁法的な規制を設けるべきだとILOは言うのでしょうか。
【キャンベル】
グローバル化ということになると、すべて市場に任せるべきであって、政府の出番はないんだということをおっしゃる方がいらっしゃるんで、あえて経験的に逆が言えるんだということを申し上げたかったわけであります。
組合といったような市民グループがロビー活動を行って、何らかの保護を求めるということから出てくることがあるのです。
ここで見られるパターンですが、発展途上国が貿易の自由化を図った場合、四〇の途上国を対象にしたOECDのサンプルでは、大半が貿易の自由化に先立って結社の自由を許可するという動きをとっているということがわかります。個々の労働者はレイオフされることについて守ることはできないので経済が開かれれば、そういった危険性は高まります。結社の自由を許可するということは、こういった労働者の保護につながるわけであります。
2番目のご質問に移ります。私が申し上げているのは途上国に関してです。ただ、日本や、その他の国の組合の役割は保護であるべきではないとは言ってないんです。グローバル化を受けて、高い賃金を求めるべきではないなんて決して言っているわけではありません。そうではなくて、そういった伝統的な組合の果たしている役割は堅持すべきだと思います。
ただ、私の考えでは、それにプラスしてほかの機能を果たすべきだと思っているわけです。日本でこんなことを言うのはちょっとおかしいかと思いますが、日本の組合は二〇年間にわたって非常にすばらしいものだと言ってきたわけであります。我々から見た場合、日本では労使関係は非常に協力的であり、すばらしいだけでなく、興味深いことです。これまで、日本をあがめてきたわけです。ですから、よりによって日本で、このようなことを申し上げても、協力というのは、前にも聞き古したことだと思うかもしれませんけれども、ほかの国では必ずしもそうではないんです。
とてもいい点を中村さんはご指摘いただいたと思うんですけれども、私は、組合の伝統的な機能はごく当たり前のことと考えてました。高い賃金を求る、労働者を保護する、これはもちろん当たり前と考えていたわけです。こういったことをかち取るためには、今後はフレキシビリティーが不可欠であります。
ILOには独禁法的な政策があるかということですけれども、ILOの政策に関しては、国内市場の規制に関しての方針を持っています。国内市場を守るというニーズを認めているのです。これに関してはグローバル化の中では出てきませんでした。もちろん、その点、ご指摘いただいたのはよかったと思います。というのは、オープン、開放ということについてよく言及されまが、ベトナムの状況を考えますと、一方では、開放と言っておきながら、次のページを開くと、ペプシとコカ・コーラは国内のソフトドリンク産業も一掃してしまったと文句を言っているわけです。ですから、国内産業の活力、存続という意味では危険なことでもあります。ILOとしては、それを明文化したような方針はありません。ただ、経済的、社会的な正義、知恵、国内の市場をある程度保護する、特に移行期において、開放から守るということは重要だと認識しております。
【菅野】
ケンブリッジ大学のヘップル教授がおいでになっていまして、セルヴェさんがイギリスでもこういう試みをされたときに、一緒にやってくださったということなので、コメントを少しいただければと思うんです。どうぞ、ヘップル教授。
【ヘップル】
私を招待してくださって、ありがとうございます。大変興味深い会議でした。
私の友人のセルヴェさんは英国にもいらっしゃいまして、この報告書の話を英国でしてくださいました。私は英国で伺いましたので、日本でもう一度聞くことができるとともに、日本の皆様のご意見を伺うことができて大変うれしく思います。
セルヴェさんも、キャンベルさんもおっしゃっているグローバライゼーション、グローバライゼーションということは、より多くの保護が必要であるということを意味しております。
英国の例を申し上げましょう。英国はご存じのように、サッチャー政権のときには、規制緩和政策と同時に、組合及び、ソーシャル・セーフティネットを弱めるという試みがされました。
新しい労働党政権では、サッチャー政策はうまくいかなかったといった結論を得ました。今は規制緩和ではなく、規制の再建をしています。より集合的な、団体的な代表制をつくっています。つまり、組合がもっと組合同士でお互いに協力をしながら、決定権を使用者とともに持つということ。すべての労働者のための最低基準というものを設けるということなどです。興味深いことに、現在、英国の労働者の三分の一は労働組合に保護されていないテンポラリーやコンティンジェントといった不安定な労働者なのです。
労働党政権はパートタイムや不安定な労働者に対しても、もっと保護をするという姿勢をとっています。きょうは全然話が出ませんでしたけれども、より家庭を重視した、ファミリーフレンドリーな政策というものが重要だと思います。女性の労働参加、高齢化ということを考えますと、ますます労働者一人ではなく、家族全体を支えていかなければなりません。将来は労働者不足も出てくるので、高齢者の問題や、単に男女の機会均等ということだけではない、多くの女性労働者の社会参加が望まれます。パートタイム労働も、より平等なものにしなければなりません。パート労働者のほとんどは女性です。少なくとも我が国はそうです。
それから、児童のためのチャイルドケア、保育所とか保育園などを労働現場につくるという設備も必要なのです。男女ともに養育のための、あるいは育児のための休暇が必要です。母親だけではなく、父親も育児に参加することができるようになります。この第三の要素というのは、家族、家庭だと思います。そして、これは世界共通の問題です。
【セルヴェ】
ヘップル先生のおっしゃるとおりだと思います。全く同意いたします。
労働組合の新しいグループが、今後、強い組合になりたいと思っているのであれば、もっと女性を大事にしなければなりません。単に女性労働者をどんどん組み込んでいくだけではなく、女性特有のいろいろな関心事やニーズというものを考えなければなりませんし、組合の幹部にも女性をもっと増やしていってほしいと考えます。
組合は三つの機能を持っていると思います。一番よく知られている機能は経済的な機能です。これは言うまでもありません。使用者側、経営者側と協力をして、国の経済や円滑な生産、そして均等な利益の分布、配分ということを考えなければならない。それが伝統的な役割だと思います。
次の役割は生産者、労働者の声になるということです。伝統的な労働者だけではなく、パートの労働者の声にもなるということであります。社会的な対話、労使の対話や交渉の場にパートを代表してあげるということです。
三番目のあまり言及されない役割は、社会的安定、社会的協和、社会的な輪の一つの手段になるということであります。国という共同体の潤滑油のような手段になり得るのだと思います。日本がそのいい例だと思います。日本の社会こそ、統一のとれた団結の強い社会だと思います。こういった結束の高い社会では、組合も重要な役割を演じてきたのだと思います。これからはもっとそういった結束力の高い社会と組合ということを研究していきたいと思います。
アメリカやカナダ、あるいはフランス、ベルギーなどに行きますと、組合の力は社会的な暴力の有無と関係があるようです。アメリカのように組合運動が弱いところでは、社会的不安とか暴力があると思うんです。労使関係を超えた暴力というものです。そのため、社会が不安定なのです。カナダの友人たちに、カナダとアメリカはどこが違うんですか、どうしてカナダでは治安がいいんですかと言うと、「私たちにはとても強い組合があるし、社会保障、社会プログラムがある。組合運動が強いので、社会的な保障やプログラムをどんどん組合が推し進めてくれている」のだと答えます。もちろん、これは直接の因果関係があるということを言うつもりは全くありません。ただ、組合運動が強く、社会的な保障がある国には、社会的な暴力というのはそれほどないと私は思っています。
今、ILOにとって一番大きなチャレンジは何かというと、政・労・使の三者間で、また世界中の国々の間で一つのコンセンサスを得て、最低限のルールをつくることだと思っています。社会的なダンピングをさせないように、競争はあっても、規律、秩序のある競争をするといった最低限のルールを設けなければならないと思います。
国際労働会議が一つの宣言を設け、その宣言を採択しました。これは、最低条件を設けたものであります。開発途上国と先進国では状況が違うので、みんなが同じルールで仕事をするというのは大変困難かもしれません。しかし、最低限の社会正義というものを全世界が守らなければならないと思いますし、それを守らせるのがILOの役割だと思います。これが一番大きなチャレンジです。
【菅野】
第二セッションはこのくらいで終わりにしたいと思いますが、よろしいでしょうか。皆様のご協力、大変ありがとうございました。
【司会】
それでは、長時間にわたりましてシンポジウムにおつき合いいただきまして、どうもありがとうございました。
最後に当たりまして、私ども日本労働研究機構の研究所長の花見より、閉会のコメントとごあいさつを申し上げます。
【花見】
日本語のプログラムを見ますと、私のやることは閉会のあいさつとなっておりまして、日本語で閉会のあいさつというと、多分お礼を言って終わりにするということですが、五時五〇分からということで、一〇分ぐらいはしゃべれということで、それ以上はしゃべるなというご趣旨だと理解をしまして、日本語ではなくて、英語で言うクロージング・リマークスと、日本でいう閉会あいさつの中間ぐらいのことを申し上げようと思います。
きょうのお話でご紹介がありましたように、世界中からかなりすぐれた学者が協力をし、セルヴェさん、キャンベルさんなどの非常に強力なリーダーシップのもとでできた文書でございます。ILOの文書の中では、日本をはじめ、アジアの状況をかなり考慮したグローバルな文書になっておりまして、学ぶところが非常に大きかったと思います。
労働組合運動、あるいは労使関係制度自体が世界的に、どの国においても大きな危機に直面をしていて、この危機に対してどういうふうに対処するか、いろいろご指摘がありました。失業の脅威を含めて、世界の人々が豊かな生活を今後維持できるかどうかという中、労使関係の果たす役割があまり機能しなくなってきている。そういう意味で危機に直面をし、来るべき新しい世紀において、我々がどのように対処するかという問題を考え直す契機になる大変すぐれた文章であるということができるわけです。
一九五九年に大学を卒業して、もう五〇年近く、ILO、国際的な学会で仕事をやってまいりました。この五〇年近い間、少なくとも私が勉強してきた期間で考えてみますと、五〇年代もそうでしたが、特に六〇年代以降、労働組合、労使関係の危機ということは常に言われておりました。かつては労働組合が強大になり過ぎ、官僚化して、グラスルーツから離れてしまいました。特定の国における経済の危機に対応するすぐれたモデル、例えばアメリカンモデルとかブリティッシュモデルというものがディクラインをして、新しいモデルが台頭し、一時、非常にもてはやされたものがまたディクラインしています。ジャパニーズモデルもその一つです。
労働問題についての一研究者として考えますと、今日の危機というのは、ほんとうにこれまでと決定的に違う危機なのかどうかということが、若干問題ではないかという感じもしないわけではありません。
しかし、きょうご議論いただきましたように、あるいは言うまでもなく、改めて考え直す必要もないくらい、今日の状況というのは、そもそも経済の枠組みが大きく崩れ、それ
に対応して、これまでの労使関係、労働あるいは社会問題のレギュレーションの枠組みが崩れつつあるということもまた事実です。
この五〇年近く考えてみますと、今回の変化はこれまでにない、ファンダメンタルでドラスチックなものであろうということが言えるだろうと思います。ごくわかりやすい例を言えば、エンプロイイーという概念、あるいはエンプロイヤーという最も基本的な概念が、考え直していかなければならない、という大きな変化に直面をしております。
こういう変化の中で、我々は将来を考えるときに、とかくペシミスティックになり、ネガティブになるのはやむを得ない。これは世紀末という時代の潮流とも関連をするのではないか。特に労使関係制度、それから労使関係のアクターの役割というものについて、とかくネガティブにならざるを得ないわけでありまして、きょうご議論いただきましたように、我々が持っているデータ、あるいは統計というものから判断をしても、どうしてもペシミスティックにならざるを得ないような状況があるのではないか。その中で、この報告書は、そうではないのだ、もっとポジティブな面、オプティミスティックな面があるんだということを非常に説得的に明らかにされたということでありまして、非常にすぐれた世界の学者が協力をしてできたリポートということもあり、大変説得的でありました。
私のようにペシミスティックになりやすい人間から考えましても、大変エンカレッジングなものだろうと思います。そういう意味で、この報告書を大変エンジョイして読ませていただきました。
たまたま先ほど、セルヴェさんにしばらくぶりでお会いして、この仕事を終えられて、ILOで今度インターナショナル・インスティチュート・オブ・レーバースタディーズの幹部をおやりになるということで、二つの点を申し上げたいと思います。これまでのレギュレーションの枠組みは、ナショナルなものとインターナショナルなものがあったわけですが、これが多少大げさに言うとがらがら崩れてきている。労使関係制度というものが機能不全に陥っているというのは、同時に、ILOもかなり機能不全に陥りつつあるのではないかと考えられるわけで、ILOのユニバーサリズム、それからトライパルタイズム、インターナショナル・スタンダードによるインフォースメントというメカニズムが大きく再検討の時期に達している。グローバルな問題を扱われたこの文書が、インターナショナルあるいはトランスナショナルなレギュレーションについて、ILOの役割の再検討、それからEU、NAFTAというようなものを含めたリージョナルな意味でのインターナショナルなアプローチというものの有効性ということについてもう少し触れていただきたかった。これが第一の点です。
2番目は、非常に伝統的な労使関係あるいは労働組合運動というものを50年近く見てきた者の感想から申しますと、経済的要因、社会的要因、文化的要因、政治的要因、かなり広いパースペクティブでこの問題を扱われている点で、私は非常に敬意を払いたい。しかし、もう一つ、非常にファンダメンタルな問題について、もうちょっと考慮を払っていただきたかったと思うわけです。このリポートは、我々が持っている前提の理解、解釈という点では非常にポジティブなものを提起しております。そのポジティブな面をさらにプロモートし、強化して発展をさせていくために必要なものは、やはり労使関係のアクターズです。労働組合運動、使用者団体の役割、使用者の役割と、政府の役割、いわゆるソーシャルパートナーの団体を担っているのは個人であります。
労働運動の輝かしい歴史、あるいは労使関係というものの歴史から見て、今日欠けているのは、人類の非常に高い理想、この愛他精神とかフィランソロフィックな考え方というもの、アイデアリズムというものが消えつつあるのではないかという感じがいたします。そういうアイデオロジカルというか、あるいはむしろ哲学的な要素というものをもう少し考えていく必要があるのではないでしょうか。
かつて労働運動というもの、あるいは労働に携わった人々の精神の中には、そういうものが存在をして、これまでのILOを含めた世界の労使関係の中での非常に大きな推進力であったのではないでしょうか。そういう面にもう少し光を当てて、我々は考えていくべきではないかと考えました。私の2番目の感想でございます。
最後に、いわゆる日本語の閉会の辞として申し上げたいのは、言うまでもなく、わざわざヨーロッパから、ILOからセルヴェさん、キャンベルさんにおいでいただきまして、我々のために大変立派なプレゼンテーションとディスカッションをしていただきました。
それから、同時にマンフレッド・ワイスさん、それから、さっきちょっとコメントをいただきましたヘップルさん、このお二人は、実はきのうまで3日間、かなりインテンシブな、もう一つの国際プロジェクトを合宿でやっておりまして、朝から晩まで働いていただいた後で、またこちらに、きょうの会合に出ていただきまして、大変ありがとうございました。
それから、菅野先生は、このリポートについてアドバイスをし、このリポートの成立については非常に大きな貢献をされ、また、きょうはこの機構のシンポジウムのために、司会をやっていただきました。
それから、日本の労使のお二人にも大変貴重な貢献をいただきまして、ありがとうございます。
最後に、もちろんこういう国際的なプロジェクトで、非常に私どもを助けてくれました通訳の方々にお礼を申し上げます。
以上で私のあいさつを終わらせていただきます。
【司会】
どうもありがとうございました。
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