旧・JIL国際講演会(1998年7月3日)
国際シンポジウム 今後の労使関係を考える

目次

講師略歴

ジャン・ミシェル・セルヴェ
労働法の専門家
1972年にILOに入局
1988年労働法社会保障学会の事務局長に選出
現職 ILO国際労働研究所研究コーディネーター

ダンカン・キャンベル
経営学者(財政学専門)
1990年にILOに入局
ILO国際労働問題研究所研究員として、グローバリゼーション、労働市場弾力性、労働基準の経済的効果等の研究に携わる。
1995年刊行のILO世界雇用報告書創刊号編集チームに参画
現職ILO東アジア多角的専門家チーム(バンコク)労使関係上級専門家

高木 剛ゼンセン同盟会長
1988年 ゼンセン同盟書記長就任、1996年ゼンセン同盟会長、1997年連合副会長
国際繊維被服皮革労組同盟アジア地域組織(TWAROトゥワロー)会長を兼任、1982年在タイ日本国大使館一等書記官等も経験されるなど、国際経験も豊富。

成瀬 健生 日本経営者団体連盟 常務理事
1963年 日本経営者団体連盟入職
労働経済研究所、調査研究部、調査部、国際部を経て85年理事、88年 常務理事に就任現職

マンフレッド・ヴァイス(専門:労働法・民法)
1964年 フライブルク大学卒業、77年 フランクフルト JWゲーテ大学法学部教授、1990~95年 ドイツ労使関係協会会長、国際労働組織のコンサルタントを多数歴任(ザンビア・スリランカ・スーダン・トリニダート・ハンガリー・韓国・ポーランド・ブルガリア・南アフリカ)

菅野 和夫 東京大学教授
1968 司法研修所修了、71年東京大学助教授(法学部)、80年東京大学教授(法学部) 近著「雇用社会の法」(有斐閣) 1996「職業生活と法(共著)」(岩波書店) 1998 「労働法(第5版)(弘文堂)」 1999

 

【司会】
 日本労働研究機構とILO東京支局共催で、労働省後援によります「今後の労使関係を考える」という国際シンポジウムを、ただいまより開催させていただきます。
 本日のプログラムについてご説明申し上げます。第一部はILOセルヴェさんとキャンベルさんからのご報告いただいたあと、日本の労使、学識者の方々から報告に対するコメントを頂きます。第二部は議論をさらに深めるためにディスカッションを行います。
 それでは、開会に当たりまして、日本労働研究機構の会長の高梨晶より皆様にごあいさつを申し上げます。

 

主催者、後援者のごあいさつ

【高梨】
 本日は、国内のみならず国外からも多くの方々にお集まりいただき、まことにありがとうございます。今回のシンポジウムの共催者でありますILO東京支局、後援をいただきました労働省に厚く御礼を申し上げたいと思います。また、日本労働研究機構を代表しまして、ここで私が一言、冒頭にごあいさつを申し上げる機会を与えていただき、大変ありがとうございます。
 私ども日本労働研究機構は、労働問題に関する調査・研究、情報提供、国際交流を柱として事業を行っております。今回のシンポジウムも、この趣旨にかない、労働に関する内外の情報の提供に当たっての一助になりますとともに、皆様におかれましても、交流、情報交換の場として利用していただければと存じます。
 『世界労働報告』を執筆されたILOのお二人のご報告をもとにしまして、内外の専門家の方々、労使の代表の方々とともに、今後の労働組合・労使関係の行方と課題を考えることが本日の目的でございます。
 経済の国境を越えたより一層の国際化の進展を背景とした産業構造の変化や、パートタイマー、派遣社員の増加など、雇用形態の多様化の進展は、労働組合や労使関係へのさまざまな影響を及ぼし始め、労働組合運動の伝統のある国々で、労働組合の組織率の低下や労働組合の影響力が弱まるなど、いろいろな問題が起きております。
 労働者の働き方や意識も、個人を重視する傾向が強まり始めており、これに対応すべく、企業の現場では個人を重視する人事管理政策が試み始められております。この動きに呼応して、労働組合も組合員を掌握し、利害を守るための新たな運動方針を立てて対応する必要性が強まっています。
 二一世紀を間近に控えて、さまざまな変化は新しい課題を引き起こすに違いありませんが、今後の労使関係の変容に対するさまざまな課題への答えを探す試みは始まったばかりだと思います。
 今回の本シンポジウムは、私にとっても知的好奇心をわかすに足る、大変挑戦的なテーマであります。私も労使関係の専門家としまして、このシンポジウムを通して大いに学んでいきたいと思っております。
 本シンポジウムが、こうした労使関係を取り巻く大きな潮流の中で時宜にかなったものとして皆様にご関心を持っていただけると確信しておりますとともに、国際的な経済的競争が強まりつつある時代の労使関係、労働組合の抱える問題点と今後の方向性などにつきまして、活発な議論が行われることを私は期待しております。
 お忙しい中、本シンポジウムにお集まりいただいた皆様に、改めてお礼を申し上げますとともに、お忙しい日程の合間を縫って出席されたILOのお2人並びにコメンテーターの皆様、またILO東京支局の関係者並びに後援をいただきました労働省の関係者の方々に厚く御礼申し上げまして、私の冒頭のあいさつにかえさせていただきます。

【司会】
   それでは続きまして、ご後援をいただきました労働省の恒川国際労働課長よりごあいさつをいただきます。

【恒川】
 ただいまご紹介をいただいた国際労働課長の恒川でございます。シンポジウムの開会に当たり、労働省を代表して、一言歓迎のあいさつをさせていただきます。
 このシンポジウムのためにセルヴェ氏及びキャンベル氏を、ここ東京にお迎えしたことを大変うれしく思っております。お2人に深く感謝するとともに、ジュネーブで私が勤務しておりましたときに、セルヴェ氏と知り合って以来、その深い見識に尊敬の念を抱いておりますことを申し添えたいと思います。
 本日のテーマの一つは、「急速に変化する世界における労働団体の役割」となっておりますが、このテーマについては、例えば、労働組合組織率の低下、またグローバリゼーションに伴う労働組合の無力化など、一部に悲観的な見方も見られているところでございます。しかし、ILOは、この報告において、世界の全地域の事例に基づいて労使関係の新しい方向を探究しようとしていると思っています。このシンポジウムが、このテーマをさらに深め、実りあるものになることを祈念して、私のあいさつとさせていただきます。どうもありがとうございました。

【司会】
 第1部は、日本労働研究機構の理事長の齋藤がコーディネート役を務めさせていただきます。それでは、よろしくお願いいたします。

 

第1部 基調講演

【齋藤】
 きょうのテーマは、これからの労働組合のあり方、あるいは行き方、今抱えている課題などを中心に、これからの労使関係を考えていこうという場でございます。
 昨年の暮れにILOの『世界労働報告』が出版されました。それを素材に少し議論を行う試みの会合でございます。このシンポジウムで何らかの方向を出そう、あるいはこういうような方向にこれから行くのではないかということを、皆さんが同じ認識を持っていただくというような場でも全くありませんし、大学の講義の場でもありませんので気楽にお考えをいただきたいと思います。
 お手元に、「ワールド・レーバー・レポート」という何ページかの資料があると思いますが。これが『世界労働報告』のジュネーブでのプレス・リリースとして配られたものでございます。
 日本語版は「ワールド・レーバー・レポート」の新聞発表用資料の三ページ以下を日本文にしたものです。加えて、世界の労働関係よりということで序文をお配りしてあります。これはアンセンヌ事務局長が書きました序文でございまして、ある程度「ワールド・レーバー・レポート」のねらっているところ、問題意識が明らかにされているのではないかと思いましてお配りをしてあります。この辺をごらんいただきながら議論を聞いていただきたいと思います。
 なお、この「ワールド・レーバー・レポート」の日本語訳が『世界の労使関係』という小さい判になって、これもまた場外で販売しております。全文を翻訳してあるわけではありませんで、少し章ごとに省略をしてあります。
 それでは、セルヴェさんとキャンベルさんからお話を伺いたいと思います。
 セルヴェさんとキャンベルさんは、それぞれこの「ワールド・レーバー・レポート」の作成に当たって中心的役割を果たされた方でございます。
 セルヴェさんは労働法の専門家としてILOに入られ、現在はILOの国際労働研究所の研究コーディネーターをやっておられます。キャンベルさんは経営学者、財政学がご専門と伺っておりますが、現在はILOのバンコクにあります東アジア多角的専門チームの専門家としてご活躍でございます。伺いましたところによれば、セルヴェさんは、この本でいきますと一章、二章、九章、現在の労働組合が抱えている課題、困難さ、あるいはその困難さに対応してどのように労働組合が変化しようとしているかということ、それから、その中から将来に向けて、どういうような姿が見えてくるだろうかという問題を取り扱っておられる部分でございます。それから、キャンベルさんからは、この英文の第4章、新しい生産技術の発展、あるいは労使関係の進展に伴って労働組合、労使関係はどのように変わってきたか、また、変わりつつあるかというところを、経済的な側面を中心にして分析をされておられます。
 それでは、セルヴェさんからお願いしたいと思います。

 

セルヴェ氏

【セルヴェ】
 ご紹介、どうもありがとうございます。ここにこのようにして私たちの労使関係の報告、つまり民主主義や社会的安定に関して皆様とディスカッションができることは、ほんとうに光栄であり、うれしいことであります。労使関係の著名な専門家の方々が内外からたくさんお越しくださっているところで、このような機会をいただきましたことを感謝いたします。
 このタスク・フォースで作業をしておりますときに、二つの問題を頭の中に抱いておりました。そのうちの一つは、労働組合主義、労使関係の危機というのは、言われているほどその危機は深刻なのかということでした。二つ目はもっと大切な問題ですけれど、深刻な危機に直面しているとして、次にはどういうことが来るのか、将来はどうなっているのかということでした。
これは、我々が将来、組合や労使関係なしで生きていくことができるのかという問題提起です。最初の問題に対して答えるために、私たちは幾つかのデータを集めました。例えば組合組織率が世界中でどうなっているかということです。これは報告書の別冊に細かいことは書いてあります。状況を簡単に申し上げます。
 アメリカ、フランスの二つの国で労働の組織率というのが急激に大きく下がり、そのほかの先進工業諸国でも組織率は確かに下がったが、下がり方がそれほど急激ではなく、ほかの国よりも下がり方がやや緩慢であるということです。
 労働組合運動がほんとうに深刻な危機に直面しているとはいえ、労使関係の面では労働組合というのは非常に重要な役割を果たしているのです。イギリスでは、確かに組織率は大幅に下がりました。けれども、まだ組織率は三〇%とかなり高いレベルを保っています。オーストラリアでも組織率は急激に下がりましたが、まだここでも組織率自体ははかなり高いものです。日本はやや組織率が下がっているという感じですが、今まで私が申し上げました国ほどはひどく組織率は下がっていないのです。また、ドイツの場合には、組織率が下がったのには具体的に理由があるのですが、それにしてもイタリアやドイツなどでも組織率は下がりました。
 ヨーロッパの体制移行国では組織率が大幅に下がりました。しかし、ここでの問題は違うものでした。こういう国々では労働組合への加盟が義務と課せられていました。しかしながら、数年前にほんとうの民主的な組織になったのです。かつての官制の義務的な労働組合の組織率は軒並み下がりました。たとえば、旧東独では組織率がほぼ一〇〇%でしたが、四十%ないしは四十五%へと下がったのです。
 そのほかの国、カナダやスカンジナビア諸国、それから私の祖国でありますベルギーなどを見ますと、労働組合組織率は、ほぼ安定しております。
 組織率が上がっている国もあります。韓国、南アフリカ、チリ、スペインなどでは組織率が上がっています。最近、政権交代があり、非常に権威主義的な政権から民主的な政権に変わりました。政権そのものが民主主義的になったということが、労働組合運動、特に組織率にプラスに作用するのです。
 大半の発展途上国では、労働組合組織率が高かったことはかつてありませんでした。近代的セクターがどんどんと縮小するにつれ、組織率もさらに下がってきているというのが発展途上国の現状です。
 このデータだけで真の姿がつかめるわけではありません。例えばフランスでは組織率が一〇%以下になっています。なぜスウェーデンの組織率が九〇%、フランスでは一〇%なのかと聞かれたことがあります。スウェーデンでは、戦闘的な筋金入りの組合員は一〇%で、あとはただ会員になっているだけです。フランスの場合は一〇%ですが、労働者の動員の際には、ほんとうの会員よりももっとたくさんの人が動員できます。ゼネストがある、あるいは公益事業や輸送部門でストライキがあるというときに、労働組合運動そのものは小さく一〇%の組織率しかないのに、それを上回るほどの、たくさんの人が参加するのです。この活動が政府や経営者側から大きな譲歩をかち取るのです。ですから、組織率だけでは事ははっきりと真実があらわれるわけではありません。
 なぜ労働組合組織率が停滞しているのかということに関して、ちょっとお話ししたいと思います。この停滞の原因の一つは、経済的な環境の変化です。
 経済の変化だけではなく、人々の考え方が変わったということもあります。いわゆる労働者の心理の変化であります。人々を動員させる力が下がってきているわけです。経済的な変化により労働者の間でのいろいろな異質性が広がり、かつてほど均質的な労働者ではなくなりました。過去と比べますと多様化している労働者の利害関係をすべて調整し、反映していくのが難しくなっているのです。よりよい賃金を求めること、労働条件の改善を求めること、キャリアを伸ばすこと、訓練や再教育を受けたいと願うこと、安定的な労働者になること、ただとにかく仕事が欲しいということ、もっと安定した仕事が欲しいということ。この労働者間の利害は、必ずしも矛盾しないが、対立してしまうことがあるのです。この対立は、なかなか収れんさせることは難しい。ですから、労働組合が、これだけ多様性に富んでいる利害関係の中で、一つの声だけを代表して話すということは難しいわけです。
 労使関係に対するほかのいろいろな組織の態度、姿勢も重要であります。アメリカの場合、非常に反組合的な慣行がいろいろな経営者側から出されています。これは、アメリカの労使関係体制そのもの、あるいは法体系そのものが、ヨーロッパ、日本と比べて反組合的な態度を生み出しやすいという体制上の特徴があります。政府の態度も重要です。
 イスラエル政府は、労働組合が管掌していた健康保険を国有化することにしました。その結果、労働組合のメンバーシップが七四%も下がってしまったのです。
 ニュージーランドでは、政府が労働組合に関しての規制撤廃につながる労使関係の法律をつくり、組合員が激減するという状況が見られました。これはイギリスに関してもある程度言える状況です。規制撤廃、規制緩和、とりわけ労使関係における規制緩和をサッチャー首相が行ったことが組織率の低下につながったと言われています。しかし、組織率の低下そのものはある一部、特に新聞が言っているほど重要なことではなく、そのほかにもいろいろな要素があるのです。例えば、労働力構成が変わったということなどです。
 労働組合側にもいろいろ短所があります。労働組合の活動は、過去のような大量生産型に応じた形ではなく、もう少しネットワーク化した形でやっていかなければいけないのです。しかし、そのための微調整は、まだまだ完全ではありません。非提携型の仕事がどんどん増えてきているという状況で、かつてほど組織化するのが簡単ではないのが現状です。臨時とかパートの形で、非正規雇用がたくさん増えている中で、組織化するはどんどん難しくなってきています。
 フランスの場合は国レベルで、アメリカなどではコミュニティーのレベルで非正規の雇用が増えている状況の中では、組織化が難しくなってきています。こういう新しい変化を考慮すれば、労使関係の状況は、マスコミが言っているほど悪いものではないと言えると思います。
 ヨーロッパでは、日本や韓国、あるいはアジアのほかの国々と比べますと、労使対話、あるいは政労使による三者協議などの社会的対話は、まだまだ健全に残されています。一つ例をとってみますと、。ここ三年を見ますと、社会的な合意が三者協議のベースで成立している例がヨーロッパではたくさん見られています。イタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、それからアイルランド、オランダ、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、そして中央、東欧ヨーロッパの大半の国々で、ここ3年の間に、少なくとも一つの重要な三者合意が成立しています。ベルギーでは成功しませんでしたが。
 フランスやドイツでは、三者協議、三者合意はあまり伝統にはなく、むしろ二者での協議が主流です。ときには政府、あるいは銀行などがその背景で影響力を持っているということがあります。この協議の場では、ディスカッションがいろいろとなされています。この場では、労働市場の改革、変化、生産性の増大、拡大といったことがテーマになっています。労使関係システムそのものを変えていくということさえ、スペインやイタリアではテーマとなっています。
 ヨーロッパ各国政府は労使や雇用の面で困難に直面しているとはいえ、ソーシャル・パートナーにまずアプローチをし、その中でコンセンサスをもって社会政策をつくり立てていくということを積極的にやっています。これは日本でも、韓国でも、タイでも同じようなことをしております。ヨーロッパほど正式な形ではなく、もう少しインフォーマルなものでも、内容は同じようなことが行われているのです。オフィシャルではなくて、アンオフィシャルな非公式の形でのディスカッションが政・労・使の間で行われているのです。団体交渉は企業の中だけではなく、もっとその上のグループレベル、セクターレベル、あるいは全国的なインターセクタルなレベルで、横断的に行われています。
 今、韓国は金融危機に直面しています。韓国の大統領は、経営者代表、労働者代表に話し合いをしようと呼びかけました。必ずしも成功するわけではありませんが、ディスカッションがあるということが重要です。労使問題に関して、韓国では、最近いろいろなことが達成されました。これは、協議の場でディスカッションがあったからです。
 タイのような経済発展レベルが韓国よりも低いところでも、政・労・使の三者協議が行われています。その場では、困難をどのようにして克服すればいいか、ディスカッションが行われているのです。
インドネシアでは、かなり事情が違います。社会不安、社会不穏の要素のある国での交渉は難しく、実際には行われておりません。このような危機の中で、政府はコンセンサスにより社会政策をつくっていくための努力をしています。
 同じようなことがラテンアメリカでも言えます。チリ、アルゼンチン、ブラジル、メキシコなど、それからアフリカでも、同じような傾向が見られます。
アメリカの場合には、協議するという伝統がありません。企業レベル以上の協議という伝統がありません。それがアメリカの伝統、あるいは歴史の部分だと思います。しかし、カナダ、ケベック州では三者協議は行われており、雇用政策などに具体的な成果を生み出しています。
 伝統的な労使関係は確かに変わりました。しかしながら、団体交渉はもう展望がないということではないということを申し上げたいのです。日本も含めていろいろな国を観察した結果、労働組合側では新しい傾向が見られています。例えば女性や非定型型の、非正規労働者の組織化という傾向が見られてます。いわゆる伝統的な労働力は、だんだん縮小してきているかもしれません。実際に、新しいカテゴリーの労働者が増えてきています。新しいカテゴリーの労働者の組織化をしなければ、なかなか事態は難しくなります。しかし、彼らの興味、関心、利害を伝統的な労働者とうまく両立させるということには難しい面があります。
 いろいろと新しいフロンティアが見られるようになってきました。国境を越えた、超国家的ないろいろなディスカッションも行われており、その中での合意も成立しています。その主なものはEU(欧州連合)の中でおこっています。新しい国境を越えた労使関係のモデルにもなり得るようなものがたくさんできているのです。
 最近、ヨーロッパレベルでの団体協約が二つ、成立しました。一つは育児休暇、もう一つはパートタイム労働に関してです。全ヨーロッパ的なレベルで労働組合と経営者側の協約が成立したわけです。
 今のところ一番重要なこととして思えるのは、労働組合運動に一つの新しいアライアンス、同盟ができているということです。伝統的労働組合といいますと、左寄りです。社会民主党だとか、マルキシストだとか、いわゆるマルクス・レーニン主義者というような人たちが労働組合の一番大きな味方であったのです。ところが、今ではそういうような同盟関係が薄れてきています。
 その代わりに、女性団体、消費者団体、市民社会、アメリカの場合では少数民族などですが、ほかの新しい組織との連携関係を深めています。環境団体などもそうです。そういう団体が労働組合と一緒にキャンペーンを行っています。こうすることで、今後の労働組合活動が成功する可能性が広がるのです。

 

キャンベル氏

【キャンベル】
 労使関係に関わる経済分析について少しお話ししたいと思います。グローバル化、つまり、国の経済的な相互依存度が高まっています。
 最初のメッセージはとして、組合と国際経済の発展とどういった歴史的な関係があるのかについて言及したいと思います。
 私たちは、経験的に、グローバル化は必ずしも国家が消えるということではないと言っています。むしろそうではなく、経済が開かれていれば開かれているほど政府は大きくなっていると見ています。
 多少おかしいと思われる方もいらっしゃるかと思います。というのは、多くのグローバル化に関する文献の中では、自由市場の勝利をたたえ、政府の役割がなくなったとしているからです。しかし経験的に見た場合、その逆説が成り立っています。なぜなら、政府のGDPに占める財政歳出は経済が開かれていれば開かれているほど高くなっていることが、一一五カ国において立証されているからです。だからといって、必ずしも政府の歳出がすべていいわけではないのです。政府の予算がどんどん膨れて、公共事業、公共セクターは必ずしも機能していないということが起きたために、現在の民営化の進展があるというケースが世界中にたくさんあります。
 歳出額が依然として非常に高いと申し上げている理由の一つに、組合及び組合が提携をしている政党が歳出を高く維持するようにということで求めているということがあります。マクロ政策、組合の政策から歳出が非常に大きくなっており、政府の資金が国民の手に渡るという上で、組合が非常に重要な役割を果たしているのです。そして、この資金が貿易投資に大きな役割を果たしているという相互関係が見られるのです。
 バンコク、及び東南アジアの国々の事例をもとに本を作成したわけでが、その際、偶然にアジアの金融危機を目の当たりにしました。このアジア一帯において、反動のようなものが見られます。この危機が、だれも予測しなかったペースで波及しています。アジアの多くの国の危機が、なぜこれほど深刻化したか。それは社会的な安全ネット、保護策が不足していたからです。これが、今申し上げた点を立証しているのではないかと思います。経済が国際的に開かれたものになるのであれば、国家の制度として社会を守るものが必要になってくるわけです。開かれる、開放されるということと同時に、保護が必要になるということです。そういった中で、労使関係、組合の果たす役割は大きいと思います。
 ここで一つ疑問として出てくるのは、なぜ経済が開かれれば開かれるほど社会的な保護が必要なのかということです。それに対しては非常にわかりやすい理論が一つあります。経済が外的な要因に対し開かれていれば、一般の国民、市民は外的なリスクにさらされることが多くなるわけです。このプロセスにおいて敗者が増える、また勝者が増えるということになるわけです。社会的な保護を、政府から支出や、また組合の拡充を通じて行うことになれば、経済の突風という外的なリスクにさらされるということから守ることができます。
 OECDは労働基準に関する報告書の中では、開かれた経済は自由な組織化の保障が必要であると言っています。また、多くの国の経験的データから、国内経済の変化がグローバル化によって早くなればなるほど、この種の保護が必要になるということがわかっています。
 これによって、二つの結論を導き出すことができます。最初の一点について、皆さんに二つの結論を申し上げたいと思います。私は、いわゆる参加の経済学というような言い方をします。なぜ労使関係、組合がこれほど重要かという理由は比較的簡単です。このような参加が増えるということによって、もっと情報が増えるということ。一者のみが意思決定をするときには情報が限られているが、労使の対話を通じて多くの人が参加することにより、さらに多くの情報を得ることができるからです。そうなりますと、情報量の多さから、意思決定の質もよくなるわけです。労使関係、団体交渉、労使の対話は、社会的、人権的な利点のみならず経済的な利点を持っているのです。
 第二の点は、参加の幅を広めると、保護的な要素が導入されるということです。特にアジアは非常に難しい選択肢を迫られています。それは、参加の幅、枠を広げるということによって、もっと保護を求めるということになるからであります。
 意思決定に参画した人々は、参加した代償として意思決定の結果についてコミットしなくてはいけなくなります。どんなに困難を伴っても、自分たちをコミットしなくてはいけないのです。したがって、経済のリストラが、その分だけ早いペースで進むということになるわけです。
 セルヴェ氏が言っておりましたように、韓国では一九九七年の二月に三者間の協約が実現しました。その中核をなすのは、組合がレイオフに関する厳しいルールをもっと緩和することによって経済のリストラを容易にするというものです。一方、使用者、政府側においても幾つかトレードオフがありました。その一つとして、団結権をもっと自由化し、失業保険のようなセーフティーネットを提供し、レイオフされた人たちに対する保障をするということがあります。このように、三者が参加することで経済的な価値を見いだすことができました。グローバル化と組合は両立し、組合はこのような国際経済の拡大において敵ではなかったのです。
 現在、労働組合にとって非常にリスクの高い段階にグローバル化が達していると思います。グローバル化は経済的、また雇用という意味においてプラスに働いているということを申し上げました。ところが、現在のこの時点においては、少なくとも組合にとっては決して有利なものではないということを申し上げたいと思います。
 資本の移動性について三つの側面を見てまいりました。まず、第一の資本移動性の側面、とくに短期の資本の移動性についてです。要約をしますと、短期的な資本の移動は、いわゆる国のマクロ経済政策の自立を損なうものです。その結果、国内のマクロ経済の政策が緊縮型に移ってしまいます。財政赤字などの対策として民営化が進むのです。世界中で今民営化が進んでいます。その場合、通常は雇用が失われてしまいます。特に公供セクターの組合にとっては大打撃です。ですから、短期的な資本の移動というのが組合にとって打撃になるのです。組合にとってどうして打撃かといいますと、市場経済における組合は拡大主義を信念としてきました。ところが、グローバル化が進んでしまいますと、従来型の政策はとれなくなってしまうという問題があります。組合運動は多くの国々において力を失ってしまったわけです。通常の、マクロ経済的な戦略は通用しなくなってしまっているのです。
 そこで、ほかの戦略を組合は打ち出さなくてはいけないのです。開かれた経済におけるマクロ経済政策というように新たなものにしなくてはいけないということです。組合は、例えば構造調整とか、IMFの支援策などを受けて少しずつ戦略を変えています。ところが、これは従来型の組織に対する一つの大きなプレッシャーになっており、まだ十分に立ち直っていないと言えます。
 ところで、日本でありますが、この点に関して日本は例外です。日本は依然として財政拡大をする余地があると思います。タイやラテンアメリカの国々とは全く状況が違うということです。資本の流動性が労働組合にとって打撃になっている側面がある一方、国家、また課税当局、規制当局というのは、非移動性を持っております。つまり、移動する資本に課税をする、規制をするというのが非常に難しいわけです。理論的に考えますと、このように移動する資本に対する課税率はゼロに下げられるべきです。ただこれは理論上のものであって、現実問題は違います。ただ、OECD諸国を全体的に見た場合、九〇年以降ですが、七十五%の国々はほかの税率と比べて法人税を下げています。というのは、資本がどんどん移動していて、課税が難しいということから税率を下げているわけです。規制についても同じことが言えます。
 政府が、この移動する資本をめぐってお互いに競争し、労働市場に対する規制緩和を進めていくことが考えられます。輸出等について、ここで詳しく申し上げる必要はないわけですけが、まさにそういったことが言えるわけです。このために、働く男性、女性、そして組合の力が失われています。この結果、税収をはじめとした財源が減ってしまうわけなのです。それは、個人の所得税といった形を財源としているからです。
 もしかしたら、組合は資本を移動させないように、地理的な優位性をいかに発揮するかという戦術をとるべきなのかもしれません。戦略について詳しく申し上げるつもりはありませんが、例えば、トレーニング、または再訓練を強調し、生産性を高めるということに重点をおいた政策を組合が打ち出すべきなのかもしれません。
 資本の移動に対して、労働は移動性がないということがあります。もちろん、労働力が移動するということはあるわけですが、労働そのものは移動性を持っておりません。グローバル化された社会の中で、労働の非移動性にはいろいろなプレッシャーがかかります。特に、低技能労働者に対するプレッシャーは大きいということが言えると思います。そのために、グローバル化の進展は、ますます所得の格差が開いてしまうのです。低技能労働者に対する賃金が下がり、格差が出てくるのです。雇用契約についても同じことが言えます。現在、非正規労働者、いわゆる非安定型の労働者が増えています。もちろん労働者みずから望んでそうしている人たちもいますが、コスト的な圧力ゆえに、やむを得ずそのような形で就労しているという人たちが増えているのです。こういった関連の事例はたくさん挙げられると思います。
 資本の移動が進めば進むほど、そして貿易を通じてそのような資本の移動が成されれば成されるほど、国内のいろんなセクターが、かつてないほどの圧力にさらされていると言えると思います。産業の中で特に影響を受けやすいところがあります。高木さんからゼンセン同盟のお話をぜひお聞きしたいと思いますけれども、ほかの国々のアパレル産業を見てみますと、かなり今現在、失業が深刻になっています。
 労働組合は伝統型の産業において組織化が一番進んでいますので、ほかと比べて組織化が進んでいるこういった産業分野が、グローバル化によってほか以上に大きな影響を受けているという傾向が認められます。
 一方では、私たち、労働組合、強力な労使関係が非常にプラスの役割を果たしている、国際経済の発展に寄与していると申し上げました。しかし、最近のグローバル化の傾向を見てまいりますと、このグローバル化が特に組織化が進んでいるセクターにおいて大きな打撃を与えているということが見られています。本来は、経済の拡大に伴うプラス効果がもたらされるべきセクターにおいて、今現在、特に組織化が進んでいるところで、ダメージが起き出しているのです。
 これまでは、むしろ労使関係のマクロ的な側面についてお話しし、資本の移動という非常に抽象的なお話をしてまいりました。国の政府は、政策の上で自立性、自治権を失っているわけですが、企業レベルでは逆の現象が起きています。
 現在、ボーダーレスの社会になっており、企業の自立性はどんどん高まっていることが言えると思います。もはや、国境の中や規制で守られたような状況にはないのです。企業が、このようにもっといろんなプレッシャーにさらされ、ボラティリティーの高い商品市場にさらされるということになると、従来よりも早いペースで変化をしなくてはいけないというニーズが発生します。もっと急速に変化をするというためには、柔軟性をもつということが大事なのです。
 さて企業は、もっと柔軟に、競争の激しいいろいろな状況に対応していかなくてはなりません。このようにフレキシブルに対応するために、企業としては従業員のモチベーション、動機づけ、そしてまた協力を得なくてはいけないわけです。企業は従業員のコミットメント、また動機づけをしなくてはならず、労使関係を通じて実現しなくてはいけないのです。このための手段として、人材管理政策が必要であります。これは、企業労働者と企業経営者の利害をもっと一致させなくてはいけず、労使の協力関係、団結を強化しなくてはいけないということです。
 ここで結論を申し上げたいと思います。人材管理政策、慣行は、組合にとって脅威です。というのは、世の中にはこういった慣行をすると、組合運動が取ってかわられてしまうというケースがあります。世界を見回しますと、日本の企業もドイツの企業も同様ですが、組合、団体交渉が取ってかわられのではなく、こういった新しい人材管理政策の補完的な存在になっているところもあります。ただ、組合にとって一つの大きなチャレンジとしては、こういった新しい競争の激しいニーズにいかに対応するのか、そして経営者的な視点にいかに立てるようにするかということが課題ではないかと思います。

【齋藤】
 セルヴェさんからは労使関係、労働組合の置かれている危機は一体どういうことなのかについてお話いただいたと思います。組織率の低下という数字だけの表面的な議論で理解していいのか、あるいは、もう少し深めた形で、実際的な労働組合の社会的な影響力といったものに判断の基準を求めるべきではなかろうかということ。組合が現在置かれている困難から抜け出すために多くの努力をしていること、そのために新しい組織化の動き、あるいは努力をしていこうとしていること。国際的な動き、国境を越えたような形での労働組合の動きなどのお話があったと思います。つけ加えて言えば、労働組合が新しい市民運動なり、新しい分野の人たちと連携をして活動をしていくというような動きを見せているということを、各国の実例を踏まえながらお話しいただきました。
 またキャンベルさんからは、経済的な分析から、一つは経済のグローバル化によって国の役割、あるいは労働組合の果たす役割というのが大きくなってくるだろうというお話。資本の流動性、移動によって労働組合がある程度、困難な場面に直面するだろうということ。それから、企業のレベルでの新しい動き、人的資源管理政策と日本語に訳してありますけれども、新しい企業における労務管理、人材管理というものが行われてくるようになると、それに対して労働組合がある一定の影響を受け、それはある面では困難な場面に直面をするであろうというようなお話があったと思います。
 こういうようなお話を受けまして、日本のことについて少しお話を労使の方から伺いたいと思います。ゼンセン同盟の会長の高木さん、皆さんご承知だというふうに思って、改めてご紹介することもないと思いますが、連合の副会長でもあられますし、かつて若いときにはタイにおられて、国際経験が極めて豊富な方でございます。また、それと合わせて日経連から常務理事の成瀬さんにもおいでをいただいております。成瀬さんも長い間日経連におられて、常務理事として今ご活躍でございますし、政策問題、調査問題についての権威でございます。そういう意味で、日本の労使の方々から、こういうようないろいろな問題点を背景にしながら、これからの労使関係のあり方なり、現在の直面している問題等について、日本の場合を踏まえながらお話をいただければと思います。どうか順次お願いしたいと思います。まず高木さんからよろしくお願いします。

 

高木氏

【高木】
 ご紹介いただきました高木でございます。ILOで、この「ワールド・レーバー・レポート」ということで大変チャレンジングな分析がなされましたこと、心から評価をしたいと思います。私、走り読みでございますので、全部きちっと読んでいたらもっとあるのかもしれませんが、意外と日本に関する、あるいはアジアに対する記述が少ないなと。これを読んだアジアの人たちは、やっぱりILOというのはヨーロッパのものかという印象を持つのかなという感じがちょっとしました。
 今、お2人からいろんなお話がございました。ヨーロッパのお話はいろいろありましたので、どちらかといいますと、日本の状況に特化して申し上げていったほうがいいのではないかと思います。私はこのレポートのサブタイトルを拝見して、「インダストリアル・リレーションズ・デモクラシー・アンド・ソーシャル・スタビリティー」ということなんですが、このソーシャル・スタビリティーの後に、例えば、アゲインスト・バイオレンス・オーバー・マーケットエコノミーとか、そんな言葉が要るんではないかなと思いながら、このサブタイトルを拝見しておりました。
 日本の場合には一九四〇年代にできたシステム、あるいは戦後のシステムが右肩上がりの経済の中でそれなりに存在意義を果たして来られたわけですが、全世界的に進んでいるグローバライゼーションに加えて、ここ数年の経済状況の中で、一方で破綻をしかけたものを直す作業と同時に、今、日本は経済構造変化に対処していかなければいけないという状況にあることは、皆さん方ご承知のとおりでございます。そういう中で、私たちも労働組合の活動しておりまして、やっぱり右肩上がりというのは懐かしいなと。今、ここにも書いてあるとおり、民主主義ということと市場経済のぶつかり合いが随所で日本の社会にあるわけでして、右肩上がりの時代は、本質的に民主主義と市場経済というのは葛藤を起こす本質を持っているにもかかわらず、右肩上がりがその葛藤を隠してくれる、ないしは葛藤をマイルドにしてくれるということできたんだろうと思います。けれど、ここへきて右肩が下がっちゃって、葛藤がぎらぎら出てくるという中で、市場経済志向と労働組合運動が、いろんな住みかをきちっと見つけられないが故に、問題解決に横着をしております。
 我々、三種の神器と言われた年功序列、終身雇用、企業別組合は、総称して日本型経営云々とか、いろんな話がありました。こういったものも今、ほとんどのものが見直し論になっておりまして、これからどんな議論の展開になっていくのかというところにあります。きょうの発表では失業率が四・三%ということでございます。過剰雇用等のものを入れると、六%だ、七%だというお話もいろいろございましたりして。もう二一世紀まで二年ほどなんですが、二年ほどの間に、こういうものの始末がお互いにつけられるのかどうか。これは、組合というより労使、あるいは政府も含めまして、今、大変やっかいなところに来ているのかなと思います。
 先ほど、キャンベルさんから金融危機に端を発しましたアジアの経済危機についてのお話もございました。ソーシャル・セーフティー・ネットがあまりない国々でああいう危機が起こっちゃったからということで、そういう国々でも、いわゆる参加型の経済学的な交渉の場等も持たれるようになったというお褒めの言葉があったんですが、私どもの目から見ておりますと、まだまだお褒めをいただくようなレベルにはとてもなっておりません。よその国のことですから、なっておりませんなんて決めつけたらタイの人に怒られますが。昨日、私はADBの本部に行ってまいりまして、そこでタイの話も聞いてまいりました。ADBはマルチラテラルな開発のための銀行で、全部で七つか八つあるんでしょうか。ADBがどこかの組合と話をしたら、その組合がきちんと労働者の代表でできているかできていないかなんかは二の次だというような印象があります。そういう意味では、連合とともに、あるいはICFTU~APROとともに、それぞれの労働運動が力をつけないと、きちんとした協議の対象にならないという思いも一方でするわけでございます。
 組織率の低下の状況について、特にILOのお二人にご紹介をしておきたいと思います。この後、二一世紀の初頭、二〇〇三~二〇〇五年あたりには、日本の組織率は、今のままであったら二〇%を切ります。間違いなく切ります。私が間違いなくなんて気張る話ではないんですが。労働組合自身の組織化に対する努力の集積が薄い。大先輩からは、「歌を忘れたカナリア」だと。スズメじゃないが、のりを食べさせて舌を切っちゃうぞという一面があります。
 それから、今の経済のいろいろな変化やグローバル化の中で、中小企業等にアウトソーシングのような発注がありました。しかし、非常にその基盤はもろい。今、日本の中小企業の労働者はほんとうにかわいそうです。労働条件の二重構造なんていうのは言うに及ばず、これは前にもどこかで言っておしかりを受けたのですが、「企業年金をポータブル化しろ」というお話がありましたが、持っていくものがある人はいいんです。ない中小企業の労働者はどうするんですかということに、答えられるようなことになっておりません。
 労働者のハイマートになれない労働組合であったら組織率が上がるわけがありません。今、日本で自殺者が非常に増えております。橋本(首相)さんが変わられたので、もう発表してもいいんではないかなと思うけれど、ここ一年半ぐらい自殺統計が発表されていないとかいうような話もありますが、私どもゼンセン同盟の組合員の自殺者も増えております。何で、自殺までするようなことが職場でフォローできないのか、そういう意味では、我々の職場と称するものは、ハイマートにほんとうになり得ているのかどうか、みんなの心の寄る辺になり得ているのかどうか。そういう面からも、労働組合の現実をきちっと見ていかなければいけないのかなと、そんな思いをすることにさいなまれる昨今でございます。
 労使関係の話も、産業構造の変化なり、その時々の経済情勢なんですが、どうやら日本の企業別労働組合にも光の部分と影の部分の両方があるんだなあと、その影の部分につきまして、最近、職場のみんなもいろんなことを思い始めているなという感じがしてきております。会社中心社会、私、このことを時々申し上げるのですが、ちょっとどこかメモに書いてください、「会社中心社会」と。反対側から読んでください。「会社心中社会」というふうに……。それほど企業へのロイヤリティー高く、一生懸命働いてきたみんなが、こういう働き方がほんとうなんだろうかということに、いろんな思いをいたすようになってきているのではないかなと。物わかりがよ過ぎる労働組合の幹部への批判といいますか、白け、あるいは、そういう物わかりのよ過ぎる労働組合の幹部に甘えた構造を持つ経営者の皆さん。そういうことが、ほんとうに日本の社会のために、これからどういうことで影響を与えるのか、その辺のことをみんながいろいろ思い始めております。
 新しい概念でコーポレート・ガバナンスをという議論なんかもいろいろございますけれども、そういった議論等もきちんとやりながら、企業別労働組合、日本は圧倒的にこの体制ですから、それがこれからどういうふうになっていったらいいのか、いろんな角度から私どもも議論もしようとしております。先ほどセルヴェさんのお話に、NGOやNPO、その辺とも労働組合はつき合えというお話もありましたが、組合員の人たちの中にはそういう活動に参加している人が、意外にたくさんおります。けれども、労働組合は第一義的には組合費を払ってくれる人たちの集まりですので、NPOやNGOとつき合うことが、自分たちの本来やるべき運動ができていないことの隠れみのになることのないようにしていかなければいけないのかなと、そんなことも最近思ったりもいたします。

【齋藤】
 どうもありがとうございました。それでは続いて、成瀬さん、よろしくお願いします。

 

成瀬氏

【成瀬】
 ゼンセン同盟は、日本の労働組織の中でも非常に組織化のノウハウも優れたものを持っておりまして、組織化努力も常にやっておられる最右翼のリーダーの方がおっしゃるので、ちょっと私もショックを受けたところでございます。
 私のほうは、どちらかというと、経済的な面から問題点を切らしていただいて、グローバリゼーションと労働組合、労使関係というふうな問題、一当たり一〇分で終わらせたいと思っております。
 かつて、グローバリゼーションになる前は、労使関係というのは大変大きな生産性という、ないしは付加価値というパイを切る場面であったと思います。労使でいかに分けるか、労働分配率ということであったわけでございますが、グローバリゼーションで随分変わってきたと思います。国境という切り口がかなり重要になってまいりました。例えば為替が動く、価格を上げたり下げたりする、さらに最近のヘッジ・ファンドなども含めた、人のGDPをかすめ取るような短期資本が動く、付加価値が異常な形で移動をすることもあるわけでございます。したがって、労使で付加価値を分配する前に、パイそのものがグローバリゼーションの中でいろいろな形で他の国に移動してしまうということが起こってくる。そのため、相対的に労使の分配論議というのは地位が低下するという問題があると思います。
 それから、第二の切り口は、競争激化してまいるわけでございますから、やっぱり勝つか負けるかということになってまいります。かつてのように右肩上がりで、みんなでよくなろうということが成り立たなくなってまいりました。私が勝てば相手は負けるということになってまいりますから、組合の全体の組織、産業別組織とか全国組織とかいうものの仲が極めて難しい状況になってくる。企業間競争ないしは企業グループ間競争が組合の中での利害にも影響する。
 もう一つは、新しい切り口といいますか、あまり新しくもないんですが、官民の切り口。先ほど、GDPないしは国民所得の中で、政府の支出がどれだけかということの論議が出ました。これは国債発行も加えた実質的な国民負担率が、官に何%いって、民に何%残るかという問題があると思います。税金、社会保険料その他の問題になるわけでございますが、この切り口がちょっとゆがんでおりますと、海外から資本が来ない、労働組合が一生懸命とっても税金でまたとられてしまうなど、いろんな分配が変わってくるという面があります。
 最後に、労使交渉でパイをお互いにとる切り口の重要性が相対的に弱くなってきている。こういう面があるので、もっとほかのことに関心がある人が多くなると組織率も減ってくるでしょうし、労使関係に対する関心も相対的に弱まってくる。こんなことが現在起こっているのではないかという感じが強くするわけであります。
 労使はどういうふうなことになるのか。高木さんもおっしゃったように、日本の場合は、どちらかというと、企業ないし企業グループ単位の労使関係が中心でございます。ある意味では、従来も企業間競争が組合の中にあってもそれなりに意識をされていたという面もあるかと思います。
 国境を越えた富、付加価値の移動、それから産業間、企業間の付加価値の移動、これは価格設定、例えば下請の単価を切り下げるとか、自分のところの売るものを値上げするとかいうふうなことで付加価値の、向こうに偏ったり、こっちに偏ったりということが起こるわけでありますが、そういうことに対する態度、さらには、官民、どれだけ税金を納め、どれだけ社会保険料を納め、どれだけの給付を受けるかというふうな問題は、その企業の労使に共通な問題というものが非常に重いわけでございます。
 医療費の問題などは、連合、日経連が支払い側ということでもってスクラムを組まなきゃならないということであります。かつて行革のときには、国民負担率で労使が肩を組んだということもあるわけでございます。
 そういう意味では、従来、春闘の中で、こうした論議までかなり積み上げてきた実績があるのではないかなと思うわけでございますが、そうした今までの画一的な認識による労使関係ではなくて、労使がケース・バイ・ケースでもって論議をしたり、肩を組んで第三の相手に向かって争ったりというふうなことが必要になってくるのではないかと思うわけでございます。
 そういうときの原単位が企業ということになってきますと、やはり企業の中の労使関係が大変大事でございます。ただ、これが組織率の低下という形で、今、大変問題が起こっているわけでございます。労使協議の普及率は、減ったといっても、まだおそらく日本の従業員の6割以上をカバーしているのではないかなと思うわけでございます。日本の経営者も、従業員の組織があったほうが経営をやりやすいという方がほとんどでございます。そのほうが意思の疎通もしやすいし、コミュニケーションもしやすい、理解もしやすい。
 法律的な組織なのか、それともソフトな組織なのかという問題はありますが、労使が企業単位で話し合う、さらに共通の問題ないしは対立する問題について、地域、産業別、ナショナルレベルとかで話し合うということによって、透明性と、公開性が出てまいるわけでございます。だから、そうした根っこをつくる労使関係ないしは労働組合の組織を、何とかあまり組織率が低下しないような、ないしはそれにかわるような組織をつくることによって強化していかなければならないということをつくづく感ずるわけでございます。おそらくここ何年か知りませんが、模索の時期が続くのではないかなと考えておりましたところ、ILOからこういう本が出たわけでございますが、まさに世界中が模索だなと感じた次第でございます。

【齊藤】
 それでは、東京大学の菅野先生から、日本の状況その他を踏まえてお話をいただければと思います。菅野先生は東京大学で労働法を長い間教えておられて、この世界での権威者でございますので、いろいろとお話が伺えるのではないかと思います。どうぞよろしくお願いします。

 

目次へ

菅野氏

【菅野】
 ILOの『世界の労使関係』のレポートは、近年の世界の社会、経済のさまざまな構造的変化の中で生じている労働組合及び労使関係の問題を極めて包括的に、多角的に、そしてさまざまな学問分野の手法を総合して分析して、重要な問題提起をしておりまして、内容豊かなレポートだと評価しております。
 リーダーとなったドクター・セルヴェは、私どもの国際学会の事務局長をしておられまして、幅広い学者の方々とのおつき合いをお持ちですので、そういう学術的な知識をILOの高度な専門家たちの中に注入できたということが1つの特色ではないかと見ております。
 先ほど高木さんが、アジアに関する記述が少ないというようなことについてちょっと一言述べさせていただきますと、このレポートの中では、アジアその他の発展諸国に関する章と、それからアジア諸国を中心とした地域にあるインフォーマルセクターについての章が特にございますが、実は翻訳のほうではそれを割愛しておりまして、そういうところから、あるいはそういう印象を与えてしまったのではないかという気もしておりますが、このプロジェクト自体は非常に世界的な規模で、アジアからも学者を集めてのプロジェクトだったと言っていいのではないかと思います。
 このレポートの中心テーマは、私は何といってもグローバライゼーションだと見ております。グローバライゼーションの結果、市場のプレッシャー、それから国際資本のプレッシャーというのが各国経済に重圧としてのしかかり、あるいは各国経済の政策の役割を縮小させている。そこにおいて、労働組合や労使関係がさまざまな困難に当面している。そういう姿を分析して、その中でいかになすべきかということを問いかける点に特色があろうかと思います。
 出発点は、近年の組合組織率の世界的な減少傾向とか、労働組合の困難さ、それに対する労働組合の新しい取り組みというところから始まっておりますが、一番の核心は、グローバル化した世界市場の中で、今まで労働組合とか労使関係が重要なアクターとなってつくり上げてきた、社会的な保護ないし規制の仕組みというのが今後どうなっていくのか、それをどういうふうに今後再構成していくのかということを問いかけている点にあるんじゃないかと思います。
 主題は、現在の我が国の経済の問題、それから労使関係の問題にそのまま当てはまるのではないかと思います。先ほど高木さん及び成瀬さんのほうから、その点での労使それぞれの問題意識というのをお話しになりましたが、日本の労働市場、労使関係、それから政府の政策のあり方それぞれについて、グローバル化した巨大な市場の圧力の中で、仕組みの見直しを迫られている。そういう状況であって、それについて、さまざまな考える視点を与えてくれているというのが、このレポートの私どもにとっての価値ではないかと思います。
 このレポートでは次のような視点を提供しています。労働組合がプレッシャーの中で、単に組織がどんどん浸食されていくのを放置することなく、新しいさまざまな取り組みをしている姿を描き出し、そういう努力を各国の労働組合に呼びかけているという点。経済がグローバル化し、市場の圧力、競争の圧力が高まれば高まるほど、経済、市場のあり方をより健全にしていく上で、今後の労使協議の役割が重要になっていくという点。開放された市場であれば、むしろ政府支出というのは大きくなる傾向があるというふうなマクロ的な分析から発展させて、市場の中でのセーフティーネットの新しい強化というのを呼びかけているというふうな点。これらは、私たちが今後、新しい市場経済の体質の中での市場原理と、それから社会的な規制とか保護の関係を考えていく上での視点となりえます。
 私は、労働法法律学者ですので、法律的な点だけを一言加えます。現在、我が国で、労働法の点でもいろいろな改革が議論されております。規制緩和という言葉は非常にミスリーディングであると私は思っております。規制緩和と呼ぶがゆえに、いたずらな混乱が生じるということがあるのではないか。これは規制の再編成であって、新しい状況が生じていることは確かです。規制、市場の公正なルール、セーフティーネットが必要であるということもだれも否定できないことなので、新しい状況に合わせた規制の再編成というのが課題であると言うべきではないかと思います。そういう問題について、基本的な視角を提供してくれたレポートだと思っております。

【齊藤】
 次に、マンフレット・ワイス教授からお話を伺いたいと思います。ワイス教授は、フランクフルトのJ・W・ゲーテ大学の法学部の教授でいらっしゃいまして、あわせて方々の国際労働組織のコンサルタントを多数やっておられると伺っております。そういう意味で、国際的な視点から、いろいろ労働組合運動、労使関係法についてのお考え方がたくさんあろうと思います。よろしくお話をお願いいたします。

 

ワイス氏

【ワイス】
 まず、皆様方、そして特に今回の報告書の執筆者に祝辞を申し上げたいと思います。私は、この報告書の内容について大筋賛成しております。三つの点についてここで強調したいと思います。
 私の見る限り、この報告書の中で最も重要な点が三つあるかと思います。まず第一点、単に経済的ないしは計量経済学的な側面のみならず、社会的次元、文化的要因、政治的選択の重要性もうたっているという。近代的なアプローチ、つまり、エコノミストが打ち出しているようなものとは違うということが重要ではないかと思います。
 それからもう一つの点、これは、セルヴェさんも既に言及されている点でありますが、組合の持つ影響、力は、単に組織率、組合員の数だけでもってはかることはできないという点。
 三番目の点、これは特に重要だと思います。特にあえて申し上げるのは、ヨーロッパ的な視点から見て重要だと思います。労働コストと、海外からの投資の額との間では、相関関係は認められないということです。これまで単純化されてきた視点、例えば『ウォールストリート・ジャーナル』『ファイナンシャル・タイムズ』が日々言っていることとは真っ向から対立する内容であります。そういったことから、慎重にこの報告書を読んでいただきたいと思います。これは何を意味するかと言いますと、保護された保護のための規制体系、これは強力なセーフティーネットを設けるためのものでありますけれども、これは経済的に見て決して非生産的ではないということであります。
 さて、ここであえてヨーロッパの話に飛びたいと思います。ここではヨーロッパ的な視点でもってお話しするようにという要請を受けておりますので。私はもちろんヨーロッパ中心主義ではありませんけれども、あえてヨーロッパの視点からお話をしたいと思います。と申しますのも、ヨーロッパの状況を勉強することによって、この報告書が取り上げている内容についてわかりやすい部分が出てくるのではないかと思います。グローバル化という視点から考えて、現在、労使関係が国境を越え、労組や企業の活動が国境を越えるという事例が多いと思います。ヨーロッパの状況を見ますと、これがいかに困難なことであるかわかります。同時に、ダイナミックスを目の当たりにすることができます。
 そこで三つの点を申し上げたいと思います。ヨーロッパの組合の状況を見ますと、ヨーロッパ連合のレベルにおいては、ある種の労使対話が国境を越えた形でもって進められております。その結果、幾つかの成果が、例えば欧州の法律という形をとっております。これは欧州連合の法律となっているわけです。ただ、そこで問題が出てまいります。それは何かと言いますと、まず代表性、そして正当性ということになるわけです。つまり、例えばヨーロッパの労働運動、組合運動の状況、使用者の団体の状況を見ますと、国の状況においてかなり強い議論がなされ、いろいろな議論を進める中で、欧州レベルでのものについては、何ら義務づけはないということがわかるわけです。
 そういった結果、あるディスカッションが進められるようになりました。国レベルの人たちと、ヨーロッパ、欧州連合レベルの人たちとの間の話し合いが進められ、国内の使用者、労働者団体との間の対話が進められるようになった。これがヨーロッパの労使関係の構造づくりという第一歩になるわけであります。
 それからもう一つの問題でありますけれども、この目標に向けて、今現在、大きく進められている点があります。欧州連合というのは、ここ数年間、欧州労働評議会の指令が導入されております。これは何かと言いますと、情報、国境を越えて活動している企業、企業団体のさまざまなコミュニケーションとか、規制、法規を設けたものです。その中で重要なのは、そこから出てくる波及効果であります。それは何かと言いますと、次のような内容になります。
 今現在、指令があります。それをもとに組合側、そして使用者側、いずれもEUの加盟国においては、この指令に対応しなくてはならないわけであります。自分たちはこれに対して何をするのかを決めなくてはいけないわけです。その結果、水平方向のコミュニケーション、協力が出てまいりました。いろいろな加盟国間の組合、使用者の間での対話が進められるという、将来的な労使関係像がヨーロッパレベルでもって台頭しつつあると言えるかと思います。
 ヨーロピアン・ワークス・カウンシルと呼ばれるこの指令でありますが、これはもう一つの波及効果を持っております。ヨーロッパの状況を見ますと、労使関係にはパターンがあります。これは伝統的な協力中心型、参加型、また一方では非常に対決姿勢のものであります。この指令は望もうが、望まなかろうが、まさに協力型、参加型の戦略と言えるかと思います。このトレンドは、今現在も進んでおります。
 最後の点に移りたいと思います。とても残念な点なんですけれども、欧州連合においては、国境を越えた団体交渉の必要性がどんどん出てきております。なぜかと言いますと、現在、通貨の統一が進められているからです。単一通貨ということになりますと、国レベルにおいては、もはや労働市場の問題を国内の通貨政策でもって対抗できなくなる。つまり、欧州中央銀行が中心になるわけであります。
 通貨の統合によって、労働市場の透明性が高まるということが言えるかと思います。労働条件についても、透明性が高まるという結果につながります。その結果、どうなるかと言えば、労働条件のコーディネーションが域内において実現しなくてはならないということになります。そのためには、何らかの構造的な団体交渉が必要です。ヨーロッパレベルにおける団体交渉が必要になります。まだそれに参加する人たちはおりません。現在は、発芽段階、胎児の段階でありまして、成長しつつあるわけであります。
 さて、私は労働の法律家でありますけれども、こういったことを実現するためには団体交渉をするための構造が必要です。ただ、条約を見ますと、とても残念な状況にあります。この条約によれば、欧州連合は規制をするあらゆる能力を持っています。ただ、団結権、争議権、またロックアウトを行う権利については、何ら規制する権利を持たないということであります。つまり、逆に言いますと、国境を越えた団体交渉の制度的な枠組みをつくるための能力を持ち合わせていないということでありまして、これは変えなくてはなりません。
 ですけれども、こういった例を申し上げた理由は、ヨーロッパにおいては何らかの努力をした上で、越境的な労使関係を実現しなくてはいけないのです。現在、それに参加すべき主役がまだ胎児の段階であるということでありますので、21世紀において成功することを祈るしかないわけです。

【齊藤】
 ありがとうございました。
 以上で第一部を終わらせていただきたいと思います。労働組合、労働者が主体となって組織されている団体が、今まで果たしてきた機能の重要性はこれからも変わることはない。
 その重要な機能は、一つは民主主義であり、一つは社会的安定。民主主義は、労働者、今働きたいと思っている人たちが、職業生活において発言権を保障するという意味での民主主義、民主的な機能。社会的な安定は、働きたい人が社会的に安定するために労働組合がその地位を保障するという機能。それからもう一つは、経済成長と生産の成果をできるだけ調和のとれた形で配分をしようとする機能。この三つの機能の重要性を指摘していると思います。この重要性というのはこれからも変わることはないでしょう。社会的な合意を生み出すための一つの組織としての労働組合というのの重要性というのは変わらないでしょう。
 どのような制度、団体でも、それにとってかわることはできないであろうということがこの本の結論ではなかろうかと思います。私もそういうようなものとして労働組合運動は、これからも発展し、いろいろな困難はあろうとも、乗り越えていくだろうと信じたいと思います。

【司会】
 それでは、第二部を始めさせていただきます。
 第二部は、菅野東京大学教授に座長をお願いいたします。では、よろしくお願いいたし ます。

 

第二部ディスカッション

【菅野】
 第一部では、ILOの『世界の労使関係』レポートの言わんとしていることについて、ほぼ十分に報告及びコメントがなされて明らかになったように思います。また、齋藤理事長による非常に的確な要約がありましたので、皆様もよくご理解なさったと思います。
 第二部では、この報告書の提起した問題や、あるいは示唆を踏まえて、我が国、あるいはヨーロッパ、アジアの問題を議論したいと思います。統一的なテーマを「グローバライゼーションと労使関係の将来」というような感じに設定させていただきまして、今後の労使関係のあり方、労使協議のあり方、課題、労働市場において増加しつつあるパートタイム労働者その他の雇用柔軟型の労働者、コンティンジェント・ワーカーズの組織化、それに関するさまざまな問題、今後のセーフティーネットのあり方、そういったものについて議論をさせていただきたいと思います。
 まず、ドクター・セルヴェ、お願いいたします。

【セルヴェ】
 いわゆる不安定労働者ということに関して、ちょっと焦点を当てたいと思います。どのような労使関係のモデルが、こうした不安定労働者に一番うまく対応できるかということをお話ししたいと思います。
 特にヨーロッパの状況に従いまして、アメリカとの比較で、ソーシャル・モデルをお話ししたいと思います。ヨーロッパのソーシャル・モデルは、三つの要素から成っています。
 一つ目の要素、ヨーロッパは、政府が社会政策をコンセンサスでつくろうしています。つまり、政府は、いわゆる団体交渉、ソーシャル・パートナー、労使の関係で、労使のコンセンサスで社会政策をつくろうとしているのです。
 二つ目は、社会的な保護、公共サービスの必要性関する意識が高いということであります。。
 三つ目は、政府の介入、国家の介入です。労働政策だけでなく、経済的な政策、貿易政策、労使政策などにも政府は介入してきています。ヨーロッパの場合は、介入してまで市民守るのだということです。
 ヨーロッパの市民は、一番貧しい人と一番豊かな人との間の所得格差が、ある程度を超えてしまうことはとても受け入れられないと考えています。ですから、スペインの保守党政権、アスナールさんの保守的政権、あるいはフランスの前ジュッペ政権でさえ、社会的に排斥、排除されている人々への対応しようという努力と、姿勢を見せていました。社会的な問題を取り扱おうという意欲があるわけです。特に今日の社会的問題といいますと不安定労働者です。
 これと比較て、アメリカのシステムは非常に違います。アメリカで力点が置かれているのは、ローカルな主体者、アクターであります。例えば企業です。いわゆる任意主義的な制度がとられています。道義的な責任として、貧しい人たちも助けなければいけなが、あくまで任意に任されているのです。
 アメリカでの労使関係は企業別で、企業別に交渉もしていきます。今の問題は、労働力そのものが縮小し、労働人口が少なくなるのですが、不安定な労働者が増えてきているということです。アメリカのシステムは、そのような不安定労働者に対応することができない。なぜなら、企業の外にあるからです。労働組合は、その企業で働いている人たちを保護しようとします。あるいは企業のそのほかのスタッフを保護しようとします。しかし、法律的にいいましても、この会社の外にいる人たちを守るということはできないし、しない。したがって、そういうような人たちを守るということは、アメリカの場合には非常に難しいというシステムになっているのです。
 このような法的な障壁があるにもかかわらず、幾つかのアメリカの労働組合がいろいろと組織化をし、不安定労働者のために交渉しようとしているという例が最近になって見られます。例えばカリフォルニアでは、ジャスティス・フォー・ジェニターズ、これは警備員のための正義というふうに言われているキャンペーンがあります。また、農村の労働人口を組織化しようというような動きもカリフォルニアに見られています。ニューヨークではガーメント産業で働いている人たちを組織化しようという動きがあります。カリフォルニアの場合には、芸術家の組織化も試みられております。芸術家の場合には、メディアのサポートがありますから、それほど難しくはありません。これはヨーロッパのモデルとは違うわけですが、こういうようなことは、日本の場合、どういう現状になっているのか知りたいなと思います。

【菅野】
 私のお願いしたような内容でコメントをいただきまして、ありがとうございます。
それでは、ドクター・キャンベル、お願いいたします。

【キャンベル】
 私は、組合と、それから従業員の間のリンク、つまりセーフティーネットに関してちょっと深く考えてみたいと思います。ILOがこの地域でどういうことをしているのかということをちょっと振り返ってみたいと思うのですけれども、日本の労働省のおかげもありまして、労使関係、グローバライゼーションに関しての地域的なプログラムがあるのをほんとうに感謝をしているということを申し上げたいと思います。
 アジアといいますと、南アジア、東南アジア、それから太平洋諸国が含まれますけれども、労働省のおかげでそういうようなプログラムがあり、グローバライゼーションと労使関係に関していろいろなセミナーを行うことができました。
 政策のためのワークショップの場で、我々はリソース・パーソンとして情報を提供しました。そこでは、ハイレベルの三者代表が、三日間にわたり、いろいろどういうような政策勧告をすればいいかということをディスカッションします。最近、ベトナムでそのようなセミナーがありました。ベトナムの労働省は、外国の企業に焦点を当ててディスカッションを行おうとしました。外国の企業こそ、ほんとうにベスト・プラクティスです。人的資源の管理、労使協力、テクニックなどで、一番よい慣行を広めていく大きな力になるような案を提示しております。
 こうした外国の企業がいろいろな情報を提供するなどしており、ベトナムの場合は、ちょうど今、市場経済、こちらに乗り移ったばかりなのですが、今では市場経済型の労働法を1995年に制定されるまでになりました。市場経済に関して、あるいは法律の役割が何であるのか、また労働市場を規制したときに法律はどんな役割を果たすのかということに関して、あまり深い理解がでは持たれていないことは率直に言わざるを得ません。しかし、このセミナーを通しまして、外国企業の専門知識やエネルギーなどを通したベスト・プラクティスを人々に知らせると同時に、法律とか、いろいろな行動の関係などを社会的に広めようとしているのです。
 ソーシャル・セーフティーネットの労使関係的な側面は、この地域では非常にまだ立ち遅れています。発展はしていないし、こうした国々での労働組合、経営者側が、大々的にソーシャル・セーフティーネットを広めることができるとはちょっと思いません。政府がその役割をしなければいけないということでしょう。
 最近、韓国の経験ですけれども、2月にはあのすばらしい合意、協定が成立しました。けれども、まだ社会的には激しく揺れ動いている。あの協定を通して、企業のリストラとがもっと拡大していくとすると、社会的なセーフティーネットに関する需要はもっと増えてくると思います。今、需要が低迷している国では、仕事を失った人たちのためのセーフティーネットが必要になるわけです。
 そこで韓国は、これに関して何をしようとしているのか。政府に対して、人々はIMFの支援策をもう一度交渉し直すようにという圧力を政府にかけています。支援策の中に要求されているコンディショナリティーが適切であるか適切でないかはともかくとして、余りにも期間が短か過ぎると言うのです。
 為替のコントロールこそほんとうに極めて重要であると考えられています。金利は驚くような高金利レベルです。韓国の経済の中で見ますと、金利はびっくりするほど高い。ほんとうは能力のある会社でも破産してしまわざるを得ない。そうしますと、ますます失業者が増えていくわけです。ですから、ここで社会的なセーフティーネットが必要になる。
 労働組合は政府に向けて、実際に社会的なセーフティーネットを必要としているような人の数を減らしてほしいと要求しています。つまり、破産を防いでほしいと言っているわけです。そのために、IMFと金利政策や金融政策の再交渉をしてもらいたいと言っています。
 タイの状況についても、少しお話ししたいと思います。タイにおける組合の状況は、決して組織化されているとはお世辞にも言えない状態であります。一から一・五%ぐらいの組織率しかありません、八つの労働組合連盟があり、細分化されてしまっているという問題があります。それにもかかわらず、非常に明確な形で、公に政府並びに使用者団体が表明していることがあります。それは、組合が連合を図り、組織率を増やすということを奨励しているということです。これは、組合側が言っていることではないのです。
 タイは不況の際、職場に短期的に早い形で解決策をもたらすというような能力はないのです。体制が崩壊し、労働者がつぎつぎと離れています。労働省には、セーフティーネットの体制がありますが、北部のいわゆる農村部にあるのです。タイの労働者の四〇%、五〇%が農村部に戻ることはできないので、このセーフティーネットの意味はなくなってしまうのです。タイにおいて組合の重要性を高め市場の安定化に寄与するには、韓国同様に、タイにおける労働運動をきちんと進めるとともに、アジア開発銀行の五億ドルのローンを使うなどして安全ネットをつくるという必要性があります。

【菅野】
 アジアにおけるセーフティーネットの問題について、大変有用な情報を提供していただきました。
 それでは、日本の問題について、まず高木ゼンセン同盟会長、お願いいたします。

【高木】
 パートタイマー等の組織化のことはどうなっておるんだというようなお尋ねだったかと思いますので、状況を申し上げてみたいと思います。もちろん、私どもゼンセン同盟のことしか私、細かいことはわかりませんので、ゼンセン同盟の例をお話し申し上げたいと思います。
 私どもゼンセン同盟は、今、組合員が六〇万名ぐらいです。そのうちパートタイマー、派遣型の組合員、一部外国人労働者等が大体九万人ぐらいでしょうか。数字はあまり正確ではないかもしれませんが、パートタイマーについて申し上げれば、ゼンセン同盟の組合員が働いている職場のパートタイマーは、おそらく二五万人以上おるでしょう、もっとおるかもしれません。ということは、その中で八万人ぐらいが組合員になっているというわけです。
 経営側は、パートタイマーを組合員にするのを嫌がります。組合に囲われると高うつくと。まあ、こういう表現がいいのかどうかわかりませんが、店をスクラップ・アンド・ビルドするに際しても、パートタイマーの方が組合員でおられると、組合はすぐある種のプレミアムをつけろとかいろいろ言うと。もちろん、組合員でない人もちゃんとやるんですよ。パートさんを組合員に入れられることについては、平たく言うと、コストが高うつくと。そういう意味で、ずっと毎日六時間以上働かれる人をとりあえず組合員にしましょうという運動をやってきました。
 けれども、中には四時間とか二時間働く人も、私も組合に入りたいという人もいるわけです。そういう話を当該組合の役員に言いますと、もうちょっと待ってくださいよという話なのです。労働組合ですからということで、基本的には入りたいという人はみんな入っていいわです。今度の大会で、パートタイマーの対象の幅をかなり広げる方向で対処しようと思っております。
 このパートタイマーにつきましては、多くが企業別のフルタイマーの組合員と一緒の組合に入っています。中には、あの人たちと一緒でないほうがいいんじゃないのというパートタイマーの人たちもおります。というのは、労働市場が非常に地域的だからです。それから、労働条件等も地場性といった面もあります。ただし、企業としてみれば、自分のところの組合に囲われるのはまだ安心で、どこのだれだかわからないやつに囲われるのは危なくてしようがないという心配を多分されるのだろうと思います。
 ただし、阪神・淡路大震災のときにいろいろありました。店がバシャッとなっちゃったものだから、中には建て直すまで働く場所がないので、しばらく自宅待機、やめておいてと言う話になると、何かちょっとよこせとか何とかいろいろな話がりました。それなら地場でつくりますよということになると、この部分についてはそれだけ会社思いの組合と地場の組合との労労戦争になるのです。
 ただ、みんなそうは言いながら、まじめにやってくれています。そういう意味では、少しずつですが、パートタイマーの組合員の人たちが増えてきております。早く10万人を越えて、一五万人、二〇万人というふうになっていかなきゃいかんなと思っております。
 あともう一つ、派遣型の組合員が、一万だか一万五〇〇〇だかおられると思います。私どものところは、いわゆる派遣店員と呼ばれる人たちが多いわけです。例えば百貨店で、イトキンならイトキンというアパレル会社の製品を売っている売り場があります。そこでそれを売っている人は伊勢丹の人が売っているわけではありません。イトキンと契約をしているマネキンの人が売っています。化粧品なんかにもそういう形がいろいろあります。この派遣型は、賃金はそう安くありません。それぞれ皆さん、結構稼ぐ人もおります。ただし、組合としてはメンテナンスにものすごくコストがかかります。あまりコストのことを言うつもりはありませんが、何百という売り場におるわけですから、そういう人たちのいろいろ苦情処理をやったり、いろいろな要望を聞いたりするのに職場をを回るだけでも当該組合はあごを出しかかっています。。
 そういうわけで、労働市場との関係等々、もうちょっと整理しなければいかんところもあるのかもしれませんが、とりあえずは縦型でやっておりますというのが現状でございます。
 私どもは、伝統的に個人加盟方式というのをやっております。個人加盟で組合員になっている人も、そう多くはありませんがおります。それから、だいぶ少なくなりましたが、一部は合同労組というものもあります。繊維等の産地、新潟に十日町という絹織物の産地あありますが、ここには中小企業が昔は何百とありました。そこでは個人が十日町繊維労働組合に加盟してきます。団体交渉は、協同組合と十日町繊維労働組合の間でやります。そこで決めたものを、工業協同組合へ入っている各社は、そこで決まったとおりちゃんと実施しているのです。
 ただし、これは個人加盟ですから、ただ乗り組がどうしても出てきます。絹織物の産地も非常に小さくなりました。かつては五、六千人おりましたが、今はその一〇分の一ぐらいになりました。それでも、個人加盟の、合同労組型の組織がまだ五つ六つ残っております。
 最近は、パチンコ屋さんの組合ができたり、それから鹿児島だけですが徳洲会という病院の組合ができましたり、多分9月の初めには、宮崎にシーガイヤという屋根つきプールの、あそこにも多分組合ができるのだろうと思っております。
 いろいろやりますけれども、六〇万人おりまして、平均勤続が仮に一五年だとしたら既存の組合員の皆さんが四万人やめるんです。採用で補充があれば減りませんが、昨今のような状態ですと、いわゆる減耗不補充という言葉を経営者は使われますが、そういう職場も多いのです。二万人ぐらい新しい仲間を迎えても組合員は増えません。たまたま景気の悪いときに当たっていることもありますけれども、なかなか組合員を実働で増やしていくのには呻吟をしておるというのが実態でございます。

【菅野】
 それじゃ、日経連の成瀬常務理事、お願いいたします。

【成瀬】
 今、高木さんのお話で、パート二五万人で九万人組織化しているという組織率の高さ、驚く次第でありまして、さすがというところでございます。
 私のほうから申し上げたいと思っておりますのは、先ほど最後に、労使協議制のことを少し触れさせていただいたわけでありますけれども、経営サイドが、我が国の労使協議制についてどんなふうに見ているかということを申し上げたいと思います。
 日本の労使協議制は、全く制度も法律も何もないところに自生的発生し、大変広く普及しております。カバーする従業員の数で言いますと、おそらく六十何%とか七割近い数字が出てくるのかなと思います。労使コミュニケーション調査で時々調査をしておるものでございますけれども、制度も法律も何もないのに非常に普及しておって、非常に労使双方から好まれているという状況ではないかと思うわけでございます。
 企業によりましては、明らかに春闘の中で団体交渉をやり、賃金を決めているんですが、それを団体交渉と言わずに労協、つまり労使協議と呼んでやっているというふうなところもあるわけです。日本の労使共通なのかもしれませんが、ソフトな枠組みであまりぎちぎちやるものでなくて、お互いにある程度納得して決めていくという伝統的、文化的なものがあるのかなという感じがするわけでございます。
 なぜ経営者サイドで労使協議制についての評価が高いかということですが、非常に自由な、自然発生的なものであって、形式にとらわれないものであるからです。もちろん従業員のほうにしたって、労使協議のための従業員組織のために、組合費に似たようなものを払っているところもあるかもしれませんし、払っていないところもあるかもしれません。いろいろな状況があるだろうと思うわけであります。ただ、経営者サイドといたしましては、労使交渉をする、ないしは労使の話し合いをして、情報の伝達、状況説明をする場合に、従業員サイドからどういうレスポンスがあったかということを知りたいわけであります。しかし、いわゆる職制を通じてやったのでは、レスポンスが返ってこないのが日本の通常ではないかと思います。
 欧米では割合自己主張が強い方が多くて、いや、それはどうだこうだと言ってくるのかもしれませんが、日本では、社長がそう言うならというようなことで、ほんとうに満足しているのか、不満があるけど黙っているのかわからない。やはり何かそうした従業員組織、社員会でも親和会でも親睦会でもよろしいんですが、そういうものがあって、そういうところと労使協議を定期的にやってコミュニケーションをすることでフィードバックが得られるという点は大変貴重ではないかと思うわけです。伝統的にそうしたソフトなものを有効活用するということではないかと思うわけであります。
 もう一つ、オイルショック直後の狂乱インフレが比較的短期間におさまったときに、日本はそれなりに評価をされたわけでありますけれども、あれもお互いに納得してやったからです。強制力とか法律は全くなく、自主的に、一五%以下の賃上げでございますとか、一けたの賃上げでございますとか、こういうふうなものが成立したわけです。制度で強制するものと、自発的にやるものとの本質的な違いがあるんじゃないかなと思うわけでございます。
 そういういろいろな経験から、やはり強制されないといいますか、ほんとうに自発的に、お互いに納得ずくでやる労使協議制は、今後もできるだけ、団体交渉がありましても、活用していくということが大事なのではないかという感じを強く持っている次第であります。

【菅野】
 ありがとうございました。成瀬さんのほうからは、日本的な労使関係における労使協議の重要性ということについてお話しいただきました。
 それでは、ヨーロッパ的なパースペクティブで、ワイス教授にここでコメントをお願いいたします。

【ワイス】
 私は、派遣労働者、暫定的な労働者、私どもが忘れてしまっている失業者について話したいと思います。
 この暫定労働者に関しては、ヨーロッパでは普通の正規の社員とパートの社員との格差はそれほど広がっておりません。賃金もそんなに変わらないし、社会保障制度も整備されている。確かに両者を差別化してはならないといったチャンネルもあるわけです。しかし、それでは不十分だと思います。なぜなら、暫定労働者の利害は、正社員の利害とは全く違うからです。パート労働者には特別な事情があるわけですから、特有のルール、労働条件が必要だと思います。
 私の国、ドイツの例を申し上げたいと思います。第1の例は団体交渉です。団体交渉はセクター別に行われます。労働組合には、パート労働の組合員おり、組合の中に統合されています。しかし、どういった討論が行われているのかというと、団体交渉の議論は、すべて正規社員のの話ばかりです。パートの人たちは全然力がないのです。労使関係は力関係の問題です。しかし、パートの人たちには力がありません。確かに組合員ではあるけれども、彼らの声は反映されていない。組合内部の民主主義、平等が必要なのであります。すべてのマイノリティーが十分に面倒が見られているようにする。そして、声がちゃんと反映されているようにしなければなりません。
 第二の例を申し上げます。またドイツの例なんですけれども、ドイツには労働審議会と労働委員会があります。すべての労働者はそういったシステムに入っております。今まではよかったのですが、実際には機能していません。なぜかと言いますと、一番声が大きいのは正規社員でありまして、会社と一つになって声が大きいわけです。ほかの人たちは、下のほうのレベルに押し込められているということになります。同じレベルに彼らを引っ張り上げてあげなければなりません。それもほんとうに声が反映されるようにしなければなりません。
 セルヴェは、先ほどアメリカの新しい傾向の話をしてくださいました。ジャニート・アムーブメント、掃除婦たち、それからカリフォルニアの農民の組合、ちょっと大げさに申し上げますと、こういった掃除婦とか農民とかの組合というのは、巨大な風景の中のエキゾチックな色づけのようなものにすぎないと思います。
 この人たちは、ほんとうに力を持っているのか。実際に使用者側と闘いになるときには、ほんとうに力を発揮することができるのだろうか。そういうことを考えなければなりません。アメリカの同僚たちとそういう話をしますと、「こういう特殊な組合をつくっても、全体の図式、全体の風景はあまり変わらないよ」と言ってくれました。こういった極めて弱い立場の労働者たちの組合、そういった珍しいものができても全体像が変わるのだろうか。彼らは従来の大きな組織の中に組み込まれなければならないし、内部の決定権というものも持たなければならない。ただし、それは難しいと思います。
 最後に一言。失業者について申し上げたいことがあります。ヨーロッパでは、現在、失業という大変大きな問題があります。日本もそうだと思いますけれども、日本はまだ2けたではないですよね。私たちのような大きな失業率ではないと思います。失業者の面倒をだれが見てくれているのか。レトリックで言いますと、組合は、失業者の世話をするとうことなのかもしれません。しかし、現実には、彼らは失業者のことは何もしていません。
 やはり組合というものは、労働者、つまり組合費を払っている人たちの面倒を見るのであって、払っていない失業者の面倒を見るはずがありません。そうすると、失業者のロビー活動をしてくれるのはだれか。失業者を代表してくれるのはだれか。組合がその代表者になってくれるとはとても想像はできません。もしかしたら失業者のための特別な組織とか、社会的制度とか、そういったものをつくらなければならないかもしれません。失業者の声を代表してくれるような人たち、例えば、失業者の組合といったものができたらいいのかもしれません。
 ことしの春、フランスに参りました。そこではそういう運動がありましたが、正直なところ、こういったグループは実は力がないのだということがわかりました。失業者には全然力がないので圧力団体にはなり得ません。労使関係においては何の力も持ち得ないのです。ただ、大きな圧力団体にはなり得ると思います。しかし、それは社会にとって危険なものになるかもしれません。例えば、失業者たちが全員一丸となって特別な投票のパターンを示すといういうことも考えられると思います。

【菅野】
 ヨーロッパにおけるコンティンジェント・ワーカーズの問題について、突っ込んだコメントをいただきました。
 私がお願いした「グローバライゼーションと労使関係の将来」というようなテーマで、労使協議の課題とか役割、雇用柔軟型、あるいは雇用不安定型労働者の問題、それからセーフティーネットの問題といった点についてお話ししていただきたいということをお願いしましたところ、皆様、それに沿った第二ラウンドのディスカッションをしていただきました。
 この辺で、フロアの方からのご質問やご意見をちょうだいしようと思っております。きょう拝見しますと、大変最高級の労使関係、あるいは労働省、労働法の専門家の方々、あるいはILO等の関係の方々がおれらます。どうぞどなたからでも、このテーマについてのご質問、ご意見をちょうだいできればと思います。
 それで、最初にお名前と、もし差し支えなければご専門等をお話しいただければと思いますが。

【アベ】
 どうもいろいろお話、ありがとうございました。非常に興味を持って聞かせていただきました。アベと申します。専門がヨーロッパの産業政策と雇用政策を勉強している者でございまして、その意味でも非常に参考になりました。
 『ワールド・レイバー・レポート』はサブタイトルの「労使関係とデモクラシーと社会的な安定」は、現在のグローバル化された社会における労使関係の重要な問題点であるということをあらわしていると思います。これを達成するためには、世界レベルでの経済成長と雇用の確保が必要条件であろうと思うわけですが、そのためには、どうやって政策的に雇用を確保するかということが問われています。その際に提案されたのが、労・政・使の三者間の協議に基づくコンセンサス、またそれによる政策の提言が非常に重要なかぎであるというふうに私は理解しました。その場合に、政府と労働組合の一国内でのコンセンサスはある程度可能かと思うんですが、企業について一国内のコンセンサスを得るほどにいくのかどうか疑問です。
 グローバル化を前提としたときに、企業、特に大企業、多国籍企業を一国で、コンセンサスの枠組みに組み込むことが可能なのでしょうか?仮に多国籍企業を一国内ではコントロール不可能だとするならば、国際的なレベル、例えばヨーロッパのケースで、一国を超えた国際的な場面での、三者間協議の枠組みみたいなものが実際には考え得るのかどうか。その場で、企業を何らかの形で国際的な政府、国際的な労働組合、国際的な場面での企業の利益をうまくお互いに協議の上で納得できるような枠組みというものが果たして考え得るのかどうか。この辺のところをセルヴェ先生、たしかキャンベル先生も触れられたと思うんで、ワイス先生とちょっとご意見をお伺いしたいと思うんですが。

【菅野】
 大変に核心に触れたご質問ですので、ドクター・セルヴェ、ドクター・キャンベル、それからワイス先生、しかし、なるべく短くお答えいただきたいと思います。

【セルヴェ】
 こんな難しい問題で簡単に、短目にとはとても話せません。
 先ほどヨーロッパの社会モデルという話をしましたけれども、ヨーロッパの規範のいい面ばかりを申し上げましたが、いい面ばかりとはいえませんが、二つ重要な問題点があると思います。
 第一は、ヨーロッパ型のモデルでは、パートタイム労働、失業に対して、現時点では十分な応答というものをしていないということです。セーフティーネットは保障されるかもしれないけれど、問題は完全に解決されているわけではありません。
 第二、グローバルな経済の競合に関してですが、ヨーロッパ域内では、社会的なセーフティーネットを犠牲にして行われるべきではないというコンセンサスはありましたが、ヨーロッパ外の企業は、ヨーロッパと同じゲームをしてくれないということです。同じルールで経営をしていないのです。これはEUの政策決定者にとっては大きな懸念となっております。
 社会、経済的な要素が今申し上げたとおりですから、ヨーロッパの政治家、政策決定者たちは、社会的保護を維持しなければならないと思います。一国の政府が社会制度の規制を緩和してしまいますと、直ちに多くの人たちが犠牲になってしまうと思います。
 最近、ヨーロッパの一番重要な二カ国、フランスとドイツにおいて、二つの例がありました。フランスでは、ジュッペ氏が社会保障制度を改革しようとしました。ところが、労使に十分に相談をしないで、政府だけでそれを変えようとしたため、大きな全国的ストが起こり、失敗しました。
 第二の例はドイツです。ドイツではもっと顕著な例があります。コール政権は、従来の制度、たとえば労働者の疾病に対する保障、病気に対する保障を変えようとしました。、たしか二、三日は支払いをしないとか、数日間は支払わないとか、そういったことをしようとしたんです。しかし、それに対して労働組合主導によるストが起こりまして、コール首相は自分の案を撤回せざるを得ませんでした。
 それ以上に申し上げておきたいのは、労働組合運動の特徴というのはどういうふうなものなのかというと、職種別ユニオンというより、もっと社会的な運動であるということです。いわゆる労働者階級と昔呼びましたけれども、そういう人たちを代表しています。
 理論的には、彼らは社会的対話を政府、使用者と行うことで失業者を守ことができますし、不完全雇用者を守ろうとすることができます。伝統的な労働組合運動の伝統的な面は、アメリカと比べてヨーロッパに強くあります。ヨーロッパでは、既に達成されたことを維持し、もっと多くの不安定雇用形態の労働者を代表することを目指しています。まだその辺のところは十分ではありませんけれども。
 アメリカの労働組合運動の場合はエキゾチックだと思います。AFL−CIO議長スウィーニーさんは、労働組合のビジョンを企業ベースのものから、もっと社会的な運動という形に変えようとしています。同盟とかそういうものを組合運動の中や、大学などでも検討しています。そうすることにより、代表制を拡大させていける基盤ができると思っているんです。それはほんとうに必要なことだと思います。

【キャンベル】
 非常にすばらしい質問をいただきました。いろいろと考えさせられる質問であります。三つあったと思いますが、まず、一番やさしいものからやりたいと思います。国際的統治ということです。政府や、それから政・労・使の三者協議を国際的にできるかということです。これはアジアの観点から考えますと、まだまだ理想主義という段階だと思います。
 雇用を創出しなければいけない。労使関係が弱体化しているのは雇用が生まれていないからだ。雇用創出はどうすればいいのか。いろいろな時期を考えて、そのときどきの政策がいろいろな形で効果を持っていくんのですが、最初の段階はJカーブのように見えると思います。つまり失業、いわゆる仕事が創出できる前にどんどんと仕事は失われるということです。それからマクロ政策です。今、いろいろと行われております。ほぼその点では完成しているとみていいいと思います。
 アジアの地域は後発性というか、立ち遅れているところがあります。労働市場政策といが非常に消極的、パッシブであると言えます。セーフティーネットがないというわけです。今後は積極的な労働市場運動との両面でいく必要があります。これは政府がやらなければいけない役割と、政・労・使がやらなければいけない役割が別個にあると思います。
 例えば韓国を見ますと、何兆ウォンというようなお金を投じて、失業問題への対策を打ち出しました。そのお金の一部は、雇用維持政策に用いられます。政府の補助金を受けて、ワークシェアリングをするとか、労働時間をいろいろと変えていくことで雇用を維持すると同時に、雇用を創出させようというような一つの解決策が労使により提示されています。これは有望な解決策であると思います。
 それから、公共事業です。一時的な雇用創出のためには、この地域の国々にとって公共事業というのは一つの解決策になります。ILOは労働者を基準にしたような、労働基準の経済成長というような政策を持っています。世界の発展や、インフラの整備です。今後必要とされるけれども、今のところは自治体に資金が行っていない場合、公的資金、民間資金を合わせてコンソーシアムをつくって、労働集約型のプログラムをどんどんとさせていくのです。
 発展途上国には、トラクター、バックフォーだとかいろいろな設備を使うかわりに、人々にやらせようではないかということも重要です。
 公共投資ということになりますと、政府がそれをやっても恒久的な仕事の創出にはならない。OECDの国々などを見ますと、公共事業を民間事業のほうに譲りますと、ほんとうに恒久的な雇用の機会が創出されるという例があります。実際に民間企業への恒久的な仕事を得ることができるからです。
 中国は、今一つの大きな試験管だと思っています。成長率は下がってますが、国営企業の民営化のために非常に野心的な壮大な計画を持っています。全国的な公共雇用政策や、いろいろな訓練施設をつくり、それをネットワーク化していこうという非常に壮大な計画です。
 労働組合も、政府も、協議の場につくでしょう。しかし、使用者のほうはどうか。どういうインセンティブがあるのか。協議に参加するどのようなインセンティブを使用者のために与えるのか。ドイツの金属産業のある方がこういうふうにおっしゃっています。「かつてはEGメタルが賃上げを要求したら、我々は非常に恐れおののいていた。ところが、今ではそんなの全然怖くはない。なぜなら、外注だってできるんだし、仕事の外部化だってできるんだから。」と言っています。
 ほとんどの企業は長期的な投資家でありますから、今、自分たちがやっている環境の中で長い間仕事をしていこうとしています。投資のための一番大きなインセンティブは、地元市場へのアクセスです。

【ヴァイス】
 国際的なコンセンサスをどのようにして雇用政策でとるかということに関して、今、ダンカン・キャンベルさんが言いましたとおり、いろいろな戦略があり、それは試してみなければいけないと思います。理論、実践の双方のレベルで何が一番理想的な戦略かというコンセンサスはまだないので試してみなければいけないと思います。
 EUは非常にプラグマチックな組織的枠組みをつくりました。制度的な枠組みです。去年、アムステルダム条約に修正を加えました。アムステルダム条約において、初めて雇用の章を設けました。この雇用に関する章が非常に重要だと思います。
 その章の内容に関しては詳しくはお話しませんが、実質的な政策ではなく、一つの手続的なフレームワークを打ち立てようとしているのです。それぞれの国が雇用委員会に代表を送っています。雇用委員会の仕事は、いろいろな加盟国のソーシャルパートナーと政府にいろいろな情報を与て、どうやって失業問題と闘うかという情報を提供することです。委員会では、EU首脳会議のほうにそれを上げるわけです。
 首脳会議はガイドラインをつくり、加盟国が実施をします。それぞれには実施の時間枠が設けられております。それが、加盟国に圧力を与えるわけです。
 大切なのは、ここにフィードバックのメカニズムがあるということです。個々の国が、どういうことをしたか、どういう成果があったかということをEUに報告しなければいけないのです。恒久的な継続的学習プロセスを制度化するということです。それが期待されているわけです。
 これは非常に洗練されたメカニズムだと思います。いろいろな目的、目標を達成するだけではなくて、手続をしっかりとしていくということが重要です。失業者を助けるための、制度的な枠組みが必要ですが、EUで打ち立てたこのフレームワークだと思います。

【菅野】
 EUのほうの例を挙げられましたけれども、日本の使用者のアプローチというような点で……。

【成瀬】
 日本としては、EUのような広がりを持っていないものですから大変難しいと思います。一つの象徴的なポイントは、日本は今、未曾有の不況で失業率が四・三%、アメリカは未曾有の好況で失業率が四・三%ということです。これは日本の労使関係の特徴ではないかと思うわけです。日本がほんとうに一〇%を超える失業率になるということを本気で考えている人はいないのではないかと思うわけです。何が違うのかというところを私がきっちり説明できるかどうか、私も大変心もとないんですけれども、この事実をどういうふうに解釈するかということで、その背後に何があるかということを解釈していただくことでもって、皆さんに答えを探していただければなと思うわけです。

【菅野】
 高木さんはいかがですか。組合の側からごらんになって、日本の使用者は、そういう雇用問題についての姿勢について、やはり日本的な、日本型の労使関係というのは、ある種続いていると。

【高木】
 ともかくきついときには一人でも雇うのは嫌だし、コストが一円でも増えることは何でも嫌がるし、それは当たり前のことでね。
 先ほど真ん中の人がおっしゃったような話はアジアでもいろいろあります。ナイキという三日月型か何かのメーカーがアジアでいっぱい靴をつくっています。中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア。個別に各国の組合が対応しても、らちが明きません。一緒に集めて対応します。それでもいろいろあるようだったら(ナイキからスポンサーを受けているプロ野球ジャイアンツの)清原に言います。「おまえがはいている靴は、こういうところで、こういう条件でつくられた靴だぜ。それでもおまえは履くのか」と。ちょっとこの辺は、あんまりやくざみたいな話でもいけませんけれども、ここまでしないと、なかなか話がつかない。
 さっきアメリカの話もあったけれど、アメリカでジーンズなどの服飾メーカーのゲスというところにもいろいろかかわっています。

【菅野】
 大変ありがとうございました。
それでは、その次のご質問ないしご意見をお聞きしたいと思います。

【関口】
 関口と申します。日本では珍しい労働組合の研修所で労使関係などを教えています。
今、ずっとお話がございましたように、労働組合が将来ともに必要である。それが社会の安定にとって非常に大切なものである。そういうことについては間違いないことだと思うんです。
 それでは、労働組合の役員、活動家、こうした人材をどう育てていくのかという、非常に重たい課題がまた一方にあるわけです。今、若い諸君の話を聞きますと、労働組合の社会的役割であるとか、必要性についてはもちろん認めます。
 そういう意味で、ワイス先生にお聞きします。日本の労働運動のモデルとして、ドイツの労働運動などがあると思うんです。労働組合同士間の話では、ドイツの現状などについていろいろお話を伺うことがありますが、ドイツの労働運動の現状を研究されておられる先生から見て、労働組合側の人材の育成、その視点について何かアドバイスをいただくことがあれば伺いたいと思っています。

【菅野】
 大変大事な質問だと思います。ワイス教授。

【ワイス】
 またお話しできる機会をいただきまして、大変うれしく思っております。
今のご質問でありますけれども、おっしゃっている点はとても重要だと思うんです。人材の訓練、組合員のための訓練ということ、そしてまた、いろいろな協議参加のための人材教育、これはとても重要であります。
 ドイツの場合の状況について少しお話ししたいと思います。ドイツには、組織化された労働者のための訓練センターがあります。いろいろな人たちが集まりまして、こういった人たちが組合のリーダー、指導者になります。組合の指導者は全員、こういったアカデミーに通った経験を持っています。こういった人たちは非常に技能が高く、あらゆる種類のいろいろなテーマについて勉強した人たちであります。
 もう一つ、もっと重要な教育のチャンネルがあります。企業の中で自分たちの同僚を代表しなくてはいけない人たちはどうなるのか。それがまさに組合員ということなんですけれども、ドイツにおける組合は非常に大きな組織であります。金属労働者の組合は300万人以上を超す組織で、たくさんのお金を持っており、学校などの施設も持っています。こういった学校においては、教師がきちんといて、カリキュラムに沿った訓練をしております。労使協議会においても同様の学校があり、運営費は使用者が負担しています。
 この制度は、非常にうまくいっていますが、すべての使用者がそういったことを喜んでするとは考えられません。まず、お金がかかります。もう一つの理由としては、訓練をやっているときに職場を離れてしまいます。使用者としては、常にこういった研修のための時間、コストを制限しようという意向を持っているわけであります。
 こういったワークスカウンシルに提供する訓練は、企業の規模、効率に比例して決定されるます。大手企業は常に非常に洗練された訓練プログラムがあるということになるわけです。中堅企業の場合、こういったプログラムを行うのがなかなか難しいのです。本来、問題を抱えている中堅企業がこの恩恵を受けるべきです。
 ILOについてお話ししたいと思います。八〇年代初頭、いろいろな国に派遣されて、ういった参加型プログラムに出席することができました。そこでは、多くの労働者が読み書きができないということがわかりました。企業内の意思決定に参加する場合、かなりの知識を持っていなくてはいけないわけですから、訓練は不可欠です。もちろん、訓練ということについて聞かれた場合、常にだれがお金を出すのかという問題が出てきます。ドイツでは、使用者が負担するということがベストだといえば、必ずしもそうではないと思うんですが、これはやはり社会のやるべきことであって、国の予算を使うべきだと思います。しかし、この意見に関しては、私はマイノリティーです。
 いずれにいたしましても、一つのオプションとして、果たして使用者に負担させることが一番いいのかどうかわかりませんけれども、こういったやり方があるということであります。

【菅野】
 ありがとうございました。大変に私どもから見て参考になるようなご説明をいただきました。
 そのほか、いかがでしょうか。

【中村】
 中村です。お話の中で、経済がオープンになればなるほど、結社の自由が広まるとおっしゃったのか、広めろと言っているのか、どちらなんでしょうか。
 第2点、さて、その結社の自由が広まる、あるいは広めるとしたときに、労働者を守るために、戦闘的な労働組合を育てようというのか、それとも、この苦難を脱却するために、協力的な労働組合を育てようというのか。ILOの方針はどちらでしょうか。
 第三番目は、開放経済があまり進むと、開発途上国がバタバタ倒れる。とすると、国内でも独禁法があるように、世界経済のメカニズムの中で、開放ばかりじゃない、独禁法的な規制を設けるべきだとILOは言うのでしょうか。

【キャンベル】
 グローバル化ということになると、すべて市場に任せるべきであって、政府の出番はないんだということをおっしゃる方がいらっしゃるんで、あえて経験的に逆が言えるんだということを申し上げたかったわけであります。
 組合といったような市民グループがロビー活動を行って、何らかの保護を求めるということから出てくることがあるのです。
 ここで見られるパターンですが、発展途上国が貿易の自由化を図った場合、四〇の途上国を対象にしたOECDのサンプルでは、大半が貿易の自由化に先立って結社の自由を許可するという動きをとっているということがわかります。個々の労働者はレイオフされることについて守ることはできないので経済が開かれれば、そういった危険性は高まります。結社の自由を許可するということは、こういった労働者の保護につながるわけであります。
 2番目のご質問に移ります。私が申し上げているのは途上国に関してです。ただ、日本や、その他の国の組合の役割は保護であるべきではないとは言ってないんです。グローバル化を受けて、高い賃金を求めるべきではないなんて決して言っているわけではありません。そうではなくて、そういった伝統的な組合の果たしている役割は堅持すべきだと思います。
 ただ、私の考えでは、それにプラスしてほかの機能を果たすべきだと思っているわけです。日本でこんなことを言うのはちょっとおかしいかと思いますが、日本の組合は二〇年間にわたって非常にすばらしいものだと言ってきたわけであります。我々から見た場合、日本では労使関係は非常に協力的であり、すばらしいだけでなく、興味深いことです。これまで、日本をあがめてきたわけです。ですから、よりによって日本で、このようなことを申し上げても、協力というのは、前にも聞き古したことだと思うかもしれませんけれども、ほかの国では必ずしもそうではないんです。
 とてもいい点を中村さんはご指摘いただいたと思うんですけれども、私は、組合の伝統的な機能はごく当たり前のことと考えてました。高い賃金を求る、労働者を保護する、これはもちろん当たり前と考えていたわけです。こういったことをかち取るためには、今後はフレキシビリティーが不可欠であります。
 ILOには独禁法的な政策があるかということですけれども、ILOの政策に関しては、国内市場の規制に関しての方針を持っています。国内市場を守るというニーズを認めているのです。これに関してはグローバル化の中では出てきませんでした。もちろん、その点、ご指摘いただいたのはよかったと思います。というのは、オープン、開放ということについてよく言及されまが、ベトナムの状況を考えますと、一方では、開放と言っておきながら、次のページを開くと、ペプシとコカ・コーラは国内のソフトドリンク産業も一掃してしまったと文句を言っているわけです。ですから、国内産業の活力、存続という意味では危険なことでもあります。ILOとしては、それを明文化したような方針はありません。ただ、経済的、社会的な正義、知恵、国内の市場をある程度保護する、特に移行期において、開放から守るということは重要だと認識しております。

【菅野】
 ケンブリッジ大学のヘップル教授がおいでになっていまして、セルヴェさんがイギリスでもこういう試みをされたときに、一緒にやってくださったということなので、コメントを少しいただければと思うんです。どうぞ、ヘップル教授。

【ヘップル】
 私を招待してくださって、ありがとうございます。大変興味深い会議でした。
 私の友人のセルヴェさんは英国にもいらっしゃいまして、この報告書の話を英国でしてくださいました。私は英国で伺いましたので、日本でもう一度聞くことができるとともに、日本の皆様のご意見を伺うことができて大変うれしく思います。
 セルヴェさんも、キャンベルさんもおっしゃっているグローバライゼーション、グローバライゼーションということは、より多くの保護が必要であるということを意味しております。
 英国の例を申し上げましょう。英国はご存じのように、サッチャー政権のときには、規制緩和政策と同時に、組合及び、ソーシャル・セーフティネットを弱めるという試みがされました。
 新しい労働党政権では、サッチャー政策はうまくいかなかったといった結論を得ました。今は規制緩和ではなく、規制の再建をしています。より集合的な、団体的な代表制をつくっています。つまり、組合がもっと組合同士でお互いに協力をしながら、決定権を使用者とともに持つということ。すべての労働者のための最低基準というものを設けるということなどです。興味深いことに、現在、英国の労働者の三分の一は労働組合に保護されていないテンポラリーやコンティンジェントといった不安定な労働者なのです。
 労働党政権はパートタイムや不安定な労働者に対しても、もっと保護をするという姿勢をとっています。きょうは全然話が出ませんでしたけれども、より家庭を重視した、ファミリーフレンドリーな政策というものが重要だと思います。女性の労働参加、高齢化ということを考えますと、ますます労働者一人ではなく、家族全体を支えていかなければなりません。将来は労働者不足も出てくるので、高齢者の問題や、単に男女の機会均等ということだけではない、多くの女性労働者の社会参加が望まれます。パートタイム労働も、より平等なものにしなければなりません。パート労働者のほとんどは女性です。少なくとも我が国はそうです。
 それから、児童のためのチャイルドケア、保育所とか保育園などを労働現場につくるという設備も必要なのです。男女ともに養育のための、あるいは育児のための休暇が必要です。母親だけではなく、父親も育児に参加することができるようになります。この第三の要素というのは、家族、家庭だと思います。そして、これは世界共通の問題です。

【セルヴェ】
 ヘップル先生のおっしゃるとおりだと思います。全く同意いたします。
労働組合の新しいグループが、今後、強い組合になりたいと思っているのであれば、もっと女性を大事にしなければなりません。単に女性労働者をどんどん組み込んでいくだけではなく、女性特有のいろいろな関心事やニーズというものを考えなければなりませんし、組合の幹部にも女性をもっと増やしていってほしいと考えます。
 組合は三つの機能を持っていると思います。一番よく知られている機能は経済的な機能です。これは言うまでもありません。使用者側、経営者側と協力をして、国の経済や円滑な生産、そして均等な利益の分布、配分ということを考えなければならない。それが伝統的な役割だと思います。
 次の役割は生産者、労働者の声になるということです。伝統的な労働者だけではなく、パートの労働者の声にもなるということであります。社会的な対話、労使の対話や交渉の場にパートを代表してあげるということです。
 三番目のあまり言及されない役割は、社会的安定、社会的協和、社会的な輪の一つの手段になるということであります。国という共同体の潤滑油のような手段になり得るのだと思います。日本がそのいい例だと思います。日本の社会こそ、統一のとれた団結の強い社会だと思います。こういった結束の高い社会では、組合も重要な役割を演じてきたのだと思います。これからはもっとそういった結束力の高い社会と組合ということを研究していきたいと思います。
 アメリカやカナダ、あるいはフランス、ベルギーなどに行きますと、組合の力は社会的な暴力の有無と関係があるようです。アメリカのように組合運動が弱いところでは、社会的不安とか暴力があると思うんです。労使関係を超えた暴力というものです。そのため、社会が不安定なのです。カナダの友人たちに、カナダとアメリカはどこが違うんですか、どうしてカナダでは治安がいいんですかと言うと、「私たちにはとても強い組合があるし、社会保障、社会プログラムがある。組合運動が強いので、社会的な保障やプログラムをどんどん組合が推し進めてくれている」のだと答えます。もちろん、これは直接の因果関係があるということを言うつもりは全くありません。ただ、組合運動が強く、社会的な保障がある国には、社会的な暴力というのはそれほどないと私は思っています。
 今、ILOにとって一番大きなチャレンジは何かというと、政・労・使の三者間で、また世界中の国々の間で一つのコンセンサスを得て、最低限のルールをつくることだと思っています。社会的なダンピングをさせないように、競争はあっても、規律、秩序のある競争をするといった最低限のルールを設けなければならないと思います。
 国際労働会議が一つの宣言を設け、その宣言を採択しました。これは、最低条件を設けたものであります。開発途上国と先進国では状況が違うので、みんなが同じルールで仕事をするというのは大変困難かもしれません。しかし、最低限の社会正義というものを全世界が守らなければならないと思いますし、それを守らせるのがILOの役割だと思います。これが一番大きなチャレンジです。

【菅野】
 第二セッションはこのくらいで終わりにしたいと思いますが、よろしいでしょうか。皆様のご協力、大変ありがとうございました。

【司会】
 それでは、長時間にわたりましてシンポジウムにおつき合いいただきまして、どうもありがとうございました。
 最後に当たりまして、私ども日本労働研究機構の研究所長の花見より、閉会のコメントとごあいさつを申し上げます。

【花見】
 日本語のプログラムを見ますと、私のやることは閉会のあいさつとなっておりまして、日本語で閉会のあいさつというと、多分お礼を言って終わりにするということですが、五時五〇分からということで、一〇分ぐらいはしゃべれということで、それ以上はしゃべるなというご趣旨だと理解をしまして、日本語ではなくて、英語で言うクロージング・リマークスと、日本でいう閉会あいさつの中間ぐらいのことを申し上げようと思います。
 きょうのお話でご紹介がありましたように、世界中からかなりすぐれた学者が協力をし、セルヴェさん、キャンベルさんなどの非常に強力なリーダーシップのもとでできた文書でございます。ILOの文書の中では、日本をはじめ、アジアの状況をかなり考慮したグローバルな文書になっておりまして、学ぶところが非常に大きかったと思います。
 労働組合運動、あるいは労使関係制度自体が世界的に、どの国においても大きな危機に直面をしていて、この危機に対してどういうふうに対処するか、いろいろご指摘がありました。失業の脅威を含めて、世界の人々が豊かな生活を今後維持できるかどうかという中、労使関係の果たす役割があまり機能しなくなってきている。そういう意味で危機に直面をし、来るべき新しい世紀において、我々がどのように対処するかという問題を考え直す契機になる大変すぐれた文章であるということができるわけです。
 一九五九年に大学を卒業して、もう五〇年近く、ILO、国際的な学会で仕事をやってまいりました。この五〇年近い間、少なくとも私が勉強してきた期間で考えてみますと、五〇年代もそうでしたが、特に六〇年代以降、労働組合、労使関係の危機ということは常に言われておりました。かつては労働組合が強大になり過ぎ、官僚化して、グラスルーツから離れてしまいました。特定の国における経済の危機に対応するすぐれたモデル、例えばアメリカンモデルとかブリティッシュモデルというものがディクラインをして、新しいモデルが台頭し、一時、非常にもてはやされたものがまたディクラインしています。ジャパニーズモデルもその一つです。
 労働問題についての一研究者として考えますと、今日の危機というのは、ほんとうにこれまでと決定的に違う危機なのかどうかということが、若干問題ではないかという感じもしないわけではありません。
 しかし、きょうご議論いただきましたように、あるいは言うまでもなく、改めて考え直す必要もないくらい、今日の状況というのは、そもそも経済の枠組みが大きく崩れ、それ に対応して、これまでの労使関係、労働あるいは社会問題のレギュレーションの枠組みが崩れつつあるということもまた事実です。
 この五〇年近く考えてみますと、今回の変化はこれまでにない、ファンダメンタルでドラスチックなものであろうということが言えるだろうと思います。ごくわかりやすい例を言えば、エンプロイイーという概念、あるいはエンプロイヤーという最も基本的な概念が、考え直していかなければならない、という大きな変化に直面をしております。
 こういう変化の中で、我々は将来を考えるときに、とかくペシミスティックになり、ネガティブになるのはやむを得ない。これは世紀末という時代の潮流とも関連をするのではないか。特に労使関係制度、それから労使関係のアクターの役割というものについて、とかくネガティブにならざるを得ないわけでありまして、きょうご議論いただきましたように、我々が持っているデータ、あるいは統計というものから判断をしても、どうしてもペシミスティックにならざるを得ないような状況があるのではないか。その中で、この報告書は、そうではないのだ、もっとポジティブな面、オプティミスティックな面があるんだということを非常に説得的に明らかにされたということでありまして、非常にすぐれた世界の学者が協力をしてできたリポートということもあり、大変説得的でありました。
 私のようにペシミスティックになりやすい人間から考えましても、大変エンカレッジングなものだろうと思います。そういう意味で、この報告書を大変エンジョイして読ませていただきました。
 たまたま先ほど、セルヴェさんにしばらくぶりでお会いして、この仕事を終えられて、ILOで今度インターナショナル・インスティチュート・オブ・レーバースタディーズの幹部をおやりになるということで、二つの点を申し上げたいと思います。これまでのレギュレーションの枠組みは、ナショナルなものとインターナショナルなものがあったわけですが、これが多少大げさに言うとがらがら崩れてきている。労使関係制度というものが機能不全に陥っているというのは、同時に、ILOもかなり機能不全に陥りつつあるのではないかと考えられるわけで、ILOのユニバーサリズム、それからトライパルタイズム、インターナショナル・スタンダードによるインフォースメントというメカニズムが大きく再検討の時期に達している。グローバルな問題を扱われたこの文書が、インターナショナルあるいはトランスナショナルなレギュレーションについて、ILOの役割の再検討、それからEU、NAFTAというようなものを含めたリージョナルな意味でのインターナショナルなアプローチというものの有効性ということについてもう少し触れていただきたかった。これが第一の点です。
 2番目は、非常に伝統的な労使関係あるいは労働組合運動というものを50年近く見てきた者の感想から申しますと、経済的要因、社会的要因、文化的要因、政治的要因、かなり広いパースペクティブでこの問題を扱われている点で、私は非常に敬意を払いたい。しかし、もう一つ、非常にファンダメンタルな問題について、もうちょっと考慮を払っていただきたかったと思うわけです。このリポートは、我々が持っている前提の理解、解釈という点では非常にポジティブなものを提起しております。そのポジティブな面をさらにプロモートし、強化して発展をさせていくために必要なものは、やはり労使関係のアクターズです。労働組合運動、使用者団体の役割、使用者の役割と、政府の役割、いわゆるソーシャルパートナーの団体を担っているのは個人であります。
 労働運動の輝かしい歴史、あるいは労使関係というものの歴史から見て、今日欠けているのは、人類の非常に高い理想、この愛他精神とかフィランソロフィックな考え方というもの、アイデアリズムというものが消えつつあるのではないかという感じがいたします。そういうアイデオロジカルというか、あるいはむしろ哲学的な要素というものをもう少し考えていく必要があるのではないでしょうか。
 かつて労働運動というもの、あるいは労働に携わった人々の精神の中には、そういうものが存在をして、これまでのILOを含めた世界の労使関係の中での非常に大きな推進力であったのではないでしょうか。そういう面にもう少し光を当てて、我々は考えていくべきではないかと考えました。私の2番目の感想でございます。
 最後に、いわゆる日本語の閉会の辞として申し上げたいのは、言うまでもなく、わざわざヨーロッパから、ILOからセルヴェさん、キャンベルさんにおいでいただきまして、我々のために大変立派なプレゼンテーションとディスカッションをしていただきました。
 それから、同時にマンフレッド・ワイスさん、それから、さっきちょっとコメントをいただきましたヘップルさん、このお二人は、実はきのうまで3日間、かなりインテンシブな、もう一つの国際プロジェクトを合宿でやっておりまして、朝から晩まで働いていただいた後で、またこちらに、きょうの会合に出ていただきまして、大変ありがとうございました。
 それから、菅野先生は、このリポートについてアドバイスをし、このリポートの成立については非常に大きな貢献をされ、また、きょうはこの機構のシンポジウムのために、司会をやっていただきました。
 それから、日本の労使のお二人にも大変貴重な貢献をいただきまして、ありがとうございます。
 最後に、もちろんこういう国際的なプロジェクトで、非常に私どもを助けてくれました通訳の方々にお礼を申し上げます。
 以上で私のあいさつを終わらせていただきます。

【司会】
 どうもありがとうございました。

── 了 ──