講演録:第1回国際フォーラム
アメリカの非典型労働者―その現状とAFL-CIOの対応―
(2003年11月7日)

講師プロフィール

◆講師:ケント・D・ウォン/ UCLA労働研究教育センター所長

1973年にカリフォルニア大学サンタ・クルス校、1977年にカリフォルニア大学バークレー校を卒業後、84年にカリフォルニア州及び連邦弁護士として登録。以降、AFL-CIOのアジア太平洋系法律センター顧問弁護士、SEIU(国際サービス労組)顧問弁護士として活躍の後、1991年より現職。

<最近の主な著書>

『アメリカ労働運動のニュー・ボイス--立ちあがるマイノリティー、女性たち--』戸塚秀夫・山崎精一監訳(彩流社,2003)、“Teaching for Change: Popular Education and the Labor Movementco-editor (UCLA Labor Center, 2003)

◆コメテンーター:池添弘邦/JILPT労働条件・就業環境 副主任研究員

1968年大阪府生まれ。1996年上智大学大学院法学研究博士後期課程単位取得後、同年より日本労働研究機構 労使関係・労働法制グループ研究員。2002年より同副主任研究員を経て、2003年10月より現職。日本労働法学会、日本労使関係研究協会所属。

<最近の主な著書>

『アメリカの非典型雇用』(共著、日本労働研究機構、2001)、『日系企業の雇用管理と現地労働問題−資料シリーズNo.116』(アメリカ担当、共著、日本労働研究機構、2002)、『労働政策レポートNo.2 解雇法制』(日本労働研究機構、2002)


● 講演(ケント・ウォン講師)

レジュメ(英語)(PDF:45KB)

私は労働関係の仕事に取り組むようになり、かれこれ30年ほどになります。その間のかなり時間を非典型労働者、また移民の労働者にかかわる諸問題に取り組んできました。

そして、セサール・チャベス(1960年代に国境の農場で働く人たちのために労働組合を組織した)の指導力のもとで、アメリカの農場労働者のためのUnited Farmworkers of America(農場労働者連合)とかかわり合いを持ったのが高校時代、それがそもそも労働組合運動にかかわる最初のきっかけとなりました。

そして、”justice for janitors campaign(「清掃業労働者に正義を」キャンペーン)”を、サービス関係労働者の組合が立ち上げたときに、私は労働関係の専門弁護士という形でかかわるようにもなってきました。

現在はUCLAの労働調査研究所の所長として、この12年間仕事をしており、ここではいろいろな調査、研究、また教育等に携わっています。

アメリカの非典型労働をとりまく状況

非典型労働者の状況に対してアメリカで大きな影響を与えてきている3つの動きについてご紹介します。第1点ですが、いわば脱工業化を挙げることができます。すなわち製造業を主としていた経済構造が今はサービス産業を主とするように変わってきている。アメリカでは大規模な工場の閉鎖、資本の海外への逃避、そしてそれに伴うさまざまな形での産業基盤の縮小が見られています。

第2点目は、政府の政策の大きな転換を見ることができます。その中でもいわゆるネオリベラリズム(新自由主義)が本格的に取り上げられるようになってきたという動きを挙げることができます。その動きに伴い、とにかく何があったとしても自由市場を第一とする、そして、あくまでもそれを善とするという考え方、自由貿易を推進し、逆進的な税制を導入していく、従来は公共の部門であったようなところについても民営化させていくという変化が出てきています。

第3の大きな流れとして、労働組合の組織率低下を挙げることができます。50年前には組織率は35%であったにもかかわらず、今日アメリカの労働組合の組織率は13%にまで下がっています。そして、今アメリカでは民間部門のわずか10%程度しか組織しておりません。

その結果、賃金と所得の大きな格差がさらに高まってきています。全ての先進国の中で、貧しい者と富裕層との間の所得格差が一番大きく開いているのがアメリカです。そして、このような変化、組合組織率の低下等により、今やパートタイム、テンポラリーワーカー、といった非典型労働者の拡大という現象も見られます。その結果として、雇用不安と経済不安定がもたらされたばかりでなく、最下層の、一番貧しい労働者の増加も否定できません。

今日、企業は自分たちの核となる労働者、労働力を再び切りかえようとしています。現在は、そういった市場の中での柔軟性が大事であるとうたい、企業サイドとしても、かつては清掃員、事務職系の仕事、食品サービスにかかわるような人々を従業員として雇っていたのが、今は外注化させていくという動きが見られるようになっています。

現在ロサンゼルスでは、7万人のスーパーマーケット労働者がストに突入しています。そして今、雇い主側のスーパーマーケット産業は、この団体交渉で次のようなことを要求しています。

まずは、従来に比べての医療保険の縮小、年金の引き下げ、それに加え、これから新たに雇い入れる従業員については、従来の労働者に比べて大幅に悪化させた賃金条件による雇い入れを主張しています。理由は、世界で一番多くの従業員を抱えている会社、すなわちウオルマートと到底競争することができないからだとしています。

さて、このウオルマートですが、企業として、雇い主として、アメリカにおける資本主義モデルの一番悪いところを全部煮詰めたようなところです。まず、ウオルマートの従業員の扱いですが、給料を払っているといっても、これではとても生きていけない、貧困層になってしまうという程度の給料です。そして、提供している福利厚生ですが、これはどこの基準からいっても不十分なものになっていきます。そして、多くの店舗では1年間の離職率は45%になるほどです。こういう状況ですので、もしこの理論がまかり通ってしまいますと、今後はさらに最下位争いを重ねていくことになります。このような悪条件をさらに競い合うということになってしまうからです。

これが自分たちを導く経済的なモデルであるということになってしまうと、真っ当な賃金を提供し、労働者に対してしかるべき福利厚生を与えているという雇い主にとって、状況は一層不利になっていくばかりということになります。

言いかえますと、先ほどご紹介したロサンゼルス地域での7万人のスーパーマーケット労働者のストは、ロサンゼルスだけにとどまらず、国全体の今後を決定するという大きな意味を持っています。このストの結果は全国的に影響をもたらすものになりますし、今後経営者側がどういうふうに出てくるのか、注目すべきところだと思います。

アメリカの労働市場、労働力を見ていきますと、もう一つの大きな変化として、人口そのものの変化を挙げることができます。というのは、従来に比べて、女性とマイノリティーといった人たちの、労働市場への進出がかなり目覚ましくなっています。多くの職場では、実は多数派を占めているのが、女性、マイノリティーと呼ばれている人々になっているほどです。それだけではなく、全体的な傾向として、女性とマイノリティーの比重が増え続けているという大きな流れが見られています。

言いかえますと、先ほど言いましたような経済においての両極化、貧しい者と富める者との間の差がますます際立ってきているということだけではなく、労働力の世界におきましても、人種、男性か女性かということによって、このようなかなり極端な方向へと分れてきているわけです。といいますのも、マイノリティーと移民労働者というのは、必ずすべての仕事の中で一番きつかったり、条件が厳しかったりする仕事に結局は落ちつくからです。このようにして、ここ数十年間を振り返りますと、アメリカ経済は大きく変わってきたということになります。先ほど言いましたように、状況はますます2つの極のほうへと分れていく二極分化の傾向が強まってきています。パートタイム労働者、非典型労働者、テンポラリーワーカーといった不安定労働の比重も増えてきています。

かつては、労働者というのは自分の雇い主との間には長年の雇用関係があって当たり前と考えられていました。長い間にわたって働き続けていく、その間の仕事は確かなもので、それに伴って健康保険も完備してもらえる、年金も確立されているということが了解されていたのです。ですが、今の傾向としましては、大学を卒業していない労働者にとりましては、今挙げたような長期安定雇用で、条件が整えられているものは非常に少なくなっていく一方です。

例えば、ロサンゼルスですけれども、かつてはブルーカラーの労働者は、自動車産業、鉄鋼産業、造船業の中でブルーカラーの労働者組合によって組織化され、中産階級としてのそれなりの暮らしが確保されている、約束されているといった労働者でありました。

ロサンゼルスは実はアメリカ全土の中で一番製造業が集約している場所です。ロサンゼルス地域だけで、製造業の労働人口は70万人ほどと言われていますが、かつてあったような、すべてが固く約束されている仕事、組合が提供していたような仕事というのは、今では非常に乏しいものになってきています。

かつては製造業の一大中心地であったロサンゼルスも今は変わってしまって、実はスウェットショップと呼ばれている悪らつな条件でタコ部屋のように人を働かせていくところの一大集約地と言う状況になってきています。例えば、衣料関係の労働者12万人ほどが、今ではこういった、最低賃金を下回るような給与水準で働いています。

かつては高給取りで、組織化されたブルーカラーの労働力人口が主流を占めていた。それがさまざまな変化によりまして、低賃金で、組織化されていない労働者が集約するところになってきているということは、町そのものに対しても影響を与えてきています。

例えば、両極化した経済構造のために、ビバリーヒルズとかブレントンウッド、またベルエアという、世界最高級住宅地として必ず名前が挙がるような、本当にリッチな人たちが住むような場所もあれば、その反対に、一瞬第三世界かと思ってしまうようなひどい条件での生活を強いられている人たちも同じ都市の中に住んでいるわけです。

AFL−CIOの新たな取り組み

このようにして、現状が大きく変わってきました。そういう中で、AFL―CIOが、またアメリカの労働組合運動が、この変わりゆく時代にどのようにして対応しようとしてきているのかをご紹介します。

1995年にAFL―CIOの新しい執行部が選出されました。それに伴いましてAFL―CIOも大きく方向展開し、今後の組織化、その他の努力についても、従来に比べて積極的な展開を図っていくことになりました。

経済が変わってきたということを申しました。それに伴って、労働組合運動そのものも変わってきています。従来組合活動の要といえば、それはやはり製造業だったわけですが、従来の大型産業であった自動車産業、鉄鋼業、造船業、鉱山業、航空業界、そういったところを見ましても、いずれも組織化の度合いが非常に下がってきています。

その同じ時代の中で、逆にサービス産業、公共の分野と医療の現場にかかわる分野においては、急激に組織率が高まってきています。

そういう状況に伴いまして、私がかつて所属していた、サービス産業の人々のための労働組合SEIU(国際サービス労組)が、今AFL―CIOの中で最大の組合ということになります。ただ経済の変化といったことだけで、そういった立場に躍り出たわけではなく、やはり方向性、思想、今後のあり方等についての貢献の度合いということも大きく働いて、今申しましたような立場というのが出てきています。

そういう中で、非典型労働者の間での組織化はどういうふうに進められているのか、それを皆さんに理解していただくために具体的な背景を少しお話ししたいと思います。

まず最初にお話ししたいのは、”justice for janitor(ジャニターのための正義を)”といったキャンペーンです。もう一つは、ホームケアの関係者のための正義をかち取っていこうとした活動です。ジャニターというのは、例えば日本でしたら、管理人だとか警備員、清掃する人たちなどが該当し、これは70年代と80年代に大きく変わっていきました。

従来でしたら、この仕事のくくりというのは非常に組織率が高い分野となっていました。ロサンゼルスだけではなく、全米で多くのビルを持っていた大手企業が、直接自分たちの正規社員として、ビルの管理、清掃に当たるジャニターたちを雇い入れていたからです。ところが、企業が方針を切りかえました。ジャニターたちを直接雇うのをやめて、そのかわりに外注化という形に変化させてしまいました。その結果、かつては正規雇用で、ちゃんと生活していけるだけの賃金と、社員としてのもろもろの福利厚生等を提供されていた社員が、今は外注化による入札の中で、各事業者がお互いにできるだけ安くして、何とかその仕事をとろうと競い合って、その結果、働いている人たち自身にとっては非常に条件が悪いような条件でしか雇用が提供されない、そういうことになっていったのです。

80年代に、ロサンゼルスだけではなく全国において、この状況の改善のための資金を集め、活動を展開してきました。私はそのキャンペーンが立ち上がった当時、この組合の中での顧問弁護士として仕事をしていましたけれども、組合そのものの中でも、このキャンペーンを行って組織化を図っていくということの是非を問うということで、かなり意見が分れました。

外注化された結果、送り込まれてきたジャニターたちは、圧倒的にヒスパニック系の人たちです。そして、その多くはアメリカで働くための労働許可証が整っていない、立場が非常にあいまいであるという人たちです。身分証明書等が整っていないだけではなく、1つの業者につき5人から20人単位で送り込まれていくなど、かなり細かく散らばってもいました。

反対派の人々は、まずこの人たちは自分たちの入国や、自分の立場に関する書類も整っていないから、きっとおじけづくであろうし、しかもあまりにも組織化の単位が小さ過ぎるので、とてもこれを全部組織化していって、組合としての大きな機運を盛り上げることはできないのではないかと語っていました。しかし、最終的に私たちは、自分たちの求める成果を手に入れました。勝利をおさめたのです。そのためには、我々のほうでも随分積極的に働きかけていきました。また、社会一般に対して情報を発信していくためのキャンペーンにも取り組み、議論を巻き起こし、働いている人たち、ジャニター自身の間の意識を高めることにも成功いたしました。

justice for janitors”、という呼びかけは、ただ、もっと賃金を高くしようとか、もっと扱いをよくしようと切り取るのではなくて、社会全体に対して総合的なメッセージを訴えかけるという意味でも成功していました。

いわば、ジャニターたちというのは、ちょうど私たちが目にすることができないような巨大な労働者の軍隊みたいなものだったと思います。普通はみんなが会社から退社した後でやってきて、仕事をして、翌朝みんなが出勤してきたときには、オフィスが全部整えられているわけです。じゅうたんはきれいに掃除されていて、ほこりは全部はらわれている、乱れているところは全部きちんと整えられているといった魔法みたいな仕事をしていました。

そこで、”justice for janitors”のキャンペーンの中では、普段だったら目に触れることのない人々に、自分が清掃している会社の業務時間内に会社の建物の中に来てもらうということがありました。そこでは、自分たちから金を搾取している、自分たちを利用して金もうけをしている企業と正面から突き合わせて取り組むということになりました。そこで、参加していたジャニターたちは真っ赤なTシャツを身につけました。そして、そのTシャツに印刷されていたロゴは、掃除用のモップを振り上げた握りこぶしでした。それととともに、非常に目立つにぎやかな派手なデモも行い、抗議行動をすることによって、これだけ差別のある不平等な扱いを受けているのだということを徹底的にみんなに知らせるようにしてきました。

そういうことによりまして、世界で一番利益を上げている、世界でも本当に指折りの超大手企業が、これだけの豪華な高層ビルにオフィスを構えているのに、何で夜になったら、最低の労働条件さえ満足に保証されていないようなスウェットショップ的な扱いを受けているような人たちが働かなければいけないんだろうかと、皆さんが疑問を持つようになったわけなんです。

justice for janitors”キャンペーンを続ける中で、労働者を支援する人たちの声が届くようになってきました。教会ですとか、地域の中のさまざまな団体、そして学生の人たちもこういったことについて、私たちも力をかそうということで、一緒にまとまってきてくれたんです。

ちなみに、1990年に、平和的な抗議行動を行っていたジャニターの参加者にロサンゼルス警察が襲いかかり、ジャニターをひどく殴りつけるという出来事がありました。その結果、数十人病院に運ばれ、妊娠中だったジャニターの女性1人は、その後流産しています。

このキャンペーンを終了しましたところ、もともとは20%程度だったジャニターの組織率は90%から95%にまで向上しました。大事なのは、このキャンペーンによりまして、移民労働者、非典型労働者といえども、組織化は可能であるということがはっきりと証明されたことです。

イギリスの映画監督でケン・ローチという人が撮った“Bread and Roses”という映画の中で、これは非常にドラマチックに映像化されています。日本語でも、こうした経験をまとめた本が出版されましたので、ごらんいただければと思います。

もう一つは、1999年に起きましたホームケア関連組織化のためのキャンペーンでの勝利です。

これは、在宅介護労働者のための、ホームケアを提供する人たちのための組織化キャンペーンでして、過去50年間で最大の成果を上げたキャンペーンです。足かけ12年かかりましたが、1999年にロサンゼルスで7万4,000人の在宅介護労働者がSEIUに加盟したという勝利です。従来でしたら、在宅での介護労働をする人というのは、とても組織化は不可能という見方といいますか、全く労働組合は視野に入れていなかった人々です。

介護の内容は、障害者、あるいは高齢者のためのいろいろなケアを提供するということで、7万4,000人の人が7万4,000の別々の家で仕事をしているということになります。実はこういった在宅介護を提供している人たちというのは、医療ケアの中核を成している、非常に重要な人々であること、こういう人たちが在宅の介護を行うことで、とても家族の手に負えず、入院させるしかないような人々の入院負担を減らしているという意味でも、政府にとって実に大きな助けになっていると思います。

何よりもの皮肉は、医療ケアの人たち、在宅の介護をやっていた人たちは、医療制度の中核であるにもかかわらず、自分たちは医療保険の恩恵が全くなかったのです。働いていた人たちはどういう人たちかといえば、女性であり、マイノリティーであり、移民労働者でした。そして、全員が貧困層という賃金で働かされていました。

そこで、作戦としましては、まず地域全体を小さく区分けしていきました。隣近所ごとに、こういった草の根運動的に伸ばしていきまして、地域ごと、1戸ごとに調べていって、その中でリーダーとなっていくような人がだれであるのかを探し出し、仕事をしている家、ブロック、そしてまた町単位で組織化をしていくということになっていったのです。

これは、従来の組織化とはかなり違ってきているわけです。通常でしたら、組織化をする、オルグをするということになりますと、多くの人が働いているところへ行って組織化を図っていきました。けれども、今回の場合には、ばらばらに点在している人たちが対象でした。そこで、まず活動を立ち上げていく段階で、かなりの時間と努力とエネルギーをかけて、まず組合とは何であるのか、組合の中のリーダーシップとは何であるのかということを徹底的に知ってもらおうとしてきました。そしてその中で、組合員としてのリーダーシップというのはどういったものであり、どのように発揮すべきなのかということについて身につけていくための、かなり徹底的な機会と情報なども提供していったわけです。

この活動には、実は組織化を図っていくことだけではなく、政治的な意味でも重要な側面がありました。アメリカの選挙では、投票するために有権者名簿に登録をしなければなりません。そこで選挙も組合で一緒にまとまってやっていこうということを働きかけると同時に、ちゃんと投票所に行くための登録手続も同時に働きかけていったのです。言いかえますと、正式に組合が発足し、組合としての姿が見えてくる前の段階から労働者たちは、自分たちが団結し、そこで力を発揮するということが実感できるようになっていったわけです。それとともに、まとまった意識というのも生まれていったと思います。

先ほど言いました、1999年に国際サービス労組に、7万4,000人が正式に加盟した段階で、既に政治的な活動をし、働きかけていくための政治活動委員会が発足していました。それ以外にも仕事の技能を高めていくための体制も整えられていた。そういった意味ではもう既にまとまった組織としての姿ができていたわけです。

このような成功を手本にしていきながら、全米の各地で同じような取り組みが今見られます。そして今、こういった組織化努力の中で一番急速な拡大と成長を見せている部門というのが、実は在宅介護を提供している労働者です。例えば、1999年には7万4,000人であったロサンゼルスですけれども、2003年の段階では10万人にまで達しています。AFL―CIOの中で今、変化に対応しているのかについて、具体的に知っていただけたのではないかと思います。

アメリカ労働組合の未来

変化というのはどういう組織にとりましても非常に難しいものです。しかし今、アメリカの労働運動の中では、変化を現実として根づかせていき、実現させていこうといった取り組みも見られます。そして今アメリカの労働運動の中における緊張と意見の食い違いというのは、将来像が2つ示されているということで解読できるかもしれません。

これまでもAFL―CIOが信奉し、現在でも超大型の組合の多くが信じているやり方を、私たちはビジネス・ユニオニズムと呼んでおります。そして、私たちのSEIU(国際サービス労組)など、新たな方向を探っているAFL―CIOが目指しているのは、社会的な運動に根ざすソーシャル・ユニオニズムということになります。従来型のビジネス・ユニオニズムというのは、ほかのビジネスと同じように組合そのものが結局は動かされているのではないかと解釈できます。すなわち、専従の組合員たちがすべての決定を下していく、それに対して一般の組合員はクライアントのような関係として、あくまでも自分たちの組合の機能の仕方、伝達の仕方をとらえているようなあり方になっています。決定を下すのはすべて専従の職員やスタッフ、執行部で、組合員に対しての対応としては、組合員のかわりに協約を妥結させていって、この協約を徹底させていくということで考えているわけです。

ビジネス・ユニオニズムという従来型のとらえ方では組合の縄張り、組合のかかわっている問題、分野というのは非常に限られたものになります。職場に関係すること、いわゆる生きていく、食べていくための経済的な問題に特化しているという状況になります。そして、ビジネス・ユニオンというのは、パートタイム、非典型、テンポラリーワーカーの組織化ということについては、できるわけがないということで、あくまでも抵抗しています。

他方、ソーシャル・ムーブメント・ユニオニズムという社会運動型の組合活動というのは、将来をもっと広い視野に立ってとらえています。まず、組合員自身が自分たちの組合のリーダーであるという立場で、組合員に対しての投資を行っています。そして、こういった考え方の、ソーシャル・ムーブメント・ユニオニズムの関係者たちは、自分たちは組合として広く社会の中で受け入れられ、その中で仲間をつくっていかなければならないということがわかっています。そのために、例えば教会だとか宗教団体との間の結びつき、あとは地域社会の中のさまざまな組織、学生などとの間の結びつきをはぐくんでいます。

組合の使命とは何であるのかを考えていったときの課題のとらえ方というのは、経済問題だけにとどまらない、もっと幅広いものになっています。そういうことから、1995年以降、AFL―CIOが取り組んでいる問題は大きく幅を広げてきました。今ではAFL―CIOも移民労働者の問題、移民政策の方向をも自分たちの取り組むべき事業の一つととらえています。

そして、ソーシャル・ムーブメント・ユニオニズムの一環として、もっと幅広く全体的な改革と向上を目指し、リビング・ウエッジ・キャンペーンを打ち出しています。これは生活できるだけの賃金を組合員だけではなく、それ以外の全労働者のために訴えようということで、全面的な賃金の向上を目的とするものです。そしてソーシャル・ムーブメント・ユニオニズムの観点に立ちまして、今では医療ケアに対してのアクセスの問題も取り上げています。全く医療ケアの枠外にこぼれ落ちてしまっているアメリカの国民が、実に4,400万人もいるのだということを取り上げ、訴えています。そして、ソーシャル・ムーブメント・リベラリズムの考え方にのっとりまして、今やネオリベラリズム(新自由主義)が訴え、あくまでも市場優先で、自由貿易で、社会的なプログラムは全部削除していこう、もしくは縮小させていこうとするブッシュ政権の政策に対しては真っ向から闘っていきます。

そして、先ほどの社会的運動に根ざしたソーシャル・ムーブメント・ユニオニズムの考え方というのは、イラクの戦いに対しても反対の声を上げています。アメリカ国内だけではなく、世界全体の平和を訴えるような人々、団体とも今、力を合わせています。

まとめ

現在、労働組合でもコントロールできない、影響を与えることができない大きな流れ、変革が出てきています。脱工業化、第2次産業から第3次産業への雇用の大きなシフトは今後も続きます。ブッシュ政権が提唱している政策、それ以外の資本主義、資本家たちの提唱しているような動きというのは、今後も続いていきます。そして、今後も脱工業化、ネオリベラリズムとグローバリゼーションの影響のもとで、パートタイム労働者、非典型労働者、テンポラリーワーカーの数も増えていきます。そういう状況の中で組合にできることといえば、自分たちがみずからの取り組み課題を自分たちで決めていくということです。そしてその中で、今後増え続けていくパートタイム労働者、非典型労働者、テンポラリーワーカーをも自分たちの運動の中に引き込んで行くような働きかけを行うことができます。

そして、社会的、経済的な正義を生み出していくために、今、組合と同じような考え方や行動をとる人々と力を合わせていき、関係を強めていくこともできます。今アメリカが進もうとしている方向を展開させていくための大きな力として、組合は力を発揮できると思います。

そして、ブッシュ大統領の2004年における再選を阻止するために、今、労働組合運動は政治的な力を発揮し得る勢力であります。私たちは、2004年の再選を阻止するために、すべてのことをやっていくつもりです。

グローバリゼーションの時代で、資本は今、自分たちの状況をさらに悪化させ、労働者をできるだけ悪条件で使いこなすための競争に出ています。自分たちにとっての好ましい政策を実現するためには、資本がグローバルに出るならば、こちらのほうも地球規模で動いていけば良いと思うのです。

● 総括コメント(池添 弘邦 副主任研究員)

参考資料(PDF:895KB)

労働政策研究・研修機構で研究員をしております池添と申します。労働法を専攻しております。ケント・ウォン先生のお話について、コメントをさせて頂きます。コメントの中では、アメリカのコンティンジェント労働の実態的側面や、お話しの内容に即した日本の状況について補足させて頂きたいと思います。さらに、私は法律を専攻しておりますので、アメリカ労働法の側面から見たアメリカ労働運動が直面している問題といったこともお話しさせて頂きたいと思っております。宜しくお願い致します。

先生のお話は、アメリカ、特にカリフォルニアにおける労働組合運動・活動を非常にダイナミックに生き生きと描かれたものでありまして、大変興味深く拝聴致しました。と言いますのも、私は数年前、千葉大学で労働法を講じていらっしゃいます中窪教授と共に、『アメリカの非典型雇用』という本を当機構から出させてもらう機会を得まして、特に在米日系企業におけるパート、テンプスなど、コンティンジェント労働者の調査を行いました。その本の中で私は、アメリカの連邦労働省統計局が、当地のコンティンジェント労働者の現状について様々な統計データを用いて明らかにした部分を翻訳したり、検証したりする部分を担当させて頂きました。私も労働法専攻ではありますが、アメリカのコンティンジェント労働者について実態的な面も若干知っておりまして、そういう理由から、今回ケント・ウォン先生がお話しになられたテーマに対応するコメンテータをさせて頂くことになったわけであります。

先生のお話の中で非常に印象的だと思いましたのが、第一に、アメリカの労働組合は伝統的にビジネス・ユニオニズムを掲げて活動を行ってきた、運動をしてきた、ということであります。労使関係の本を読みましてもそういうふうに書かれておりますし、そういうふうに教えられてきました。しかし、近年ソーシャル・ユニオニズムという従来とは異なった方向において活動・運動を行うという側面が非常に強まりつつあるということであります。これを日本の状況に捉え直しますと、確か1975年頃でしたか、政策推進労組会議というのが総合的な政策制度要求を掲げてナショナルセンターを上げて取り組んできたところでもありますし、連合が結成されて以降も非常に多角的な側面から政策制度要求をしていくという運動を行っているということであります。経済政策、産業政策、外交、雇用、労働、社会保障、税制、いろいろな面から連合は検討を行って、提言をしているというところでありまして、このムーブメントは、先生おっしゃるところのアメリカ労働運動におけるソーシャル・ユニオニズムという側面と同じ方向ではないかと思います。先生もおっしゃっておりましたように、労働組合組織率が徐々に低下してくると、組合だけの、組合員だけの利益について運動するだけでよいのかという内発的外圧的な疑問が湧き上がってきた結果であろうと思います。この点は非常に興味深いお話と伺いました。

第二が、リビング・ウェイジについての取り組みです。1938年に制定されたアメリカ公正労働基準法という連邦の法律における最低賃金の額は非常に低くて、1時間当たり5.15ドルです。各州も最低賃金を定める法規を定めております。この場合は、連邦の公正労働基準法よりも高く設定されておりまして、おおよそ6~7ドル程度と記憶しております。いずれにしても、まさに最低賃金であって、この額だけで生活できるかといったら、そうではありません。先生おっしゃられたように、最低賃金だけで生活している労働者というのは、マイノリティーなど非常に貧困な人々です。そうしますと、他の属性の人々との賃金格差が拡大してくることになります。このリビング・ウェイジを求める運動を日本の文脈になぞらえると、特に連合が取り組んでおられるパート労働者の処遇改善、企業内での最低賃金といいますか、賃金設定を保証しようという取り組みであると思います。この点も日本とアメリカで同じような動きになってきているのではないかと考えます。

最後に第三ですが、先生は介護労働者の組織化に関するお話をされました。日本でも確か数年前、介護保険法が施行された頃に介護クラフトユニオンという組合が結成されて、現在では4万2千ないし3千ぐらいの組織人員であったと思いますが、活動を行っております。私の記憶によると、この組合では、介護労働者だけではなくて、清掃、警備など、業種横断的な職務に就業する人たちを組織化しているようです。ある新聞報道によると、もっと組織化していこう、組合員数5万人を目指そうという方針を立てているようです。これは、介護保険法が将来的に改善される必要があるということと並んで考える必要があると思います。ますます高齢化していく社会と、介護・福祉面での就業ニーズということを考えますと、より良質なサービスを提供しながら、より豊富な人材を育て、サービスに当てていくという将来的な、我々自身にもかかる問題とも関連しますが、介護労働者の組合が非常に活発に運動し、活動し、組織化されているという状況も、アメリカと非常に似ているだろうということで興味深く伺いました。

非典型労働(コンティンジェント)の定義と日米比較

今回の中心テーマは「コンティンジェント労働者」という言葉で表現されております。日本でコンティンジェント、すなわち非典型労働者というと、パートタイム労働者、派遣労働者が主な構成要素になっております。

しかし、アメリカでコンティンジェントというと、日本のそれとは違うということをきちんと認識しなければいけないと思います。先生がお話しになられましたように、「コンティンジェント・テンポラリー・パートタイムワーカーズ」という言葉に表されるように非常に広い捉え方であります。

お手元の資料(2)を見て頂くと、推計1、2、3とありまして、1が一番狭い定義、2が中間的な定義、3が最も広い定義になります。それぞれの定義の間で何がどう違うかというと、最も狭い推計1という定義は、コンティンジェント労働者を、コンティンジェント労働者として働く人が期待する就労期間が1年よりも少ない、かつ現実の就労も1年以下の賃金労働者ということになります。2番目の中間的な定義は、自営業者や独立契約者といった賃金労働者ではない人たちも含めた定義になっています。3番目の最も広い定義では、2番目の定義から、コンティンジェントとして働く人たちの雇用継続の期待と、実際の就労期間の1年よりも短いという条件を外して、長期の雇用の継続を期待していない、単に一時的な就労であると考えている人をこの定義にしています。

要するに、これらの定義のポイントは、コンティンジェント労働者本人の就労期間に対する期待が長いか短いかということと、実際の就労期間が1年より短いかどうかという2つの要素から構成されているということです。これを組み合わせて、定義を広くとるか狭くとるかということを行っています。

この推計によると、表(2)では、就業者数における割合と人数が出ておりまして、非常に少ない割合であるということがいえます。日本ではパートタイム労働者は雇用者数の中で20%を超える位であります。ただ、雇用されている女性労働者の中でのパートタイム労働者の割合は四十数%という状況です。日本におけるパートとアメリカにおけるコンティンジェント労働者というのは一概に比べることはできませんけれども、アメリカではさほど大きな労働市場の構成要素になっていないということがいえると思います。

資料(1)を見ていただくと、代替的就業者という表があります。これも広い意味では一応コンティンジェント労働者に含まれうるおおよその括りであります。独立契約者、呼出し労働者、派遣労働者、それから業務請負の労働者という分類が示されています。それぞれそれほど多くはないといえます。ただ、独立契約者に関しては、フリーランスで働く、つまり一種の熟練労働者でありますので、他の就業形態に比べて比較的恵まれている、受け取る賃金額の高い労働者であります。

先生のお話の中では、コンティンジェント労働者というのは、医療・健康保険にかかるベネフィットがないというお話がありました。表(5)と(6)を見て頂くと、それぞれの表の一番下の欄がノンコンティンジェント労働者、あるいは従来型の就業形態で働く人となっておりまして、表(5)のでは、推計1、2、3とあるのがコンティンジェント労働者で、表(6)では、代替的就業形態という独立契約者、呼出し労働者、派遣労働者、業務請負労働者という括りが書いてあります。それぞれの表で、横に見ると割合、縦に見ると各就業形態ないし推計における労働者への健康保険と企業年金の適用率、有資格率がわかります。

一瞥して、ノンコンティンジェントとコンティンジェントの各労働者への社会保険、セーフティーネットの適用には圧倒的に差があることがわかります。日本でもそうですし、アメリカでもそうですが、医療・健康保険、年金というベネフィットを受け取る場合には、就業期間・時間によって資格要件があるかないかという条件があります。それにも増して重要なのが、アメリカの社会保険・社会保障の制度でありまして、私が知る限り、アメリカは高齢者に対する保障、あるいは低所得者に対する保障というのは、連邦社会保障法で定められておりまして、高齢者に対してはメディケア、低賃金層に対してはメディケイドと呼ばれる社会保険、社会保障制度が整えられております。

そうすると、高齢者と低所得者というのを一つの同じ軸の中で捉えることはできませんが、いわゆる中流階級、中産階級として就業している人たち、年齢的にもそれほど高齢ではない人たち、普通の人たちに対してはどういう状況にあるかというと、大体が労働組合に入って、労働組合が使用者と締結している労働協約に基づいて、使用者が民間の保険会社と契約を結んで医療・健康保険のベネフィットや年金のベネフィットを提供するということになっております。ですから、先ほども少し申し上げましたが、ビジネス・ユニオニズムというのは、まさにそういったサービスを提供しつつ、組合を組織化するという戦略があったわけですけれども、組合に入っていない人たち、中産階級に属する人たちに対しては、こういった医療・健康や年金にかかるベネフィットがないということになってしまうわけです。

では、日本ではどうかというと、健康保険と厚生年金保険というのがあります。これは、いわゆる雇用労働者に対して適用される社会保険、年金制度であります。雇用労働者でない人は、各都道府県、市町村が所掌する国民健康保険ですとか、国民年金に加入するということになります。日本のパートタイム、派遣、アルバイトなどのコンティンジェント労働者はどうするかというと、もちろん雇用関係を前提とする健康保険や厚生年金には加入することができます。ただし、就業する期間と時間が、正規社員と比べておおむね4分の3未満より短い場合、厚生年金も健康保険も適用はないということになります。

これから先、おそらく就業形態の多様化がさらに広がりを見せてくると、かなり柔軟なセーフティーネットの設定ということが非常に大きな検討課題になり、その必要性が増してくるのだろうと思います。

それから、日本のパートタイム労働者に関して、セーフティーネットの面で申し上げますと、大体が女性でありまして、家庭を持っているということになります。当然男性配偶者の収入でもって生計を維持するということになるわけですが、パートで働く、いわゆる主婦の方々のセーフティーネットの社会保険、厚生年金の適用ということに関しては、103万円や130万円の壁というのがございます。

税制については、103万円を越えなければ、配偶者控除が受けられるけれども、それを超えると、配偶者控除がなくなってしまう。141万円までは配偶者特別控除という段階的な源泉徴収が適用されるわけでありますが、141万円を超えてくると、通常の税金を払わなければいけないことになってきます。厚生年金に関しても、130万円までなら保険料を納付しなくてもいい、保険料は免除ということになるわけですが、それを超えてしまうと保険料を払わなければならなくなるということが、パート、派遣などの日本における非典型就業者の就業期間や就業時間の調整の要因になっているということであります。

おそらく今後ますます家庭生活と職業生活の両立の重要性が増す、あるいは高齢化が進む中で、企業の人事管理戦略が進展し、様々な多様な働き方が増えていく、また、働く側のニーズも増していくということになれば、柔軟な制度を作っていかなければならないであろうと思います。

戻りまして表(4)を見て頂くと、アメリカにおけるノンコンティンジェント労働者に対する労働組合の関与ということで、組合員であるかどうか、その割合が書かれております。ある意味この表は、コンティンジェント労働者の組合組織率というものを表しているといってよいと思いますが、コンティンジェント労働者でも、比較的組織化されているという産業もございまして、例えば建設業ですと、ノンコンティンジェントよりも組織化されています。他方、組合員の割合が非常に低くなっているのが小売業で、1.1%です。

では、日本の状況はどうかというと、日本では、パート労働者の推定組織率というのは、昨年の時点でおおよそ2.7%であります。これはパート労働者、短時間雇用者数における組合員数の割合であります。ちなみに、昨年の推定組織率は20.2%、まだ非常に少ないということであります。

組織化に関しては、連合が3年ほど前から非常に力を入れているところですが、2001年から2003年まで2年間に27万4千人を組織化したということであります。その前の2年間の13万9,000人に比べると、ほぼ倍増ということになります。中でもパート労働者を組織化した産別はUIゼンセン同盟でありまして、約7万2,000人であります。先ほど先生からお話がありました、SEIUの組織化した在宅介護労働者の人数が7万4,000人でありますから、一概に比べることはできませんけれども、非常に多くの労働者を組織化しているということになるかと思います。

それから、パートの労働条件向上ということに関しては、2年ほど前の春闘から、微々たるものですが、組合側は10円の賃上げを要求して、最高で20円、最低で5円という幅がありますけれども、平均すれば10円という額で、パート労働者の労働条件の向上というものが進んでいるということができます。先生がお話し下さったような非常に急激かつパワフルで、内容が厚い労働条件の向上ということにはまだ至っていないという状況があります。

アメリカにおける組合の法的制度の現状

いろいろ申し上げてきましたが、最後に、私は法律を勉強しておりますもので、なぜアメリカの労働運動が、がおっしゃるように、非常にパワフルな活動をしなければならないかということについて若干申し上げたいと思います。

アメリカでは、組合をつくる場合に、この組合を支持する、サポートするという授権カード(authorization card)というものに署名をしてもらって、組合はそれを集めなければなりません。なぜかというと、日本は複数組合主義、つまり多数組合であっても少数組合であっても、等しく団結権や団体交渉権が与えられておりますが、アメリカでは、排他的交渉代表制といって、ある一定の単位内、それはジャニターでもいいし、守衛、警備でもいいし、あるいはrank and file(一般の)現業労働者でもいいし、ある一定の利害が共通する人たちを一つの交渉単位として、労働条件の維持向上を目指して使用者と団体交渉できるのは、法制度上ただ一つの組合しか許されていないからであります。

その唯一の交渉組合を選出するために、自分の組合をサポートしてくれていることを示すのが授権カードというものでありまして、これを集めるわけです。ある一定単位内の被用者から30%の授権カードを集めたら、この組合はある程度組織化されつつある、サポートされつつあるということで、アメリカの労働委員会(National Labor Relations Board: NLRB)に、自分たちは交渉代表組合としての資格があるのだという申請を行って、これを行政機関から認めてもらうという手続を踏まなければなりません。

そして、この組合はある一定単位内の被用者を本当に代表することができるのかというのを、(通常は)会社と交渉代表を申請した組合とで選挙をするのです。組合も会社もそれぞれ相手方を誹謗中傷するようなひどいことは言ったりやったりできませんけれども、お互いに会社はひどいことをやっている、やっぱり組合が必要だ、会社としては、組合があったって生産性は向上しないし、団体交渉ばっかりやって全然仕事にならない、ひいては自分たちの賃金も上がりませんというような選挙キャンペーンをやるわけです。その選挙キャンペーンをやって、有効投票数の過半数の支持が得られた場合に初めて組合は交渉する権限を獲得するということになります。

この交渉する権限を得たからといって、正常に交渉が行われるかというとそうではありません。労働委員会が交渉代表を選挙する手続にかかる時間というのも、かなり長い時間があるようです。先生に以前お伺いしたところ、労働委員会は2年間も何もやらないで放ったらかしておいたのだというような状況も、レアケースではありましょうが、伺ったことがあります。2年間放置されている間に組織化しようとしている組合、勢いづいている組合は勢いをそがれて、選挙キャンペーンも負けて、結局、組織化は失敗し、組合は交渉代表の地位を獲得できないということになります。交渉としての資格を得たとしても、その後、団体交渉をするわけですが、使用者のほうが団体交渉に必ずしも応じてくれるわけではない。政府や行政機関というのは、会社と組合が対等に交渉をするテーブルをセッティングするだけであると言ってもいいと思います。

ですから、それなりの誠実を示している、口実かもしれませんが、誠実さという外形を伴って交渉に臨むという使用者もいるわけで、組合が交渉しているからといって、労働協約が締結されるわけでもなければ、自分たちが勝利したという実質的な結果を得ることができるわけでもないということになります。

また、労使関係が展開しつつある中で、使用者はユニオンバスター(組合潰し屋)などを使って、不当労働行為に当たるような違法な行為、例えばユニオンリーダーを追い出す、配転するというような様々な戦略を打ってくるわけで、行政機関の手続、あるいは法律を頼ったとしても、自分たちの本当の力の発揮にはなかなか至らないのだという非常にネガティブな作用がもたらされるということになります。

このように、法制度の手続の運用や枠組みを考えていくと、組合が戦略的に交渉代表の申請をしたり、不当労働行為の手続をしたりということは、実際の活動の中であるのだとは推測しますが、概してそのように行政機関の手続に頼って組合を保護してもらおうとか、法律制度に基づいて自分たちをサポートしてもらうという考えは、組合側はあまり持っていないのだと思います。つまり、法律は無力であるという認識の下で、先ほどお話しにありましたような様々な社会的ネットワークを作る、様々なルートを用いて使用者に圧力をかけるという方法によって、アメリカ、特に南カリフォルニアの強力な労働運動が推進されているということになるのだろうと思います。非常に消極的な要因ではありますが、このような法制度的要因が、力強く推進される労働運動の背後にあるのではないかと私は考えています。

コメントが実態にも法制度にも触れたものでしたので、聴衆の皆様には混乱をもたらしたのではないかと危惧しておりますが、後ほどお受けする質問の中で解消できればと思います。以上を私のコメントとさせて頂きます。ありがとうございました。

● 質疑応答

※休憩中に会場参加者より質問表を回収し、それを基に三浦国際研究部長が進行

三浦

日本の場合でも、若年者は正規の雇用市場になかなか入れない、そういう意味では非典型だが、これはアメリカでも同じか、そのことについてウォン講師のかかわる組合はどのような対策を講じているのか。高学歴、ホワイトカラーの未就業者も同じ非典型労働者とくくることもできるのではないのか、その解決策として、何が考えられているか。

ウォン講師

まずアメリカでは、コンティンジェントワーカーというのは非常に幅広い問題を含んでいるくくりになっています。そこで、アメリカでは通常コンティンジェント、パートタイム、テンポラリーと3つ並べてそういうふうに呼んでおります。

ただ、ここで言われているのは、まず基本的に経済、そして企業の大きな方向展開と方針展開を意味しています。企業が自分たちの核となる労働力とは何であるのかについて、常にこれをもっと絞り込もうとしている、そういった努力の裏返しとして出てきている概念になります。

そのために、コンティンジェントワーカーというのは、サービス産業、ブルーカラー系の直接労働者というだけではなく、ホワイトカラーの仕事でも非常によく見られるようになっています。高等教育機関の中においてすら、コンティンジェントワーカーのほうへと仕事をシフトさせていこうという動きが一層強まってきています。

つい先週出席した会議では、カリフォルニアの中にある大学で働いている人たちが、今非常に不安を訴えていました。従来でしたら、教師として終身で務めることができるような教授職が約束されていたポストがどんどん減ってきているのではないか、教鞭をとる仕事というのが今はコンティンジェントとくくることができるような、非常勤であるとか、あくまでもテンポラリーな形で教鞭をとっている人たちのほうへとシフトしているのではないかと言われています。そのときに発言をした人の中には、10年間も15年間もずっとパートタイムとか、コンティンジェントという、あくまでも健康保険、年金のほうの保護が全くないような形で教鞭をとり続けて、大学で講義を行ってきたという人たちの話もありました。

若年の労働者ですけれども、これは今、労働人口に加わろうとしている人たちの中で、非常に大きな問題として意識されています。大学を卒業して、これから仕事を見つけようという人たち──新卒者のほうが定職につける確率が高いわけです。一方、ブルーカラーの労働者、そして大学を卒業していない労働者の場合、就職できる可能性は非常に低いのです。そういう人たちのためには、政府関係、そういった公共の部門で雇われるというのがまだ残り少ない優先権で、年金なども提供されて、それで定職につけるという可能性を残しています。

三浦

非典型労働者の労働条件(例えば契約や休業、保険、年金について)は、正規の労働者と同じか、あるいは特別な対応があるのか。それからもう一点、例えば、パートタイムやテンプスタッフ、そういう労働者たちに対する労働条件、権利の保護規定は、アメリカの法律にあるのか。

ウォン講師

コンティンジェントワーカー──非典型労働者ですけれども、正規従業員に比べたら、目を覆うほどの不平等な賃金、ひどいベネフィットの条件で働かされています。先ほど言いましたウオルマートですけれども、アメリカで最大の従業員数を抱えている会社でありながら、店によりましては1年間の離職率が45%になっているところもあります。そして、ウオルマートに次ぐ、2番目に多くの人を抱えている会社はどこかといえば、人材派遣会社のマンパワーです。現在のアメリカの労働法というのは非常に弱いものになっています。今はアット・ウィル(随意)雇用制度といった条件のもとで雇うことができるようになっていますので、雇い主は、コンティンジェントとか正規とかを全く問わず、従業員に対しましては、自分たちが望むような状況を提示し、そのもとで雇うことができるようになっています。すなわち、アット・ウィルというのはそういった意図があったときに、その気持ちのままでできるということを意味しているわけですけれども、そういう中で、例えばアメリカの労働法の中においては、有給休暇や、疾病等のためにやむなく病休みをとった場合の扱い等についてどうするのか、そういった取り決めというのは全く織り込まれておりません。それ以外に、例えば医療対応についての健康保険対応等についても法的な原則というのは全く導入されておりませんし、解雇につきましては、事前の通告をしないで解雇することもできることになっています。

こういう話をヨーロッパや日本の組合の関係者の前でしますと、何て原始的な国なのだと言って皆様が絶句されます。ただし、大事なのは、ここで強調したいのが、では、日本やヨーロッパの国から来た会社がアメリカに進出した場合、どうするかといったら、万事アメリカ流に切りかえてしまうのです。ということは、アメリカの労働者だけではなく、世界中の労働者にとりましても危険を示すことになります。ということは、企業にとって何がいいのかという企業の方針が社会そのものの政策に対して影響を与えて、それを決めかねないことになるのではないでしょうか。

三浦

例えばコンティンジェントワーカーを雇っているにもかかわらず、この人にパーマネント(常用)ワーカーのような働き方をさせた場合に、どんな処罰があるのか。これを公民権法、あるいは州の法律との関係から教えていただきたい。

池添

基本的には処罰は無いと思います。1964年のCivil Rights Act(公民権法)のemployment agency(職業紹介エージェンシー)は、employment contractors(請負労働者)、temporary help(派遣労働者)を含みます。また、派遣会社も含めます。

質問者

入れば、公民権法の適用で保護されるはずですね。差別はいけないわけですから。

池添

その通りです。

質問者

その場合、法の保護がどの程度あるのでしょうか。従わなければどんな罰があるかということと、もう一つは、租税法で罰せられるということ。

池添

まず、前者のほうですけれども、コンティンジェントとパーマネントという区分でもってそれぞれを区別した、差別したということに基づく処罰というのはなくて、むしろ性別とか人種、出身国、あるいは年齢、障害の有無ということで、おまえはあそこの会社にはもう派遣しない、行かなくていいというような形で引き上げさせた場合、かわりに、例えば健康な方を行かせた、年齢の低い方を行かせた、女性じゃなくて男性を行かせたということになれば、何らかの法違反の実行があったと推認されますので、その申し立てを受けて、独立行政機関であるEOCという行政機関が、差別をされた人の申し立てを受けて対応します。租税法については、コンティンジェントがパーマネントと同じようにということの場合の処罰自体はないと記憶しています。ただ、パーマネントの人と同じ労働時間の長さ、あるいは雇用期間の定めがないなどの場合、パーマネントの属性と同じような形で、単に呼称、呼び名だけコンティンジェントにしているという場合には、おそらくこれは何かで問題になったと思うのですが、ストックオプションから課税されるかされないか、税制で優遇措置を受けられるか受けられないか、要するに事業者か労働者かで、源泉徴収される税金の額が違ってくると思いますので、そこの判断基準は、いわゆるemployee(従業員)かどうか、employeeであれば、おっしゃっているようなパーマネントワーカーと位置づけられると思いますので、その場合は税制の優遇になります。そうでなくて、コンティンジェントの、例えばインディペンデントコントラクト──独立の契約者、フリーランスで働いている人たちは、事業者というemployeeではない扱いになるので、また別の税法上の条文が適用されて、おそらく優遇措置は受けられないというようなことになってくるのではないかと思います。そういう差があります。ただ、いわゆる処罰というような形での違いはないと思います。

ウォン講師

アメリカにおける労働法は、パーマネントワーカーとコンティンジェントワーカーいずれに対しても適用されています。最低賃金とオーバータイム、安全衛生、健康衛生、児童労働、公民権に関係するものはいずれも適用されます。

しかし残念ながら、法的に見て、パーマネントワーカーを雇ったほうが自分たちにとって有利であると思わせるようなものは盛り込まれておりませんので、パーマネントワーカーにさせるような仕事をコンティンジェントワーカーにさせることによって、雇い主はしばしば医療保険や、年金などもろもろのケアの負担から逃れようとします。組合としては、このことを問題だと意識いたしまして、交渉のテーブルの段階で、ともかく正規の雇用ではなくて、コンティンジェントの形で仕事をこなすようにしていこうとする企業のあり方に対して、いろいろと活動を起こしております。

しばらく前に、アメリカで小包配送業のUPSの大規模ストがありました。このときストの原因になりましたのが、まさにこのようなコンティンジェントワーカーのほうへと大幅に仕事をシフトさせようとした会社の方針です。その結果、組合の活動は成功をおさめまして、労働者が願っていたとおりに仕事がまた大幅に戻るということになりました。

三浦

ウォン講師は、講演の中で、リビング・ウエッジ・キャンペーンを紹介されたが、これとプリベリング・ウエッジ法との関係はどのようなものか。これらの法律があるのに、リビング・ウエッジ・キャンペーンが必要な理由は何か。

ウォン講師

プリベリング・ウエッジ法ですけれども、これは主として建設業の中において立ち上げられているものになります。そして、建設産業関係のほうでは、企業と州、市、連邦の段階で、プリベリング・ウエッジローという概念に基づいたあり方を導入させています。これが導入されたことによりまして、建設業の中においての賃金水準の基準が確立されましたし、この業界の中においての組合の組織率を保ち続ける上でも役だっています。

他方、リビング・ウエッジという運動自体は、ここ5年間の間であらわれてきた運動になります。この活動が起こったことによりまして、今アメリカの中でどれほどの貧富の格差、不平等が見られるのかということが明らかにされました。あわせまして、今のアメリカの最低賃金では、ともかく貧困からの脱却は目指すことができないのだということも明らかになりました。

この運動の一環として、組合だけにとどまらず、教会ですとか、あとは共同体の中のさまざまな団体というところまでもこの活動にかかわるようになりまして、1週間で40時間労働した働き手がいた場合、その人がちゃんと自分で生活していって、家族を養うことができる生活給というのは一体どれぐらいが適切なのかということについて、今では全国的な話題を集めるようになってきています。

三浦

ウォン講師は講演の中で医療保障、年金の問題に触れられた。社会保障の負担に関してコンティンジェント・ワーカーズを雇っている雇用主にだけ求めるだけではなくて、労働者や一般市民等へ税金で求めていく考えはないか。なぜなら、コンティンジェント労働者の生み出した利潤を国民全体として受けているのだから、そういう考え方が必要ではないかという質問がだされている。

ウォン講師

アメリカの税制というのは累進課税ではなく、逆進的な課税制度になっています。アメリカで一番のお金持ちだとか、一般の利益を上げている会社でありましても、全く税金を払っていないという例が多々あります。従来から共和党が選挙に打って出るときには、税金はともかく悪いものだ、どんなお金持ちからも税金はいただくべきではないということを基本的に訴え続けています。

ただ、残念なことに、クリントン政権のもとで、従来からありました社会保護策、福祉策というのがかなり損なわれました。その結果、アメリカの歴史の中で、いまだかつてないほどのたくさんの子供たちが貧困といえるような経済状況の家庭で育つようになっています。それに伴いまして、ソーシャルセキュリティーそのものの財源不足というのも指摘されていますので、長期的にこのシステム自体を支えていくための仕組み、また資金そのものについても非常に厳しい状況になってきています。

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