開催報告(ハンガリー、要約):第1回海外委託調査員連絡会議・国別報告会
雇用流動化時代における労使の課題
(2003年11月19日)

報告者

チャバ・マコ(Dr. Csaba Mako)
ハンガリー科学アカデミー 社会学研究所 アドバイザー (Professor and Project Director, Institute of Sociology Hungarian Academy Of Sciences)

要約

ハンガリーの雇用をめぐる特徴

来年の5月にはハンガリーを含む中部ヨーロッパの国々が新たにEUに加盟する予定だ。このため、ハンガリーにおいてはEUの加盟15カ国と比較していきたいという考えが非常に強く、統計当局は、1992年の段階でEUが用いる労働力調査の手法を取り入れている。すなわち、EUの通常使っている標準的な統計の概念を用いているということだ。ハンガリーの特徴として、中小企業の比重と大企業の比重は、EUと非常に似ているパターンがすでに見られているということがいえる。

我が国の雇用の弱点について考えてみたい。経済的活動人口の比重、ことに経済全体の状況を見ると、ハンガリーは、現在の新規加盟候補国の中でも最低水準を推移している。とくに、労働市場において女性労働者、そして高齢の労働者の活用が進んでいない。EUは中期的な社会政策として、女性の社会進出を助け、また高齢者の社会進出を助けることをうたっている。いわゆる社会の一体性をまとめていくという考えだ。その中で社会的格差の是正を目指し、とくに若年と女性と高齢者が排除されるのを避けていきたいとしている。

雇用面で重要度が高いのはサービス部門で、農業は毎年縮小している。製造業は少し増えている。他の指標を使い、例えば民間部門、競争力のある部門という形で切り分けると、民間に就労しているのは3分の2となっている。また、ハンガリーでは今、非常に大きな合理化のための動きが出ている。これが正しいか否かは別として、政府としては公共部門の従業員をもっと減らしていきたいということで、研究機関なども対象となっている。

移民に関しては、ハンガリーでは大きな問題にはなっていない。いわゆるヨーロッパの南部、そしてアフリカ諸国、アジアからの人々が、ハンガリーを中継地点として、EU15カ国に行こうとしているケースがあったとしてもである。公的に発表されている統計によると、1年間で合法的な移民受け入れ数は1万8000人規模といわれている。これは合法的な移民というだけで、不法な移民はもっと多いのではないかと思われる。

一方、1983年以降、労働力と雇用当局は、海外で出稼ぎ労働をしたいというハンガリー人についてモニタリングを実施している。旧共産圏の国々について、ハンガリー、ポーランド、チェコなどからEU15カ国への大量の労働力の流出が行われるのではないかということを懸念する向きもあるが、実際の裏づけとなる統計は出てきてない。むしろハンガリー人の出稼ぎより、外国から来てハンガリーで働いている人々のほうが上回っている現状だ。このような人々は多国籍企業などで仕事をしているが、海外で働きたいと願っているハンガリー国民は、8割以上が大学卒業者であり、専門的な技能を持っていて、海外でそれを売ることができるような人々である。それ以外の技能を持っている人々が海外で働きたがっているわけではない。ここ3~4年の間に賃金構造がかなり変化し、海外に出る魅力も薄れている。

失業率と賃金

ここ12年間のハンガリー経済の推移はEU15カ国との比較では決して悪くなかったが、2年前くらいから、少しばかり問題の兆しが出ている。失業に関しては、90年代初頭からかなり芳しくない数字が出て、当時は二けた水準の失業率とインフレ率にあえぎ、30%近くの国民が貧困者とくくられるようになった。けれども、ここ7~8年の間にハンガリー経済はかなり順調に発展し、GDP成長率も高水準で推移している。

来年5月以降の新規EU加盟候補国の中ではキプロスだけがハンガリーを下回っているという水準になっている。EU諸国を見ると、現在、イタリア、スペイン、ギリシアといった国々は二けた水準の、10%以上の失業率になっている。

確かに今、失業率は大体5%から6%といった水準だが、大きな問題は、地方によって格差が非常に激しいということ。この格差の是正ができていない。一番失業率の低いところで4.1%、一番高いところでは8~9%台になっている。4.1%というのはハンガリー中央部で、首都を含む地域。それ以外、西部の地域などにおいては失業率は非常に低いのだが、場所によっては非常に失業率が高い。それ以外に少数民族、少数派といった人々の問題もある。いわゆるロマ人(ジプシー)が最大の少数民族であり、40%、50%台の失業率ということが云々されている。このため、社会にとって犯罪などの非常に大きなマイナスの影響を引き起こし、麻薬の使用などにもつながっている。

この7~8年の間の非常に大きな経済の変化として、賃金水準が上がってきたことがあげられる。ただし、大幅な増加が見られるといっても、その基準となっていたもともとが、実はかなり低水準だった。政府は最低賃金を2001年に40%引き上げるという施策に打って出た。来年は5万4000フォリントぐらいの最低賃金が確立される見通しである。

最低賃金の引き上げは、プラスとマイナス両方の影響をもたらしている。プラスの影響としては、従来からの男女の格差がなくなってきた。ハンガリーではかなりの比率の女性が、例えばホテル産業、繊維産業のような賃金が安い産業に従事している。最低賃金の引き上げによって、女性の賃金が引き上げられた。

もう1つ、最低賃金の導入により、中小企業の分野において影響が出てきた。中小企業は最低賃金を払えないので、2通りの反応を見せている。まず、いわゆるヤミ経済、ブラックエコノミーの活動を高める結果を見せた。小さな会社の経営者たちは4時間労働だけという契約を従業員と結びながら、実際に働かせるのは8時間といったやり方だ。もし8時間労働をされてしまったら最低賃金を払わなければならないので、契約の上だけでは4時間労働の約束をする。次に、大企業にとっての影響であるが、中でも主に外資系はそもそもの賃金水準が高いので、大きな影響は出ていない。深刻な影響としてあげられるのは、本当の零細企業がかなり破綻したということ。とても最低賃金の引き上げに耐えていくことができなかったからだ。

ハンガリーにおける賃金政策失政を理解するにあたり、そもそもこういった賃金格差がどういうものかを認識する必要がある。これには学歴と男女による違いがある。小学校卒の、義務教育水準を終えたばかりの人に比べて、大卒者は収入が3.5倍ほどになる。一方、大卒者の男女を比較すると、男性のほうが女性の3.5倍の収入だ。というのも、ハンガリーでは圧倒的大多数のマネジャーが男社会の代表だからであり、そういった管理職、マネジャー職についていれば、大卒であったとしても、かなり大幅な収入増が期待できるのが現状だ。

非典型雇用の実態

現在のハンガリーにおける賃金構造と、パートタイマー、テンポラリーワーカー、派遣労働等についての状況を比べてみる。ハンガリーとその他の中部ヨーロッパの国々の状況の特徴は、成熟した資本主義の国々と違って、そもそもパートタイマーといった概念が、共産主義体制の中ではなかったということ。完全にフルタイムで、そして内容について決まりのないような就労環境があったばかりである。ほかの国々に比べたら季節変動がなかったことも特徴だ。言いかえれば、賃金収入を得ていた人々は全員がフルタイムの労働者であったということで、我が国においては雇用の柔軟な活用の仕方、就業の仕方については、導入が難しいということになる。

諸外国を比べると、我が国は、実はかなりよい状況にあると言える。その件で1つだけ断っておきたいのは、ルーマニアとポーランドで自営業の比率がかなり高いことで、実は農業部門が重要だから出てきている現象だ。ハンガリーでこういった非典型的、もしくは自営業といえるような人たちは20%いくかどうかだ。将来的には、新しい柔軟性のあり方をどうやって導入するかが大きな課題だ。

ハンガリーだけでなく、他の中央ヨーロッパ諸国でも同じだが、発表されるデータはいわゆるホワイトエコノミーといわれる部分だけで、ヤミ経済の部分はもちろん入っていない。これが社会経済の中で大変伸びている。ヤミ経済の役割は何かというのは大変興味深い。EUの専門家は新しい参入者を正式な統計だけを見て分析していて、その国の経済の実態については無視している。例えば、中央ヨーロッパ諸国においてGDPに占めるヤミ経済の役割は、20%から30%へと伸びている。この点が大変重要だ。また雇用について言うと、労働市場に戻りたくないという人たちがいる。ヤミ経済のほうが所得が多いからだ。最近の調査によると、20%がヤミ経済にいる。両方の視点からものを見ることが大切かと思われる。

労使関係

ハンガリーの労使関係の構造には特徴が2つある。組合があって団体交渉権、スト権、団結権をもつが、一方で、ドイツと比べれば弱いけれど、経営参加という機構もある。

ここで重要なことは、グリーンフィールド・インベストメントの場合には経営者、使用者、オーナーは労働組合側ではなく、従業員代表を選択しがちだということ。なぜならスト権を持ってないからだ。労働法によると、従業員50名以上の企業では必ずワークカウンシル(従業員代表組織)をつくらなければいけないことになっている。この法律は前政権の時代に、議会を通過した。例えば労働組合がないときには、ワークカウンシルが会社側と労働協約を結ぶ権利を持っている。

労働組合は、日本の労働組合とは異なっていて、支店ごと、セクターごとに分かれている。ただ、ハンガリーと日本には共通点が存在する。ハンガリーの労働組合は経営者に対して協力的であるという点だ。

ハンガリーではいくつかの指標を使って労働組合の影響を計っている。例えば、労働協約がどれだけの企業を代表しているか、どれだけの企業が労働協約を結んでいるかということだ。ただ、他のデータも必ずしもいいものばかりではない。例えば組織率は、かなり低いと言わざるを得ない。共産国だったときには組合員になることが必須だったが、現在この数は20%以下で、現実には、15%以下ではないかと考えている。ただし現在、信頼できるような全国サーベイを行った統計はない。

国の統計局が労働力調査を行い、その中で職場における労働組合の役割を聞いた。それは60万人を対象として調査しており、結果を一部紹介したい。調査対象となった多くの人たちが労働組合の役割については無知であり、職場に労働組合があるかないかということさえも知らなかった。そして、調査対象のうち50%の人たちは、労働協約は賃金、そして労働条件に大きな影響があるとしたが、残りの50%の人は、労働協約と賃金の間には関係がない、また労働条件についても関係がないと答えた。組合のメンバーは大体40から50歳であり、若い人たちはほとんど労働組合に加盟していない。女性の組織率は、男性の組織率より高い。そして、ホワイトカラーの組織率のほうが、ブルーカラーよりも若干高いということもわかった。

部門ごとにみると、組織率が高いところもあるが、かなり低い。労働組合についてよい意見を持っている人たちは、例えば公共部門のように労働組合が組織化されていて、そして団体交渉があるところは高い。ハンガリーの鉄道に働く人たちの組合に対する意見は結構よい。しかし、労働組合が弱いセクターあるいは労働協約がないところでは、従業員の労働組合に対するイメージは悪いということが言える。

団体協約について簡単に触れたい。残念ながら、ハンガリーの労働者の大部分は労働協約の対象となっていない。ちょうどイタリアと同じ状況で、すべての企業の94%が中小・零細企業となっており、ほとんどが組合がない。一方、大企業には労働組合がある。

最後に、ハンガリーで最近問題になっていることを、簡単に3つだけ紹介したい。まず、雇用不安に対して、雇用保障と、それと合わせて技能の保証についても力を入れなければず、従業員がもっと技能開発に力を入れなければいけないと言われている。しかし、誰が従業員のサポートをするのか、政労使の誰かなのか、それとも他にいるのかということ。もう1つの問題は地域別の従業員の組織化だ。地域の役割も高まっている。3つ目はネットワーク経済と呼ばれるもの。新しい現象が経済の中には生まれているが、どう対応すればいいのか、戦略的な協力が必要だ。これが国のレベルでなくて、地域のレベルでも、財界と、そして地域、地方自治体、そして教育、研究機関との間の協力が必要だという点が、現在、議論されているところだ。