開催報告(ブラジル/赤木、要約):第1回海外委託調査員連絡会議・国別報告会
雇用流動化時代における労使の課題
(2003年11月19日)

報告者

赤木 数成 (Kazunari Akaki)
ソール・ナッセンテ経済研究所 所長 (President Sol Nascente INF. Economicas)

要約

労働市場の現状と労使が抱える問題

1.現状

ブラジルの労働市場が現在かかえる最大の課題は、経済活動の冷え込みと、失業増加、就労者の実質収入の低下が長期間にわたって続いていることである。2003年に入ってこの傾向はさらに顕著となっているが、その最大の原因は2002年10月の大統領選挙である。現大統領のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ氏は、過激的左派のリーダーとして、一貫して保守派や、多国籍企業を怖れさせる言動を取ってきたが、ルーラ氏の当選が確実視されるようになる2002年後半からブラジルに対する国際融資は停止され、企業の投資計画も見直される事態となった。国際資金の借り入れの依存度が高いブラジルにとって、国際社会から、非常にリスクの高い国として警戒されるようになると、ブラジルはドル相場上昇、即時インフレ上昇、企業の生産投資縮小が起こる構造を持っている。

2.激しい失業率増加と、就労者の実質収入低下

すでに長期間にわたって、大量失業時代と言われていた後に、労働党政権の誕生騒ぎが起こり、労働市場は2002年後半からさらに悪化した。公式失業率は2002年12月の10.3%から2003年8月は13%、9月は12.9%となり、2003年は労働市場にとって最悪の年となった。2004年に入っても、上半期中での回復期待は持てないといわれている。

2003年に入って、インフレ加速とともに、就労者の実質収入低下が加速し、国内の消費市場の冷え込みを一層悪化させた。これがまた生産活動の低下、従業員の解雇の増加を促すという悪循環を起こしている。

  3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月
失業率 12.1 12.4 12.8 13.0 12.8 13.0 12.9
就労人口増加率 6.0 5.4 5.5 5.0 4.3 3.5 4.3
就労者平均収入増加率 -7.2 -7.7 -14.7 -13.4 -16.4 -13.8 -14.6

出所・ブラジル地理統計資料院(IBGE)

雇用流動化への対応

1.労働力ローテーション

正式の雇用契約を結ぶと、労使ともに公租公課が大きくかかるために、就労者の50%以上が、非合法雇用市場で働いており、政府の税収、分担金徴収は減少する一方である。行政府の監督を受けやすく、非合法雇用が困難な大手や外資系企業では、経費を節約する代替手段として、労働力のローテーション化を採用している。

労働力のローテーションには労使とも、あまり抵抗はない。企業は、シーズンに従って生産を増減する場合、それに応じて人員の採用と解雇を行っており、労働者側も、企業に働いていながら、職業紹介所に就職斡旋を申し込んでいて、給料や条件の良い職場が見つかると、すぐに転職する。

2.国内の労働力の質

ブラジルの義務教育年齢層の学童の就学率が90%以上となったのは、1990年代後半に入ってからであり、2002年現在でも、初等科8年までの学歴の労働者が45.8%を占め、高度の理解、応用力を要求される現代の職場に適応できない労働力が多く、生産性向上の障害となっている。

一方、2002年で、就労者全体に占める大学卒の割合は13.7%程度にしか過ぎず、高度の技術を要する職種の労働力の確保が困難となっている。

3.外国人労働力導入に対する制約

外資系企業では、本社からブラジル支社への技術移転に伴い、技術者を派遣して現地技術者の指導や訓練を行ったり、会社役員を定期的に交替させる必要があるが、労働省からその正式認可を得ることが非常に困難となっている。ブラジル政府の考え方は、ブラジルに存在しない技術の導入は別にして、一般の技術水準は国際レベルに達しているために、国内で十分に技術者を調達でき、国内以上の給与水準で、外国から技術者を呼ぶ必要はなく、また、会社役員も、ブラジルの法令に従ってブラジルに企業を設立した以上、役員はブラジル人を登用すべきであると、主張している。

4.企業内訓練

企業は近代化投資を行なっても、それに見合う技能を持った労働力確保が困難であるため、投資と同時に労働力の養成を余儀なくされる。養成方法は、本社技師が社内で指導したり、技能養成学校の教師を招いて、社内講座を開設したり、本社へ訓練のために派遣したり、様々な手段が取られている。

ただ、従業員に対する技能養成講座を実施したり、研修に出した場合、訓練を終了した後、習得した技術に相当するベースアップを行なはないと、労働者はその技術を持って、他社に売り込みを行うことがある。

労働法改正

労働法の現状

ブラジルの総合労働法は、1943年に制定されたものを、時代の変遷に合わせて部分的改正を重ね、施行細則や省令で補っているために、非常に複雑になっている。また、現代の労働市場にはなじまない部分が多いと指摘されてきた。労働党政府自身が現代には合わないとして、改正の必要を発表している。労働者保護の目的で制定された条項に従って、正式に労働者を採用すると、給料以外に企業の分担金支払いが加算される。その負担金がどのくらいになるかについて、エコノミストの間ではよく試算が行われる。働かない土日、休祭日も負担金として加算した場合、企業が支払う経費は給料として契約した場合の2倍の支出になると言う計算が一般的になっている。

また、労働者は正式雇用契約を結ぶと、社会保障分担金として、給与水準に応じて、8~11.5%を給料から自動的に差し引かれる。この負担を避けようと、企業、労働者ともに、正式契約をしないで就労するケースが増加し、この結果、社会保障制度の収入は減少し、支出をカバーすることは出来ず、毎年赤字を増大させて、国家財政をさらに悪化させている。

2.改正の試み

労働党政府が、労働法改革の必要性を発表したが、労働者は、既得権は絶対に譲らず、さらに権利を拡大する方向への改革を主張する。一方、企業は、労働契約に伴う負担や義務の軽減を要求した。さらに、政府は税収や分担金の減収につながるような、労使の負担金軽減要求には、同意する考えを示しておらず、労働法の改革には、前途多難が予想される。