開催報告(アメリカ、要約):第1回海外委託調査員連絡会議・国別報告会
雇用流動化時代における労使の課題
(2003年11月19日)

報告者

稲葉隆 (Takashi INABA)
マサチューセッツ工科大学リサーチ・アフィリエイト (Research Affiliate, Labour Aerospace Research Agenda Center for Technology, Policy, and Industrial Department, MIT)

要約

雇用構造の変化と特色

米国の労働市場と雇用構造変化は、1990年代に、生産性の拡大や株価の上昇、失業率の歴史的低下を背景とした経済拡大と同時並行で起こった。1990年代の雇用と労働市場の変化は、価格競争によって引き起こされた国際競争、コミュニケーション技術の進歩、組織のデザインや経営技術の変化による雇用関係規範の変化などによって引き起こされたと考えられている。また、新しい労働市場の特色としては、雇用が安定的雇用から弾力的雇用に変化したことが挙げられる。この弾力的雇用に関して米国労働省は、非正規雇用(Nonstandard work)には、独立契約者(Independent Contractors)、派遣労働者(work for temporary agencies)、呼出労働者(on-call workers)等の種類があると規定している。従来型の労働者は「キャリアは、企業責任で提供されるもの」と考えていたが、新しいタイプの労働者は「キャリアは、個人の責任で追求するもの」というように意識が変化している。それに併せて雇用構造も、以前は勤続年数によって昇進していたのが、業績によって昇進するようになった。企業への貢献を引き出すための手段としての「雇用保障」という考え方は無くなりつつあり、このように新たな意識を持つ労働者は、2007年には過半数を占めるという調査予測もある。

以上のような変化により、約20%の労働者の賃金が上昇したが、この集団の中には高い技術を持つ高賃金労働者が含まれている。このタイプの労働者は、労働市場を自由に移動し、自らの努力でキャリアを形成している。従って、こうした労働者に興味を抱かせ、満足感を与えるための新しい仕事のやり方の導入が試みられている。しかし、反面残り80%の多数の労働者は、低賃金、一時解雇、不十分な健康保険や年金に直面することになった。最近は、この格差がますます広がっている。

新しい仕事のやり方は、HPWO(High Performance Work Organization)と呼ばる。これは、チームをベースとしたより少数の労働者でより高い生産性を目指す新しい経営手法のことであるが、全米で40.5%の企業が自己管理チームを導入し、24.5%の企業がTQM、27.4%の企業がQCを、24.8%の企業が仕事のローテーションを導入した。最近の労働市場の特徴として、米国経済が回復しているのに失業率が改善しないということが挙げられるが、HPWO等の新たな経営手法によって生産性が飛躍的に伸び、少数の労働者での生産維持が可能になったことを根拠とする説が多く見られる

労使の取り組み課題

米国の7割近くの労働者は、仕事を変えることは自分たちの意思で行うものと考えている。また、仕事を1年から2年で変えることはキャリア形成に悪影響を与えると考えている労働者は、1999年時点で62%だったが、2003年時点では、47%に減少している。また、1つの企業内で3年から5年で仕事を変えたいと考えている労働者は1999年の26%から2003年には半数近い45%に増加している。その他、キャリアで最も重要なのは、「成功と昇進」とした労働者は35%しかおらず、86%の労働者は、「仕事の達成と家庭とのバランス」が重要であるとしている。また、96%の労働者は、フレキシブルタイム、仕事の分担、または在宅勤務などにより家族とのかかわり合いを考慮する企業に魅力を感じている。このようにここ数年間で労働者の意識は大きく変化しており、それに伴い、労使の取り組み課題も変化している。企業は、新しい労働の価値観をもった労働者の採用、維持、動機づけをするために、従来の人事労務や賃金システムでは対応できず、労働者をひきつけるためには、賃金だけでなく、いろいろ変化に富んだ仕事の付与、慎重なチーム編成、市場で通用する技術トレーニング、チャレンジングな仕事の付与、仕事と私生活の関係に配慮する等の様々な努力を要求されている。仕事と私生活とのバランスとの関連では、1992年から96年の間に、米国の職場では、コスト削減やダウンサイジングにより、約500万の仕事が失われたが、新たな仕事のやり方として、コンピューターやインターネットを利用したテレワークが、年間約20%近く急増しており、2001年時点では、中心的な仕事の一部を自宅で行っている労働者が雇用の約15%を占めている。

非典型雇用

パートタイムは、最も一般的な非典型の雇用形態であり、多くは、家庭の時間や趣味の時間、再入学した大学での勉強時間を優先させるため、パートタイムという働き方を選択している。ただ、現状では非典型労働者はとフルタイム労働者の間には、賃金と手当に不平等な格差があり、この格差を埋めるための労働政策を行う必要がある。また、近年アメリカ労働総同盟(AFL-CIO)は、非典型の組織化を主要な運動方針として掲げ、傘下の産別組織であるSEIU(国際サービス労組)が、非典型労働者の労働条件の向上を掲げて、2002年に清掃請負業労働者の組織化を成功させた事例もある。従来は、派遣社員や短期雇用者は法的に正社員と同じ労働組合の交渉ユニットにつけなかったが、最近、全国労働関係局(NLRB)は、ルールの解釈を変えて、同じ交渉ユニットに含まれるとした。これにより組合は、派遣社員や短期雇用者の待遇交渉を行うことが可能になり、約540万人の短期雇用者の組合参加が促進された。

雇用のグローバル化と今後の課題

この他、アメリカでは、雇用の流動化とともに雇用のグローバル化が進んでいる。特徴としては、証券アナリストやソフトのプログラマーなど中級階級以上のホワイトカラーの仕事が、主にインドなどの途上国への移行が急速に進み、国内の雇用の空洞化が問題となっている。例を挙げると米国の病院で昼間取ったCTスキャンの画像を、夜間インドに送って分析を行い、翌日の朝には、アメリカに分析結果が届いているというような仕事の流れが主流になりつつある。このように米国内だけで雇用するのではなく、安くて便利で企業にとって都合の良いところに仕事がシフトしている。今後はこのような現状を背景として、労働市場の再構築やより高い労働者のコミットメントを引き出す雇用システムの構築がすすむものと考えられる。