報告4:企業の視点から
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
第71回労働政策フォーラム(2013年12月6日)

報告4 企業の視点から

石川 拓夫  日立ソリューションズCSR統括本部ブランド・コミュニケーション本部本部長

写真:石川拓夫氏

私どもの経営戦略は、簡単に言えば、「人の最大化」と言えます。人材に投資する事で、そのパフォーマンスを最大化し、お客様からの評価をいただくことでお金を稼ぐというビジネスモデルですから、人材投資は非常に重要な経営課題といえます。

ただ、教育に投資すれば、人は最大化するというわけではないため、これからお話する個別キャリア支援が重要になります。

内発的動機形成に向けたキャリア支援

今日はとくに、人材開発の中で、なぜキャリア支援が必要なのか、あるいは支援をどのように行っているかという話をしたいと思います。

図1 人財育成の考え方

図1[画像のクリックで拡大表示]

図1は、弊社の人材育成の考え方です。このうち、一番重視しているのは、社員としての誇り、会社との絆です。この2つは、社員のモチベーションや業績の向上と相関があり、これらをいかに高めていくかが人材施策の重要なポイントとなります。

最近、「モチベーション3.0」という概念が提唱されていますが、IT技術者は価値創造を行う仕事ですから、弊社でも社員一人ひとりの自律性を高め、内発的動機形成ができるようになることを重視しています。そのためには、「社員としての誇り」と「会社との絆」を再確認し、高めていくことが重要と考えています。

弊社は、2010年に日立システムアンドサービスと日立ソフトウェアエンジニアリングが合併して出来た会社ですが、合併に際して、より社員の自律性、多様性、専門性を重視した人材施策「Human Capital Management(HCM)」を打ち出しました。本日は、この中の「成長支援の強化」を中心にご説明します。

HCMの成長支援施策には、(1) 成長のためのPDCAサイクル確立 (2) 成長のための組織風土づくり (3) キャリア自律へのサポート (4) スキル開発からキャリア開発へ――の4つのポイントがあります。本日は、フォーラムのテーマに合わせて、(1)~(3)について解説します。

図2 成長のためのPDCAサイクル確立

図2[画像のクリックで拡大表示]

まず、(1)の「成長のためのPDCAサイクル確立」です(図2)。企業にとって、教育投資を計画的に行うためには、PDCA(Plan, Do, Check, Action)のサイクルが欠かせません。教育投資に関するPDCAといえば、従業員サイドばかりが注目されますが、経営サイドのPDCAも重要です。有効な教育投資を行うためには、社員のキャリア開発が事業目標達成に直接つながるよう両方のPDCAサイクルを整合させて、まわしていくことが必要です。

私は入社以来30年人事畑を歩んできましたが、このような方法論が出そろってきたのは2000年代になってからのことです。なぜ、2000年代かと申しますと、2002年に経済産業省がITサービスの実務能力を明確化・体系化した指標(ITスキル標準)を公表したためです。これを参照して、経営に必要な人材像を定義し、社員はこの人材像をもとに目標設定し、自分のPDCAサイクルをまわしていくという流れができました。

図3 人財マップによる育成状況の把握

図3[画像のクリックで拡大表示]

図3は、弊社が求める人材像とキャリアパスを示した「人財マップ」です。各職種の活動領域は7段階に分かれていますが、最上位のレベル7は世界に通用するレベルと定義しています。社員はこのマップに基づき、現在の自分のレベルを把握した上で、目標を定め、今後、どのような教育を受けるのかを自分自身で考える仕組みになっています。

現在、弊社の社員数は約1万人いますが、私自身は、全員の個人目標を中期計画等で管理する必要はないと思っています。弊社では、1つの事業本部に約2,000人が働いているのですが、中期計画がきちんとまわっていくには、各事業本部のキーマンのKPI(重要業績評価指標)を設定し、それをトレースすることが肝要と考えています。

社員成長のための組織風土づくり

次に(2)の「成長のための組織風土づくり」です。先ほどご説明したように社員に自律性を求め、会社とのエンゲージメントを求めるからには、それを温かく見守ることができるような職場環境を構築しなければなりません。そのために、職場のマネジメント品質を上げる取り組みが必要となります。

その1つとして、管理職に対する教育研修も重要ですが、弊社でとくに重視しているのは、ファクトファインディング(事実の把握)です。現在、組織がどのような状態にあるのかを各種のモニタリングで把握した上で、マネジメントの改善につなげています。

そのモニタリングの1つとして、行っているのがモラールサーベイです。これは年2回対象者全員に対して、WEB上で行うアンケート調査です。質問数は27問程度で、「仕事」「職場」「上長」「会社」について、5段階で評価してもらう内容になっています。

図4 キャリアアドバイジング、カウンセリング

図4[画像のクリックで拡大表示]

社員を定点観測することで、個人と職場の問題を早期に発見し、早期解決につなげることがねらいです。個々の回答内容はキャリア・カウンセラーのみが閲覧可能で、回答内容をもとにカウンセリングを行うこともあります。

次は(3)の「キャリア自律へのサポート」です。社員に対して、「自律的にキャリアを構築しなさい」と言っても、納得しない者も多いのが実情です。そこで、弊社ではキャリア・カウンセラーによるアドバイジング、カウンセリングを行っています。弊社のカウンセリング体制は、専任者が4人、兼任者が2人となっています。その内容は図4のとおりです。

節目ごとにキャリア研修を開催

特定の社員に対するカウンセリングのみでは、社内において、「キャリア自律」の考え方が点のままで、面として広がっていきません。そこで、社内のキャリア・カウンセラーを講師に、別途CDW(キャリア・デザイン・ワークショップ)という研修も実施しています。研修は、社員の自己理解とキャリア自律マインドの醸成などを目的にしており、新人、入社3年目、30歳、40歳、50歳と年齢の節目ごとに実施しています。

図5は、キャリア・カウンセラーを中心とする社内の連携体制、図6は、各部門の役割分担を示したものです。もし、図6中の「ライフキャリアサポートグループ」というカウンセリング機能がなければ、社員が抱えている悩みや問題は健康管理センターに流れる可能性があります。しかし、産業医が扱うのはフィジカルやメンタルの問題が主ですので、たとえば、多重債務や離婚訴訟などに起因する問題に対処するのは困難です。ライフキャリアサポートグループでは、キャリア・カウンセラー自身が直接問題に対処するほか、必要に応じて各部門に仕分けするハブ的な役割を負っています。

相談内容を会社側と共有して問題解決へ

図7 キャリアカウンセリングの成果

図7[画像のクリックで拡大表示]

2004年度から2013年度上期までのキャリア・カウンセリングによるサポート実績は累計で3,439件あります。カウンセリングの成果については、たとえば図7のようなものがあります。

社員の話を聞いて終わりというのでは、外部のEAP(Employee Assistance Program:メンタル面から従業員を支援するためのプログラム)と何ら変わりがありませんので、本人とよく話し合った上で、情報を会社側と共有することについて承諾を得た後、キャリアアドバイジングなどにより問題解決を行うことを方針にしています。

最後にこれまで、企業内でキャリア・カウンセリングを行ってきた上で明らかとなった課題を紹介したいと思います。1点目は、守秘義務の重要性と弊害についてです。社員の立場からすれば、「カウンセリング担当部門は会社側の組織」との意識があり、カウンセリングを受けることに躊躇してしまう場合があります。一方、人事側の視点では、カウンセラーには守秘義務があるため、連携しづらいとの不信感が生じます。カウンセラー自身も、クライアントが職場への介入を望まない場合、問題解決に向けてそれ以上踏み込めない歯がゆさを感じています。

問題の2点目は、カウンセラーの適格性についてです。キャリア関連とはいえ、社員からの相談内容は多岐にわたるため、幅広い見識が必要とされます。家計関連の相談も多いため、産業カウンセラー以外にも、たとえばファイナンシャルプランナーの資格があれば対応の幅が一層広がります。このようにキャリア関係以外の知識修得も課題の1つです。

求められる企画力と提言力

3点目はカウンセラーに求められる企画力・提言力についてです。今後、カウンセラーには、さまざまな相談者と接することで会社の問題点を把握するだけではなく、問題解決に向け、社内の声を人事施策・制度・運用に反映できる企画力、提言力が求められます。

4点目は、古くて新しい問題ですが、カウンセリングについて、経営に対して費用対効果をどのように証明するかという点です。私どもでは、専任のカウンセラーを置いていますが、なぜカウンセリング機能が必要かということを証明するために日々模索しているところです。

5点目は、カウンセラー自身のキャリア形成の問題です。カウンセラーは専門性の蓄積が必要な職種であるため、短期間のローテーションは困難です。しかし、長年続けているとカウンセラー自身のキャリア形成の選択肢が狭まるとの問題も出てきます。

これらの問題は、私どもにとってまだ道半ばですので、今日のパネルディスカッションで解決に向けたヒントを得られればと考えております。