グローバル共通化に伴う人材マネジメントを推進/第一三共の新人事制度
2025年5月16日 調査部
製薬大手の第一三共株式会社(東京都中央区)は5月12日、都内でオンライン併用の記者説明会を開き、グローバル共通の人事基盤の構築を進めていることを発表した。その取り組みの一環で、国内でも環境の変化や現行の課題認識を踏まえた新たな人材マネジメントを進めることとし、人事制度のうち、評価・等級・報酬の3つの基幹制度を改定した。昨年度から採用している新たな評価制度は、社員の自律的なキャリア形成を促す仕組みに改変。今年度から導入した等級制度は、職種・職責を軸にした等級体系・格付にシフトした。等級体系に紐付く報酬制度も、職務価値や貢献度に応じたメリハリのある処遇の実現に焦点を当てて、社員の動機付づけと生産性向上をはかるとともに、優秀な人材の獲得と定着をめざす設計を施している。
評価・等級・報酬制度をグローバル共通に
第一三共の全社員が対象となる新人事制度は、「グローバルな協業に必要な部分を共通化していくことで円滑なグローバル連携を実現し、グループ全体でパフォーマンスを向上させていく」ことが狙い。具体的には、評価・等級・報酬の3つの制度をグローバルで共通化する計画で、まず2024年度から日本と欧米、タイ、シンガポールで「評価制度」を整備。2025年度からは職務ごとにグローバルで共通化した「等級制度」を導入し、報酬制度についても等級に紐付けた体系を整えた。それ以外のアジア・中南米地域には、2025、26年度に同様の人事制度を採り入れる。
日本国内では、「職務を明確化して、その仕事に人をアサインする」考え方をベ-スに、従来の「人に仕事を割り当てる」マネジメントの良さも取り入れながら第一三共としての『ジョブ型人材マネジメント』の実現をめざす。新制度を通じて、「会社は社員の積極的な挑戦を支援・促進する仕組みを整え、社員自身も自律的な成長を図ることで、会社と社員の双方が互いに高めあう関係を構築していきたい」考えだ。
グローバル共通の新人事制度の必要性を説明する奥澤社長兼CEO(左)と徳本執行役員 人事部長(右) (第一三共提供)
成果創出と社員の育成に主眼を置いた評価を
2024年度に導入した新しい評価制度は、成果創出と育成に主眼を置き、目標設定や評価手法、日々の1on1を活用したコーチングとフィードバックを重視した改定を施している。目標設定では、社員のスキル・能力の伸長や挑戦的な目標設定を通じた組織業績の拡大を狙いとし、個々の成長を促す「ストレッチ目標」を導入。個人目標には組織目標を組み込み、一人ひとりが会社・組織目標とのつながりを考えることで、組織への貢献意識を醸成する。
評価については、旧制度で組織内で相対的に調整された「総合評価ランク(いわゆる評価結果)」が報酬や将来の昇進に直結していたものを、設定した目標ごとに絶対評価を行うことで社員の成長に寄与する仕組みに変更。さらに、第一三共が「より高い成果をあげ、成功を持続させるうえで重要と考えている価値観(Core Values)と行動様式(Core Behaviors)」に基づいた行動発揮を促す「CV/CB評価」も盛り込んでいる。
主体的なキャリア意識と成長を支援
成果の振り返りに際しては、「上司と部下の日常的な対話である1on1の機会を設けて継続的でタイムリーなコーチングとフィードバックを行うことで、社員および組織のパフォーマンスを向上させる」ことに加え、「協業する機会のある複数の同僚から多方面な見方を収集し、それらの情報を実際にフィードバックにも反映させる」ことで、主体的なキャリア意識の形成とさらなる気づき・成長を支援する。
なお、同社は昨年12月、国内の全社員を対象にサーベイを実施して新評価制度の効果を測定している。上司・部下との関係性やモチベーション、成長度合いなどの回答結果をみると、評価者・被評価者ともに肯定的な回答が多く、一定の理解・活用が進んでいる様子がうかがえた。同社では、「上司と部下の定期的な1on1も徐々に浸透してきており、さらに中長期的な個々の成長に繋げていくことが重要」などと考察。この結果をふまえたトレーニングの計画・実行を進めている。
ちなみに、労働組合とは、評価・等級・報酬の各制度の導入にあたり、それぞれ公式・非公式あわせて数十回の協議を重ねてきたという。
職務・職責の大きさを軸に等級運用を実施
等級制度に関しては、国内ではこれまで「年功要素を一部残した等級」と「職務等級」の2軸で運用してきた。新制度では職務・職責の大きさに応じた1軸の等級運用に改変。新たな等級体系では職務の特性による違いと職責等のレベルに応じて、各職種に複数の等級を持たせた等級体系に見直しを図っている。「国内では従来、各等級で一定程度の経験年数を積むことが上位等級に昇進できる審査要件となっていた。今回、そのような審査要件を廃止し、年齢や勤続年数を問わず重要なポジションへの登用を可能とした」(徳本明宏・執行役員 人事部長)格好。これに伴い、経営基幹職(いわゆる管理職層)と基幹職(いわゆる組合員層)についても、職務・職責のレベルに応じて2つの区分を設定している。
基本給は新等級体系に応じたテーブルを再設計
そのうえで、グローバル共通のポリシーをふまえつつ、社員の動機付けや優秀人材の獲得を狙って公正で競争力のある新たな報酬制度も設けた。基本給は新等級体系に応じて、外部の報酬サーベイ等を参考に報酬テーブルを再設計。基本給と賞与比率の見直しも行い、基本給のレートを増加させている。また、先述のとおり、等級は担う職務の大きさで決まるため、職務の変更に応じて昇級・降級が生じることもある。降級時には報酬が下がることもあり得るため、「生活への直接的な影響を考慮した緩和策も同時に講じる」運用を行うこととしている。
新卒新入社員(大卒の研究職・営業職)の初任給水準を35万円に
賞与は業績賞与の変動ルールをグローバル共通にしたうえで、冬夏2回の支給回数を2026年度から夏の1回に変更する。さらに、上級幹部社員層に対しては、「中長期的な企業価値向上に対する動機付けとインセンティブの付与」として「LTI制度(信託型株式付与制度)」も導入した。
説明会で徳本氏は、こうした改定により「従来の制度では経営幹部職層に登用されなかった社員が高い職責を担うことで幹部職層に登用されることになり、年収ベースで約40%程度の増額となるケースや、報酬テーブルの再設定により、重い職務を担う経営幹部層で従前の報酬に比べ最大5割程度引き上げられる事例がでてきている」ことを紹介した。説明会で配付された資料によれば、新卒新入社員の初任給の水準も、研究職・営業職で大卒者がこれまでの25万5,000円から35万円、修士・学士6年制卒で同27万9,000円から37万円に引き上げられている。
参考までに、同社では近年、キャリア採用の比率が高まる傾向にあるという。キャリア採用の実績をみると、2022年度以降はキャリア採用が新卒採用の人数を上回っており、24年度にはキャリア採用が新卒採用の1.58倍になっている。徳本氏は、こうした状況もふまえて「新人事制度は、日本でもこれまで以上に優秀な人材を社外から迎え入れて活躍と成長の機会を提供し、それにふさわしい処遇を実現していけるもの」だと説明。「現在、約230人が海外に駐在して、そうした社員のなかにもキャリア採用者が多く含まれている。こうした多様な社員がグローバルで活躍できる環境を今後も整えていきたい」などと話した。
「多様性に富んだ人材がエンゲージメント高く働くことが重要」(奥澤社長兼CEO)
記者説明会で奥澤宏幸・代表取締役社長兼CEOは「継続的に成長できる強い組織をつくるためには、世界中から集った多様性に富んだ人材がエンゲージメント高く働くことが重要」だと指摘。そのうえで、「アカウンタブル・マインドセット(一人ひとりの社員が主体的に行動しようとする意識)を持って、会社のパーパスと社員自身のパーパスを重ね合わせることがエンゲージメントにつながる」として、そうした意識や行動を社員に促していく考えを示した。
また、「組織体制のグローバル化が進展し、日常業務における国や地域を跨いだ協業機会が急激に増えている」などと多様性が進む現状にも触れ、「事業が急成長し、グローバルで多くの人材が当社に集まり始めた今だからこそ、共通の基盤制度を構築することに意義がある」と述べ、グローバルで共通化した人事制度の必要性を強調した。