物価上昇から生活を守る姿勢も賃上げ方針のなかで強調/自動車総連の中央委員会

2023年1月18日 調査部

自動車総連(金子晃浩会長、79万6,000人)は12日、熊本県熊本市でオンラインを併用して中央委員会を開催し、今春の賃上げ交渉に向けた取り組み方針(「2023年総合生活改善の取り組み」)を決定した。それぞれの単組が目指すべき賃金の絶対額に向けて取り組む姿勢を強調するとともに、「物価上昇から生活を守り、実質賃金の低下から労働の価値を守る」と、物価上昇に対応した賃上げの必要性も強調。中小企業の価格転嫁につなげる「付加価値の適正評価」も取り組みの柱に据えた。

自動車産業への求職者が減少していることも問題視

方針はまず、経済情勢に対する現状認識について、日本の賃金水準が2021年時点でOECD(経済開発協力機構)加盟国35カ国中24位にとどまるなど、1997年をピークに停滞していることを指摘。また、全世界で物価上昇が進んでいることにも言及した。自動車産業については、付加価値に見合った賃金になっていないことや、求職者が減少していることが「大きな課題」だと指摘。また、原材料価格が高騰していることの影響は大きく、「産業全体の利益最大化や産業内の付加価値の分配が課題」だとした。

一方、職場については、EV(電気自動車)化の流れなど技術革新が進むなかで、「1人ひとりが生産性向上に取り組み、労働の質を高め続けている」などと指摘した。

働く者の生活の維持や労働の価値を守る観点を重視

こうした現状を踏まえ、2023年の取り組みの方向性について方針は、産業や企業の観点では、産業の生き残りに向けて「生産性向上・競争力強化・人材確保に向けた魅力向上が不可欠」だとして、生産性向上や働きがいの向上、産業全体の利益最大化、企業規模・業種間における分配構造の歪み是正に向けて取り組むと強調。一方、働く者の観点からは、足元の物価上昇を踏まえ、「働く者の生活の維持や労働の価値を守る観点を重視する必要がある」と打ち出し、さらに、働くことを通じて自己実現が実感できることや、企業の成長を通じて自らの成長が感じられる職場が求められることも掲げた。

具体的な取り組みの内容としては、自動車産業、各企業、働く者の課題解決に向け、「労使で徹底した議論」を行うことで、「自動車産業全体の魅力向上と永続的な発展に繋げていく」と提示。特に大企業では、「産業全体の課題や中小単組の賃金引き上げに向け何をしなければならないか」という観点のもと、「早期に産業労使・企業労使間で論議を深め、課題解決に向けた環境整備を図る」と掲げた。

各単組が「自ら取り組むべき賃金水準を要求する」やり方は例年通り

各項目の要求基準をみていくと、賃金については、前年と同じように、各単組が「目指すべき賃金水準及び賃金課題の解決に向けて中長期で取り組むこと」を掲げたうえで、物価上昇局面であることを踏まえ、「物価上昇から生活を守り、実質賃金の低下から労働の価値を守る」との文言を新たに加えつつ「自ら取り組むべき賃金水準を要求する」と設定した。

中央委員会で方針提案した総連本部は、消費者物価指数の2022年4~11月平均がプラス2.7%となっていることや、実質賃金(所定内給与)の同年4~10月平均がマイナス1.8%となっていることなどを、各単組が意識すべき物価に関する指標として示した。

なお、自動車総連では、賃金の上げ幅を要求基準とする方式では中小と大手との絶対額での格差是正が進まないとの理由から、それぞれの単組が「根っこからの水準」(絶対額)を求める姿勢を重視しており、2019年から産別として上げ幅の要求基準を掲げることをとりやめている。

企業内最低賃金協定の基準額を17万3,000円以上に引き上げ

目指すべき絶対額の参考とするため、自動車総連では、「賃金センサスプレミア」「自動車産業プレミア」「自動車産業アドバンス」「自動車産業目標」「自動車産業スタンダード」「自動車産業ミニマム」という6つの基準額(それぞれ技能職若手労働者と技能職中堅労働者の2銘柄で設定)を設定しているが、今回、「自動車産業アドバンス」「自動車産業目標」「自動車産業スタンダード」の技能職中堅労働者の基準額を改定し、それらの額を順に30万8,000円(1万6,000円増)、28万4,000円(1万2,000円増)、26万2,000円(1万4,000円増)とした。なお、技能中堅労働者の他の基準額は、「賃金センサスプレミア」が37万円、「自動車産業プレミア」が32万8,000円、「自動車産業ミニマム」が24万円となっている。

企業内最低賃金については、協定を未締結の単組は新規締結に取り組むとし、その基準額を17万3,000円以上と設定。基準額は2022年方針では16万8,000円以上としていたが、地域別最低賃金の上昇も踏まえ、水準を引き上げた。

年間一時金については、昨年同様、年間5カ月にこだわって取り組むとした。

中小やサプライヤーが賃上げできる環境を整えるため、「付加価値の適正評価」に向けた取り組みを、初めて賃金などと並ぶ、柱の取り組み項目に位置付けた。労使で議論することにより、短期的には、「生み出された付加価値を認め合う風土や仕組みづくり」「価格転嫁などについて忌憚なく交渉できる風土づくり」を目指す。中長期的には、「サプライチェーン全体で、適正取引ができている企業が報われる仕組み・ルールの構築」を目指す。

「自動車産業では価格転嫁が十分でない」(金子会長)

中央委員会で挨拶した金子会長は、原材料価格、エネルギー価格が上昇するなか、「自動車産業全体では価格転嫁が十分に進んでいない実態がある」とし、価格転嫁が進んでいないことが「2次、3次、それ以降の取引先にいくにつれ、とりわけ中堅・中小企業の収益に大きな影響を与えているのが実情だ」と指摘。「こうした状況が続くと、人材流出による人手不足と相まって、日本の自動車産業が築きあげてきたバリューチェーン自体の維持が困難になるおそれもある」とし、「すべての企業が人への投資を行うためにも、こうした取引慣行の是正や、適正な価格転嫁を早急かつ確実に進める必要がある」と強調した。

賃金の取り組みについては、特に物価が上昇しているのが食料や光熱水料など基礎的支出が中心となっていることを踏まえ、「相対的に、所得の低い世帯への影響が大きくなっている」と述べるとともに、実質賃金が低下しているなかで「生活者の負担感は数字以上に大きいのが実際の肌感覚だ」と指摘。

「働く者のやりがい・働きがいを高める基盤として、また、生産性向上に向けて、日々の業務に打ち込むためにも、生活の安心・安定の確保は欠かせない。ましてや、すでに圧迫されている生活のままでは力を十分に発揮できるわけがない。生活水準を元に戻し、労働の価値を下げさせない、この観点はデフレ下にあっては特化する必要性は低いと判断してきたが、今次取り組みでは、絶対額を重視した取り組みとあわせ、具体的要求のなかに十分に反映させる必要がある。明らかにここ数年の取り組みとは違うということを認識してほしい」と述べ、例年以上の賃上げの必要性を強調した。

賃上げへの期待の反面、業績にはばらつきも

方針の討議では、三菱ふそう労連と、サプライヤーの労組で構成する部品労連から発言があった。組合員からの賃上げへの期待が高まる一方で、半導体不足による生産停滞により「売りたくても作れない」状況があることや、加盟企業の業績にばらつきがある状況などが報告された。部品労連は、適正取引の状況が以前からそれほど変化していないとの小規模企業経営者の声も紹介。

これらの発言に対して総連本部は、働き方や労働の質、人材を確保するための賃金水準、物価上昇で傷んでいる生活の現状などを「しっかり考え合わせて要求を構築することが必要」などと答弁し、「ここ数年よりも数段上の要求水準になるはずだ」と述べた。適正取引の実現に向けては、「産業全体の取り組みに広げていくことが必要」だとし、当該の単組だけの取り組みとせず、「総連全体で取り組まないと前に進まない」と述べ、産別をあげた取り組みの必要性を強調した。

大手メーカーなどの主要単組の統一要求提出日については、方針は2月15日(水)に設定した。