生産性に見合った賃金決定を/日本経団連の「経労委報告」

(調査・解析部)

[労使]

日本経団連(御手洗冨士夫会長)は19日、08年春闘に向けた経営側の指針となる「経営労働政策委員会報告」(経労委報告)を発表した。賃金決定について報告は、「個別労使の協議による」との従来のスタンスを踏襲しつつ、「恒常的な生産性向上があれば総額人件費の改定原資とする」とし、生産性に見合った賃金決定には理解を示した。その一方、市場横断的なベースアップは「すでに過去のもの、もはやありえない」とするなど、労働側の動向を強くけん制している。

「労使の健全なコミュニケーションを」

報告のサブタイトルは「日本型雇用システムの新展開と課題」。序文では「市場原理は万能でもなければ、完璧でもなく、さまざまな課題を抱えている」との現状認識を示した上で、「格差や貧困」といった、「『影』の部分に光をあてる制度・施策が不可欠である」と強調する。また、企業の盛衰と従業員の生活は「表裏一体」の関係で、「グローバル競争での敗退」や「国内事業基盤の空洞化」が進展すると、「良質な雇用機会や所得の確保」は望み得えず、「まさしく、企業は労使の運命共同体である」とする。その現状について報告は、「長期雇用や企業内労使関係などを特徴とする日本型雇用システムは全体として健全に機能している」と評価しながらも、就業形態の多様化など、労働面の変化も著しいことから、日本型経営も「守るべきものは堅持し、改めるべきものは変革していく」ことが求められると提言。その基盤となるものが「労使の健全なコミュニケーション」であり、めざすべき方向は、「平等」から「公正」へ、「画一」から「多様化」へのパラダイム転換だとする。

08年労使交渉・協議に向けた課題

08春季交渉・協議にあたっては、日本型雇用システムの変化を踏まえて、「生産性に見合った人件費決定と、ワーク・ライフ・バランスの実現が課題になろう」と予想。しかし、現在の経済環境については、企業業績の5年連続増益という国内経済にあっても、サブプライムローン問題などの懸念材料に加え、国内でも税制の見直し、社会保険料の負担増などにより、「手取り収入が伸び悩み、雇用情勢の改善にもかかわらず、個人消費の増勢鈍化が懸念されている」と分析。「企業と家計を両輪とした経済構造を実現していく必要がある」との見解を示した。

こうした中で、賃金をはじめとする総額人件費の決定に際しては、従来どおり支払能力を基準に、個別企業ごとの交渉で決定すべきであり、「総額人件費の増加額はあくまで自社の付加価値額の増加額の範囲内で、利払い費、配当、内部留保なども考慮し、決定すべき」としている。こうした主張の一方、「恒常的な生産性の向上に裏付けられた付加価値増加額の一部は、人材確保なども含め総額人件費改定の原資とする」と表現するなど、生産性の動向を判断材料にする賃金改定に一定の理解を示した。ただし、「需給の短期的な変動などによる一時的な業績改善は賞与・一時金に反映されることが基本である」とし、短期的な業績向上分はボーナスに反映させる従来からの主張を盛り込んでいる。

また、昨年以上のベースアップや賃金改善を求める構えの労働側をけん制。「個別企業の支払能力を無視して横並びで賃金を引き上げていく市場横断的なベースアップは、すでに過去のものとなっており、もはやありえないことはいうまでもない」とクギを刺す。また、労働側が主張する労働分配率の低下傾向について、「歴史的に見ても、国際的に見ても高い水準」「労働分配率が景気拡大局面で低下するのは当然である」と反論。「労使にとっての共通の課題は個々の企業の生産性の向上である」とする。

もうひとつの課題にあげる「ワーク・ライフ・バランスの実現」については、「求められているのは労使の合意と協力による自主的な働き方の見直しである」との基本スタンスを示す。国際的に長いとされてきた総実労働時間(製造業・生産労働者)は「米英と遜色のない水準にある」とし、加えて就業形態の多様化の進展により、フルタイム従業員を前提とした一律的な短縮はワーク・ライフ・バランスの実現にとって、「真の意味で有効策ではない」と労働側の動向に異論を唱えている。

働き方に中立な制度整備を

また報告は、格差問題の一つの象徴である「正規」「非正規」問題について、「働き方により中立な制度を、労使双方が納得しつつ整備していかなければならない」とし、「長期雇用」を基本にしつつも、期間雇用や短時間勤務を望む人も増えていることから、法の遵守を大前提に、パート、派遣などの外部労働市場の活用も提言。「同一価値労働・同一賃金の考え方に異を唱える立場でない」とする一方、「同一価値労働とは、将来にわたる期待の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらす労働である」との考え方を示している。

また、勤続年数を基軸とした年功賃金が逆に「長期従業員のみを優遇することになるため」、仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金・評価制度の制度が進んでいると報告。こうした考え方に基づき「仕事・役割・貢献」を基軸とする公正処遇が確実に実行されることを期待しているとする。