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第1回 雇用類似の働き方

濱口 桂一郎 JILPT研究所長

2019年6月14日(金曜)掲載

現在世界的に、最もホットな労働問題となっているのが、第4次産業革命とともに登場してきた新たな就業形態であり、シェアリング経済、プラットフォーム労働、クラウド労働等々のバズワードが世界を飛び交っている。今回の特徴はそれが日米欧といったこれまでの先進諸国だけでなく、中国や韓国など他のアジア諸国においても同時進行的に進んでいるという点である。JILPTは毎年日中韓の枠組みで労働フォーラムを開催しているが、昨年末2018年11月に中国青島(チンタオ)で開催した会議では、中国側の主導で「新たな就業形態」がテーマとされ、3か国の実態と対応が討議されたが、とりわけ従来型産業規制が希薄な中国においてこの種の新たなビジネスモデルが急速に展開していることが窺われた(参考資料1)。一方、2018年6月には日本の厚生労働省とEUの欧州委員会による日・EU労働シンポジウムでも「新たな就業形態」がテーマに取り上げられており、EUのこの問題への高い関心を示している。

世界的に見てこの分野の調査研究や政策対応において一歩先んじているのはEUである。EUにおける労働政策研究機関である欧州生活労働条件改善財団(ユーロファウンド)が2015年に公表した『新たな就業形態』と題する報告書は、EU28か国における雇用と非雇用にまたがるさまざまな就業形態の実態を明らかにし、EUレベルにおける政策対応に火を付けた(参考資料2)。またドイツでは、第4次産業革命により生じる雇用社会の変化と、それに対応するための新たな労働法政策のあり方について、"労働4.0"と呼ばれる議論が展開されつつある(参考資料3)。

これに対して中国では、もともと社会主義経済であったため市場経済に対する規制が乏しいこともあり、シェアリング経済、プラットフォーム経済に対してはもっぱらその発展を促進する立場にあるようで、欧米諸国で労働者性をめぐる訴訟が頻発しているライドシェアについて、当事者間の契約に委ねる通知を発している。ずっと資本主義社会であった諸国の方が労働市場に対する規制を強めようとするのに対し、社会主義から資本主義に移行してまだ一世代かそこらの中国の方が市場規制に慎重であるという対照が興味深いところである(参考資料4)。

こうした中で日本でもこの問題への政策対応が始まった。そのターニングポイントに当たるのが2017年3月にとりまとめられた「働き方改革実行計画」である。これを受けて厚生労働省は、2017年10月から「雇用類似の働き方に関する検討会」を開催し、関係者や関係団体からのヒアリング、日本や諸外国の実態報告(参考資料5)の聴取などを行い、2018年3月に報告書をまとめた。この報告書は2018年4月に労働政策審議会労働政策基本部会に報告され、その後同部会でもヒアリングや討議が行われて、同年9月に部会報告「進化する時代の中で、進化する働き方のために」がまとめられ、翌10月に「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」が設置され、検討が進んでいる(参考資料6)。

さて、部会報告の雇用類似の働き方に関連する部分には「個別のケースに対し労働者性の範囲を解釈により積極的に拡大して保護を及ぼす方法、労働基準法上の労働者概念を再定義(拡大)する方法、雇用類似の働き方の者に対し、労働関係法令等の保護を拡張して与える制度を用意する方法など、様々な方法が考えられる」と書かれている。ここで示唆されている選択肢を少しばかり敷衍してみよう。

まず、①現行の労働基準法上の労働者性の解釈による拡大である。イメージ的には、現在の労働組合法上の労働者性が認められる範囲まで労働基準法の保護を拡大するということになろうか。この場合、日本では労働保護法における労働者性は基本的に統一的な概念と解されているため、労災保険や労働時間規制、最賃規制、解雇規制といった分野についてもすべて労働者性が認められることになる。しかしながら、このようなことを労働基準法等の「解釈」で行うことが許されるのかという意見もありうる。そもそも行政が勝手に「解釈」を変えたところで、法令の最終的解釈権限を有するのは司法であり、裁判所が新たな行政解釈を安易に受入れる保障はない。

そうすると次の②労働基準法上の労働者概念の再定義による拡大が候補となる。明確な立法改正により、労働基準法等の労働保護法上の労働者の定義をたとえば現在の労働組合法における労働者の定義と同様の規定にするといったイメージであろう。この場合でも、労働者概念の統一性は維持されるので、労働保護法における労働者の範囲は一定である。

しかし、たとえば労働時間規制のように雇用労働者の中でも適用除外すべき者が少なくない規制を原則的に新たな就業形態に及ぼすことには違和感を禁じ得ない面もある。新たな就業形態の人々についてどこに問題があり、なにを保護すべきかという腑分けなしに一律に既存の労働者保護を適用するというやり方自体に疑問も生じる。そこで、③労働基準法上の労働者ではないことを前提に必要な個別労働法の規定を適用するという考え方が浮上する。具体的に想定される保護内容としては、就業条件の明示、解約予告、最低報酬、報酬の支払確保、安全衛生、ハラスメント、労災保険、失業保険、仲介事業規制、個別紛争解決システム等々が考えられよう。

このような個別項目ごとの拡大適用はそれぞれの労働法規の改正によって行うというイメージであるが、それをむしろ一本化して④特定分野の労働者保護だけを適用する新たな就業者概念を立法によって導入してしまうという考え方もあり得る。実は現在の家内労働法も、労働基準法上の労働者に該当しない一定の個人請負就業者を「家内労働者」として括りだし、安全衛生や最低工賃といった特別の保護を規定したものである。その意味ではこの選択肢は、現在は物品の製造加工に限定されている家内労働法の適用対象をプラットフォーム労働者等にも拡大し、労働契約法上の保護に重点を置いて抜本的に再構成するという立法提案と考えることもできよう。