企業情報と労働者の義務─競争秩序維持法の視点を中心に

要約

齊藤 高広(南山大学教授)

本稿は,独占禁止法・競争法,不正競争防止法などの競争秩序を維持する法の視点から,労働者に対する競業避止義務や秘密保持義務に焦点を当てながら,企業が配慮すべき情報,情報に対する配慮に向けた法的枠組みの現状と課題について検討する。現在,退職者などによるノウハウや顧客情報などの漏洩・流出が増えており,これらに対する防止や法的救済のあり方が注目されている。業務上の秘密を漏洩しないことを負わされる拘束や,競合他社に在職・転職しない,または,自ら競争関係に立つような起業を行わない旨の拘束を課すなど,企業と労働者との間で締結される合意による取り組みのほか,不正競争防止法などの改正や立法による法的保護の拡大が注目されている。しかしながら,広範かつ過度な義務を労働者に課し,義務違反に対するサンクションが厳しすぎると,労働者の転職の自由を侵害し,製品役務市場における競争関係やイノベーションに負の影響を与えかねない。また,公益性の高い情報についてまでコントロールが及ぶと,リニエンシー制度や公益通報者制度の利用萎縮に繫がり,被害者救済や競争秩序などの公益性に支障をもたらしかねない。本稿は,米国における競業避止義務禁止規則をめぐる議論と動向から示唆を得つつ,わが国における企業情報保護に対する法的枠組みを横断的に概観し,労働者に対する過度の拘束や管理体制の不備から生じる弊害について検討する。


2026年1月号(No.786) 特集●情報への配慮・配慮のための情報

2025年12月25日 掲載