所得格差研究の現在地─世帯調査を中心とした分析

要約

山田 知明(明治大学教授)

本稿の目的は,日本における所得格差の実態を世帯調査データを用いて包括的に分析することにある。日本の格差問題は米国とは異なる特徴を示している。米国がトップ層への富の集中である一方,日本は世帯構造の変化と組み合わさった中間層・ボトム層の地盤沈下が主要な問題となっている。『家計調査』による1981-2021年の40年間の時系列分析から,日本の所得格差拡大は2つの上昇局面を持つことが明らかになった。第1の局面は1980年代後半のバブル期で,上位層の所得の伸びが下位層を大きく上回った結果による格差拡大であった。第2の局面は2000年代で,上位層が横ばいとなる一方で下位層の所得水準が低下する「貧困層のより貧困化」による格差拡大であった。近年は格差指標が高止まりしているものの,顕著な拡大トレンドは観察されていない。『全国家計構造調査』『全国消費実態調査』による詳細分析では,高齢化と核家族化の進展により労働所得を得ない世帯の比重が高まり,中間層の相対的地位が低下していることが確認された。消費格差分析では,所得格差改善の兆しが見られる時期においても消費格差は横ばいで推移しており,消費者が将来所得に対して慎重な見方を持っている可能性が示唆された。現在の日本に求められているのは,再分配による格差是正よりも経済成長を促進してその果実を幅広い層に行き渡らせることである。


2025年12月号(No.785) 特集●賃金の現在地を探る─変わったのか,変わっていないのか?

2025年11月25日 掲載