役員と労働者の格差は広がったのか?

要約

久保 克行(早稲田大学商学学術院教授)

本稿は,日本企業における役員報酬と従業員賃金の格差(ペイギャップ)の近年の動向と決定要因を,2014-2023年の東証プライム市場890社のバランスド・パネルで検証した。ここではペイギャップを社内取締役の平均報酬と従業員の平均賃金の格差として,日経NEEDSのコーポレート・ガバナンス評価システムおよび労務データから作成した。この時期のペイギャップは平均5.48倍(中央値4.64倍)で,2014年4.8倍から2023年6.2倍へ拡大した。しかしながら,米国S&P500と比べると,日本の水準はなお著しく低い。日本におけるペイギャップ拡大の主因はこの期間における役員報酬体系の大きな変化である。以前はほとんどが固定給であったのに対して,業績連動報酬の割合が大きくなっている。また,譲渡制限付株式のような長期インセンティブ(LTI)が広く用いられるようになった。その結果,内部取締役の平均報酬はこの時期に3170万円から4750万円と,約50%上昇している。一方でこの時期の従業員賃金の伸びは約11%にとどまっている。回帰分析では,特にコーポレート・ガバナンス変数とペイギャップの関係に注目した。社外取締役比率・女性取締役比率の係数は正,持合い株式比率・安定株主比率が負で有意となっている。この結果はコーポレート・ガバナンス改革や資本市場の強化が格差拡大とつながっているという考え方と整合的である。


2025年12月号(No.785) 特集●賃金の現在地を探る─変わったのか,変わっていないのか?

2025年11月25日 掲載