「施策の浸透」は人事施策と業績の関係をどうつなぐのか?

要約

江夏 幾多郎(神戸大学准教授)

丸子 敬仁(北九州市立大学准教授)

穴田 貴大(追手門学院大学特任助教)

人的資源管理(HRM)論は,その登場から今日まで,組織~個人レベルの業績の向上につながる人事施策の特定を目指してきた。とりわけ1990年代以降,HRMと業績をつなぐものとして,職場の管理者による人事施策の運用や,導入・運用された人事施策への従業員による認識,すなわち「施策の浸透」への関心が強まった。「運用されたHRM(implemented HRM)」「知覚されたHRM(perceived HRM)」「HRの帰属(HR attribution)」「HRの強さ(HR strength)」などの理論群である。そこで置かれがちな前提は,人事施策にあらかじめ込められた経営層や人事部門の意図を職場の管理者や従業員が理解し,現実のものとすることが,業績向上の必要条件である,というものであった。しかし,組織内のそれぞれの職場やそれらが直面する状況の複雑さを踏まえると,経営層や人事部門の事前の意図がそのまま実現することが,人事施策の有効性を導くとは限らない。先行研究では,人事施策の職場での受け取りにおける積極性,多様性,相互作用的な性質が十分に指摘されなかった。また,職場での定着を個人レベルではなく組織レベルで検討する必要もある。本論文では,人事施策の浸透にかかる先行研究の課題を,および近年のHRM論の動向を踏まえて,人事施策の浸透にかかる研究の発展の道筋について展望する。


2025年8月号(No.781) 特集●人事施策はいかに浸透するか

2025年7月25日 掲載