メッセージの「伝え方」がもたらす心理的効果─フレーミングと制御適合からのアプローチ

要約

林 洋一郎(慶應義塾大学大学院教授)

この論文は,上司やリーダーが部下やフォロワーにメッセージを伝達する際,その内容だけでなく「どのように伝えるか」に焦点を向け,主にフレーミング効果と制御適合理論の観点から論じた。フレーミング効果とは,客観的に等価な情報でも表現方法によって意思決定が変化する現象であり,成功や獲得を強調するポジティブ・フレーミングと失敗や損失を強調するネガティブ・フレーミングに分けられる。制御適合理論は,制御焦点と目標追求方略の組み合わせによって得られる適合に注目する。そして促進焦点とポジティブ・フレーミングそして予防焦点とネガティブ・フレーミングの組み合わせが適合状態とされる。適合状態にある個人は「しっくりくる」という感覚を抱き,課題への取り組みが強まると考えられている。組織研究では,リーダーとフォロワーの制御焦点の適合が組織市民行動や転職意思に影響することが実証されている。マネジメントへの示唆として,促進焦点型タスクにはポジティブ・フレーミング,予防焦点型タスクにはネガティブ・フレーミングが効果的とされる。しかし現代の日本では,ハラスメントを懸念した回避型マネジメントが広がっており,特にキャリア初期の従業員に必要な予防焦点型業務における適切な指導が困難になっている可能性がある。制御適合理論に基づく効果的なメッセージ伝達戦略の境界条件について,学術的,実務的な検討がさらに必要である。


2025年8月号(No.781) 特集●人事施策はいかに浸透するか

2025年7月25日 掲載