統計作成者から見た日本の公的統計データの現状と課題

要約

椿 広計(情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設副施設長)

本論は,筆者が長年にわたり関与してきた政府統計の企画・作成・品質保証の実務経験に基づき,日本の公的統計制度の現状と課題を「品質マネジメント」の視点から多角的に分析したものである。主に,①公的統計の基本計画の企画と制度設計,②統計作成プロセスにおける品質管理の導入と実践,③統計ミクロデータの二次的利用の推進,という3つの柱で構成される。第一に,統計法に基づき総務大臣が策定する「公的統計の整備に関する基本的な計画」は,統計行政の全体的な方向性を定めるものであり,筆者は統計委員会委員長として第Ⅳ期計画の策定に関与した。基本計画では,デジタル化やグローバル化への対応,ユーザー視点の強化,統計の品質向上,人材育成などが重視された。第二に,品質管理の観点からは,Demingに始まるTQMやISO9001の考え方を公的統計に応用する試みが進められてきた。特に,厚生労働省や国土交通省の不適切事案を契機に,ガイドラインの見直しや「診断」という手法を活用したプロセス評価の導入が進められ,各府省の業務改善に寄与するであろうことを紹介する。第三に,ミクロデータの二次利用制度は,研究者や政策担当者が個票レベルのデータに基づいた分析を行うための重要な基盤である。オンサイト施設や統計局などのサポート整備により,公共性と安全性を両立させながら,分析の自由度とスピードが向上した。また,統計データを「作る」人材だけでなく,「活かす」人材,すなわち統計リテラシーと分析能力を兼ね備えた専門家の育成の重要性を訴える。公的統計を政策に有効に反映させるためには,人材育成の強化と制度全体の持続的な改善が不可欠と提言する。


2025年6月号(No.779) 特集●公的統計データ利用の現状と課題─行政と研究者のコラボのために

2025年5月26日 掲載