特集趣旨

その裏にある歴史

本特集は労働問題の研究や解決にあたって研究者や実務家が前提としたり,自明と捉えている労働に関する制度やルールを,あらためて歴史の観点から振り返り,労働研究や問題解決に新しい視角を提供することを目的としている。

具体的には,日本の労働社会における特徴的な制度やルールがどのように形成され,時代とともに変化してきたのか,さらにはその今日的課題とは何かを,異なるディシプリンから検討している。

本特集では次の3つに重点をおいた。第1は変容のプロセスである。労働に関わる制度やルールは,過去のある時期に今日とは異なる環境のもとで,特定の労働問題や状況を解決するために形成されることが少なくない。そして時代とともに制度やルール自体が修正されていくことが一般的である。時代の変化のなかで,制度の運用や解釈が変容してきたものや,逆に新たな役割や機能を備えることで,時代を越えて仕組みが存続し続けてきた事例などが示されている。

第2は関係する多様なアクターの存在である。労働問題の制度やルールには,労働問題の当事者と考えられる労使以外に多くの社会的アクター(政府,産業団体,司法機関,教育機関等々)が関与しており,それぞれが固有の利害を有している。相互に深い関与があるため,制度の修正には固有の困難がともなう。この点は制度を変更しようとする際には特に重要なポイントとなる。

第3は制度を理解するための仮定的思考である。「そもそも労働立法になぜ労使が関与するのか」「なぜ人に投資することが必要なのか」と問うことは「そのような仕組みがなかったらどうなるのか」という仮定的思考をおこなうことで,制度の根本的な意義を考えることが可能となる。

特集の内容は以下の通りである。

労働法分野では,なぜ労基法と労組法において労働者概念に違いがあるのか(鎌田論文),定年後に労働条件が引き下げられることの法的問題(櫻庭論文),労働者派遣が合法化された経緯(本庄論文)を扱っている。

経済学分野では,政府(国)が休業者に助成をおこなう理由(佐々木論文),なぜ初任給が横並びになるのか(上野論文),企業が従業員に投資すべき理由(小野論文)を検討している。

労使関係分野では,企業別組合が主流となった経緯(呉論文),春闘が今日まで続いている理由(李論文),労働立法が公労使の三者構成を通しておこなわれる理由(濱口論文)について考察している。

経営学分野では,属人給が依然として残り続けている理由(金子論文),企業が労働者の安全や健康に配慮する理由(堀江論文),日本企業の人事部が多くの権限を有するに至った経緯(青木論文)を扱っている。

社会学・心理学・教育学分野では,なぜ日本において長時間残業が続いてきたのか(田中論文),大企業を中心に新規学卒一括採用がおこなわれるようになったプロセス(大島論文),学校が職業紹介をおこなうようになった経緯(濱中論文)を扱っている。

制度やルールは特定の課題を解決するための仕組みであり,時代とともに変容するものである。本特集を通して新たな視点やアプローチが生まれることを期待したい。

(編集委員・山下充)


2025年4月号(No.777) 特集●その裏にある歴史

2025年3月25日 掲載