特集趣旨

平成の労働市場

本誌4月号では、毎年、初学者向けの特集を組んでいる。令和最初の4月号である本号では、平成の30年余りに日本の労働市場で観察された特徴的な事象や変化を、平成の時代を通じて現在に至るまで第一線で活躍されている研究者の方々に解説していただいた。

1989年から2019年4月にかけての平成の時代は、労働市場にとって「激動の時代」であり(太田論文)、労働政策にとっては「うねりの時代」であった(菅野論文)。日本経済は、バブル景気という未曽有の好景気を経験するとともに、その崩壊、1997年の金融危機、2008年のリーマンショックなど複数の大きな経済不況に直面した。日本の労働市場の特徴と言われていた日本型雇用システムは弱まり、非正規雇用者が増加し、離転職・リストラの増大、成果主義賃金を導入する企業の増大といった構造的な変化が起こった。その一方で、ワーク・ライフ・バランス、つまり仕事と仕事以外の生活・育児や介護・病気療養といった諸活動との両立の実現という生活者としての視点も重視されるようになった。その背後には、課題が山積されてはいるものの、女性の労働力参加が量的にも質的にも進んだことがあった。さらには、長時間労働の問題、職場におけるさまざまなハラスメントやメンタルヘルスに対する意識も高まり、健全に働ける環境整備のための議論も活発になった。

時代的節目を迎えた今、本号では15のトピックを取り上げ、各執筆者に平成の日本の労働市場を振り返っていただき、それぞれの視点から初学者に伝えたいことを、4頁という限られた紙幅で簡潔に論じていただいている。労働市場の全体的な動向を概観する論稿(1本)に始まり、賃金・賃金格差に関する論稿(2本)、上述した以外に無業の若者、高齢者労働、外国人労働、均等問題等も含む雇用に関する論稿(7本)、能力開発、労使関係、労働災害等も含む内部労働市場にフォーカスした論稿(4本)、そして、労働政策に関する論稿(1本)で構成されている。

平成の時代は、労働研究にとっても大きな変化があった時代である。計量的な手法が急速に発展したことから、質的研究に加えて数量的・計量的研究も充実し、因果関係識別の重要性への認識が高まった。また、日本語だけでなく英語でも論文を執筆する研究者が増加した。しかし、いずれの研究スタイルであろうとも、研究論文を執筆するにあたって、先人の知見を踏まえていなければ学術研究とはいえないし、日本の労働市場に関する研究を行うのであれば、歴史的・制度的理解は欠かせない。初学者以外の研究者の方たちにも本号の15の論稿をぜひともご一読いただきたい。

(編集委員・原 ひろみ)

2020年4月号(No.717) 特集●平成の労働市場

2020年3月25日 掲載