特集趣旨「研究対象の変化と新しい分析アプローチ」

研究対象は常に変化し、それに対応するために新たな研究方法が絶え間なく開発されている。今月号の特集号の目的は、各分野における最近の研究傾向と研究方法の展開を紹介することである。新たな研究対象がなぜ注目されているのか、新たな研究手法の優れている点は何か、そしてどのように学問的な貢献があるのかを、各分野を専門とする研究者だけでなく、他の分野の研究者にも勉強になるように解説する。

研究手法のトレンドとして大きく4つに分けられる。1つ目は、IoT技術の向上によるインターネット調査やクラウド・ソーシングを利用した研究の普及である。経済学・心理学実験は大学内の実験室で実施され、被験者の多くは大学生である。その場合、被験者の特性が偏るため、実験結果の外的妥当性が問われる。インターネット調査やクラウド・ソーシングを利用することで、より幅広く被験者を集めることが可能となった。また、被験者を効率的に募集・管理するためにクラウド型オンライン実験者募集・管理システムが開発され、多くの大学で導入が進んでいる。

2つ目は、利害関係者との連携である。一般の人々が生活する場を直接実験場とするフィールド実験を行ったり、企業が保有する膨大な企業内データの利用ができたりするようになった。このような研究を確実に進めるためにはこの研究に関係するすべての利害関係者(産学官)と緊密に連携する必要がある。そのためには、利害関係者と共同研究の問題意識や関心を共有するように努めなければいけない。「研究者」といえば、一人黙々とコンピュータでデータをいじっていると想像している初学者がいるかもしれないが、最近の研究では関係する利害関係者の数が多くなり、彼らに研究の重要性を説得できるコミュニケーション能力が要求されている。

3つ目は、研究の「見える化」の追求である。量的なデータだけでは捉えにくい資源(インプット)、組織構造、階層間の関係性を分析するために様々な研究手法がある。ワークプレイス研究における相互行為分析では、職場内の会話の状況を音声だけでなく、映像から得られる非音声言語型資源も分析の対象としてきた。人的資源管理の分野では組織内のネットワークの可視化が進み、組織と主体の関係性、そして組織構造の特性を明示してきた。階層的データを用いたマルチレベル分析では階層間の関係性と特性に着目してきた。労働法の分野でも、立法過程を可視化することで学問的に分析する立法学・法政策学が発展している。

4つ目は、積極的な質的調査である。エスノグラフィーは、一定期間、研究対象者に密着し、単なる質問形式の調査では捉えることができない研究対象者の言動や感性を余すことなく記述することを目的とする。オーラル・ヒストリーは研究対象者を記録したもので、その特長は、録音した音声の文字起こしの修正・編集は最小限にすること、対話形式でまとめることである。そうする理由は、質問の方法や前後の文脈まで全て記録することで、他の研究者が研究対象者の発言内容を再検討できるからである。

以上が今月号の特集趣旨である。

(編集委員・佐々木 勝)

2019年4月号(No.705)

2019年3月25日 掲載