労働政策の展望
これからのキャリアコンサルティングに求められるもの
2001年雇用対策法、及び職業能力開発法の改正により「キャリアコンサルティング」制度が開始されてから今年で14年、働く者のキャリア形成のための基本的知識、スキルの教育、認定がまず民間試験機関によって行われ、ついで熟練レベル、指導者レベルに対する技能検定制度が構築され、働く人の能力開発、就職支援、キャリア教育の分野に広く普及している。また、キャリアコンサルタントの国家資格化の動きも報じられている。本講では「今後のキャリアコンサルタントに求められるもの」について述べる。
1 これからのキャリアコンサルタントは、個人の支援だけでなく「環境」を変える力を持たなければならない
多くのコンサルタントは、カウンセラー出身者が多く、そのためとかく個人の支援にとらわれる。キャリアコンサルタントは、何が出来るかのまえになにをすべきか、役割を考えるべきである。キャリアコンサルタントの役割を整理してみよう。
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キャリアとは、個人の立場に立てば、何らかの意味で「働くこと」を中核として人生を生きることである。そのためには「働くことの意味」を個人に理解させ、実践させることは、当然のことながら、まずキャリアコンサルタントの第一の仕事である。しかし、同時にその個人を囲む家族、組織、社会などがその個人のキャリア形成にどう関わるのかを考え、「環境に介入」することがキャリアコンサルタントにとって重要な役割である。
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環境に介入するためには、具体的にキャリアコンサルタントは、どんな役割を持たなければならないのか。
それは、環境の変化を先取りして、それを個人、組織、社会に知らせる「仲介者」の役割である。さらに環境を変えるには「変化の創造者」、すなわち助言者、情報提供者、計画者、調整者、教育者でなければならない。
現在のキャリアコンサルタントは、メンタルヘルス不全者、障害者、高齢者、長期失業者、子育て中の女性、生活保護受給者、介護を必要とする労働者、ニート、フリーターなど特別に支援を必要とする個人の支援に対面し、これからのキャリアコンサルタントは従来以上に環境への介入が求められている。
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わが国社会の人間力、教育力、現場力の低下や崩壊が指摘されて久しい。これは、キャリアコンサルタントだけで解決される問題ではないが、これらの問題にキャリアコンサルタントは日常現場で対面している。具体的ケースの展開の中でこれらの問題に関わっている。これらの問題は、クライエント個人の問題と、その個人を取り巻く環境(地域、学校・職場等の組織、家族等)との相互作用によってもたらされるものである。
相談者個人に対する支援だけでは解決できない環境の問題点の発見や指摘、改善提案等の環境介入、環境への働きかけを関係者と協力して行うことが、重要なキャリアコンサルタントの役割である。
2 これからのキャリアコンサルタントは、「厚さと広がり」、そのための知識とスキルを持った実践者でなければならない
厚生労働省の示す「キャリアコンサルティング実施のために必要な能力体系」によれば、キャリアコンサルティングの社会的意義、キャリアコンサルティングを行うための基本的知識、相談実施過程において必要なスキル、キャリアコンサルティングの包括的推進・効果的実施の4分野について、きわめて広範囲かつ深い専門的知識とスキルを求めている。
要約すれば、これからのキャリアコンサルタントは、社会的自覚に基づき、広範囲にわたる学問分野にわたる深い知識を持ち、カウンセリングとガイダンスのスキルを実践でき、それを社会に普及する人ということになる。本当にそんなことが出来るのだろうか。そのためには法律制度、社会的環境など外的条件が整うことが最大の条件であるが、ここではキャリアコンサルティング実施上のスキルについていくつか述べよう。
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キャリアコンサルタントは、キャリアガイダンスとカウンセリングを一体として出来ること。
キャリアコンサルタントの人は、カウンセラーから出発した人が多い。そのため理論的にも、実践的にもロジャース(Rogers.C.R.)の「来談者中心カウンセリング」を基礎とし、受容的態度、共感的理解、自己一致のカウンセラーとしての基礎的態度によるカウンセリングに集中する人が多い。このことは、キャリアコンサルタントとしても最も基本的な知識とスキルであり、「キャリアコンサルタントに必要な能力」にも重要な柱として明示されている。
しかし、キャリアコンサルタントが対応する相談者は、単に傾聴し、共感し、受容することによって元気を出し、自らの問題を解決するに至るとは限らない。相談者の問題はなにか、目標の設定と共有、目標達成のための方策の選定と実行、成果の評価などを計画的に行わなければならない。これは一般に「キャリアガイダンス」と言われる。
キャリアガイダンスは、永年にわたる研究・実践により「キャリアガイダンスの6分野」として定着してきた。6分野とは自己理解、職業理解、啓発的経験、カウンセリング、方策の実行、フォローアップである。ガイダンスとカウンセリングを一体として行える人がキャリアコンサルタントなのである。
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最近のキャリアガイダンスの重点化、複合化などを取り込んだキャリアガイダンスが出来ること。
最近OECD、ILO、世界銀行などの国際機関を中心に、キャリアガイダンスの改革、重点化が求められている。要点は、何をガイダンスするかよりも、誰が、どんな効果を目指して、どんな費用で行うか(内容から実施体制へ)、情報、キャリア教育、雇用カウンセリングなど(キャリアガイダンスの役割・機能の拡大)、生涯学習、労働市場、社会的公平(目標目的の拡大)などである。
これからのキャリアコンサルタントは、相手が個人であれ、環境であれ、どこに重点を置き、どんな知識とスキルをもって対応するのかが問われることになる。
3 キャリアコンサルティングが抱える当面の問題
最後に、キャリアコンサルティングが抱える当面の問題を指摘して本講を終わる。
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第1は、企業内におけるキャリアコンサルティングが進まないことである。
本来、キャリアコンサルティング制度は、職業能力開発促進法に基づく企業内の労働者のキャリア形成支援として開始された。経営者団体による「エンプロイヤビリティ」が提案されて久しいにもかかわらず、今日キャリアコンサルタントの活動分野のうち、企業内は20%に留まっている。
この原因の多くは、経営者や幹部の経営方針、社員に対する教育、育成、本社と現場との解離などに問題があるのではないかと私は考えている。それを思わせるケースも報道されている。「企業は人なり」「現場による改善」はかつてわが国企業を支えてきた。産業社会の変化、グローバル化の中で、わが国企業の良さをどう確保するかである。
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第2は、中小企業と地域へのキャリアコンサルティング活動の展開である。
現在、300人未満の中小企業でのキャリアコンサルティング実施率は5.2%、NPO活動などの地域活動は7%に過ぎない。最近、中小企業の社長が自らキャリアコンサルタント資格をとり毎日社員と対面している事例などが報道され、われわれに勇気を与える。
これらの事例から、社長と従業員の身近さ、目に見える働く職場、管理の柔軟性、職住接近、子育てのしやすさなどを考えると、私は「キャリアコンサルティングの原点は中小企業と地域にこそある」とさえ考える。
わが国企業の99%、従業員の80%、製造業出荷額の50%、商品販売額の65%は中堅、中小企業によって支えられている。そこで働く労働者のキャリアと人生は、経営者とそこで働くキャリアコンサルタントによって築きあげられるのである。
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第3は、特別に支援を必要とする相談者に対するきめの細かい支援と、そのためのネットワークの構築である。
今日、多くのキャリアコンサルタントは、企業内、就職支援機関、学校の現場で障害者、長期失業者、一部の高齢者、メンタルヘルス不全の相談者と対面し、特別の支援を求められている。従来のカウンセラーは「治すカウンセリング」と「育てるカウンセリング」を唆別する傾向がある。しかし、実際にはこれを峻別することは出来ない。
キャリアコンサルタントは「働く人の予防・衛生に関与し異常傾向や問題を持つ人でさえもその正常性に注目し、その個人が複雑な世界で遭遇する事態に効果的に対処し、自分の道を見いだして行く」ことを支援するのが基本である。キャリアコンサルタントは、まずこのことを認識しなければならない。しかし、同時にキャリアコンサルタントは「出来ないこと、やってはならないこと」はしてはならない。医者、看護師、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーなど他の分野の専門家へのリファー、コンサルテーションを的確に行い、そのために日頃から「ネットワークの構築」に努めるべきである。
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第4は、支援者としての官民を超えた「公」の視点を自覚し、「労働者の人間化」と「快適職場づくり」に貢献すること。
「公(Public)」というと、公務員や公的機関のあり方やセーフティ・ネット、企業のCSR(社会的責任)が論じられるが、キャリアコンサルタントには、官であろうと民であろうと個人と組織の真ん中に立って、どちらにも偏らない「公平なサーバント」という立場を持ってもらいたい。そのうえで内外で永年にわたり構築されてきた「労働の人間化」と「快適職場の構築」に貢献することである。
そのことが、「いつでも、どこでも、誰でもが学べ、やり直しのできる社会」を実現することにつながると、私は長年にわたり提言してきた。
引用・参考文献
- 木村周(2016)『キャリア・コンサルティング─理論と実際』雇用問題研究会。
- 木村周(2010)「すべての働く人たちのためのカウンセリングの再構築」『産業カウンセリング研究』第12巻1号、日本産業カウンセリング学会。
- 下村英雄(2013)『成人キャリア発達とキャリアガイダンス─キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』労働政策研究・研修機構。
2018年12月号(No.701) 印刷用(PDF:570KB)
2018年11月26日 掲載