特集趣旨「この国の労働市場」

日本の雇用・労働のルールを問題にするとき、「アメリカでは」「オランダでは」「スウェーデンでは」といったように諸外国がよく参照される。そして、かの国と似たような制度を日本にも導入できないかという議論になる。だが、当然のことながら、個々の制度が埋め込まれている労働市場の仕組みは異なるのだから、一部分だけをみて模倣しようとしても上手くいくわけがない、という話になる。では、我々は各国の労働市場について、どの程度知っているだろうか。大雑把にでもその全体像を把握しているだろうか。

日本の労働市場については、特段の専門家でなくても、何となくその全体像を思い浮かべることができるに違いない。一般的なイメージを要約すれば「内部労働市場が発達しており、新卒で正社員として採用された労働者は人事異動をしながら企業内で経験を積むことによって能力開発をし、内部登用で役職昇進をしていく。関連して賃金も年功的に上昇していく。その反面、外部労働市場は発達しておらず、新卒で正社員にならなかった場合や中途退職した場合に転職して待遇を上げることが難しい」というものだろう。では、アメリカについてはどうか。「転職が活発」「規制が緩やか」「差別には厳しい」「賃金格差が大きい」等々、個別の情報はよく耳にするが、若者がどのようにして最初の職業につき、どのように能力開発をし、どのように賃金等の待遇が決まっていくのか、そうした労働市場の全体像が広く知られているとはいい難い。たとえていうなら、目の形、鼻の形、耳の形は知っているが、どういう顔をしているのかはイメージできないといったところだろう。他の国についても同様ではないだろうか。本当はその国のことをよく知らないのに、断片的な情報をもとに勝手なお手本を作り上げてはいないだろうか。

そのような問題意識から本号では、初学者向けに、諸外国の労働市場の全体像を読者がイメージできるような特集を組んでいる。取り上げているのは、「アングロサクソン」の代表国であるアメリカとイギリス、「大陸ヨーロッパ」からドイツ、フランス、オランダ、「北欧」のスウェーデン、そして「東アジア」から隣国の韓国である。いずれも日本でよく名前を聞く国である。アメリカについては外部労働市場、オランダは柔軟な働き方、スウェーデンは男女平等といったように各国に関する論文に出てくるキーワードによって、その国の特徴をつかむことができる。さらに、これら各国の解説を第一論文の横断的論考と一緒に読むと、その国の国際的な位置づけがよくわかる。これにより、その国の労働市場の姿を立体的にイメージできるように構成している。

日本の労働市場の今後を考える上で諸外国から学べることは多い。本特集が実りある国際比較研究の活性化に資するものとなっていれば幸いである。

2018年4月号(No.693)

2018年3月26日 掲載