労働政策の展望
日本の産業構造と外部人材

佐野 陽子(嘉悦大学名誉学長)

外部人材と非正規雇用とは違う

正規雇用に対して、非正規雇用が増加し出したのはいわゆるバブルがはじけてからの1995年ごろだった。20%から2013年の36%まで徐々に増え続け、大きな社会問題となっている。ところでこの非正規雇用とは、勤務先でのパート・アルバイト、契約社員・嘱託、派遣社員、「その他」という内容である。このうち、派遣社員というのは派遣法に基づいて働く者で、その割合はきわめて小さい。大きいのは「パート・アルバイト」である。この非正規雇用の調査は、働く人の側から調べるものであるから、勤務先でどのように扱われているかはわからない。つまり、官公庁や大企業が直接雇っているか、あるいは別の雇い主から派遣されているかである。またあるいは、個人自営業主の場合である。

雇用主にあたるものは、企業、官公庁、団体、自営業などがあるが、総称して「企業」と呼ぼう。企業の人材調達方法は、言うまでもなく内部調達型と外部調達型がある。内部人材と外部人材とも呼ばれている。内部人材とは、すでに企業内で育成し調達した人材を利用することで、常用雇用もいればパートもいる。外部人材とは、仕事に応じてその都度契約をしてそのサービスを利用することで、業務委託とか請負と呼ばれている。この外部人材は、仕事を外注するのとは異なり、企業の構内や社屋内で仕事をするのが特徴である。外部人材は、企業とは雇用関係がないので、派遣社員もこのカテゴリに入る。つまり、企業にとって、内部人材は直用であるのに対して、外部人材は非直用ということになる。

先の非正規雇用は、何となく外部人材のような響きがあるが、直用のパート・アルバイト、契約社員・嘱託は直用であり、内部人材である。それに対して派遣社員は、非直用の外部人材である。つまり、非直用であり、構内や社屋内で働く人々は、すべて外部人材ということになる。

すると、非正規雇用のカテゴリの中では、派遣社員のみが外部人材ということになる。しかし実際は、企業が利用する外部人材はとてもそのような数ではなく、どこへ行っても中枢でない仕事場では外部人材らしき人たちが働いているし、中枢においても増えている。これは、多くの場合、請負企業の正規雇用であるかもしれないし、自営業者であるかもしれない。つまり、就業場所と雇用関係がマッチしていないから、外部人材については実情が分からないという状況である。

組織体の人材ピラミッド

どこの工場へ行っても、オフィスに行っても、社員でない人たちが働いていることに気付く。例えば大学のキャンパスでも、教職員や非常勤スタッフのほかに、守衛、食堂、売店、保健、建物や設備のメンテナンスなど大学と雇用関係のない人たちが働いていて教育サービスの生産に寄与している。このような人たちを「外部人材」と呼ぼう。つまり、企業が直接雇用している人たちは内部人材、企業が直接雇用していないが構内で働く人たちは外部人材である。

図1のように、企業の人材ピラミッドを大まかに図示すると、直用の正社員を中心に、それを補佐する直用の非正社員、さらに特定の仕事を受け持つ間接雇用の外部人材から成り立っている。外部人材の仕事は、専門的で特定の技能を必要とする場合もあるけれど、企業の基幹業務でないことが多い。

図1 企業の人材ピラミッド

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このような人材ピラミッドは、産業構造が重厚長大の時代の産物で、その後のサービス経済化やITの目覚ましい発展により、組織はフラット化すると言われたことがある。しかし、呼称は課長からマネージャーと変っても、日本の企業組織の序列意識はいまなおかなり強固であり年功序列の色彩が強い。そして、正社員でない人たちを区別する慣行が残っている。とくに、直用でない外部人材は、人事部や労務課の管理下になく、各部門や物品・購買課の管轄である。つまり建前は、ヒトを使うのでなく、サービスやモノを購入するのである。

外部人材の「またの名」

日本では昔から仕事の外部化が進んでいた。建築業の仕組みなど、江戸時代からあっただろう。明治期の文明開化の時代にも、産業の分業体制は外部化を基本としていたようだ。外部化がもっとも発達していない国は、社会主義国を別にするとアメリカ合衆国だろう。国土が広いから、建設部門を抱えるなど、自前で何でもやらなければならなかった。日本でも人里離れた鉱山などは、自家発電など、初めから自給自足体制であった。

しかし幸いなことに日本の地場産業が発達していたところでは、産業の基盤があるからある程度の分業のメリットを享受することができた。つまり、産業活動をするのに、外部から調達した方が有利な物品やサービスを利用することができたのである。そして外部からのサービスの提供には、人材が伴っていたのである。典型的なのは建築で、企業は通常建築部門を持っていない。構内に建造物を建てたり、その修理やメンテナンスはその都度、建築業者に依頼する。規模の大きい工場などは、ほとんど常時、建設工事がおこなわれている。そのために、構内に常設の現場出張所がある場合も珍しくない。

図2は、仮想の構内図である。このように見ると、研究棟や事務棟も含めて、あらゆる職場に外部人材が働いていることに気付くだろう。外部人材といっても、仕事も人も構外にいる外注は含まれない。構内で働く外部人材は、どれくらいの割合だろうか。このようなデータはなかなか得られない。

図2 製造事業所における構内配置の例

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外部人材の正式の呼称は、「請負労働者」・「委託労働者」であろうが、ここで労働者というのは、親企業でない業務請負企業に雇われている労働者だからだ。総称して、「構内請負」ということもある。自営の場合は、「庸車運転手」「手間請就業者」「音楽家」「芸能実演家」「潜水夫」「コンピュータ技術者」「注文建築コンサルタント」「保険外交員」「研修トレイナー」「在室ワーカー」など多種類がある。(鎌田耕一「委託労働者・請負労働者の法的地位と保護」『日本労働研究雑誌』2004年5月)また、その後、「インデペンデント・コントラクター」や「フリーランサー」というアメリカの用語も輸入された。そのほか、「業務委託員」「個人業務請負」「一人親方」は自営を意味している。また、「営業・販売」「情報処理技術者」「デザイナー」「カメラマン」「出版・マスコミ職」というのも外部人材に多い。

日本はピラミッド型産業構造?

ピラミッド型に組織体が連携している産業の典型は建設業。建設業の「重層下請構造」は歴史もあり有名である。自社のみでは施工できない工事内容であるとか、工期が短くて労務が不足するなどの場合、助っ人を頼む制度である。そして、一次下請けのみならず、二次、三次、四次と垂直的分業が発達しているので、仕事量の変動に応じて労働力を加減できる効率的な制度として根付いた。しかし末端に近いほど、働く人の社会保険や労働保険がおろそかにされ、社会問題化している。外部人材をもっとも活用している業界といえる。

このような重層下請構造が、日本の主力産業のモデルとなっているのは特筆すべきである。製造業のチャンピオン、自動車産業もこの例にもれない。日本の最大企業であり優良企業であるトヨタ自動車も、日本の伝統的な下請け構造の上に成り立っている。下請けは、1次仕入れ先、2次仕入れ先、3次仕入れ先・・・・と大別されている。上にあるほど規模が大きく、完成車に近い製品供給が多い傾向がある。部品の仕入れ先は、次のように多数である。例えば、1次仕入れ先は、デンソー、アイシン精機など、約450社があり、シートなどを供給している。2次仕入れ先は約900社でフレームなど、3次仕入れ先は約3万社でベアリングやバネなどを供給している。(「トヨタを頂点に下請け企業がピラミッド型に連なる」『日本経済新聞』2014年10月25日朝刊より)

もちろん、下請けだからといって外部人材とは限らない。工場の構内で働いているわけではない。大企業を中心として垂直的分業がいかに発達しているかを示すものである。問題となるのは、上位企業からの圧力が順々に下位企業におよぶことで、効率を上げるために小零細企業ほど大きな影響を受ける。代金の支払いが減らされる、遅れることが、死活問題となるからだ。

帝国データバンクの調べによると、トヨタの下請け企業は全国で2万9315社あり、従業員は135万3193人だそうだ。一次下請けが4935社、二次下請けが2万4380社という。

このように巨大な多重下請け構造は、伝統的な製造業にとどまらない。後発のIT業界もしっかりと後を追っている。情報サービス産業は、2011年に11兆、2020年には47兆の市場規模が予想されている。ここでは、設計は上流、実装は下流という関係が出来上がっている。ITゼネコンのピラミッド構造と言われている。実際に働いているエンジニアからは、適切な対価が支払われない、モノ扱いでエンジニアが育たないなど苦情が少なくない。

さらにこのようなピラミッド構造は、サービス産業のチャンピオンであるTV業界でも出来上がっている。キー局の正社員と下請けの制作会社社員とでは、待遇が大違い。どの業界でも親元の組織体の正社員は、下請けの管理監督が仕事であり、二次、三次下請けについても連鎖している。この原型は、官公庁にあるのではあるまいか。日本の公務員の数は、国際的に比較して少ない方だが、実は少なからぬ非正規雇用を活用しているし、派遣社員も多い。そして息のかかった民間企業を育てて中央・地方政府との関係を密に保とうとしている。これは官公庁ピラミッドを意図しているのだろうが、これが病院や学校などの公的組織体に波及し普及しているところは大きい。

問題は?

問題は、日本の雇用構成が官庁統計の語るタテマエと、企業レベルの実態が合致していないこと。企業内・企業間取引はピラミッド構造であるから、法人単位にバラバラにしたのでは実態がわからない。雇用面で企業と企業をつなぐものは、外部人材の活用である。それでは、内部人材と外部人材との選択はどうなっているのだろうか。

古くは、アメリカのイリノイ大学のマーガレット・K・チャンドラー(社会学)がつぎのように指摘している。アメリカのようなドライな国の労使関係は、内部と外部のせめぎ合いをはっきりと白黒をつける。日本のような終身雇用に価値をおく国は、外部人材は内部雇用を守るバッファーとなりやすい。そして、ヨーロッパやソ連邦などの国々は、アメリカと日本の中間に位置するが、その遠因は文化的背景の違いによるという。(Margaret K. Chandler, Management Rights and Union Interests. N.Y.: McGraw-Hill, 1964

日本でも早くから、重化学工業における非正規労働問題が取り上げられた。東京大学の山本潔は、とくに臨時工(パート)と社外工(請負労働者)に注目し、1950年代の本工・臨時工・請負工・貸工の実態を産業別に分析した。しかし問題が、このころよりデータが外部から取り難くなり、表1のような数値がなく、したがって外部人材の実情がよくわからない。協力の得られる企業からのみデータを得て調査研究が続けられた。そしてモデルはトヨタの例にあるように、重層下請構造であった。(山本潔『日本労働市場の構造―「技術革新」と労働市場の構造的変化』東京大学出版会、1967年)

表1 大企業における雇用形態別労働者構成(1957年12月)

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重層構造の原型が日本の建設業にあるということで、北海道大学の木村保茂は、建設業と鉄鋼業との1970年ごろ以降のデータにより、社外工の多能工化が進んだことを指摘した。また、親企業からの出向の増加も企業間のヒエラルキー化を促進させたという。(木村保茂『現代日本の建設労働問題』学文社、1997年)

1980年代から2000年に至る時期には、外注化が進むと同時に社外工比率が増大したことを特記せねばならない。バブル崩壊とグローバリゼーションによる転換期であった。そして社外工の労働は、いまや重筋・高熱ではなく多能工化しているという。(木村保茂・藤澤建二・永田萬享・上原慎一『鉄鋼業の労働編成と能力開発』御茶の水書房、2008年)

先に述べた企業間の重層構造は、トップのトヨタから見たものであるが、社外企業はどれもが親企業に100%依存しているものではない。それゆえ、単純な重層構造を画くのは危険だというのは、慶應義塾大学の渡辺幸男である。渡辺はさらに、地域を受け皿とする企業間取引を強調している。(渡辺幸男「日本の機械工業の社会的分業構造」(上)『三田学会雑誌』82巻3号、1989年10月)

また、再び木村保茂は、1965年に操業を開始した新しい製鉄所では、社外工制度をコスト切り下げやバッファー的なものから、永続的・分業関係的な取引に転換した、と述べている。(木村保茂「鉄鋼業の社外工制度と社外工労働」『北海学園大学経済論集』53巻3号、2005年12月)

さらに新しくは、京都大学の宇仁宏幸は1990年代以降の製造業の雇用形態の問題として、企業内の正規労働とパートタイム労働との補完性および正規労働と派遣・請負労働との補完性を指摘し、企業間分業の構造を明らかにすべきことを強調している。(宇仁宏幸「日本製造業における企業内・企業間分業構造の変化―非正規労働補完説批判」『進化経済学論集』第13集、2009年3月)

このように見ると、トヨタのようなピラミッドが日本の産業を覆っているというより、いまや企業間取引はもっと柔軟であり、複雑であり、水平的要素があり、外部人材の役割も企業の中枢に迫っていると思われる。図2の構内で働く外部人材の割合は、高度経済成長期でも50%はいたと思われるが、今やそれをはるかに上回っているだろう。1950年代から今に至るまで、外部人材の活用は進化しているものの退化する気配はない。そしてなお、景気変動のバッファー(緩衝材)的役割も荷っている。

むすびに代えて

とはいうものの、日本の長期的雇用制度を背景として、日本の産業構造の大企業をトップとするヒエラルキー型は、製造業では企業内・企業間分業を近似しているようだ。多くの学説ではあまり指摘されていないが、長期雇用と同じく企業間取引も長期・安定的である。親会社は下請け会社の面倒を見ることをよしとする面がある。これは、仕事がなければ雇用関係も取引関係も止めて当然というアメリカ型とは明らかにちがう。海外でもアウトソーシングが普及しているが、日本のように徹底した企業間取引関係はあまりないようだ。

ただし、これまでの調査研究が製造業にこだわっているのは理解に苦しむ。パターンセッターであると思われる官公庁の実態は、一般に調査の対象になっていない。また、第三次産業のあらゆるセクターが外部人材を活用しているが、やはり上記のようなヒエラルキー型ではあるまいか。そうでないのは、企業家精神を発揮して、ITなど新しい分野で起業するスモールビジネスくらいかもしれない。


※本稿は『日本労働研究雑誌』No.654に掲載された「日本の産業構造と外部人材」(「労働政策の展望」欄)に一部加筆等したものです。

2015年1月号(No.654)

2014年12月25日 掲載