特集解題「構造的失業とその対策」

2003年7月号(No.516)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

そもそも「構造的失業」はどう定義されるべきなのだろうか。玄田・近藤論文「構造的失業とは何か」は、「構造的失業は、労働需要の不足が経済構造を持続的に変化させることから生じる失業」と定義している。これは、ベヴァリッジが構造的失業を「一国の主要な経済構造に影響すると見做されうるほどの大きな需要の変化を通じて、特定の産業もしくは地方に生ずる失業」と定義したものに、動学的な観点をより重視した形でとらえ直したものである。玄田・近藤両氏は、構造的失業は需要の変化を発端とする経済構造の永続的変化によって誘発される失業と考えて、需要不足失業と排他的なものではないとしている。彼らは、「希望する仕事がない」といったミスマッチと需要不足の両面を持つ失業が、1999年以降、顕著に増加していることを見いだし、就業への「希望」形成に持続的な影響を与える構造変化の解明が、失業問題の考察には不可欠となると主張している。失業者の仕事への希望が、本当に合理的に形成されているのか、そうでないとすれば、どうすれば合理的に形成されるのかを明らかにすることが、本当の意味での構造的失業対策になる。

産業部門ごとに異なるショックが発生することが産業部門の労働移動を引き起こし、労働移動に伴う失業の発生が失業変動の原因であろうか。それとも、失業率の変動は全産業に一様に生じたショックによって引き起こされるものなのだろうか。この点についてLilien(1982)は部門別の需要ショックを測る指標(Lilien指標)を提唱しアメリカの失業率が部門間移動によってかなり説明できることを示した。坂田論文「人的資本の蓄積と部門間移動仮説:若年層と高齢層への影響」は、改善されたLilien指標で年齢階層別の失業率の動きを最新の計量経済学的手法を用いて分析している。部門別ショックは、長期的な失業率の水準に影響を与えないことが示されている。また、Lilien指標は若年層の失業率には、短期的な影響も与えないが、55-64歳層の失業率には短期的に影響を与えることが示されている。さらに、不況期においては部門間移動の失業率に与える影響が大きくなることが示されている。

太田・照山論文「フローデータから見た日本の失業」は、失業率上昇の背景を、労働市場の動態的な動きを分析することで明らかにしている。失業率は、労働力人口に占める失業者の割合というストックの比率で示されると同時に、(今期の失業者数)=(今期新たに失業者になった者の数)-(今期失業者でなくなった者の数)+(前期の失業者数)、というフロー量でも示すことができる。失業への流入確率が上がると失業率は上昇し、失業からの流出確率が上がると失業率は低下する。太田・照山論文は、『労働力調査』の特別集計を行うことにより1980年から2000年という長期間にわたる労働市場のフローデータを作成し、1990年代における失業率上昇の背景に、失業への流入確率の上昇と流出確率の低下があることを明らかにした。すなわち、失業率上昇は、自発的な転職の過程で生じる失業というよりも、雇用機会の創出がないことか、ミスマッチの増加が原因となっている。また、男性就業者が失業する確率の産業間、規模間格差は拡大傾向にあること、失業者の再就職先の労働条件は労働市場の逼迫度と逆相関していたことも明らかにされている。

構造的失業が高まってきたことに対し、日本政府はどのような構造的失業対策を取ってきたのだろうか、これからどのような対策をとろうとしているのだろうか。この点を紹介したのが、大竹論文「日本の構造的失業対策」である。戦後直後の一時期を除いて低い失業率が続いてきた日本では、1990年代半ばまで積極的雇用政策が注目をあびることは少なかった。それでも、戦後の日本経済の中で失業対策が大きな政策課題になったことは過去何度かある。第1に、終戦直後の高失業率時代である。第2に、炭坑離職者に対する失業対策である。第3に、第一次石油危機後の失業対策がある。第4に、1998年から急増した失業者に対する失業対策としての5回にわたる雇用対策である。第5に、不良債権処理に対応するための雇用対策が2002年から2003年にかけて行われた。大竹論文は、これらの雇用対策の概要と最近の変化についてまとめている。

それでは、構造的失業における先進国とも言える欧州諸国では、どのような構造的失業対策が行われてきたのであろうか。浜口論文「EUの雇用戦略」が、この点をあきらかにしている。浜口論文では、まずEUの雇用失業状況の近年の動きを概観し、1990年代後半から構造的失業率が着実に下がってきていることを確認する。その上で、この時期に進められたEUレベルの雇用に関する政策協調としての欧州雇用戦略の進展が述べられ、それが狭義の失業対策から「社会的統合」をキーワードにした就業率の向上を目指す労働力活性化政策に転換してきていることを示している。構造的失業対策の効果として、欧州委員会は、(1)職業訓練は労働市場に再参入する特定グループには有効であること、(2)雇用への補助金は、公的部門よりも民間部門の法が効果的、(3)自営開業援助は適用範囲は限定的だが有用、(4)個人別プログラムは有効だが、集団的プログラムは効果が乏しい、と報告している。さらに、生涯学習、起業家精神、適応能力および男女均等などの政策領域を概観し、新たなテーマとしての「仕事の質」について言及している。最後に、最新情報として、2003年に始まる第2 期欧州雇用戦略の方向性にも触れている。

長期失業の増加の影響として、犯罪や精神疾患の増加という問題がしばしば指摘される。津島論文「失業・犯罪・年齢」と久田・高橋論文「リストラが失業者および従業員の精神健康に及ぼす影響」である。

津島論文は、「犯罪は失業に連動しているのか?」、「失業が増えると犯罪は増えるのか、減るのか、それとも関係ないのか?」、「もし連動するのであれば、両者に時間のずれ(タイムラグ)はあるのか?」、「年齢は関与してくるのか?」といった問いかけについて社会学の立場でマクロ的視点から検証している。年齢別の時系列データを用いた実証研究の結果、次の3点が示されている。(1)失業は、暴力犯罪(傷害)より、財産犯罪(とくに強盗)の発生に正の影響を与える、(2) 失業の財産犯罪への影響は、主として短期的(同年、1年後まで)である、(3)失業の財産犯罪への影響は、年齢が上がるにしたがって大きくなる。経済学的な立場での検証も含めて、今後この分野は重要な研究テーマとなっていくと考えられる。

久田・高橋論文は、リストラによる失業者に対する面接調査と質問紙調査、さらには中堅規模の保険会社の従業員を対象とした質問紙調査の結果をもとに、リストラないしその風潮が失業者や現役従業員の精神健康に及ぼす影響とその関連要因に関して検討している。その結果、精神健康調査票(GHQ)によって測定したリストラ失業者の精神健康はかなり深刻な状態であることが示されており、経済的なゆとり、会社との精神的な距離、家族や友人からのサポートが失業者の精神健康に関連する要因として指摘されている。また、将来リストラの一環として解雇されることがあると思っている者は、そう思っていない者と比較して精神的に不健康であることが明らかにされている。久田・高橋両氏は、経営者は、管理職を中心とした従業員に対して、健康教育、ストレス・マネジメント講習、従業員支援プログラム(EAP)等の予防的介入にもっと積極的になるべきだと指摘している。

責任編集 荒木尚志・大竹文雄・玄田有史(解題執筆 大竹文雄)