特集解題「企業と雇用の再出発」

2003年1月号(No.511)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

本号の特集テーマの選定にあたり、編集委員会には多少、困惑があった。テーマは「企業と雇用の再出発」であるが、事実上、倒産・廃業とそれに伴う労働問題である。未来への明るい展望を語ることが期待される新年号を飾るには、あまりにふさわしくないテーマではないか。

1997年以降、企業の大型倒産が発生し、それと肩を並べるようにして失業率も急増するなど、倒産・廃業のもたらす不安感は大きい。統計的にも倒産件数や倒産に伴う負債総額は増加の一途を辿っている。今後、建設、製造、流通分野を中心に不良債権処理の加速による離職者の大量発生の可能性は高い。

しかし倒産や廃業に対して恐怖を感じるだけで、実態とその影響を直視せずにその後の展望が描けるはずもない。日本経済の再生ならびに新たな雇用環境を模索する上で清算や再建、私的整理、営業譲渡が雇用者にいかなる影響を及ぼし、どのような課題をもたらすかを理解することは不可欠である。

そう考えると、未来や将来を語るべき新年のテーマとして、倒産や廃業について冷静な議論を積み重ねることはまさに適した選択であるともいえる。

しかし、緊急で重要な課題にもかかわらず、倒産や閉鎖に伴う雇用・労働問題の検討は、本特集の執筆者の一人である毛塚氏が指摘するように「出遅れた」感が否めないのも事実である。

理由の一つは、民事再生法の施行、会社更生法の改正の見込みなど、会社整理の法的枠組みの変更が近年、急速かつ大幅になされたため、それが与える実態影響の把握が十分でないことである。もう一つの理由は、データ上の問題にある。存続している事業所や新たに設立された企業であれば、会社や働く人々が「そこに存在する」ため、調査しようと思えば調査は可能だった。しかし、事業が消失してしまい、雇用者や経営者がいなくなってしまうと、閉鎖や倒産前後の状況を事後的に知ることはきわめて困難である。今回の特集ではこれらの困難の克服を試みながら、従来にない視点からの詳細な研究と紹介が並んでいる。

毛塚論文「倒産をめぐる労働問題と倒産労働法の課題」は、法制度の変更に伴う会社整理のあり方を類型化した上で、それぞれの労働債権、雇用確保、労働条件の変更に与える影響を、法律に門外漢の労働研究者にも認識できるよう工夫しながら論じられている。

精算型が中心であった時代の倒産では、労働法的には労働債権の確保こそが中心的課題だった。それが民事再生法の制定や会社更生法の改正などを通じて再建型の倒産が増加すると、事業の再構築のなかでの実質的な雇用確保の重要性が増してくる。そこでは同時に、人員整理の必要性に対する公正な遂行のあり方や、不可避的に生じる労働条件の変更などに対する労働者の権利の確保が問われている。

毛塚論文では、多様な倒産の形態とその手続きのなかでも、一環して労働者および労働組合の関与を確保する配慮の必要性と重要性が指摘される。倒産法制の見直しのなかで、労働組合等の一定の関与が認められていることに毛塚氏は一定の評価を与える一方で、なお「十分とは言い難い」と結ぶ。後述の八幡氏による紹介とも関連するが、労働権の確保と倒産手続の円滑化の両方のためにも労動者や労働組合に対する情報や関与の機会の提供の充実が望まれる。さらに営業譲渡に伴う労働者の関与に改善の余地が大きいという指摘も重要である。

松繁論文「大手証券倒産後の再就職」と竹内論文「廃業経験者による開業の実態」は、ともにきわめてユニークな調査からもたらす経済・経営分析の論文である。松繁論文では、1997年当時、日本社会を揺るがしたといっても過言でない大手証券会社の倒産(自主廃業)によって職を失った人々の再就職の過程を追跡したものである。

経済学では、しばしば「レモン」という言葉が登場する。「レモン」の中身が新鮮であるかどうかは、レモンを売る当事者しか知ることはできず、買おうとする人々にとっては表面だけではその鮮度はわからない。このような情報の不完全性から市場に非効率が発生させる財を、ノーベル経済学賞を受賞したジョージ・アカロフはレモンと呼んだ。

「レモン」の問題は、転職の分析にも応用されてきた。自己都合から転職をする人々のなかには、生産性の低い人が多い可能性がある。生産性が高ければ、会社としても定着を望み、自己都合による転職を阻止する。反対に自主的に転職をする人には、会社の引きとめもない生産性の低いレモンが多くなる。

それに比べ、倒産で転職を余技なくされた人には生産性の高い人も含まれ、自己都合者に限定したときのような生産性のバイアスがない。倒産によって同一の会社から再就職をすることになった人々のデータからは、この種のバイアスから解放された転職過程の分析が可能になる。

松繁論文にはいくつもの重要な実証結果が含まれるが、特に興味深いのは、能力分布のバイアスを制御すると、年齢が高まるほど転職が困難になるという関係は観察されないという結果だろう。通常、年齢が高いと転職が不利になるといわれるのは、年齢という生物学的な衰えの問題ではなく、保有する能力が市場の要求に合致していない高齢者の存在による言説であることが示唆される。年齢そのものは再就職の壁ではないことを、倒産からの再就職に注目したデータから明らかにしたこの研究は、倒産の分析に限らず、転職のメカニズムに関する発見として、今後注目を集めるだろう。

続く竹内論文で用いられたデータも、松繁論文に劣らず、ユニークな内容を含んでいる。国民生活金融公庫総合研究所では毎年、「新規開業実態調査」を行っているが、2001年には新たに「2度目の開業に関するアンケート」を実施した。そこから得られた結論は、通常言われる多い「日本は失敗した人が再挑戦しにくい社会である」という指摘をくつがえす。

初めて開業した人に比べ、2度目の開業を試みた人は、経営も手堅く、過去の失敗の経験も生かしながら、業績も順調なことが多い。問題は再挑戦しても成功できないことでなく、開業に失敗した時点で撤退のタイミングを逸した起業者に再挑戦の機会が遠のいていることだという。竹内論文は、撤退を余儀なくされた時点で、取引や資金調達の相手に対して出来る限りの対応を試みた経営者には、再挑戦の機会は与えられていると指摘する。

起業家セミナー、起業を勧める書物、起業の成功事例といった情報は、枚挙に暇ない。しかし開業に真に必要なのは、開業後に起こりえる失敗の類型化とリスクの中身に関する事前情報の十分な提供だという竹内氏の主張には説得力がある。

最後に、百貨店、スーパーなどの流通サービス産業の労働組合が、拡大する倒産や人員整理のなかで、どのように対処しているのか、その内容を八幡次郎氏にご紹介いただいた(「倒産に対する労働組合の現状と対応と今後の課題」)。

不良債権処理の加速によって流通業界はさらに厳しい雇用状況におかれる可能性があり、雇用機会を確保していくために、労働組合の役割は大きい。そこでは労働債権の確保に加え、毛塚論文で指摘されたような、倒産に対する企業側への情報公開、実効性のある事前協議の要求など、労働組合の積極的関与を求める姿がうかがえる。

さらに再建が必要になった後だけでなく、平常時における労使協議制や経営対策活動を通じて、経営の方針や計画へのチェックを重視している姿勢も、その重要性が増す。

「企業と雇用の再出発」のための課題は多い。だがいずれにせよ重要なのは、再出発の原因となった事象とその背景の冷静な考察であることは間違いない。近年、「失敗学」に注目が集まるという。過去の倒産や廃業からの教訓やについて、社会全体で広く共有できる体制づくりが企業と雇用の再出発を成功へと導くには欠かせない。

責任編集 玄田有史・藤村博之・渡邊博顕(解題執筆 玄田有史)