特集解題「公務員制度の改革と展望」

2002年12月号(No.509)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

2001年12月に,「公務員制度改革大綱」(以下,「大綱」)が閣議決定された。これにより,公務員制度は,組織・制度面の改革に続いて,公務員という人的な面での改革が進められることとなった。従来,労働研究という観点からは,公務員部門は,その特殊性ゆえ,民間部門と切り離された独立した研究領域とされることが多かったように思われる(法律学でいえば,公務員の勤務関係は労働法の対象領域ではなく,行政法の対象領域とされてきた)。しかし実態面では,公務員の雇用システムは,終身雇用や年功型処遇を特徴とする民間部門の雇用システムと共通性を有しているし,他方で,「大綱」で示されている能力主義の流れは,民間部門で急速に広がりつつある新たなトレンドとの共通性を有している。このようにみると,公務員制度がどのように変わろうとしているかを検討することは,「労働」に携わる者すべてにとって関心をもつに値するテーマと思われる。

そこで,日本労働研究雑誌では,公務員制度改革(地方公務員制度改革も含む)を特集のテーマとし,経済学,行政学,法学(行政法),労使関係のそれぞれの専門家の立場から多面的に論じてもらうこととした。

猪木武徳「論点を整理する-経済学的視点から-」は,労働経済学の視点からみた,公務員制度に関して検討すべき重要論点について検討している。第1に,公務員の量的問題について,予算規模と人的資源(公務員数)の量的把握の重要性を指摘する。第2に,公的部門の人材の質的問題について,高度な専門性をそなえたうえに,長期的利益や公共の利益を考慮する人材の必要性を指摘する。猪木氏は,この点につき,公務員スキャンダルの残した禍根(エリート公務員の離職の増加)を憂いながら,官僚機構の資産的価値を冷静に再検討すべきと主張する。第3に,人材の配分のメカニズムについて,「天下り」の問題を指摘し,それには功罪両面があるものの,公務部門に有能な人材を集めるためには,「天下り」をなくすだけでは不十分で,公正な評価と結びついた選抜・昇進システムを構築することが必要であると述べる。

稲継裕昭「公務員制度改革の背景と今後」は,行政学の立場から,公務員制度改革について検討する。稲継氏によると,現行の公務員制度の特徴としては,「制度趣旨と運用実態との乖離」,「クローズド・キャリア・システムと譲歩したエリート主義」,「遅い昇進システムと積み上げ型褒賞システム」,「人事管理の各省分権と各省内における人事集権,労働基本権制約と人事院制度」が挙げられるとし,「大綱」は,これらの特徴に大きな変化をもたらさないと述べる。その理由は,「大綱」では,現行の運用実態にあわせる形で制度改革が行われようとしており,とくに昇進,給与,人事管理などは各省の運用にゆだねられる部分が少なくないからであり,結果として,この改革は「人事院の権限縮小という1点のみにポイントを絞った改革になる可能性を持っている」と指摘する。

下井康史「公務員法と労働法の距離-公務員身分保障のあり方について」は,行政法の立場から公務員の身分保障について論じている。下井氏は,民間労働者の解雇権濫用法理の下での雇用保障と公務員の身分保障との違いについて,公務員の身分保障は,政治的情実による不利益処分を排除して,公務の中立性や能率性を守るためにあるものであり,成績主義原則と一体のものである,と指摘する。そのうえで,「大綱」において能力主義の徹底が図られようとする反面,それと一体であるべき「身分保障」への言及がまったくないのはバランスを失していると批判する。では,公務員の「身分保障」はどうあるべきか。下井氏は,実態としての「キャリア・システム」(稲次論文でいう「クローズド・キャリア・システム」に相当する)を維持したうえで,能力主義を徹底させるシステムをとるためには,フランスの制度を参考にして,「身分と職の分離」,「昇進制度の整備」,「不利益処分手続の充実」が重要であると主張する。

中村圭介「教育公務員の制度改革を考える-教育社会学者との対話を通じて」は,同氏が岡田真理子氏と執筆した著書『教育行政と労使関係』に対する教育社会学者からの批判に答えるものである。中村氏は,教育公務員の現場では「階層構造」と「制度の混乱」があり,前者のもつ危険性を避けながら,後者を是正するためには,「『あるべき教育像』,『あるべき教師像』といったイデオロギーからいったん離れて,学校で働く教職員たちが,仕事に真剣に取り組め,能力向上,モラールアップがはかれるようなルールはいかなるものかを,労使間で真摯に議論することの重要性を認識することである」と主張する。そして,報酬や労働時間などを労使間における重要問題と認識しない教育社会学者からの批判について,それは批判者の意思に反して「教師聖職論」に立つものとなっているとして反批判を加えている。

前浦穂高「地方公務員の昇進管理-A県の事例を中心に」(投稿,研究ノート)は,地方公務員の昇進管理の実態について,事務・技術別の昇進管理が行われているということを明らかにし,キャリア・システムないし学歴重視の人事管理が行われているという一般的通念に疑問を提起している。

本特集号では,労働法の観点からの論文は掲載されていないが,最後に,労働法の観点から,公務員制度に関する基本的な論点のみ指摘しておきたい。一つは,公務員の身分保障である。その内容は,下井論文で説明されているが,猪木論文でいう「job security」や通常言われる「雇用保障」という意味での「身分保障」についても気になるところである。法律上は,公務員にも一種の「整理解雇」(過員などによる分限免職)はありうるものの(たとえば,国家公務員法78条4号),この制度は実際には機能していない。公務員の「雇用保障」のあり方をどう考えていくかは,民間部門における解雇法制をめぐる動きとも関連して注視すべき論点であろう。

もう一つは公務員の労働基本権という古くて新しい問題である。公務員は憲法28条の「勤労者」であることは認められていながら,労働基本権の制限は合憲とされている。今から4半世紀前に確立した判例(全農林警職法事件判決)の論理は,今日でもなお説得力を有するものであろうか。公務員の労働基本権の問題は,ややもすれば政治的な動きに左右されがちとなるが,(争議権制限の代償としての機能をもつ人事院制度の改革の動きもにらみながら)「理論」的に再検討する時期に来ていると思われる。

今後は,以上の問題もふまえて,公務部門の「パブリック・ガバナンス」の中での公務員制度のあり方を検討していくことが必要であろう。公務部門では,誰のどのような利益をどのような形で実現していくのか,そのような中で,公務員の「勤労者」たる地位をどのように位置づけていくのか。このような検討作業を進めていくと,そもそも公務員ないし公務の特殊性とは何なのか,民間部門との違いは何なのか,という根本的な問題にも直面することになるであろう。そこでは学際的な研究が必要となろうが,その際は「相互に理解可能な用語と論理」(中村論文)が不可欠の前提となろう(たとえば,「キャリア(システム)」や「身分保障」という用語は必ずしも一義的ではないように思われる)。

責任編集 大内伸哉(解題執筆 大内伸哉・大竹文雄・中村圭介)