資料シリーズ No.192
企業内プロフェッショナルのキャリア形成Ⅱ
―社外学習、専門職制度等に係るインタビュー調査―
概要
研究の目的
知識基盤社会への変化が進む中、プロフェッショナル人材の育成の必要性が提言されてきたが、能力開発基本調査によると、人材育成に問題ありとする企業や主体的なキャリア開発に問題ありとする労働者がともに7割に上るなど課題がみられる。
最近の労働経済白書においても、労働生産性向上に向けた課題として、企業が行う人的資本投資や自己啓発に注目し、独米と比べて人的資本投資が少なくなっていることや、自己啓発の実施割合の伸び悩みが指摘されている。
これらの分析は、企業内プロフェッショナルにも当てはまるものと思われるが、これまで企業内プロフェッショナルの人的資本投資や自己啓発に関する研究の蓄積はあまりなされてこなかった。
このため、本研究は、企業内プロフェッショナルに焦点を当て、その人的資本の蓄積、自己啓発、専門職制度等の現状と課題を明らかにする。
研究の方法
本研究では、定量調査として、労働政策研究・研修機構(2016年)「働き方のあり方に関する調査(労働者調査)」のデータを用いて、自己啓発の職種別分析を行った。また、インタビュー調査(質的調査)として、①民間ビジネススクールの受講者を対象に、企業内プロフェッショナルやそれを志向する者の社外学習の機会として、民間ビジネススクールの活用の可能性を調査するとともに、②企業側担当者、企業内プロフェッショナルを対象に、企業内プロフェッショナルの人的資本の蓄積および専門職制度の有効性と課題を調査した。
主な事実発見
Ⅰ.職種別の自己啓発の状況(第1章)
- 自己啓発を行っている割合は高い順に、「医療・介護、教育関係の専門職」(46.0%)、研究、技術、開発、設計等」(37.8%)、「総務、広報、人事・労務等」(34.9%)。事務系の職種の中では、「総務、広報、人事・労務等」や「会計、経理、財務、法務等」が、「その他の一般事務等」よりも自己啓発を行っている割合が高いが、それだけ高い専門性を求められていることが考えられる(図表1)。
- 自己啓発の方法として多い順に、「自学・自習」(65.3%)、「その他の講習会やセミナーの傍聴」(28.1%)、「自主的な勉強会や研修会への参加」(27.9%)、「通信教育の受講」(23.4%)。「公的な職業能力開発講座の受講」は6.7%と少ない。「大学・大学院の講座の受講」はさらに少なく1.9%。
- 自己啓発を行う上での課題では、職種間で大きな違いはみられず、「時間の確保が難しい」(55.6%)と「費用負担がかかる・大きい」(33.1%)で大部分を占めた。
Ⅱ.民間ビジネススクールによる企業内プロフェッショナル育成の可能性と課題(第2章齊藤論文)
民間ビジネススクールの一つであり、企業内プロフェッショナル職種に関連性が深いと考えられる領域で先端的な学習プログラムを幅広く開講している慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)の受講者を対象にインタビュー調査を行い、そのデータを分析した。
- 慶應MCCは、経営企画職や人事・人材育成職の企業内プロフェッショナルの学習の場として機能している反面、マーケティング職の企業内プロフェッショナルの専門性を深める役割は、マーケティング領域に特化して教育・研究事業を行う専門団体にて行われている可能性がある。また、次世代を担う経営リーダー(経営のプロ)を志向する者にとって有益な学習の場になりうる。
- 調査対象者10名(A~J)のインタビューデータの定性的コーディングにより、五つの学習効果が確認され(図表2)、こうした効果が異業種の社員との豊富なディスカッション等によってもたらされていることがインタビュー内容から示唆された。
資料出所:本文図表2-8より。
- 慶應MCC運営事務局からの聞き取りでは、慶應MCCでの学習を契機に、さらに大学院での体系的・発展的な学習を目指す者の存在も確認でき、民間ビジネススクールは社会人大学院(MBA プログラム)の潜在的な顧客層を開拓している可能性も示唆される。
Ⅲ.企業内プロフェッショナルの人的資本の蓄積、および専門職制度の有効性と課題(第3章石山論文)
分析は、調査対象者24名(A~X)のインタビューデータの定性的コーディングにより行った。
- 企業内プロフェッショナルの技能の育成は、OJT、Off-JTという従来型の枠組みだけでは不十分である。すなわち、企業内プロフェッショナルの技能は、「経験領域の統合による全体観」と「ハイジェネリックスキル」に大別できるが、その技能は、「複数領域での経験、ローテーション」、「社内での逸脱行動」、「暗黙知をはらむ社内人脈の構築」、「社内塾、マネージャー活動」、「社外最新情報(形式知)の収集」、「暗黙知をはらむ社外人脈の構築」、「社外専門職集団との交流」などの経験により培われている。このうち「複数領域での経験、ローテーション」は従来のOJT、「社外最新情報(形式知)の収集」は従来の自己啓発に該当するが、その他の経験は従来のOJT、Off-JTの育成枠組みでは捉えきれていない内容である。
- 企業内プロフェッショナルにおける専門職集団への準拠性、職業倫理、役割コンフリクトについては、一部の例外を除き、専門職集団への準拠性、職業倫理を強く有さない。その理由として、プロフェッショナルが社外の学習資源の必要性を認識していないことや、組織全体の離職率が低いことが考えられる(図表3参照)。
資料出所:本文図表3-3より。
- 調査対象各社の専門職制度は、高度専門職の任用を厳格に行っており、専門職が管理職になれなかった者の処遇の仕組みと認識されない制度にしている。専門職制度が効果を発揮するには、専門職が孤立してしまわないように、常にラインと交流する工夫を埋め込む必要がある。具体的には、ラインからの限定的なリソース(人材・資金・設備など)を高度専門職に付与する、高度専門職が試行的に行うプロジェクトには、リソースを付与し高度専門職をプロジェクトリーダーにするなどの工夫である。
- プロフェッショナルはエキスパート比較して、事業目標への貢献意識が存在し、広い専門領域に基づくハイジェネリックスキルを有している(図表4参照)。
資料出所:本文図表3-9より。
政策的インプリケーション
- 第2章(齊藤論文)から
- 我が国のビジネススクール(大学院)の中心が「総合型MBA」であり、諸外国のビジネススクールに比べて学位の修得と特定職種の結びつきが高くはないことを踏まえると、人事・人材育成、マーケティングなど、特定職種に関する専門知識を深く習得する際には、総合的なビジネススクール(大学院)を活用するよりも、特定職種の教育に強みをもつ民間ビジネススクールや専門団体を活用した方が、教育効果が高い可能性がある。
- 今回の調査で確認された学習効果が、異業種の社員との豊富なディスカッション等によってもたらされていることが示唆されたことから、次世代リーダー(経営のプロ)の育成に取り組む際には、それを自社内だけで完結させるのではなく、民間ビジネススクール等を活用した社外学習の場などを設定し、他社の次世代リーダー候補者とのディスカッションの機会を盛り込むなどの工夫も有用であると考えられる。
- 民間ビジネススクールが社会人大学院(MBAプログラム)の潜在的な顧客層を開拓している可能性も示唆されることから、優れた経営教育を行う民間教育機関と国内の社会人大学院(MBAプログラム)と単位互換を前提とした連携を図るなど、社会人が大学院にチャレンジしやすい環境の整備が求められる。
- 第3章(石山論文)から
- 企業内プロフェッショナル(関連する領域を経験し、ハイジェネリックスキルを習得し、事業目標への高い貢献意識を持つ)を人材育成の目標に設定することにより、より多くのプロフェッショナル人材を効率的に育成できる。
- 「社内での逸脱行動」と「社内外の人脈構築による暗黙知の獲得」を可能にする企業文化の維持が必要である。
- 社外の専門職集団の組織化のための公的な支援が必要であり、公的な職業能力開発において、専門職集団の形成支援をメニューに加えてはどうか。
- 高度専門職の担当業務をライン業務と必要以上に分離せず、ライン業務と密接な関係を維持する方向で高度専門職を設計する必要がある。
- 受講日の残業免除や受講費用の補助があれば、さらに民間ビジネススクールの利用が進むと思われるので、事業主の取組みの拡大が望まれる。
- 慶應MCCの学習プログラムは、雇用保険の教育訓練給付の対象講座に指定されていないが、教育訓練効果の高い民間ビジネススクールの講座については、習得目標や成果についての一層の客観化が図られた上で、指定基準を緩和して対象講座に指定することができれば、費用負担の軽減につながる。
政策への貢献
専門実践教育訓練指定講座の見直し、専門職集団の育成等において活用が期待される。
本文
本文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。
- 表紙・まえがき・執筆担当者・目次(PDF:591KB)
- はじめに(PDF:610KB)
- 第1章 職種別の自己啓発の状況(PDF:538KB)
- 第2章 民間ビジネススクールによる企業内プロフェッショナル育成の可能性と課題(PDF:833KB)
- 第3章 企業内プロフェッショナルの人的資本の蓄積、および専門職制度の有効性と課題(PDF:1.3MB)
- 終章 提言と今後の課題(PDF:506KB)
研究の区分
プロジェクト研究「生涯にわたるキャリア形成支援と就職促進に関する調査研究」
サブテーマ「生涯にわたるキャリア形成支援に関する調査研究」
研究期間
平成27年9月~平成29年3月
研究担当者
- 上市 貞満
- 労働政策研究・研修機構 統括研究員
- 齊藤 弘通
- 産業能率大学 経営学部 准教授
- 石山 恒貴
- 法政大学大学院 政策創造研究科 教授