資料シリーズ No.122
企業の海外事業展開の雇用・人材面への影響に関する調査
~ものづくり産業を中心に~

平成25年5月31日

概要

研究の目的

円高の進展等を背景に企業の海外事業展開が進展し、今後もその動きが拡大することが見込まれる。海外展開については、その成果を評価する論調がある一方で、事業基盤の空洞化や雇用への影響も懸念される。そこで、海外事業展開によって成果をあげている企業の展開決定要因と現状及び今後、また、その影響(特に雇用・労働面)について、ミクロ(現場サイド)の面から明らかにする。

研究の方法

企業と業界団体等に対する聞き取り調査を実施した。海外でも国内と同じように製品を製造し、かつ、海外と日本との間の国内社員の行き来が活発な企業でないと人材面での影響が測れない点等を勘案し、調査対象として製造業を選定。なかでも古くから海外事業展開する企業が比較的多い自動車、電機、機械の各業種から対象企業を選ぶこととした。最終的に、企業6社及び業界団体など3団体に対してヒアリングを行った。

主な事実発見

(1)海外事業展開の動機

調査した企業のなかには、当初の進出形態について「単独型」もあれば「取引先に同調型」もありさまざま。ただし、進出形態にかかわらず、進出後は「現地での取引を拡大させていかなければならない」という意見で一致。海外展開の理由も「海外市場が拡大しているから」とのコメントが多い。

(2)海外進出と国内雇用

海外での取引が増えるほど、国内の仕事も増えていく(国内雇用が減ることはない)というコメントが多く聞かれた。生産技術者などの拠点立ち上げ要員や技術指導要員、品質管理要員、マネジメント要員など、むしろ国内要員が必要になるケースも。海外での取引が、国内での取引拡大につながるケースもある

(3)国内と現地でのビジネスの関係、役割区分

海外での事業と国内事業は代替関係にあるわけではなく、例えば、現地の製造拠点は現地の需要に対応しているなど、役割分担ができあがっている。自動車の国内と現地の設計・開発部門の役割分担をみると、ヒアリング企業では国内が中心的な機能を依然として有している。

(4)海外展開によるプラスの効果

現地(マーケット)の成長を取り込むことができ、取引も拡大する。人材面では、事業の幅が海外にまで広がり、個人の仕事の幅も広がるので、国内従業員の成長につながるとの見方がある。国内での人材獲得力の強化につながったと認識する企業もあった。

(5)人材面での示唆

海外に派遣させる人材の選考では、積極性を評価する企業が多い。現地では、現地に合った人材育成が必要であることや、現地人材の育成には時間がかかることなどが示唆された。ある企業では、海外派遣と人材育成をリンクさせて、ある程度、計画的に海外への長期出張・赴任を実施している。

(6)海外展開に向けた人材確保。育成面での具体的な取り組み事例

多くの企業が、新卒採用人材は当初からグローバル要員と位置づけている。管理職では、大手を中心にグローバル人事格付け制度やグローバル対応の幹部教育体制の整備などが進んでいる。

(7)海外展開に伴う人材面での課題

急速な海外展開による国内の要員不足を指摘する企業もあった。また、現地の経営については、積極的に主導権を現地にシフトさせることを進めているが(経営の現地化)、企業統治や製造レベルの維持などの面で、それに伴うマイナス面もあり、そのジレンマの状況におかれることも。

(8)国内空洞化懸念への見解

国内で製造していた製造ライン(国内で行っていた事業)について、国内を閉鎖し、それを海外に移管するという意味で空洞化を捉えるならば、今回の結果からは、海外展開が進展すると空洞化が進むという単純な見方のコメントは聞かれなかった。各社の事例をみると、むしろマザー工場的機能を意図的に国内に残していると言ったほうが適切。ある企業では、国内本体が人材供給センターとしての役割を強めていたことが分かった。

政策的インプリケーション

調査結果から、4つのポイントを指摘することができる。1つは、「企業が海外で成功することは国内事業の維持につながる」ということである。

では、成功するには何が必要か。今回ヒアリングした企業はどこも各マーケットでトップシェアを誇る製品を握っていることからもいえるように、海外での成功を握る鍵は「技術力」だということである。技術力が必要だということを裏返せば、その高い技術と高度な品質の製品づくりの礎となる「人材」の育成に、企業は注力しなくてはならない。この技術力と人材育成が必要な点が2つめのポイントである。

3つめは、経営・人材面に関することであり、国内も、現地法人も、ともに成長・発展していくための取り組みをすることが必要だということである。現地経営を尊重しながら、本社(国内)の経営のグローバル対応を図っていかなくてはならない。具体的には、企業理念を浸透させることや、日本でしか通用しない経営からの脱却などである。また、繰り返すが、国内と現地の両方の人材育成の強化が必要である。ものづくり産業では、現地工場での品質・技術水準を向上させるとともに、国内もさらなるレベルアップの努力を続けていく必要がある。でなければ国内はマザー工場の役割を果たしえない。

最後の4つめが、中小企業の海外展開をサポートする方策が必要だという点である。技術的には十分、海外進出できる実力があっても、そのノウハウがない企業も多いと考えられる。こうした企業への支援の方策として、例えば、現地情報(労使関係など労働事情に関する最新の情報、最新の税制・法律改正などの情報)を提供したり、海外展開支援を担う大企業OBを活用したりすることが考えられる。単独進出が難しい企業には、工業団地へのグループ(複数の企業)での進出や、数社で現地法人を設立しての進出などがよい前例となる。こうした支援において、行政の果たすべき役割は大きい。

福井県では、企業の海外展開の支援窓口を一本化するワンストップサービスを実現。窓口には民間出身者を配置して実践的なアドバイスも可能にしている。

政策への貢献

本調査の中間とりまとめを2012年6月20日に開催された厚生労働省・第6回雇用政策研究会(座長・樋口美雄慶應義塾大学教授)にて報告し、その内容は、同研究会が2012年8月にとりまとめた報告書「『つくる』『そだてる』『つなぐ』『まもる』――雇用政策の推進」にも引用されている。

本文

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研究の区分

課題研究「企業の海外事業展開に関する調査研究」

研究期間

平成24年度

執筆担当者

荻野 登
労働政策研究・研修機構 調査・解析部部長
荒川 創太
労働政策研究・研修機構 調査・解析部 主任調査員補佐
遠藤 彰
労働政策研究・研修機構 調査・解析部 主任調査員補佐
西村 純
労働政策研究・研修機構 研究員

入手方法等

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