資料シリーズ No.90
最低賃金の引上げによる雇用等への影響に関する理論と分析
概要
研究の目的と方法
本書の主たる目的は、厚生労働省からの研究要請に応えて、最低賃金額の近傍に分布する労働者の張付き状況を明らかにすることであるが、併せて本書に付加価値を加えるべく、最低賃金の引上げが雇用及び雇用以外の分野に与える影響について、理論サーベイを行うとともに、実際のデータを用いて一定の推定作業を行った。
主な事実発見
- 最低賃金額の近傍の労働者の分布状況をみると、一般労働者はほとんど存在しないが、パートタイム労働者については、一部の道県では、相対的に多くの割合の労働者が最低賃金の近傍に分布している。当機構が実施した企業アンケート調査の調査結果(注)によると、こうした道県では、事業主はパート・アルバイトの賃金決定に当たって、それ以外の都府県と比べて地域別最低賃金(だけ)をより重視している(図表)。
(注)調査結果は当機構の調査シリーズNo.77 『最低賃金に関する調査』(2010年9月)にまとめられている。
- 最低賃金の影響に係る最近の理論サーベイでは、最低賃金の引上げは企業の雇用や経常利益などにマイナスに影響する、とするものが多かった。このほか研究開発については、関連の投資を減少させるとする理論研究があった一方、労働生産性に関しては、これを低下させるというものと上昇させるというものの両方があった。
なお、最低賃金が教育訓練に与える影響を分析した理論研究には、OECDに加盟している国のデータを比較分析したものがあり、これによると、いわゆる積極的労働市場政策を行っている国では、最低賃金の引上げがあっても雇用確保策や人材育成策によって補完されるため、雇用は失われていないことが示されている。
- わが国のデータを用いて、最低賃金が雇用に与える影響を計量分析したところ、10歳代男子の雇用者比率と60歳以上女子のパート・アルバイト比率を高めるように影響していることが確認された。しかし、それ以外の層の雇用には有意な影響は見出せず、最低賃金の影響は局所的、限定的であることがわかった。
- 上記の企業アンケート調査のデータを用いて、最低賃金の雇用以外の分野への影響を分析したところ、最低賃金の引上げで人件費総額が増えた場合にも、企業内で人材育成など労働者の生産性上昇につながる何らかの対応を取った企業では、経常利益の減少を抑えた企業もあり、上で紹介した理論サーベイでの知見を裏づける結果となった。
(注)表中、「乖離小」とは、県内の平均賃金の額と地域別最低賃金額との相対的な乖離率(乖離額を地域別最低賃金額で除した値)の小さい順に上から5県のことで、沖縄、北海道、和歌山、秋田、青森の各道県のこと、また「乖離大」とは乖離率が大きい上位5県のことで、東京、群馬、富山、宮城、奈良の各都県のこと。本表は「乖離小」の道県と「乖離大」の都県の回答を比較したもの。
政策的含意
- 労働者の賃金が最低賃金の近くに多く分布している地域や企業では、最低賃金は労働者の賃金決定に少なからず影響を与えていること、その意味で労働者の賃金確保機能を果たしていることが示された。
- 最低賃金の引上げは、雇用を必ず減少させるわけではないものの、全く影響しないわけではなく、マイナスの影響を及ぼす場合もあることから、政府は最低賃金制度を管理運用するに当たっては、労働市場や財・サービス市場の現状及び企業の経営状況などを総合的に見極めながら、改定の実施の有無を含め、引上げ幅や時期等を慎重に判断し、決定していくことが重要であることが改めて示唆された。
- 最低賃金政策は教育訓練を含む雇用政策と一体的に、これと関連付けて管理運営していくことが重要であることが示された。
政策への貢献
今後の最低賃金改定に当たって、上記の諸点が政府によって参考にされることが期待される。
本文
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- 表紙・まえがき・執筆担当者・目次・序 章(PDF:550KB)
- 第1章 地域別最低賃金と低賃金労働者の分布(PDF:1.5MB)
- 第2章 最低賃金が企業活動に与える影響
第3章 最低賃金が雇用に与える影響(PDF:992KB) - 第4章 最低賃金が雇用以外の分野に与える影響
第5章 まとめ(PDF:806KB)
研究期間
平成22年度
執筆担当者
- 梅澤 眞一
- 労働政策研究・研修機構 統括研究員
- 古俣誠司
- 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
- 川上淳之
- 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員