資料シリーズ No.82
中山間地の雇用創出
概要
研究の目的と方法
1990年代まで安定的に推移してきた大都市圏と地方圏の経済・雇用格差は、2000年以降になると次第に拡大してきており、今後も拡大することが予想されている。とりわけ、大都市圏から遠く離れ、平坦地の少ない中山間地といった地域は、若年層を中心とした人口流出、過疎化、高齢化が急速に進んできており、地域によっては限界集落や廃村に突き進む危険性が増している。
中山間地の雇用問題は、ミスマッチの解消ではなく雇用の創出をいかに行うかが問われている。こうした状況の中にあって、中山間地に立地しながら売上高や雇用を拡大している企業が、少数ではあるが存在している。地理的なハンディキャップを克服しながら成長を続ける中山間地の企業が、いかなるメカニズムで経営活動を行っているのかを明らかにすれば、地域の衰退に歯止めをかける産業・雇用政策のあり方を検討する際に、貴重な参考資料となるものと思われる。
なお、本報告書は、ヒアリング調査の分析結果を取りまとめたものである。
主な事実発見
中山間地で雇用創出に成功している要因は、以下のとおりである。
- 危機意識、故郷に対する熱い思いを持ったキーパーソンの存在
雇用創出に成功したケースは、いずれも会社の構想・設立・経営まで、全てのステージに関与したキーパーソンが存在している。キーパーソンのキャリアを見ると、有名大学卒、中央省庁キャリア官僚や大企業管理職の経験者といったエリート的な経歴の持ち主ではなく、高校や大学を卒業してから家業を継いだり、転職をしたりといった紆余曲折を経て、故郷の会社設立に参加した「普通の人」といったタイプが多い。つまり、キーパーソンの多くが、少数例外的なエリート的キャリアを歩んだ人材ではなく、普通のキャリアを歩んだ人達であり、どこの地域でもそうした人材が現れる可能性がある。
ただし、キーパーソンの特徴として、経営判断が的確で行動が迅速、地域内での人のつながりが広く、地域の外に対して情報の収集や発信に積極的であり、情報の活用能力に長けているといった傾向が顕著である。
- 第三セクター方式による会社設立
産業や人口の集積が無い中山間地では、民間だけで独自に会社を設立・経営することは非常に難しく、公的部門の支援が必要であり、会社設立時には第三セクター方式をとっている。
三セク方式の成功事例には、設立時の出資者に住民も参画している企業が多い。さらに、経営が軌道に乗った時点で増資をし、地方自治体の出資比率を徐々に下げ、経営の自立性を一層強めるといった傾向がある。
- 身の丈に合った経営規模・設備投資
中山間地で成功した三セク企業のビジネスモデルは、これまでの過大な需要予測に基づいたハコモノ先行開発とは異質であり、身の丈に合った小規模な経営・設備投資で、経営活動を始めている。そして、経営活動を展開する中で、必要に応じて国や自治体の補助金を利用して工場の新設などを行う、といった傾向が顕著である。
- 地域資源(農産物等)を活用した六次産業化による地産地商ビジネス
中山間地の三セク・ビジネスが成功した重要な要因は、農産物などの地域資源を活用した加工品を開発・生産し、それを地産地消のビジネスに止めることなく、大都市圏に積極的に売り込むといった地産地商のビジネスを展開したことである。
大都市圏への売り込みに成功すれば、地元の農産物(一次産業)を加工・生産し(二次産業)、それを大都市圏で販売する(三次産業)といった六次産業化を実現することができる。一・二・三次産業を合成する六次産業化は、中山間地においても雇用・就業機会を確保する道を拓くことになる。
なお、地方圏における雇用創出に関しては、製造業の占める比重が非常に大きいが、雇用創出効果が最も大きいのは、自動車、電機、機械といった輸出型産業ではなく、食料品関連産業である(図参照)
- マスコミを活用した大都市圏への広告・販売促進
六次産業化において特に難しいのは、大都市圏への売り込みをいかに行うか、といった問題である。資金も人材も乏しい三セク企業が、自社製品を大都市圏に売り込むのは、容易なことではない。こうした状況の中にあって、成功している中山間地の三セク会社は、大都市圏への売り込みにマスコミを活用している。
中山間地で個性的な特産品を開発し、雇用機会の提供など地域振興に貢献している企業は、何らかのきっかけでマスコミが興味を抱き、取材に訪れることがある。こうした機会を逃すことなく、テレビ放映や新聞・雑誌に紹介記事が掲載されると、全国区で一挙にその存在を知られることになり、売上高が急増することになる。
- 高齢者、女性、U・Iターン者を活用する人材戦略
若者が流出している中山間地で人材を確保するには、先ず高齢者や女性を活用するしかない。中山間地の三セク会社の人事戦略は、まず高齢者や女性を貴重な戦力として活躍できる人事システムを整備している。会社設立当初の苦しい時期を乗り越えて経営を軌道に乗せることができれば、UターンやIターンの若者も含めて、人材の採用を徐々に増やしていくことができる。
資料出所:経済産業省「工場立地動向調査結果」より作成
政策的含意
中山間地における雇用創出は、複数の成功要因が絡み合って実現しているが、いずれの要因もハードルが高過ぎるといったものではなく、工夫次第で乗り越えられる可能性が十分にある。従って、他地域の成功事例を猿まねするのではなく、地域に適したやり方で創意工夫すれば、雇用創出に成功する可能性は十分にある。
さらに、身の丈に合った経営規模から出発するため、過大な設備投資による三セク会社の経営破綻とその後の巨額な債務処理といった危険性もなく、小規模な公的支援によって地域の雇用創出に成功する可能性が高い。公的支援策としては、資金的援助よりも地域が自立した事業計画を立案・実行できるように、情報提供や企画案への助言といったソフト関連支援策が重要となってくる。
政策への貢献
「地域雇用創造推進事業(パッケージ事業)」や「地域雇用創造実現事業」など、厚生労働省が行っている地域雇用創出を目的とした政策に、直接寄与するものと思われる。また、雇用創出に取組む市町村も、企画案や実施計画などを立案する際に、参考になるものと思われる。
本文
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研究期間
平成22年度
執筆担当者
- 伊藤 実
- 労働政策研究・研修機構 特任研究員