ディスカッションペーパー 21-08
ものづくり中小企業における在職者訓練の役割と今後の方向性
~活用事例からみる~

2021年3月30日

概要

研究の目的

日本経済の成長を支えてきたものづくり産業は、就業者数の減少や第4次産業革命の影響を受け、人材確保・育成の面で厳しい状況に晒されている。日本経済を牽引してきたものづくり産業の人材育成力が低下すると、中長期的な日本経済全体の競争力低下につながる可能性があることから、ものづくり産業の能力開発を政策的に支援する必要性は増している。

そこで本研究では、ものづくり中小企業の能力開発を支援する中心的な政策である在職者訓練、その中でもとくに独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下、JEED)が提供する能力開発セミナーに焦点を当て、次の目的のもと研究を行った。

すなわち、①能力開発セミナーはどのように提供されており、②ものづくり中小企業においてどのように活用されているか。③企業はなぜOJTや他のOff-JTではなく能力開発セミナーを利用するのか。④どのような企業が能力開発セミナーを利用しているか。⑤企業は能力開発セミナーに対してどのような要望を持っているか。さらに、⑥能力開発セミナーを今後どのように強化・拡充していくべきか、である。

研究の方法

以上の研究目的に基づき、能力開発セミナーを提供しているJEEDと、同セミナーを活用している中小企業12社へのヒアリング調査を行った。

主な事実発見

6つの研究目的に沿って、明らかとなった点を整理する。

第一に、「能力開発セミナーの提供方法」については、ものづくり分野の中小企業を主な対象とし、真に高度な内容で、地方公共団体や民間教育訓練機関において実施されていないものと定義され、全国の生産性向上人材育成支援センターを通じて提供されている。

第二に、「能力開発セミナーの活用方法」としては、次の点が明らかとなった。

  1. 図表1に示すように、ものづくり中小企業が能力開発セミナーを活用する方法として、つぎの6つの活用パターンが見出された。
    1. 養成訓練パターンは、勤続年数の浅い社員に、担当業務の基盤となる幅広い知識・技術と、安全作業・操作の方法を習得させることを目的とした活用パターンである。
    2. 中途活用促進パターンは、前職と同じ職種で採用した中途採用者の知識・技術を、自社が求める水準まで高めることを目的とした活用パターンである。
    3. 日常業務強化パターンは、若手・中堅社員に、日常業務の知識・技術を改めて学ばせ、業務の効率化や技術向上を図ることを目的とした活用パターンである。
    4. 多能工化推進パターンは、若手・中堅社員に、これまでの業務に関連する知識・技術を幅広く学ばせ、個人が担当できる業務の幅を広げることで、職場全体の不確実性への対応力を上げることを目的とした活用パターンである。なお、当該活用パターンは、多能工化を目的として配置転換を実施するか否かによって、「配転あり」と「配転なし」に分類される。
    5. 現場管理改善パターンは、生産現場の責任者等に、工場の生産管理や改善に関する知識・技術を習得させ、生産現場の改善を図ることを目的とした活用パターンである。
    6. 訓練体系立案パターンは、中堅社員や管理職に、部門や全社的な訓練体系を立案する上で必要な知識・技術を習得させることを目的とした活用パターンである。

    図表1 各活用パターンの定義

    図表1画像

  2. 以上から、各活用パターンは次のような形で企業の能力開発に貢献していると推察できる。
    1. 養成訓練パターンは、勤続年数の浅い社員がものづくり人材として将来的に活躍するために必要な基盤となる知識・技術の習得を支援している。
    2. 中途活用促進パターンは、知識・技術の水準が企業が求める水準にない中途社員のレベルを高めることで、中途採用者の活発な活用を促している。
    3. 日常業務強化パターンは日常業務に関する知識・技術の向上に、d.多能工化推進パターンは生産現場で発生する不確実性への職場の対応力向上に、e.現場管理改善パターンはものづくりにおける生産性向上に役立てられている。
    4. 訓練体系立案パターンは、様々な事情から企業のみで訓練が難しい企業の人材育成を総合的に支援している。
  3. OJTや他のOff-JTと、能力開発セミナーをどのように組み合わせているかをみると(図表2)、新任者を対象とする養成訓練パターン、中途活用促進パターン、多能工化推進パターン(配転あり)においては、OJTで業務に直結する知識・技術と自社固有の技術を学んだのちに、能力開発セミナーでその基盤となる理論を幅広く学んでいる。これによって、知識・技術の定着と向上を図っており、OJTと能力開発セミナーが補完的な関係を築いている。

    ただし、セミナーの実習で用いる機械等と、企業が使用しているものが異なる場合には、その機械等のメーカー研修で操作方法等を学んでおり、メーカー研修が補足的に活用される。

    図表2 能力開発セミナーとOJT、他のOff-JTとの組合せ

    図表2画像

第三に、「能力開発セミナーを利用する理由」としては、活用パターンによる違いがみられる(図表3)。

「社内訓練でない理由」として、養成訓練パターンをみると、OJTでは業務に直結した知識・技術を教えることに止まり、関連する理論や技術を幅広く体系的に教えることが難しい点が理由として挙げられる。中途活用促進パターン、日常業務強化パターン、現場管理改善パターンは、いずれも社内に理論と技術を体系的に教えるノウハウや時間がないことが理由である。

この一方、多能工化推進パターン(配転なし)と訓練体系立案パターンは、いずれも社内に該当する知識・技術について専門的に学んだ人や、教えられる人がいない、あるいは不足していることを理由としている。

これに対して、他のOff-JTではなく能力開発セミナーを利用する理由としては、ほとんどの活用パターンが、能力開発セミナーは他の訓練プロバイダーに比べて、価格が安い点と、実習時間が長く実践的な内容である点を挙げている。

図表3 能力開発セミナーを利用する理由

図表3画像

第四に、「受講企業の特徴」も、活用パターンによる違いが見られる。養成訓練パターンは機械・部品製造を主な事業とし、新卒採用が中心で、過去3年間に複数人採用している企業で活用が進んでいる。中途活用促進パターンは機械・部品製造を主な事業とし、中途採用中心の採用政策をとり、量産品より高い技術が求められる多品種少量生産の生産形態をとる企業で活用される。これに対して、日常業務強化パターンは、人材確保の状況によらず、あらゆる企業で活用ニーズがあると考えられる。

第五に「能力開発セミナーへの要望」は、活用パターンによって異なっており、養成訓練パターンでは新コース開発に関するニーズが少ない一方、多能工化推進パターン(配転なし)や訓練体系立案パターンでは自社の実情に合わせたコースの開発ニーズが多い。

政策的インプリケーション

第一に、中小企業においては、レディメイドコースでの利用が主流であることから、引き続き、ものづくり産業全体の訓練ニーズを丁寧に把握し、それに基づいたレディメイドコースの改善・見直しを行うことが課題となる。

第二に、多能工化推進パターン(配転なし)と訓練体系立案パターンは個別企業の実情に合わせた内容のコースのニーズが高い。しかし中小企業はレディメイドコースでの受講が主流のため、現状では細かな企業ニーズに対応することは難しい。そこで、レディメイドコースの受講前に、受講企業の要望をヒアリングし、質疑応答等の時間に反映させるといった対応が考えられる。

第三に、多能工化は、生産変動や、第4次産業革命を受けた技術革新の加速化等によって、不確実性が増すものづくり産業においては、重要な成長戦略の一つである。したがって、今後どの程度の企業でそうした対応が進んでいるか、また多能工化を目指す企業が求める支援策は何か等について把握していく必要がある。

第四に、本研究はものづくり中小企業を中心に分析を行ったが、非ものづくり企業においても、ものづくり企業と同様の活用パターンでの活用がみられた。このことから、社内では理論や技術の体系的な指導が難しく、他の訓練機関では高額になりやすい訓練分野については、ものづくり産業によらず、より幅広い産業で活用ニーズがあることが推察される。したがって、今後どの産業に、どの程度の訓練ニーズがあるか調査し、それに合わせて政策的な支援を検討する必要がある。

第五に、ものづくり産業によらず、日本企業の教育訓練にかける支出額は2006年以降、低下傾向にあるうえ、新型コロナウィルスの感染拡大による長期的な経済への影響が避けられないことからも、より幅広い産業を対象とした国による訓練サービス提供の重要性は高まる可能性がある。すでに生産性向上支援訓練やIT活用力セミナー等で、全産業を対象とした支援策が行われている。したがって今後は、それらの実態把握を進め、ものづくり産業に限らず、能力開発に課題を抱えるあらゆる産業の中小企業を対象とした支援の在り方について、検討を進める必要がある。

政策への貢献

内閣府「若者円卓会議」にて報告(2021年4月7日)。

本文

お詫びと訂正

本文40ページ、52ページに誤りがありましたので、以下のとおり訂正してお詫びいたします。本文PDFはすでに訂正済です。(2021年4月13日)

p.40 図表3-10
図表タイトル誤:技術分野等(養成訓練パターン)
 
正:技術分野等(中途活用促進パターン)
p.52 上から6行目
誤:配あり 正:配あり

研究の区分

プロジェクト研究「多様なニーズに対応した職業能力開発に関する研究」
サブテーマ「職業能力開発インフラと生産性向上に向けた人材育成に関する研究」

研究期間

令和2年度

研究担当者

関家 ちさと
労働政策研究・研修機構 研究員

関連の研究成果

お問合せ先

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研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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