ディスカッションペーパー 20-04
労働協約を通じた派遣労働者の賃金決定
―スウェーデンの事例から

2020年3月31日

概要

研究の目的

スウェーデンにおける派遣労働者の賃金決定のルールを明らかにし、得られた知見から労使による自主的なルール形成を考える際に重要だと思われることを指摘する。

研究の方法

文献調査、聞き取り調査、研究会の開催

主な事実発見

第一に、スウェーデンでは労働者派遣法において定められている正規雇用と非正規雇用の均等待遇のルールについて、労働協約による逸脱が認められている。そして実際に労働協約が締結され、法律の規定とは異なるルールが定められている。

第二に、その際の労働者側の協約締結当事者はナショナルセンターであるLOとなっている。図表1のように、派遣先企業の労働者に適用される労働協約は産別協約(協約①)である一方で、派遣労働者には全国協約(協約②)が適用されている。労働者派遣が民間に開放された93年から10年たたないうちに、ナショナルセンターは労働協約を締結し、派遣労働者の活用にかかわるルールを定めている。産業横断的なルールを作ることで、労働市場に一律のルールを適用することに取り組んだわけである。

第三に、実際に派遣労働者の賃金は、労働者派遣法の規定ではなく労働協約のルールに基づいて決められている。派遣労働者の協約適用率は97%となっている。このことから、多くの派遣労働者の賃金は、協約のルールに基づいて決定されていることが分かる。

お詫びと訂正

「主な事実発見」に誤りがありましたので、以下のとおり訂正してお詫びいたします。(2020年6月29日)

「主な事実発見」の3段落目
誤: 派遣労働者の協約締結率 正: 派遣労働者の協約適用

図表1 派遣労働者に適用される労働協約と派遣先社員に適用される労働協約

図表1画像

出所:ヒアリング調査より作成。

第四に、ブルーカラーにおける派遣労働者の賃金は、労働協約のルール(GFLルール)に基づき決められている。具体的には、派遣労働者が派遣される派遣先企業における比較対象グループの社員の平均賃金が、派遣労働者の賃金となる(図表2)。その際、比較対象グループは、派遣先企業の社員の担当する職務ではなく、派遣先企業の職場を単位として設定されている。ここから、労組のナショナルセンターと派遣元の経営者団体が締結する労働協約を通じて、派遣労働者の賃金が、派遣先企業の賃金制度や賃金水準に基づいて決められていることが分かる。

図表2 労働協約のルール(GFLルール)

図表2画像

出所:ヒアリング調査より筆者作成。

第五に、比較対象グループの平均賃金を派遣労働者の賃金としているため、派遣労働者の賃金が同じ仕事を行っている派遣先の社員の賃金を上回ることがある。こうした賃金の逆転現象について、派遣先企業の組合員から組合に対して苦情が出ることがある。その際、組合は、正社員と派遣労働者の雇用保障の程度が異なることを理由に、その状況を受け入れるよう派遣先企業の組合員を説得している。

政策的インプリケーション

日本におけるインプリケーションとして、労使による自主的なルール形成を考える際に重要だと思われることを指摘する。

第一に、ルールの作成において、関係当事者の負担の低減を考慮するようなルールを検討することが重要であると思われる。スウェーデンでは、労使間の交渉や折衝、および、ルールの履行確認にかかる負担を低減するようなルールが形成されている。具体的には、比較グループの設定から職務という要素を取り除くことで、派遣労働者と同じ仕事に従事する社員を探し、確定する際に生じる交渉や折衝の手間を省いている。このように、職務やその内容に固執しない関係当事者の負担を減らすようなルールの設計を検討するのも一つの手だと思われる。

第二に、事業の特徴に基づいて、ルールを形成するレベルを検討することも重要であると思われる。本稿の内容から、正社員は産業レベルで対応するのに対し、派遣労働者は全国レベルで対応するという違いが見られた。その違いを生み出す背景には、労働者派遣業の特徴が考慮されていることがあげられる。派遣会社は様々な業種に労働者を派遣しており、それゆえ派遣労働者は特定の業種にとどまらず、複数の産業にまたがって派遣される。もし産業レベルでルールを設定すると、派遣先の産業が変わる場合、異なるルールが適用されることになる。派遣会社の事業の進め方や派遣労働者の働き方を加味して、正社員に適用される交渉体制に固執することなく、適切なレベルで自主的なルール設計を行うことを検討しても良いと思われる。

第三に、自主的なルールを作成し、運用できる環境を労使当事者が構築することが重要であると思われる。例えば労使で合意したルールの履行確保を担保できるような体制の整備、また、その前提として、企業内で対等な関係で労使が議論できるような体制の確保などであり、これらの整備がなければ、自主的なルール設定による労働条件決定は、困難になると思われるからである。

政策への貢献

  • 労働政策の効果的、効率的な推進にかかわる基礎的情報の提供

本文

お詫びと訂正

本文 24ページに誤りがありましたので、以下のとおり訂正してお詫びいたします。本文PDFはすでに訂正済です。(2020年6月29日)

p24「(1)発見された事実」の5段落目
誤: 派遣労働者の協約締結率 正: 派遣労働者の協約適用

研究の区分

プロジェクト「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等の人事管理に関する研究」

研究期間

平成30年~令和元年度

研究担当者

西村 純
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

関連の研究成果

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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