「非正規労働者保護法」施行後の影響

カテゴリー:非正規雇用

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  • 国別労働トピック:2008年7月

有期契約社員やパート、派遣社員などの非正規労働者の処遇改善を目的とする「非正規労働者保護法」が施行され、丸一年が経過する。2007年7月1日に施行された同法はまず、従業員規模300人以上の大企業と公共機関が対象となった。その内容は、非正規労働者に対する合理的理由のない差別処遇の原則禁止のほか、同年7月1日を起算日に雇用期間2年を超える有期契約社員の正規化、2年以上使用した派遣労働者の直接雇用への切替え義務などを規定している。2008年7月1日からは適用対象が従業員100人以上300人未満企業に拡がり、2009年7月1日からは5人以上~100人未満の企業にも適用されることになる。

非正規労働者数は減少だが、雇用形態の二分化が進行

非正規労働者保護法の施行後の影響をみるために、韓国統計庁が年2回(3月及び8月)実施している経済活動人口追加調査の結果から雇用形態別の労働者数の推移を示したものが表1である。正規労働者数は2008年3月現在15993千人と前年同期比4.0%増となる一方で、非正規労働者数は5638千人、同2.3%減となっている。この数字だけを取り上げると、法の施行が正規労働者数の増加と非正規労働者数の減少をもたらし、総体的に韓国労働者の雇用安定に一定の貢献をなしていると評価することができる。

表1:雇用形態別賃金労働者数(千人)
  2007年 2008年
3月 8月 3月 対前年比(%)
賃金労働者数 15,731 15,882 15,993 1.7
  正規労働者数 9,958 10,180 10,356 4.0
非正規労働者数 5,773 5,703 5,638 △2.3

(出所)韓国統計庁

しかしながら、非正規労働者の内訳(表2)をみていくと、2年継続雇用で正規労働者への転換義務が生じる有期契約社員は減少が大きい一方で、賃金水準などの労働条件の低いパート労働者や、非定型労働(派遣、日雇、請負など)はむしろ増加傾向にある。賃金水準を比較すると、表3のように、増加を示したパート労働者や非定型労働者は有期契約労働者より低い水準にあることが分かる。

表2:非正規労働者の雇用形態別労働者数(千人)
  2007年 2008年
3月 8月 3月 対前年比(%)
有期契約労働者 3,642 3,546 3,249 △10.8
パートタイム労働者 1,232 1,201 1,301 5.6
非定型(派遣、請負、日雇など) 2,244 2,208 2,330 3.8

(出所)韓国統計庁

※表2に非正規労働者の内訳とした有期契約労働者数、パート労働者数及び非定型労働者数の合計はダブルカウントがあるため、表1の非正規労働者数とは一致しない。

表3:雇用形態別平均月額賃金額(千ウォン、%)
  平均 正規労働者 非正規労働者
  有期契約 パート 非定型
2007年1~3月平均 1,724 1,985 1,273 1,442 542 1,087
  正規労働者を100とした場合の割合 - 100.0 64.1 72.6 27.3 54.8
2008年1~3月平均 1,811 2,104 1,272 1,441 558 1,191
  正規労働者を100とした場合の割合 - 100.0 60.5 68.5 26.5 56.6

(出所)韓国統計庁

法施行後の大企業における取り組みの特徴的な動き

このような国内労働者の動向の背景には、法の適用対象となった大企業による非正規労働者の正規化の動きがあったようである。法適用自体は2007年7月1日を起算日とするため実際の正規化義務はその2年後となるが、公的部門及び大企業の一部ではこれを先取りした形で非正規労働者の正規化を行った。まず公的部門で68000人の非正規労働者の正規化が表明されたのを皮切りに、著名な大企業が次々と「正規化」策を発表した。銀行最大手の一角、ウリ銀行が金融部門ではじめて非正規行員3000人の正規化を実施すると、国民銀行、韓国外換銀行、釜山銀行などの主要行が後に続いた。自動車では、現代自動車が事務系契約社員の全員(361名)の正規化を実施、この動きに起亜自動車が続いた。流通業では、百貨店や大型スーパーを展開する流通最大手の新世界グループがレジ係のパート労働者5000人を正規化した。しかしながら正規化を実施した企業の中には、従来の正規労働者より低い等級の正社員待遇を付与したところもあり、手放しに処遇の完全な改善が図られたという訳ではない。非正規労働者保護法の適用に際し、正規化による人件費上昇を抑制するため、職務給制度の導入など給与体系の見直しを真剣に検討しはじめた企業も少なくないようである。

一方、こうした「前向きの動き」に対し、企業の中には以下のような「後ろ向き」の対応もみられた。韓国労働部が非正規労働者保護法の施行前に行った調査(従業員300人以上企業)では、約3割の企業が、非正規労働者が行ってきた業務を派遣や請負に任せると答えていた。上でみた非正規労働者の二極化の進展はその結果とも考えられる。著名企業の中で「後ろ向き」の選択により労使紛争まで発展するという事態を招いたのが流通大手のイーランドグループである。同社は旧韓国カルフールを買収した企業として有名であるが、法施行に伴い、レジ係の非正規労働者1000人を解雇し、当該業務を外部委託する方法をとった。これに対し同社の労働組合は上部団体の民主労総の支援を得て、集中デモやストライキ、さらには売り場の不法占拠の挙に出た。不法占拠に対しては警察による強制排除が行われたが、労働側は再占拠するなど事態は長期にわたり混乱を極めた。

イーランドの例はともかく、非正規労働者の処遇改善に取り組んだ多くの大企業の努力は評価されるべきであろう。またそうした企業努力に対して、正規労働者及びその労働組合の協力があった点も指摘されるべきである。企業労組の中には非正規労働者の正規化、処遇改善のための人件費上昇分の原資とするため、敢えて低い賃上げで妥協したところあったといわれる。政府当局も、非正規労働者の処遇改善は法整備だけで解決する問題ではなく、労使の理解と協力が必要不可欠との強い認識を示している。

中小企業への法適用を前にした動き

2008年7月1日から同法が適用される中小企業(100~300人企業)では、雇用される非正規労働者数は大企業の雇用数より大きく、その影響には注視が必要である。昨年「正規化」の対応をした大企業は人件費上昇分を賃上げ抑制や給与体系の見直しなどでその影響を軽減しようとしたが、体力の乏しい中小企業が同様の対応をするのは難しい。最近の報道で指摘される、中小企業における有期契約や日雇などの解雇の増加は、法施行を前にした中小企業の「退避」の動きとして懸念されている。このため政府も、非正規労働者の雇用期間の見直し(2年から3年へ)や派遣労働の規制緩和のほか、「正規化」をした中小企業に法人税を一部減免するなどの施策を準備しているもようである。

先述の経済活動人口追加調査では、2008年3月にそれまでの傾向から一転、非正規労働の選択を「非自発的」動機とする者が「自発的」動機を上回った。「非自発的」58.0%に対し「自発的」42.0%と前回調査から大きな変化となっている(表4)。政府はこれまで、非正規労働者問題が改善しないことの弁明のひとつとして、「自発的」に非正規労働を選択する者が多いことを挙げていたが、非正規労働を選択せざるを得ないほど雇用情勢が厳しくなっていることをこのデータが示す格好となった。

今後、法の趣旨に沿った労働者の格差・処遇問題の解消のために、中小企業がどういった対応を図り、雇用情勢がどのように推移していくか、7月1日以降の動きには引き続き注視していく必要がある。

表4:非正規労働に従事する動機(千人、%)
  2006年 2007年 2008年
8月 3月 8月 3月
  構成比   構成比   構成比   構成比
自発的 2,809 51.5 3,052 52.9 3,071 53.8 2,370 42.0
非自発的 2,647 48.5 2,721 47.1 2,632 46.2 3,267 58.0

(出所)韓国統計庁

参考

  • 韓国労働部、韓国統計庁、NNA関連記事

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