全国賃金審議会、SARS影響企業に賃金削減を勧告

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年8月

全国賃金審議会(NWC)は5月21日、2003年7月2004年6月期の賃金改定ガイドラインを発表した。新型肺炎SARSの影響を受けて業績が悪化している企業に対し賃金削減を勧告し、また、賃金体系を年功型から業績型へ速やかに移行させるため、特別委員会を設置するよう政府に提案した。

NWCは政労使の代表で構成され、毎年5月に当該年度の賃金改定について勧告を出している。今回のガイドラインを以下に要約する。

SARSの経済への影響

新型肺炎SARSの影響を最も大きく受けているのは、運輸関連業や観光業で、例えば旅行者数は3月に15%、4月に67%それぞれ減少した(前年同月比)。また通常は70%超であるホテルの稼働率は、10~30%に落ち込んでおり、シンガポール航空は4~5月に30%減便している。他の産業についても直接・間接の影響を受けており、こうした状況を踏まえると、経済や雇用情勢は今後悪化していくことが予想される。

労働市場の現況

労働市場は今なお低迷している。雇用者数は2002年通年で4万900人減り、2003年の第1四半期もすでに9400人減っている。解雇者数は2002年に1万9100人、2003年第1四半期は4200人となっており、SARSの状況が悪化すれば、今後さらに増加することが予想される。失業率(季節調整済み)は、2002年通年が4.4%であったが、2003年3月には4.5%へ上昇し、今年後半には5.5%を上回る可能性もある。とくに運輸関連業や観光業では解雇者数の増大は避けられないだろう。

賃金改定勧告:2003~04年

以上の状況を踏まえて、NWCは2003年7月~2004年6月期の賃金改定について、以下のように勧告する。

  1. SARSの影響を直接受けた企業は、雇用を確保するために、相応の賃金削減を実施すべきである。
  2. 経済の先行き不透明感や厳しい競争などSARS以外の要因で困難な状況にある企業は、賃金体系を速やかに再構築し、固定給部分・年功給部分を減らし、その分を生産性・業績に応じたボーナス部分に転換していくべきである。そのためには、基本給の2%をはるかに上回る部分を月次可変給部分(MVC)(注1)に振り替える必要があるだろう。
  3. SARSの影響を直接受けていないものの、全般的なビジネス環境の不透明感の影響を受けている企業は、賃金凍結を継続すべきである。また賃金体系の再構築を進め、基本給の2%以上をMVCに振り替えるべきである。
  4. 業績の好調な企業は、MVCや特別ボーナスを通じて相応の報酬を従業員に支給すべきである。

競争優位へ向けた賃金体系の再構築:特別委員会の設置

NWCは賃金の柔軟性を増強し、労働コストの長期的な競争優位を維持するために、賃金体系の再構築を強く求める。SARSの問題が起きたことで、その必要性はさらに増している。経済再生委員会(ERC)は、基本給の2%を速やかにMVCに振り返ることを勧告してきたが、NWCはこれを支持する。使用者、労働者、労組は、そのための手続きを速く進めるべきである。NWCはまた、ERCが提案した、従業員の生産性や企業業績に基づく賃金制度、競争的ベースアップ賃金制度(CBWS)の導入を勧める。その場合、同一職種での最高賃金を最低賃金の1.5倍以下に抑えることで、CBWSの導入を加速させるよう、企業と労組に強く求める。

こうした賃金体系の再構築を促進し、その進展状況を告知するために、NWCは政府に対し、政労使からなる特別委員会の設置を提案する。その場合、特別委員会は最初のレポートを6カ月以内にまとめるべきである。

経営団体、勧告を歓迎:政府も受け入れる

シンガポール事業連盟(SBF)と全国経営者連盟(SNEF)は5月21日、NWCの賃金改定勧告について、歓迎の意を表明した。SBFとSNEFは、過去5年間に労働生産性上昇率と賃金上昇率との格差が拡大したため域内競争力が低下し、結果として企業は、人員削減に踏み切らざるをえなかったとの見方を示し、賃金の削減・凍結を基調とするNWC勧告を支持した。

政府は5月22日、雇用を確保するためにはNWCの勧告は妥当であるとし、受け入れることを表明した。