ブラジルの労働組合改革
1.中央労組の実態と改革
(1)中央労組の実態
ルーラ大統領は選挙期間中から、労働組合や使用者側組合を含めた各種組合改革の80%が単に公式登録に名称が存在するだけであるとして、こうした登録だけの組合の整理・改革に関する議論の必要性を主張していた。この背景としてブラジルでは、公式に登録された各種組合(労組の場合はいわゆるナショナル・センター)に対して政府が活動支援資金を支給している事情がある。 ブラジル地理統計資料院(IBGE)が実施した労働組合に関する調査によると、2001年現在のナショナル・センターの組織規模、第1位は中央統一労組(CUT)で、加盟労組数は1‚400組織(全労組の66%)、これに基づく03年の活動資金給付金は650万レアル。これに対して、2位のフォルサ・シンジカルは加盟労組数が1‚238組織(同19%)ながら、活動資金給付金は1.700万レアルと逆転している。労働者総同盟(CGT)は300万レアル、社会民主労組(SDS)350万レアル、その他のナショナル・センターは、未だ活動が認められておれず給付金ゼロとなっている。
組織の名称 | ||||
---|---|---|---|---|
略称 | 結成年 | (1)組合員数 (2)加盟組合数 ( )は割合 |
備考 | |
中央統一労組 Central/Unica/dos/Trabalhadores |
CUT | 1983年 | (1) 2‚000万人 (2) 1‚400(66%) |
ICFTU加盟 |
フォルサ・シンジカル Forca/Sindical |
FS | 1991年 | (1) 10‚740万人 (2) 1‚238(19%) |
ICFTU加盟 |
社会民主労組 Social/Democracia/Sindical |
SDS | 1994年 | (1) ― (2) ―(7%) |
ICFTU加盟 |
労働総同盟・マグリ派 Confederacao/Geral/dos/Trabalhadores |
CGT | 1986年 | (1) 2‚500万人 (2) 1‚300(6%) |
ICFTU加盟 |
労働総同盟・ジョアキン派 Confederacao/Geral/dos/Trabalhadores |
CGT | |||
独立労働組合連合 Uniao/Sindical/Independente |
USI | 1985年 | (1) 1‚300万人 (2) 1‚300(2%) |
- 出所:ブラジル地理統計資料院(IBGE)と各中央労組のHP
- 注:フォルサ・シンジカルは組合員数、加盟組合数ともに報告していないために、同ナショナル・センターが発表している2000年のデータを引用した。SDSはデータを公表していない。
- 備考:CUTは加盟組合の45%が農業労働者組合、16%が工業労組。FSは工業労組が46%、商業労組が25%、CGTは31%が工業労組、21%が商業労組、SDSは33%が商業労組、25%は工業労組で構成。
組織規模では2位のフォルサ・シンジカルが、同1位のCUTの2.62倍も多く給付金を受け取っている理由についてCUTでは「02年までフォルサ・シンジカルは、前政権党を支持し、協力してきた。政治的配慮の結果だ」と批判し、一方のフォルサ・シンジカルは「調査結果は真実を表わしていない」と反論している。政府が実施した調査結果と給付金の割合が一致していないことが、ナショナル・センター間における論争をさらに激化させる結果となった。
03年の国家予算は前政権が作成しており、現政権の労働党政権は04年度分から作成する。このため04年からは公式データに基づいて給付金の分配が行われるようCUTは政府へ働きかける意向を示している。しかし政府は、緊縮予算対処策の一環として、この活動資金給付金のための予算を30%削減したい意向を既にナショナル・センター側に伝えている。
(2)ナショナル・センター改革に向けた論議
労働党政権は発足と同時に社会各層の代表者で構成する社会経済開発審議会を発足させた。これは、これまでの労働に関するシステムの改革に向けて国民の意見を聞くこと、を目的に設置したものであり、同審議会の下には「労働及び労組改革作業グループ」が組織されている。同作業グループでの議論は、まだ初期段階に過ぎないが、ブラジルの労働関連法規をILO(国際労働機関)の提案、あるいは国際協定に従って近代化することを目的に協議を進めており、03年6月12日の同グループ会議では1.憲法と及び関連する法規に定める労働及び組合に関するシステムは、時代錯誤とも評される性格を有しているため再検討する必要がある2.労働問題に関する対立の解決を司法の判断に委ねる制度を維持しつつも、その前段階として対立を当事者間で解決するメカニズムを新たに制定する(これは労働問題に関する対立を司法の場に持ち込んだ場合、解決までに長い年数を要するため、訴訟以前の簡易な解決制度の導入を図ろうとするもの)——の2点について決定した。
2.労使交渉の実態と特徴
(1)中央と産別労組の交渉
労使交渉は通常、年間労働協約の更新日前に行われる。通常は先ずナショナル・センターが使用者側組織と交渉を行って基本線をまとめた後、産業レベルあるいは企業レベルの交渉に移行し、そこで使用者側の経営規模や財政状態などを考慮した細部に亘っての交渉を行う。ナショナル・センターレベルでの交渉は基本線、あるいは最低線をまとめる交渉であるため、ベアの場合は従業員50人以下、51~100人、101~200人などのように企業規模別にアップ率を調整するための同意がまとめられる。
(2)最近の労使交渉
ブラジルのGDPは2001年(1.42%)、02年(1.52%)と低い成長が続いており、03年は高くても2%止まりと予測されている。ブラジル地理統計資料院(IBGE)のランダム調査によると、就労者の平均所得は99年から01年に掛けて10.1%低下した。それにもかかわらずベアや待遇改善のための労使交渉をセットする基盤すら失われていると同調査は述べている。こうした低成長の結果として、失業率の上昇と就労者の平均収入の低下が慢性化しており、このためここ数年の労使交渉では、要求を提出できるのは特別に強力な労組、あるいは景気の影響を受けにくい公務員労組ぐらい、という状態が続いている。弱小労組の場合は、労使協約の更新日に使用者側が提案する条件を呑むのが、精一杯のところという状態が続いている。1990年代は93年(4.92%)、94年(5.85%)、95年(4.22%)のように比較的高い経済成長が続いた。同時期は失業率も低く、労組側優勢の交渉が行われていたが、しかし98年の0.13%、99年の0.79%など低成長に移行した後は、ベア交渉に際してストを行う労組さへも減少し、使用者側の攻勢ばかりが強まる傾向にある。
こうした中、03年の第1四半期に、フォルサ・シンジカル(第2位のナショナル・センター)傘下の金属部門を中心とする企業別組合が、年間協約の有効期間中にありながらもインフレによる物価上昇分の補填を要求し、散発ストを打つなどの戦術を交えながら労使交渉を展開したことが世間の注目を集めた。
また02年末から03年はじめにかけて発生した高インフレ(年率10%以上)を理由に、一部の労組は賃金の目減り分を補填するためのベアを要求し平均10%のベアを獲得したが、この交渉過程でみられた企業側の譲歩も財界を驚かせた。
これらはいずれも輸出企業に焦点を絞ってベアを要求するという労組側の戦術の勝利であった。この戦術は、国内市場の冷え込みとブラジル通貨のレアル安を理由にマーケットを国内から輸出に切り替えた企業が、ストによる減産で輸出契約を履行できなくなる事態を回避せざるを得ないという経営側の弱点を衝いたもので、ナショナル・センターはこれをモデルに、他の業種にもベア要求を拡大する作戦を試みた。しかし、輸出を持たない企業では効果を発揮しえず、広がりを持つまでには至らなかった。
(3)労使交渉の特徴
ブラジルの労使交渉では、可能な限り水増しした要求を提出する労組側と、可能な限り厳しい回答を提示する使用者側が、交渉を重ねる中で妥協点へ近付ける手法をとる。正確なデータに基づいて検討を重ねた要求に対して、これまた緻密に検討した回答を提示しつつ妥協点を探るという日本型労使交渉とは大きく異なり、実際に予定している妥協点は隠しておいて、労使ともに当初提案した数値を基準に「これだけ譲歩した」と主張しては、相手方にも譲歩を迫る習慣になっているのがブラジル型である。
従って最初の労組側の提案は、使用者側にとっては絶対に受け入れられない条件を並べると同様に、使用者側の提案も、労働者側が絶対に受け入れられない条件となるが、それについて驚く人間はいない。双方が相手方の状態を分析し、適切な水準で妥協点を見出そうとする日本の交渉しか知らない経営者がブラジルへ派遣された場合には、ブラジル流の駆け引き交渉に慣れる必要がある。
3.労働者保護基金からの交付給付金
(1)労働者保護基金制度
労働省の労働者保護基金制度(FAT=Fundo de Amparo ao Trabalhador)は失業保険、経済開発資金融資、さらには憲法で保障されたボーナスのための財源確保を目的として設けられた。この基金の主要財源は社会統合計画(PIS)と公務員資産形成計画(PASEP)であって、国家社会経済開発銀行(BNDES)が管理している。このPIS-PASEPの2つの計画における労働者の権利は、憲法に定めた失業保険と、ボーナスであり、これらを運営するために労働者保護基金(FAT)が設けられていると同時に、政労使代表の3者によって構成される審議会(CODEFAT)がこれを監督する。FATの重要な任務は、失業保険(失業保険支払い、職業訓練、就職指導)と、所得・雇用育成計画(PROGER)の立案・管理である。このうち失業保険は1.失業保険の支払い2.職業訓練の実施間3.職業紹介――の3項目を柱とし、雇用政策の重要な一部を構成する。失業保険システムは、国家雇用システムを通じて地方分散形式で実施し、労組関連の民間組織、州労働局が契約した組織などを通じて実施される。職業訓練は使用者団体、中央労組が実施し、職業紹介は公的機関と労組のナショナル・センターが実施している。
所得・雇用育成計画(PROGER)は主に中小企業、非公式経済部門での雇用創出を目的に融資と職業訓練を行い、FATから国家予算外の資金を融資する仕組みを指す。FAT資金はその他にも公共の交通、観光インフラ、国家の競争力拡大、さらには低開発地域の開発支援など労働者の生活向上に向けた部門にも融資する。
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