SARS、アロヨ政権の労働政策に衝撃を与える
アジアを中心に被害の拡大しているSARSは、世界中に出稼ぎ労働者を送り出しているアロヨ政権の労働政策に衝撃を与えている。また、観光産業の雇用増加政策にも徐々に影響が出始めている。
1 海外出稼ぎ労働者の被害状況
(1)香港
フィリピン人家政婦が、2003年3月24日、海外出稼ぎ労働者の最初の犠牲者となった。その後、2003年4月2日、WHOが香港への渡航延期を加盟国に勧告した。この発表後、海外雇用庁(POEA)は、一時的に新規の就労者の渡航を禁止した。しかし、斡旋業者によると、出稼ぎ希望者があまりに多いため、この効果は、一時的だったようである。
SARSは、家政婦の生活に様々な影響を与えた。4月23日現在で、8人のフィリピン人労働者が感染者し、1名が死亡している。現地のフィリピン人の対策としては、習慣となっている日曜日にカソリック教会でのお祈りにマスクを着用して出かけ、教会での交流活動中に握手は避けるなどの対策が採られていた。
帰国した家政婦も多くいたが、既に再就労のため戻ったものも多い。
尚、フィリピン人家政婦は、香港で約14万5000人(全体では約24万人)在住し、その多くは、最低賃金の月額3270香港ドルで就労し、賃金の60%から70%を本国に仕送りしていると見られている。関係者によると、今後香港のSARS禍が長期化し、香港、フィリピン両政府が、家政婦の受け入れ、送り出しを制限した場合、約3360万ドルの本国送金減少につながるとの予測も出ている。
(2)シンガポール
4月中旬までのフィリピン人SARS感染者は、9人だった。5月1日、この内の1人が死亡したが、この労働者は、病院で90歳の患者の付き添いの仕事をしており、この患者がSARS感染者の認定を受ける前に感染していたと見られている。シンガポールには、多くのフィリピン人看護士もいるが、献身的に看護し、評価が高かった。
(3)カナダ
カナダのフィリピン人出稼ぎ労働者社会のおいては、皮肉にも、労働者の憩いの場となるはずの日曜日の教会のミサでSARS感染者が広まった。このカソリックグループは、ブッカス・ルーブ・デヨス(Bukas Loob sa Diyos)というグループ(注1)である。
2003年4月1日、トロント市で、この教会のフィリピン人に2番目の犠牲者が出た。このため、トロント市の衛生当局は、この教会関係者500人を10日間隔離し、検査した。その結果、13人(内、3人が医師)が感染していたことが明らかになった。4月20日、医師の1人が死亡した。
(4)リビア
リビヤ政府は、4月24日、SARS対策として、フィリピン人出稼ぎ労働者132人の入国を一時禁止した。フィリピン外務省は、対象労働者が健康診断を既に受けSARS感染者ではないことが証明されているとして抗議している。
(5)中国
中国で最初にSARSが流行し始めた広東省には、約700人のフィリピン人労働者が在住していた。多くの労働者は、家政婦や医療従事者で、外出を出来る限り控え、支給されたマスクを着用し就労を続けた。
2 国内産業へのSARSの影響
フィリピン国内でのSARSの直接的影響は小さかったが、海外からの旅行者の減少による雇用への影響が出始めている。
(1)政府の対応と海外出稼ぎ労働者の帰国問題
アロヨ大統領は、4月7日、SARS対策緊急準備金として15億ペソ準備したと発表した。これらは、隔離病院の運営費や患者の治療費、生活費の補助などに使用される予定である。
アロヨ大統領は、4月中旬より、感染地域で就労する海外出稼ぎ労働者に対し、メーデーなどを利用した帰国を控えるように度々声明を出した。大統領は、海外出稼ぎ労働者が、国内の失業問題を解決し、為替市場におけるペソ安を防止し、国内に残された家族の生活を維持し、子供の教育費を確保する上で如何に重要な働きをしているか認識していたが、その一方で、感染地域から多数の海外出稼ぎ労働者が一時的に帰国し、国内にSARSが流行し、社会的問題となるのを事前に防止しなければならなかった。アロヨ大統領は、4月25日、ダイリット厚生大臣に対し、警察の力を借りても、感染者を徹底的に隔離するよう指示した。政府関係者によると、帰国した海外出稼ぎ労働者の多くは、政府のSARS検査や隔離政策に協力的だったと述べている。
厚生省によると、SARSが流行している地域から、約18万人の出稼ぎ労働者が3月下旬から4月上旬にかけて一時帰国したと見られている。
(2)WHOの発表内容
WHOは、2003年5月7日、フィリピンを「中度」のSARS感染地域に指定し、約2週間後の5月20日に解除した。WHOの発表では、12人が感染し、2人が死亡した。感染事例12例の内5例は、国内からウイルスを持ち込んだと見られ、この内の1人の感染者により、帰国後7人に感染した。
WHOは、フィリピン政府が、感染経路を迅速な隔離を実施し、二次感染を防止したとして評価している。
(3)観光産業への影響
観光省の発表によると、SARSの流行とイラク戦争により、2003年3月期の海外からの観光客は、前年同期比9.9%減少し15万7036人になった。観光省は、香港からの旅行者は、前年同期比39.3%減少し9806人に、台湾からが17.7%減少し6328人に、日本からが6.3%減少し2万8807人に、米国からが22.8%減少し3万1236人になったことが影響したと分析している。また、フィリピン旅行業関係者は、2003年4月に入り、SARS禍により海外からの観光客が激減していることは認めている。
労働雇用省(DOLE)と各労組は、SARSの流行が長期化し、観光産業での雇用に影響が出るのではないかと危惧している。
しかし、フィリピン航空の関係者は、海外旅行へ出かけるフィリピン人は減っているが、その分国内旅行するフィリピン人は増加していると述べている。このため、観光産業の関係者からは、これまでの外国人中心の観光客誘致政策を再検討し、国内の旅行者にも満足できるサービスを提供すべき時期にきていると意見が出始めている。
これまで富裕層のフィリピン人は、外国人で溢れ、高い料金を取られる国内の観光地を敬遠し、東南アジアの安く旅行できる地域に出かけていた。また、海外の質の高いサービスを受けた経験者は、国内のホテル、レストラン、運輸機関で就労する労働者の接客態度やサービスが、他国に差がありすぎ不満を抱いているものも多くいた。
観光省は、観光政策を再検討し始め、各旅行代理店は、こうした層を国内旅行に出かけるような企画を研究し始めている。
注
- 本部はフィリピンにあり、船員の加入者が多い。(本文へ)
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