労働党政権の課題

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年7月

2002年10月の大統領選挙で、旋盤工出身の大統領が誕生したことは、ブラジル全土を興奮させた。新大統領は「前政権が崩壊させたブラジル経済の変革」をスローガンとし、労働政策では1,000万雇用の創出を公約に掲げた。しかし就任後4カ月が過ぎた現在、雇用失業情勢に目立つ変化はみられない。本誌ブラジル情報では今後1.労働組合改革2.総合労働法改正問題3.労働党政権への評価――など新政権が直面する課題に視点をあて報告する。本号では「失業率と労働党政権」「総合労働法改正」問題を通じて、労働制度改革のための基盤を再点検する。

失業率

ブラジルの経済危機を端的にあらわすのが失業率だ。だがブラジルには1.ブラジル地理統計資料院(IBGE)の発表、2.CUT(中央統一労組)の研究機関(DIEES)の発表、3.労働省雇用給料局の発表という3種の失業率がある。このうち1.と2.が広く通用しているが、その数値は大幅に異なる。それぞれの概念や手法の違いは否定できないが、あまりにも大きな較差が、ブラジルの雇用失業問題を象徴しているようにもみえる。例えば最近の状況では、以下のような数値が発表されている。

  ブラジル地理統計資料院(IBGE) CUTの研究機関(DIEES)
2003年1月 11.2% 17.9%(175万人)

ブラジル地理統計資料院(IBGE)の統計は、6大都市圏を調査対象とし、調査を行った日の7日前までに求職活動を行ったものを失業者と定義する(最近、同資料院は対象期間を30日まで拡大する旨、変更を発表した)。これに対して労組の研究機関・DIEES発表の数値は、サンパウロ首都圏を対象に調査するもので定義は調査実施日から30日以内に求職活動を行ったもの。

対象も定義も異なるため一概にどちらが実態を表すかという判断は難しいが、両者の開きがあまりにも大きいことが度々問題になる。格差を生む要因の一つは潜在失業者にあるともいわれる。これは長期に亘る深刻な就職難の結果、就職活動そのものをあきらめた人々の存在を指し、これらの人々を失業者に含めるか除外するかによる違い、とする説である。もし、それが真実だとするならば失業者をはるかに越える潜在失業者が存在する事になるが、こうした説が信憑性を帯びるほどまでに厳しい失業情勢が続いていることは否定しがたい事実なのである。IBGEが最近、失業者の定義を調査日の7日前までに求職活動を行ったものから30日前まで、と改めた背景としてこうした事情も窺える。

雇用・失業問題に関するズレは、数値だけではない。労働市場の認識についても存在する。例えばIBGEは、最近の情勢について「就労人口が増加し状況は好転している。雇用が拡大しつつも失業率が低下しない理由は就職希望者の増加による」との見方を示す。しかし、そのお膝元のサンパウロ市がまとめた雇用・失業情勢の分析『ブラジルの雇用政策と失業~何が不足しているか~』は、1995年から~2000年の間に「失業者は450万人から1,150万人へと155%増加した。しかし政府が雇用創出のために投資した資金は64.7%増加したに過ぎない。これを失業者一人あたりの支出額でみるとその額は1,410から913レアルに低下した」と分施し、この間、政府が打ち出した国家職業訓練計画、雇用創出・所得計画、雇用拡大・労働者生活質の向上計画などいずれもが失業の増加も、所得低下も阻止することはできなかった」とまとめている。

2002年10月の大統領選挙では、庶民派候補のルイース・イナシオ氏(通称:ルーラ)氏が激しい戦いの結果、対抗馬パウロ・ペリラ・ダ・シルバ氏を打ち負かし劇的な勝利を収めた。だが同政権は課題山積の中で、2003年1月の就任後4カ月を経過した今日でも、失業問題解決の糸口さへ見出せないとの批判に直面している。

総合労働法改正

話は前政権時代にさかのぼる。当時のフランシスコ・ドルネーリ労相は2001年10月に、規制緩和を目玉とする「総合労働法改正案」を国会へ上程した。同法案は同12月4日、賛成264票、反対213票という差をもって予定通り下院を通過し、あとは上院での可決を待つばかりとなっていたが、ここにきて流れが急激に変わり、法案成立の見通しさへ立たっていない。

きっかけは2002年10月に実施された大統領選挙で、激しい選挙戦の結果ルイース・イナシオ氏(通称:ルーラ)が当選し政権が交代したことにある。理由は、ルイース・イナシオ新大統領の中核的支持母体である労働組合CUT(中央統一労組:組合員数は2,000万人と称される)が、同法案に全面反対の姿勢を強固にしているからだ。

前政権が法改正を打ち出した理由は「現在の法律は1943年に施行されたものであり、今となっては時代遅れ。その結果、労使に必要以上の負担を強いており、これがブラジル特有のコスト高を引き起こしている」とされる。これが原因となって労働市場ではコストの嵩む正規雇用が嫌われ、その代替としてのヤミ雇用ばかりが拡大するなど雇用創出の障害となっていること、さらには労務コストの急騰が国際競争力を弱め、ブラジル経済の発展を阻害していると、政府は説明する。

だが主要労組のCUTは「政府案は、憲法が保障した労働者の権利を剥奪しようとするもの。政府は、労働者の犠牲で経済危機のか解決を図ろうとしている」として全面反対の姿勢を崩していない。

政府が示す改正案のポイント。

  1. 憲法が保障する30日の特別休暇(就労12カ月ごとに発生)の見直し。 2回以上に分けての実施は法律で禁じているが、これを労使交渉による自由決定方式に改める。
  2. 超勤手当て50%の支払い方法に関する見直し。割増率は変更しないが、その支払方法については労使交渉による決定方式に委ねる。
  3. 休日など付与方法の見直し。休日や、父親の出産休暇の付与方法、昼食時間短縮の定めを法律ではなく、労使交渉による決定に改める。
  4. 夜間勤務の割増率、同割増率は憲法の施行規則で定められているが、これを労使交渉による決定方式に改める。
  5. 13カ月目の賃金と呼ばれる年末ボーナス(法律で支給が定められている)の扱い。これを月額分割払いも可能とするよう労使交渉による決定方式に改める。
  6. 給与の削減は労使協定による決定以外は禁止されているが、これをより明確にする。

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