国際競争力・労働生産性の現状および、その向上に向けた諸論議

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年1月

政府発表によると、2002年1月から8月までに、海外に出稼ぎ労働者として出国したフィリピン人の総数は6スイスを拠点に活動している国際経営開発機構(International Management Development以下IMD)による国別国際競争力ランキングによれば、フィリピンは、調査対象となった49カ国中、インドネシアを辛うじて上回る、40位だった。

この結果に対しては、フィリピン側の関係者から、肯定・否定の様々な意見が出ている。

1 フィリピンの労働生産性の現状

IMDは、フィリピンが、調査対象となった49カ国中40位という成績に終わった原因として、フィリピンのインフラが未整備であること、労働生産性が向上する徴候が見られないことを指摘している。

尚、IMDは、ビジネススクールで、スイスに本拠地を置き、50年の歴史を持つ。現在、19カ国から58人の専門家を招聘し、20以上ある各種プログラムを開講し、約70カ国からの5500人の経営者・管理職員などが受講者として登録している。

2 フィリピン側の関係者の意見

(1) 肯定派

アテノ・マニラ大学経済学部教授レオナルド・ランゾア氏は、この結果を肯定的に見ている。

ランゾア教授によると、フィリピンの労働生産性は、未熟練労働者による労働生産性の低下により近年悪化する傾向にあり、労働生産性を改善するには、次の3部門の改革が必要である。

  • 初等教育及び研究開発環境の整備
  • 熟練労働者の育成
  • 職業訓練機関の充実

ランゾア教授は、問題は、多くのフィリピンの経営者が、長期的な視点に立って、設備投資や人材の育成を図るような投資行動を回避する傾向にあると指摘している。ランゾア教授は、こうした傾向は、農業と製造業に顕著であることを指摘し、政府は、未熟練労働者の職業訓練や設備投資を促進する環境作りに努力すべきであると強調し、特に、「商工省が行っている、特定産業を優先的に保護するクラスタ化戦略は改善する必要がある。グローバリゼーションの中で、限定的な経済資源を、国際競争力の向上に必要不可欠な新しい産業の育成に重点的に投資するよう政策変更すべきである。加えて、どの産業にも適応可能な労働者の育成を図れるような、基本的な英語・数学・ITを教育する基礎教育制度を整備する必要がある」と主張している。

(2) 否定派

フィリピン労働組合会議(TUCP)などの労働組合は、IMDが発表した国別国際競争力ランキングには、種々の前提・仮説に多くの問題があると批判している。TUCPは、特に、フィリピンの労働生産量の半分を構成する非公式産業の労働生産量の算出方法に問題があると指摘し、具体的には、業種毎の労働者に、労働者1人当りの推定労働産出量をかけるという手法は、フィリピンの労働環境を適切に反映していないと主張している。また、TUCPは、IMDのフィリピンの労働生産性は低いという見解に対し、各国の有名企業(東芝、インテル、ネスレフィリピン等)がその生産拠点をフィリピンに移しつつあるという現状を指摘し、フィリピンの労働生産性はむしろ向上しつつあると反論している。

加えて、TUCPは、IMDが2001年度に発表した研究報告書についても批判しており、労働生産性の低迷は労働者の質の問題ではなく、経営者の管理能力の欠如に根ざす問題であると主張し、更に同研究報告書の調査手法、具体的には各国の最低賃金の比較のみに依存した労働生産性の算出は、賃金のみでは測定できない各国別の諸手当制度、勤務条件の相違を全く無視したものであると反論している。

3 労働生産性の向上対策

IMDが指摘しているフィリピンの労働生産性の向上に向けた具体的対策については、様々な議論が展開されている。

(1) IT技術者の養成

シリコン・バレーのベンチャー・キャピタルで活躍しているディオスダド・バナタオ氏は、貿易の自由化への対応やIT産業の育成を図るためには、民間企業の拠出を中心とした技術教育や研究開発ファンドの整備、そして従来の年功序列型の賃金構造を廃止し、IT分野などの優秀な技術者に高額の報酬を支払えるよう労務管理システムの改革が急務であると主張している。

(2) 労使関係の改善

労使関係の改善も、また労働生産性の改善に非常に重要であると見られている。

近年、フィリピンの労使関係は改善しつつあるが、リネ・オフレネオ教授の研究報告によれば、フィリピンは、国別で見た年間ストライキ件数、労働争議件数が多く、労働紛争を適切に処理する企業内苦情処理機関を整備する必要があると強調し、更に、職業訓練を投資ではなくコストと考える経営者心理、労働生産性に比例しない賃金制度も改善しなければならないと指摘している。

フィリピン経営者連盟の代表者、ドナルド・ディー氏も、労使関係の改善は、明確な経営理念の共有と相互の対話が必要であり、そうした制度を取り入れているフィリピン企業は、厳しい経営環境を無事乗り切っていると報告している。

(3) 良好な労使関係を築いた企業

フィリピン大学経営学労使関係学科が実施した企業調査は、フィリピン企業の大多数は、労働生産性に基づく賃金制度を採用していない中で、フィリピノ・パイプ社(パイプの製造・販売)と、ヤザキ・トレス社(日本・フィリピンの合弁事業として設立され、主に自動車部品の製造)は、近年労働生産性に基づく賃金制度に移行し、労働生産性を向上させていると報告している。

1980年代の経済・政治危機の影響を受け、業績が悪化したフィリピノ・パイプ社は、1987年から1990年にかけて、最低生産量に基づく基本給と最低生産量を上回る生産量については、インセンティブ報酬を支払うことを内容とする賃金制度に移行した。労働組合は、こうした改革に当初反発していたものの、1993年から1995年にかけて同社の業績が大幅に悪化した後、この賃金制度の導入に同意した。その後、同社は、労働者一人当たりの労働生産性を、業務効率の改善という形で大幅に改善した。

ヤザキ・トレス社は、日本の自動車企業向けにハーネスと点火装置部品を供給している。事業開始以来、生産性の向上と品質の改善に力点を置いた管理体系を導入し、経営者は、四半期ごとに製品検査を実施してきた。その結果、労働者一人当たりの生産量が1995年の905ユニットから、2000年の1492ユニットに上昇した。

ヤザキ・トレス社は、従業員のモラルと士気、そして従業員の忠誠心を維持するために、寛大な福利厚生制度を採用している。家族5人分の医療費全額保障、従業員向けの無料食事サービスや妊娠初期の女性労働者に対する選択的臨時退職制度(ただし、給与の20%は保障)などである。

同調査報告は、フィリピンも、労働生産性に基づく賃金構造に移行すべき時期に来ていると主張している。ただし、労働者のコンセンサスを得ない、一方的な賃金体系の改定は、失敗する可能性が高いと指摘し、強行的な賃金制度の改定を図ろうとする一部の民間企業に警鐘を鳴らす形で報告書を結んでいる。

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