旧・JIL国際講演(2003年3月20日)
欧州(EU)の雇用戦略から何を学ぶか

週刊労働ニュース(2003年04月07日発行)より

JIL国際シンポジウム(2003年3月20日開催)

2010年就業率70%を目標/各国の自主性を尊重

英国は目標数値を達成/独は雇用創出が不足/日本は目標から立法へ


日本労働研究機構(JIL)は3月20日、欧州連合(EU)全体の就業率を2010年までに70%に高めるなどの数値目標を定めた「欧州雇用戦略(EES)」をテーマにシンポジウムを開催した。欧州雇用戦略の特徴は、失業率の低下よりも、就業率を高めることに、そのターゲットを転換させたことだ。そのため、EU加盟国は、企業が採用しやすい労働市場の環境整備や、長期失業者の削減、多様な働き方を促進などを通じた雇用創出策を打ち出している。EUの経験や、英国、ドイツ、日本の取り組みを報告したパネリストは、政策評価の重要性を指摘した。

<出席者>

キーノートスピーカー兼コーディネーター/日本
樋口 美雄 慶應義塾大学商学部教授
キーノートスピーカー/EU
エレーヌ・クラーク 欧州委員会雇用・社会問題総局課長
国別報告者/イギリス
クライブ・タッカー 英国雇用年金省・教育技能省統合国際局長
国別報告者/ドイツ
ヴェルナー・フリードリッヒ 社会政策研究所共同所長

2010年就業率70%を目標

EUは、1997年のルクセンブルク雇用サミットで、雇用政策について、毎年の計画、モニタリング、検証、再調整のプロセスを組み込んだ「欧州雇用戦略」の策定に合意した。

2000年3月に、リスボンで開催された欧州評議会では、EU全体として2010年までに全体の就業率を70%にするなど、大胆な数値目標を示している(女性の就業率の目標は60%)。EUでの就業率の定義は、15~64歳人口に占める仕事を就いている人の割合だ。

2001年のストックホルムサミットでは、中間目標として、05年までに全体の就業率を67%、女性の就業率を57%に決定。新たに、高年労働者(55~64歳)についても、2010年までに50%にすることで合意した。現在、EU全体の就業率は、64%、女性55%、高年労働者38・5%だ。

欧州委員会で雇用戦略の策定に携わるクラーク氏は、欧州の雇用戦略の特徴として、具体的な数値目標に、失業率の低下よりも、就業率の向上を中心にすえたことをあげた。労働力人口を増加させることで、構造的な失業水準を低下させ、雇用をより強化するのが狙いだ。

雇用量だけでなく、生産性の向上にも注目する。生産性を向上させることで、質の高い就業機会を創出するためだ。また、雇用戦略では、男女の機会平等の強化も目標にあげた。欧州では男女間の賃金格差は16%以上あり、性別職務分離もみられるという。

各国の自主性を尊重

「欧州雇用戦略」成功のカギは、計画をモニタリング、検証、再調整するサイクルだ。計画の策定では各国の自主性が尊重されるのも特徴。EU諸国の経済状況の差異や慣行の多様性を尊重し、EUレベルでは共通の数値目標を定めるだけで、加盟諸国間の政策方法の調整を図ることはせず、手段は各国政府にまかせている。

具体的には、欧州評議会が、就業率や生産性の向上などの目標を織り込んだ「雇用ガイドライン」を策定。これに基づき、各加盟国は「国家行動計画」を編成し、実行する仕組みだ。その成果を毎年、評価・点検し、国別に共同雇用報告書を作成。欧州委員会は次年度の雇用ガイドラインを改定するための新たな提案を行う。欧州評議会は、その提案に基づいて、国別に勧告を出すこともできる。

政策評価に力を入れているのも特徴だ。2002年には、過去5年間の欧州雇用戦略の評価も実施。雇用ガイドラインの優先的事項の実現に向けて、各国の雇用政策が収斂していることが確認できたという。各国の政策は、長期の失業を減らすための積極的・防止的手法に再編成された。その結果、1997年から02年の間に、長期失業は大幅に減少。失業全体に占める長期失業の割合も50%から42%へと低下しているという。

英国は目標数値を達成

タッカー氏は、欧州雇用戦略を踏まえた雇用政策の成果を紹介した。英国は2010年に達成すべき就業率70%をすでに達成し、過去6年間、持続的な経済成長を実現している。「労働市場が変化に対応できること」が、雇用創出のカギと語る。

例えば、企業の賃金に占める非賃金コストの割合(賃金に占める税金、国民保険、公租公課など)の低さも、英国における成功のカギだという。英国では企業が雇用しやすいような環境整備に心がけている。

就業を促進させる労働市場改革も実施。1999年には史上初めて、全国最低賃金を確立している(現在、時給4・20ポンド)。失業者が就職に向かうように金銭的なインセンティブを与えるためだ。

パートタイム労働の比率の高さも、就業率を押し上げるために1役買っている。英国では労働者の約25%は、労働時間が週16時間未満で働いている。とくに復職を希望する女性や若年者などでパートタイム労働を選択する割合が高いという。

また、失業者を再就職させるマッチングにも力を入れた。地域に即した職業紹介サービスを行うエージェンシー機関として「ジョブセンター・プラス」を設置。若年者の就業促進プログラムだった「ニューディールズ」を長期失業者や障害者、高齢者などに拡張している。

タッカー氏は、高い労働力率を実現することが、就業率を高めると強調。「失業者だけでなく、非労働力化した人を労働市場に復帰させる政策を行えば、雇用全体を底上げし、完全雇用が実現できる」と語った。

独は雇用創出が不足

フリードリッヒ氏は、積極的な雇用政策に多額の支出をしているにもかかわらず、失業率が高位にとどまっているドイツの現状を紹介した(失業者は2003年で460万人)。ドイツの問題は、「マッチングではなく、職の創出が足りない」ことだと力説した。失業率の上昇を抑えるためには、企業の意向に沿った労働市場制度の改善をすすめなければならない。

具体的には、非賃金コスト(社会保障支出)の増加が企業の採用抑制に与える影響に警鐘をならした。ドイツの非賃金コストは、2003年で約42%に達している。東西ドイツ統合を円滑に促進するため、社会保障制度を充実化したためだ。しかし、社会保障支出の増加と連動するように失業率は高まった。

また、毎年、約250億ユーロという多額の予算を積極的雇用政策に支出しているにもかかわらず、成果がみられない点については、政策評価の重要性を指摘した。「個々の雇用政策の結果を常に評価検討しなければならない。また、好事例を収集することで、なぜ成功したかを分析することも大事」という。

フリードリッヒ氏が紹介した調査によれば、欧州社会基金(欧州雇用戦略の財政手段)の支援を受けて在職者訓練をした積極型企業のほうが、訓練に消極的な企業より、雇用の創出・維持ができ、経営悪化局面でも労働力の削減が少ないという。その一方で、失業者への職業訓練は成功していない。訓練を支援した失業者が、終了6カ月後に就職したかを追跡調査したところ、44%しか就職ができていなかった。

フリードリッヒ氏は、成果の出ないことに資金を投入すべきではなく、政府は、プログラム参加者の少なくとも70%が労働市場に復帰できなければ支出しない対策を求めていると主張。ドイツの解雇制限的な規制についても、緩和の方向で検討中であることも紹介した。

日本は目標から立法へ

日本の雇用政策の変遷をみると、1966年に成立した雇用対策法に始まり、67年には、第1次雇用対策基本計画が策定されている。完全雇用の地固めとして、中高年者の雇用促進や職業能力と職種を中心とする近代的労働市場の形成を目標としたものだ。

慶應義塾大学の樋口美雄教授は、「日本の場合、大きな目標を立てて、その次に政策を考えるうえで、立法化をはかっていく」流れがあったという。

その後、計画は1999年の第9次計画まで続いている。計画は共通して完全雇用をめざしているが、80年代後半からは量的なマッチングの観点だけではなく、パートの促進や男女の雇用機会均等など質的な改善も目標となった。

樋口教授は、日本の政策は、効率的なマッチングを中心とする労働市場政策に限定されていた嫌いがあったことも指摘。景気対策としての公共事業はあったものの、雇用創出面での取り組みにあまり留意してこなかったと述べた。

国際比較でみても、日本の雇用対策は、失業給付による再就職促進に大幅な支出をさいており、教育訓練や若年対策、給与助成などの雇用維持や新規雇用創出は比率としては高くなかったという。

また、行政の各機関がめざす目的や問題意識で法政策が決められてきた経緯もあり、時には矛盾するような政策がとられてきた可能性も示唆した。例えば、1986年の男女雇用機会均等法により女性の就業促進をめざす一方で、専業主婦に有利な制度といえる、配偶者特別控除も設けた事実をあげる。

樋口教授は、80年代までは、目標を達成するための矛盾のない総合的な政策立案をする意識が薄かったのではないかと指摘。矛盾する政策により、政策の効果が相殺されてきた可能性も示唆した。法的に全体的な政策を考える流れは、90年代以降になって徐々に行われてきたという。

欧州雇用戦略の評価にみられるような、政策効果のフォローアップ体制の確立も大事と指摘。公共事業にみられる予算の消化率などのインプット評価ではなく、アウトプット評価の重要性を示した。

労働市場政策や雇用創出策でも一貫性や相互の補完性を確保した各政策の総合が求められていることを示唆。そのため、雇用創出・維持をめざした就業多様型ワークシェアリングを主軸にすえ、働き方の柔軟性や男女均等問題、フルとパートの処遇格差の問題を見直すきっかけにすべきだとも語った。