旧・JIL国際講演(2002年9月27日)JIL国際ワークショップ
欧米における労働契約をめぐる法制度の最近の動向

   

プログラム

開会挨拶

花見 忠 (日本労働研究機構 会長)

基調講演

「日本における議論状況」
大内 信哉 (神戸大学大学院教授/日本労働研究機構特別研究員)
「フランスにおける議論状況」
ジャン−イブ・ケールブルク (ナント大学大学院教授)
「イタリアにおける議論状況」
ミケーレ・ティラボスキ (モデナ・レッジョ・エミーリア大学助教授
/日本労働研究機構海外委託調査員)
「ロシアにおける議論状況」
オルガ・パブロナ・リンケビッチ (モデナ・レッジョ・エミーリア大学労働法/
労使関係国際比較センター助手海外委託調査員)
「ドイツにおける議論状況」
デトレフ・ヨースト (ハンブルグ大学教授)
「英米における議論状況」
池添 弘邦 (日本労働研究機構労使関係・労働グループ副主任研究員)

 

コーディネーター/パネリスト紹介

<コーディネーター>

◆大内 伸哉 (おおうち・しんや)
神戸大学 大学院法学研究科教授 / 日本労働研究機構 特別研究員
1963年、兵庫県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、同博士課程を修了(法学博士)。1996年より神戸大学法学部助教授を経て、2001年より現職。専攻は労働法。主な著書に『イタリアの労働事情』(共著、日本労働研究機構、1993)、『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣、1999)、『労働法実務講義』(日本法令、2002) などがある。

<パネリスト>

Prof. Michele Tiraboschi (ミケーレ・ティラボスキ)
イタリア モデナ・レッジョ・エミーリア大学助教授 / 日本労働研究機構 海外委託調査員
 1965年生まれ。1994年よりモデナ・レッジョ・エミーリア大学の研究員として勤務。その後イタリアの労働省や法務省での委員を経て、1999年より現職。現在、欧州財団の評議委員及びDckinson大学やボローニャセンターの教授なども務める。主な共著に「欧州における企業内労働者代表に対する情報提供・協議義務」(日本労働研究雑誌495、2001) などがある。

Prof. Detlev Joost (デトレフ・ヨースト)
ドイツ ハンブルグ大学 労働法研究所 教授
 1972年より弁護士として活躍し、1984年からSaarlandes大学で教授として労働権、市民権、商業及び経済などの教鞭を執る。1991年より現職。主な専門分野は、労働権、商業法、会社法、民法など。現在のドイツ労働界を代表する法学者であり、主な著書に『Handelsgesetzbuch(商法典)』(共著、2001)、『Grundlagen des Konzernrechts(企業所有のルーツ)』(共著、1998) などがある。

Prof. Jean-Yves Kerbourc'h  (ジャン-イブ・ケールブルク)
フランス ナント大学大学院法学研究科 教授
 現職のほか、ポスト大学院学位プログラム長、フランス雇用省のコンサルタントとして活躍中。主な論文や共著に『New policies of fixed-term contracts(有期雇用契約の新たな政策)』(Bull. soc. F. Lefebvre、2002)、『Jurisprudence of government financial aid(政府経済援助の法理学)』(Travail et protection sociale、2002) などがある。

Ms. Olga Pavlovna Rymkevitch (オルガ・パブロナ・リンケビッチ)
イタリア モデナ・レッジョ・エミーリア大学 労働法・労使関係国際比較センター 助手
(ロシアから留学中)

 1975年サンクトペテルブルグ生まれ。主な専攻は国際関係法。2001年にSanktpeterburgsky Gosudarstvenny大学国際関係部を卒業。同年よりロシアからイタリア政府の奨学生として、イタリアのモデナ・レッジョ・エミーリア大学にて助手として活動する傍ら『非EU労働者の雇用と移住政策』をテーマに調査研究を行っている。現在、同センターのミケーレ・ティラボスキ助教授に師事。

◆池添 弘邦 (いけぞえ・ひろくに)
日本労働研究機構 労使関係・労働法制グループ 副主任研究員
 1968年大阪府生まれ。1996年上智大学大学院法学研究博士後期課程単位取得。専攻は労働法。主な著書に、『アメリカの非典型雇用』(共著、日本労働研究機構、2001)、『日系企業の雇用管理と現地労働問題−資料シリーズNo.116』(アメリカ担当、共著、日本労働研究機構、2002)、『労働政策レポートNo.2 解雇法制』(日本労働研究機構、2002) などがある。

【議事要旨】


 労働契約の明確化においては、契約当事者間の情報量の非対称性がある場合、情報を多く有する者に課される情報提供・説明義務という、民事法上の観点から考えるべきとしている。
開会挨拶 花見 忠(日本労働研究機構 会長)
 日本労働研究機構(JIL)は9月27日、「欧米における労働契約をめぐる法制度の最近の動向」をテーマに日本、フランス、イタリア、ロシア、ドイツ、英米の労働法研究者をパネリストとして、東京・西新宿のJILホールで国際ワークショップを開催した。開会のあいさつで、花見忠・JIL会長は、ワークショップの論点として、①労働法制の規制緩和とセーフティネットの維持②契約法制の硬直化への対応と従属労働の再検討③集団的労働関係と個別的労働関係の再検討④解雇が違法の場合に原職復帰で救済するか、損害賠償を認めるか――などを提示した。
 大内伸哉・神戸大学教授は、日本の労働法制の議論状況として、労働条件の個別化、雇用形態の多様化をキーワードに、労働条件内容の明確化や雇用終了に関するルールなどについて報告した。
花見 忠
大内 伸哉 また、解雇についても、解雇権濫用法理の成文化については、ルールの硬直化に対する危惧を指摘。原職復帰については、使用者が労働者に解雇に伴う不利益軽減措置(金銭的補償など)を提示した場合には、それが解雇の有効性を補強する事由として考慮されるという形で、使用者を金銭的解決へと誘導していく法理が妥当としている。
 大内氏は、今後の労働契約法の留意点として、使用従属関係による労働者の枠組みでは、自営的労働者などが労働者保護法の対象外になることから、ガイドラインなど、契約ルールの明確化の必要性を訴えた。
 また、労働基準法では労働時間の最長規制が、労働者の過半数代表の同意で例外となることから、労働契約法の問題は従業員代表という労使関係上の問題とも深くかかわっていることも示唆した。

フランス

 フランスには、①永続雇用契約(期間の定めのない契約)②有期雇用契約③臨時(派遣)雇用契約の三つがある。近年の経済動向に伴い非永続的雇用が増加し、有期契約、臨時雇用契約の利用は増加している。
ケールブルク氏は、自営的な労働者などの増加から、「従属」を軸とする、被用者と自営業との明瞭な境界線があいまいになっていることや、使用者側をみても、生産と流通などの企業間ネットワークや企業提携により、各企業の意志決定権限も弱められつつある点を指摘。労使という枠組みの再検討を示唆した。
また、労働者代表も企業が組織する企業提携などの新しい手法に順応できるかが問われている。集団的労使交渉は、企業や部門単位だけでなく、企業グループや取引などのさまざまなタイプの代表者単位ともうまく調和しなければならない。
その場合の利害関係者は、大企業に雇用される熟練男性労働者だけでなく、パートタイム労働者や女性、失業者、下請企業の労働者、半自営業などを含んでいる。
従来の雇用は使用従属関係に基づいており、労働者が自らの独立を放棄する代わりに、雇用保障を与えられる「従属と保障」のトレードオフ関係だったが、現在、この雇用モデルは、割り当てられた目標を達成する代わりに労働者に大幅な自律を与えるという新しい労働の形式に変化しつつあることも強調した。

イタリア

 ティラボスキ氏は、イタリアでは地下経済が拡大傾向にあり、非正規労働率やヤミ労働が高い比率を占めていることを指摘し、個別化のプロセスと規制緩和について報告した。
 推計によれば、イタリアの非正規労働率は労働力人口2,000万人の約23%。その内訳は45%が企業の賃金台帳に記載されていない労働者で、次いで36%が二重労働に従事しており、約15%は住所を持たない外国人労働者(大半は不法入国者)だという。
 イタリア労働法は、期間の定めのない従属労働契約をモデルに形成されてきたが、現在、非典型労働や不安定・臨時労働は拡大傾向にある。2001年の有期労働に関する新たな規制により、有期労働は、期間の定めのない労働の下位契約ではなく、これに代替する競合的な契約類型として信認をえたと指摘した。
 また、自営(独立)労働と従属労働の境界もあいまいになっているため、私的自治の領域を拡大する一方で、非典型や自営労働も含めた、あらゆる労働者グループに対して、最低限の基本的保護(最低報酬制、労働条件保護、労働災害、年金など)を保障すべきとしている。現時点では、独立労働、従属労働に共通の社会保険法制を定めることなどが課題だ。

ロシア

 ソ連崩壊以降、2002年2月に発効した、ロシア連邦の新労働法典では、労働関係に対して、もはや国家による支配的かつ全体主義的な規制をうけないとしている。当事者間の交渉による自治への転換は、新労働法典の特色の一つだ。
 新労働法典では雇用契約には有期と期間の定めのないものがあることを規定。それによれば、有期契約は小規模企業や個人に雇用される場合や、期間が定められている職に従事する場合、見習い期間にある場合などのケースで、通常五年を超えない期間につき認めている。有期雇用契約は、期間満了の3日以上前に書面による通知がなされた場合に終了する。
 リンケビッチ氏は、労働法の法典化は規制緩和と称することが可能とし、今後、ロシアは、欧州大陸モデルやアングロサクソンモデルの双方とも異なる独自のモデルを早急に見出すことが必要としている。

ドイツ

 ドイツでは、労働条件が強行法規と労働協約によって設定されているため、労働契約の個別化は強行規定がない部分か、あるいは個別契約が労働者に有利となる場合(有利原則)にのみ生じる。個別的合意の主要な領域は、賃金だ。
しかし、ヨースト氏は、労働時間の延長など、不利と思われることでも、柔軟性を高め有益になりうる可能性があることから、労働者に利益となる場合だけでなく、「労働者が取り決められる労働条件が自らにとって適当であると判断して、その契約に合意した場合にも、その個別契約は有効」にすべきと提起している。
 またヨースト氏は、契約の終了についても言及した。ドイツでは、解雇は解雇制限法などの強行法規で規制されており、個別契約で事前に(解約告知の前に)変更することはできない。しかし、近年、解雇制限法が新規雇用の抑制につながるとの議論から、労働者と使用者は解雇制限を公正な補償金の支払いによって置き換える権利を持つべきとの提案が出ていると紹介した。

英米

 英米の雇用関係での規制の特徴は、①規制の基礎はコモンローと雇用契約②制定法による規制は体系立てられていない③とくにアメリカでは差別禁止法などを通じて、不公正解雇の規制を行っている――など。
例えば米国では、コモンローの「随意雇用の法理」により、使用者はいかなる理由によっても被用者を解雇できる。ただし、この原則は、差別禁止諸法による規制などにより事実上制限されている。
 イギリスでは、解雇された被用者は、裁判所に違法解雇を訴えることはできるものの、得られる救済は予告期間相当分の賃金のみで、解雇自体は違法・無効とはされない。

池添 弘邦

 池添JIL研究員は、英米法の日本法への示唆として、①社会や職場で不合理な扱いを受けない(差別の禁止)②雇用に関する問題が生じた場合には、比較的迅速に解決される(紛争解決・救済機関の充実)③不公正な解雇に対しての金銭賠償――などをあげている。