旧・JIL国際講演会:海外進出労働問題セミナー
中国/WTO加盟で雇用・労働はこう変わる
(2002年1月20・21日)

 日本労働研究機構が主催する海外進出労働問題セミナー「中国/世界貿易機関(WTO)加盟で雇用・労働はこう変わる」が1月20日東京、22日名古屋で開かれた。昨年WTO加盟を果たした中国 側の意義を取り上げる論調が多いなか、馬成三・静岡文化芸術大教授は、過大評価と反論し、「むしろ日本にと ってメリットが大きい」と指摘。中国に進出する企業に向け、中村良二・JIL副主任研究員は、「共産党(工会=組 合)の影響にも配慮を」と注意を喚起し、陶景洲・クデール・ブラザーズ法律事務所北京事務所所長は、「賃金差 などのトラブルが増えるだろう」との見通しを語った。

対日輸出好転せず/日本こそ受益側だ/馬氏

 現在の中国経済は、「独り勝ち」「世界の工場」などと評されることが多いが、私はこれは過大評価だと思う。  まず、経済成長率。IT(情報技術)不況、米国テロ事件の影響は中国にも及び始めており、今年は政府目標 (7%台)をぎりぎり維持するくらいだろう。次に工業製品の輸出。海外の直接投資を受け急増しているが、42% は技術レベルの低いものが占め、ハイテク製品の比率は20%と、途上国の平均より低い。世界銀行のレポート によれば、中国の研究開発費は、世界全体規模のわずか0・66%しかないそうだ。国民総生産(GNP)は全体 では世界第7位だが、1人あたりでは140位(購買力平価計算でも128位)にすぎない。  昨年12月、WTOに正式加盟したことで、「社会主義」市場経済をグローバルスタンダード水準に昇華する方 向付けがなされたほか、2005年までにスピードアップし、旧諸制度を改革することが国際的に義務づけられた と言えよう。  一方、輸入の伸び率が高くなって貿易収支赤字に転落する衝撃(これを見越して政府は人民元の切り下げに 消極的)や米国農産品による農業分野の失業の衝撃も無視できない。国務院発展研究センターは、2005年末 までに約960万人を農業から移転させる必要があると試算し、また世界銀行は、中国政府は今後10年間に90 00万~1億人分の就職先を確保しなければならないと予測している。  WTOへの加盟で、中国が被る痛みの分、日本こそが受益し、さらには構造改革の起爆剤を得ることになろう。 報道をみると、日本は中国を「市場」としてみていないことがよくわかる。昨年、中国にとって日本は第2位の輸 入先となっており、額でも全体の18~19%を占めている。日本の対中輸出品には、市場開放の対象商品が多 い。例えば自動車の関税率は、現行の80~100%から2006年7月までに25%へ、情報機器のそれは13・ 3%から2005年に0%へ引き下げることになっている。一方、日本の対中赤字のメインである繊維製品、食料 品などの関税はすでに最低水準。対日輸出環境はこれ以上の改善を期待できそうもない。

外資でも党委設立/独自の労使関係へ/中村氏

 改革・開放以前の中国社会では、「単位」を基底とするシステムが作り上げられてきた。「単位」はすなわち所属先。経済のユニット(生産、サービス)、生活保障の組織(住宅提供、年金、遺族保障など)、共産党の支配・統合の媒介組織という、3機能を果たす複合体だ。例えば重慶市の鉄鋼単位は、従業員5万人に対し、2万4000以上の住宅、15の幼稚園に17の小学校、17の病院などがある、ひとつの街だ。
 単位内には何でもあるが、裏を返せば単位外には何もない。単位の解体には、外に公的な社会・生活保障システム、党支配に代わる社会統合システムを構築する必要がある。しかし、なかなか進まないことは、事業主に老齢年金への支払いをアンケートした結果、「確実にあるいはしばしば支払っていない」が、実に4割にのぼったことから明らかだろう。
 国有企業には、総経理、党委員会書記、工会主席などで構成する「経営の意思決定機関」と、党委書記、企業長、工会主席、党事務室主任などで構成する「主に人事案件を議論する意思決定機関」とがある。
 国有企業改革が進むなか、こうした仕組みに何か変化があるのかをアンケート調査でみると、住宅分配、昇給、各種責任者の任免、従業員の解雇など6項目で、現在最も影響力のある人は総経理となったが、うち5項目の第2位には党書記があがった。また総経理の任命についても、トップは政府主管部門だが、第2位には党書記という個人があげられた。以前のように、すべての面で党委書記がリーダーシップをとることはなくとも、依然、国有企業の経営は、政府主管部門はもとより党組織から独立できていない。
 今後、外資系であれ、党委が設立される可能性はある。現時点では、外資系企業の内部には、党委を設立しなければならないという規定はないが、それなら党の影響が及ばないと考えるのは早合点だ。注目すべきは、「工会」(労働組合)の存在。いわゆる組合とは違い、党(委員会)指導のもと主に福利厚生施策を担当する下部組織的存在だ。工会の設立は労組法第3条のとおり、権利が担保されている。
 全国レベルで、外資系企業における組合設立に関する規定があるか明らかでないが、例えば遼寧省には、「外国投資企業工会条例」第7条に、組合設立を義務づける下りがある。こうした動きが徐々に広がる可能性は高く、工会が党の影響力を発揮し得るチャネルとなるだろう。日系企業は、中国は現在も、社会主義のカンバンを完全にはずしたわけではないことに注意を払うべきだ。今後、世界に類をみない中国型労使関係を構築してゆく必要に迫られるだろう。

地方で異なる条例/競業禁止に注意を/陶氏

 在中国外資系、合弁企業と、現地スタッフや派遣外国人との間にはさまざまなトラブルが起こっている。トラブルを裁く礎となるのは、中華人民共和国労働法や外国投資企業労働管理規定だが、地方ごとの条例にも注意を払う必要がある。例えば試用の上限を、北京市は半年~1年契約につき30日以下と定めているし、また医療保険の料率を、上海は給与の18%、江北省は9%と定めている。
 実際に起こった事例の一つめは、本社から派遣された外国人の雇用契約関係を、中国で争うケース。ある会社は、在中支社をつくり、そこに本国で雇った労働者を派遣した。ところが彼の働きに納得のいかない支社が、契約満了前に、彼を解雇。彼は、支社を相手に労働仲裁委員会、さらには裁判所に申立てを行った。支社は、彼の雇用契約は、本社で結ばれたもので、支社とは直接の契約を結んでいないと主張したが、法廷は、支社と彼との間には事実上の雇用関係があり、契約中途解約にあたっては、支社に違約金を支払う義務があると判決した。96年には、外国人のための就労規定が設けられ、派遣外国人であっても3カ月以上働いた事実があれば、中国での雇用契約があるとみなし、救済機関の対象になることが定められた。
 2つめの事例は、機密性と競業禁止に関するもの。ある医薬品製造会社は、中国現地人を3年の契約で雇い入れ、彼には退職後も5年間は、機密情報を厳守する義務が課せられた。ところが彼は2年後に辞職し、似たような製品をつくる化学薬品会社を設立。医薬品会社は、それが競業禁止規定違反にあたると提訴した。裁判所は、技術鑑定委員会を設け、2社の製品の相関を分析。結局のところ、彼の製品は医薬品会社の、既に公になっているとみなされる技術を使用しているにすぎないと判決された。
 機密の遵守については、不正競争禁止法(93年)、不正行政管理局による企業機密の侵害規定(95年)などで担保され、97年の改正で、刑法の対象にも加えられている。